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次女カリナ
七
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博士の研究は、王国を豊かにする。
生活で便利な魔道具を始め、国を守る軍事面の強化、さらには病に対する薬の開発。
これまで様々な発明品が、国を、人々を救ってきた。
だから時々、彼に対して依頼が舞い込んでくることがある。
その日も突然だった。
「博士」
「ん? 何だ?」
「その、王城から騎士の方がお見えに」
「……わかった。五分後にそっちへ向かう」
「わかりました」
わたしは一人で研究室を出る。
図書館の受付には、重苦しい騎士の格好をした男性が待っていた。
騎士がわたしに気付いて振り向く。
「どうでしたか?」
「五分後に来てくださるそうです」
「そうですか。良かった」
「ではこちらへ。先にお部屋へ案内いたします」
研究室で話を聞くわけにはいかない。
あそこの合言葉を知っているのは、ごく一部の人間だけ。
騎士であろうと、それを知ることは許されていない。
わたしが案内したのは、図書館の奥にある応接室。
来客が来た時に使われる部屋だ。
以前にわたしが館長と面接したのも、この部屋だったりする。
五分後――
応接室に博士が入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ、急な訪問に対応して頂きありがとうございます。ナベリス博士」
「うん、で用件は?」
博士が騎士と向かい合って座る。
わたしは博士の後ろに立ち、その様子を見守る。
「これをご覧ください」
騎士が一枚の紙をテーブルに出した。
それには文章と、特別な魔道具で移された写真が載っている。
「ぅ……」
「これは……中々酷い状態だな」
見せられた写真を見て、わたしは背筋が凍るような寒気を感じた。
そこに写っていたのは成人女性の……おそらく遺体だ。
ただの遺体ではなく、全身が紫色に変色し、血管が浮き出ている。
開いた瞳孔と飛び出しそうになっている眼球。
髪の毛も半分くらいは抜け落ち、見るも無残な状態で横たわっていた。
「毒……もしくは薬の類か?」
「いえ、今のところは確定できませんが、おそらく新種の病だと思われます」
博士がピクリと反応を見せる。
その反応の理由を、わたしは察することが出来た。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。最初の発見は一月ほど前になります――」
クレンベルの南には、ハレスタという小さな村がある。
人口は百人ちょっとで、ほとんどが老人と子供。
豊かな森に囲まれたその村で、一人の女性が変死を遂げた。
写真に載っていた女性は、ある日急激な吐き気と幻聴に苛まれた。
翌日には四肢の先端が紫色に変色を始め、翌々日には全身へ廻り、苦しみながら息を引き取ったという。
「初めての死者が出てから、同じような症状に見舞われる方が増えたそうです」
「同じというのは、吐き気と幻聴か?」
「はい」
「その後の経過は?」
「個人差はあるようですが、同様に変色が進み亡くなられた方がほとんど」
「そうか、一応聞いておくが……生き残りは何人いる?」
博士が険しい表情を見せる。
騎士は一瞬だけだまり、重い口を動かす。
「いません。我々が調査に向った時には、全員が亡くなられていました」
「そんな……」
騎士の話によると、異変の知らせが届いたのが一週間前。
その二日後に感染症に対する予防を整え、現地へ向かった時には、手遅れだったという。
「知らせが遅すぎたのだろうな。今の話だけでも、症状は二日から三日で急激に進行する。それでは間に合わない」
博士は冷静に分析していた。
でも、表情はとても険しいままだ。
「遺体は?」
「全て王城の安置室に保管してあります」
「検視の許可は?」
「すでにおりています」
「わかった。ではすぐに向かおう。カリナ、準備をしてくれるか」
「はい」
そうしてわたしと博士は、王城へ向かうことになった。
と言っても、城の内部には入らない。
同じ敷地内にある小さな建物に入り、地下へと続く階段を下る。
そこには鉄で出来た扉があって、棺がたくさん並べられている。
安置室……埋葬前の遺体を一時的に保管する場所。
「全て例の遺体か?」
「はい」
「ならば検視で数体持ち出したい。手を貸してくれ」
「わかりました。どの遺体を?」
「それを今から確認する」
そう言って、博士は躊躇なく前へ進む。
棺を開き、中の遺体を確認していく。
わたしも特に考えもなく、博士の後に続いて中身を確認してしまった。
「うっ……」
失礼なのはわかっている。
それでも、変色した遺体は衝撃的過ぎて、思わず吐きそうになった。
今更だけど、人の遺体を見たのも、これが初めてだった。
「無理をするな。こういうものは見慣れていいものではない」
そう言っている博士は、臆することなく遺体を見て回っている。
まるで、自分のようにはなるなと言っているみたいだ。
その後、博士は三人の遺体を運び出す様に命じた。
検視は別室で行われたが、わたしはそれを見ていない。
遺体を見ただけで吐き気が酷くなったのだから、検視なんて直接見られない。
博士はそんなわたしに、外で待機しているように命じた。
二時間後。
博士は検視を終えて部屋から出てきた。
僅かに残る異臭。
それでも普段通り、顔色一つ変えていない。
わたしはそんな彼を見て、少しだけ怖くなった。
生活で便利な魔道具を始め、国を守る軍事面の強化、さらには病に対する薬の開発。
これまで様々な発明品が、国を、人々を救ってきた。
だから時々、彼に対して依頼が舞い込んでくることがある。
その日も突然だった。
「博士」
「ん? 何だ?」
「その、王城から騎士の方がお見えに」
「……わかった。五分後にそっちへ向かう」
「わかりました」
わたしは一人で研究室を出る。
図書館の受付には、重苦しい騎士の格好をした男性が待っていた。
騎士がわたしに気付いて振り向く。
「どうでしたか?」
「五分後に来てくださるそうです」
「そうですか。良かった」
「ではこちらへ。先にお部屋へ案内いたします」
研究室で話を聞くわけにはいかない。
あそこの合言葉を知っているのは、ごく一部の人間だけ。
騎士であろうと、それを知ることは許されていない。
わたしが案内したのは、図書館の奥にある応接室。
来客が来た時に使われる部屋だ。
以前にわたしが館長と面接したのも、この部屋だったりする。
五分後――
応接室に博士が入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ、急な訪問に対応して頂きありがとうございます。ナベリス博士」
「うん、で用件は?」
博士が騎士と向かい合って座る。
わたしは博士の後ろに立ち、その様子を見守る。
「これをご覧ください」
騎士が一枚の紙をテーブルに出した。
それには文章と、特別な魔道具で移された写真が載っている。
「ぅ……」
「これは……中々酷い状態だな」
見せられた写真を見て、わたしは背筋が凍るような寒気を感じた。
そこに写っていたのは成人女性の……おそらく遺体だ。
ただの遺体ではなく、全身が紫色に変色し、血管が浮き出ている。
開いた瞳孔と飛び出しそうになっている眼球。
髪の毛も半分くらいは抜け落ち、見るも無残な状態で横たわっていた。
「毒……もしくは薬の類か?」
「いえ、今のところは確定できませんが、おそらく新種の病だと思われます」
博士がピクリと反応を見せる。
その反応の理由を、わたしは察することが出来た。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。最初の発見は一月ほど前になります――」
クレンベルの南には、ハレスタという小さな村がある。
人口は百人ちょっとで、ほとんどが老人と子供。
豊かな森に囲まれたその村で、一人の女性が変死を遂げた。
写真に載っていた女性は、ある日急激な吐き気と幻聴に苛まれた。
翌日には四肢の先端が紫色に変色を始め、翌々日には全身へ廻り、苦しみながら息を引き取ったという。
「初めての死者が出てから、同じような症状に見舞われる方が増えたそうです」
「同じというのは、吐き気と幻聴か?」
「はい」
「その後の経過は?」
「個人差はあるようですが、同様に変色が進み亡くなられた方がほとんど」
「そうか、一応聞いておくが……生き残りは何人いる?」
博士が険しい表情を見せる。
騎士は一瞬だけだまり、重い口を動かす。
「いません。我々が調査に向った時には、全員が亡くなられていました」
「そんな……」
騎士の話によると、異変の知らせが届いたのが一週間前。
その二日後に感染症に対する予防を整え、現地へ向かった時には、手遅れだったという。
「知らせが遅すぎたのだろうな。今の話だけでも、症状は二日から三日で急激に進行する。それでは間に合わない」
博士は冷静に分析していた。
でも、表情はとても険しいままだ。
「遺体は?」
「全て王城の安置室に保管してあります」
「検視の許可は?」
「すでにおりています」
「わかった。ではすぐに向かおう。カリナ、準備をしてくれるか」
「はい」
そうしてわたしと博士は、王城へ向かうことになった。
と言っても、城の内部には入らない。
同じ敷地内にある小さな建物に入り、地下へと続く階段を下る。
そこには鉄で出来た扉があって、棺がたくさん並べられている。
安置室……埋葬前の遺体を一時的に保管する場所。
「全て例の遺体か?」
「はい」
「ならば検視で数体持ち出したい。手を貸してくれ」
「わかりました。どの遺体を?」
「それを今から確認する」
そう言って、博士は躊躇なく前へ進む。
棺を開き、中の遺体を確認していく。
わたしも特に考えもなく、博士の後に続いて中身を確認してしまった。
「うっ……」
失礼なのはわかっている。
それでも、変色した遺体は衝撃的過ぎて、思わず吐きそうになった。
今更だけど、人の遺体を見たのも、これが初めてだった。
「無理をするな。こういうものは見慣れていいものではない」
そう言っている博士は、臆することなく遺体を見て回っている。
まるで、自分のようにはなるなと言っているみたいだ。
その後、博士は三人の遺体を運び出す様に命じた。
検視は別室で行われたが、わたしはそれを見ていない。
遺体を見ただけで吐き気が酷くなったのだから、検視なんて直接見られない。
博士はそんなわたしに、外で待機しているように命じた。
二時間後。
博士は検視を終えて部屋から出てきた。
僅かに残る異臭。
それでも普段通り、顔色一つ変えていない。
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