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隠れ煙草
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靖之の話す山登りの話に、真由子は少しも関心が持てなかったが、靖之が大学の下宿から帰省したりすると、よくまとわりついて話をした。靖之も登山に行った時などに旅先から真由子に絵はがきを送ってくれたり、きれいな高山植物を押し花にしてしおりとしてプレゼントしてくれたり、かわいがってくれた。
年は離れていたが、どこか二人は波長が合ったのかもしれない。もっとも二人がよく話すようになったきっかけは、少し妙なことからだったが。
靖之が高校生の時だった。二階の廊下のすみに、靖之の後ろ姿が見えた。庭に面した窓が少しばかり開いていた。真由子は靖之をおどかしてやろうと思い、足音をたてずに近づいた。しかし人の気配に気づいたのか、靖之がすばやく後ろを振り向いた。その瞬間、二人は目が合った。
真由子は靖之の様子を見て驚いた。靖之は右手の指の間に煙草を挟み、左手にはミカンの缶詰の空き缶を持っていたからだった。
「何してるの? 靖之兄さん」
靖之はあわてて煙草を空き缶に入れると、片目をつぶってくちびるに人差し指を当て、シッと言った。
「まぁちゃん、お父さんには内緒だよ。ちょっと勉強の息抜きをしてるだけなんだからさ」
「靖之兄さん、この前もお父さんに怒られてたじゃないの」
「親父さんは怒るのも仕事のうちなのさ」
「私、ケンカってきらいなの」
「あはは、まぁちゃんには、あれがケンカに見えたのかなー」
しかしそんなことがその後もあると、真由子は
「靖之兄さん、またタバコ吸ってるの。もう今度こそ私、お父さんに言うわ。だってタバコって毒なんでしょう? 体に悪いんでしょう? 大丈夫なの?」と言った。
すると靖之は
「ダメだよ。まぁちゃんはもう、兄さんとは共犯者なんだから」とわらった。
「キョウハンシャって何なの?」
「そうだなぁ、兄さんとまぁちゃんはね、ワル仲間ってとこかな。うーん、でもそうなると稚子姉さんも、兄さんの共犯者になるのかもな」
「違うわ、私は悪い人なんか大きらいよ。稚子姉さんだって、きっとそうに決まってるわ」
「それじゃまぁちゃんは悪い人も許してくれる、やさしい聖母マリア様かな。幼稚園のクリスマス会で、やっただろ。頭にきれいなベールをかぶってさ、『恵まれた女よ、おめでとう、主があなたとともにおられます』とか言われてたじゃないか」
靖之はそう言うと、首に掛けていた白のタオルを、ベールのように自分の頭に掛けた。
「いやな靖之兄さん。ほんとに変なことばっかり言うのね」
真由子が口をとがらして、靖之に近づき、叩こうとすると、靖之はひらりと身をかわした。
するとその時、靖之からふしぎな匂いがした。これは何の匂い? 大人の男の人の匂い? でもお父さんはこんな匂いはしないのに、と真由子は靖之と父の実之の顔を見比べるように思い浮かべた。
秀才で名の通った長男の俊之は、父の実之とよく似た面差しをしていたが、靖之は父の実之とは顔も性格も似ていなかった。もしかして靖之は、母親似だったのかもしれない。しかし真由子は、そんなことを靖之に尋ねることは、もうできないのだった。
真由子が小学五年生の冬、靖之は友人たちと登山に出かけて事故に遭い、突然亡くなってしまったからだった。
年は離れていたが、どこか二人は波長が合ったのかもしれない。もっとも二人がよく話すようになったきっかけは、少し妙なことからだったが。
靖之が高校生の時だった。二階の廊下のすみに、靖之の後ろ姿が見えた。庭に面した窓が少しばかり開いていた。真由子は靖之をおどかしてやろうと思い、足音をたてずに近づいた。しかし人の気配に気づいたのか、靖之がすばやく後ろを振り向いた。その瞬間、二人は目が合った。
真由子は靖之の様子を見て驚いた。靖之は右手の指の間に煙草を挟み、左手にはミカンの缶詰の空き缶を持っていたからだった。
「何してるの? 靖之兄さん」
靖之はあわてて煙草を空き缶に入れると、片目をつぶってくちびるに人差し指を当て、シッと言った。
「まぁちゃん、お父さんには内緒だよ。ちょっと勉強の息抜きをしてるだけなんだからさ」
「靖之兄さん、この前もお父さんに怒られてたじゃないの」
「親父さんは怒るのも仕事のうちなのさ」
「私、ケンカってきらいなの」
「あはは、まぁちゃんには、あれがケンカに見えたのかなー」
しかしそんなことがその後もあると、真由子は
「靖之兄さん、またタバコ吸ってるの。もう今度こそ私、お父さんに言うわ。だってタバコって毒なんでしょう? 体に悪いんでしょう? 大丈夫なの?」と言った。
すると靖之は
「ダメだよ。まぁちゃんはもう、兄さんとは共犯者なんだから」とわらった。
「キョウハンシャって何なの?」
「そうだなぁ、兄さんとまぁちゃんはね、ワル仲間ってとこかな。うーん、でもそうなると稚子姉さんも、兄さんの共犯者になるのかもな」
「違うわ、私は悪い人なんか大きらいよ。稚子姉さんだって、きっとそうに決まってるわ」
「それじゃまぁちゃんは悪い人も許してくれる、やさしい聖母マリア様かな。幼稚園のクリスマス会で、やっただろ。頭にきれいなベールをかぶってさ、『恵まれた女よ、おめでとう、主があなたとともにおられます』とか言われてたじゃないか」
靖之はそう言うと、首に掛けていた白のタオルを、ベールのように自分の頭に掛けた。
「いやな靖之兄さん。ほんとに変なことばっかり言うのね」
真由子が口をとがらして、靖之に近づき、叩こうとすると、靖之はひらりと身をかわした。
するとその時、靖之からふしぎな匂いがした。これは何の匂い? 大人の男の人の匂い? でもお父さんはこんな匂いはしないのに、と真由子は靖之と父の実之の顔を見比べるように思い浮かべた。
秀才で名の通った長男の俊之は、父の実之とよく似た面差しをしていたが、靖之は父の実之とは顔も性格も似ていなかった。もしかして靖之は、母親似だったのかもしれない。しかし真由子は、そんなことを靖之に尋ねることは、もうできないのだった。
真由子が小学五年生の冬、靖之は友人たちと登山に出かけて事故に遭い、突然亡くなってしまったからだった。
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