白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり

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5.兄と妹

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 靖之は中学までは野球と水泳に打ち込んでいたが、高校の時に同級生に山登りに誘われてからは、山登りに夢中になり、大学では登山部に入っていた。

 ある日のこと、真由子は縁側で綾取りをしたり、飼い猫のルビーが毛繕いをしているのを邪魔したりして、一人で遊んでいたがそれも飽きてきたので、庭で登山靴の手入れをしている靖之に話しかけた。
「ねぇ靖之兄さん、また山に行くの? 山登りってそんなにおもしろいの?」
「うん、おもしろいよ。まぁちゃんもいっしょに山へ行こうよ」
「山に登るのって、大変。遠足で山登りして、足が痛くなったもん。疲れちゃった」
 すると靖之はわらった。
「そうか。半日、山に行ったらもう疲れちゃうのか。まだ小さいからなぁ。でもまぁちゃんが大きくなったら、疲れなくなるよ、きっと」登山靴の汚れをブラシでこすりながら靖之は答えた。

「私は山より海の方が好き。だって山って、服も靴も汚れちゃうし、いろいろ困るからイヤだもん……」
 その次にいう言葉に、さすがに真由子ははずかしくなって口ごもった。
「山で困ること? あはは、もしかしてまぁちゃん、トイレのことを言ってるのかな? やっぱり女の子は、そうかもしれないね」
「……知らない!」真由子は靖之に言い当てられて、真っ赤になった。靖之はわらいながら
「あのね、まぁちゃん、兄さんや兄さんの友だちはね、山に登ったらお風呂になんか入らないこともあるんだよ」と言った。
 真由子は驚いた。
「え? 靖之兄さんはお風呂に入らないの? 何日も? ほんとうに?」
「そうだよ。入らないよ」
 登山靴の汚れを落とし終え、靖之は縁側に来ると真由子の隣に腰掛けた。

「靖之兄さん、今度山から帰ってきたら、お家に帰る前に、ぜったいにお風呂屋さんに行ってね。約束して。でないとお家のお風呂が、真っ黒に汚れちゃうもの。そんなお風呂に私、入りたくないわ」
「ひどいなぁ。でもまぁちゃん、山から眺める景色ってね、ほんとにきれいなんだよ。一度まぁちゃんに、見せてあげたいな」
「ダメダメ。トイレもお風呂もないような所なんてきらい、私、ぜったいに行きたくないわ」
 真由子がむきになって首を振るので、靖之はいたずらっぽくわらいながら
「そうか。じゃあ、まぁちゃんがいっしょに山に行ってくれないのなら、兄さんはお義母さんといっしょに山に行こうかな。その間、まぁちゃんはお家でお留守番だよ」と言った。
「ダメよ。お母さんを山へ連れていっちゃダメ。ぜったいにダメ」
「どうしてなんだい?」
「だってお母さんが山へ行ったら、私のご飯はいったいどうなるの? 誰がご飯を作ってくれるのよ」
「なーんだ。まぁちゃんはご飯の心配か。お義母さん、きっと怒るぞ。『まぁちゃん、お母さんが何日もお風呂に入れなくて、真っ黒になってもいいの?』って」
 そう言うと靖之は、真由子のほっぺたを指でつついた。

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