聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

日之影ソラ

文字の大きさ
28 / 46
次女カリナ

しおりを挟む
 世の中にはいる。
 一つのことに夢中になって、周りが見えないくらい頑張れる人が。
 わたしには、そんな彼らの気持ちがわからない。
 だから、知りたいと思った。
 彼がどうして、身体を追い詰めてまで頑張れるのか。

「どうしてとは? 研究のことか?」
「はい」
「それが僕の仕事だからだ」
「……仕事だから、無理してまでやるんですか?」
「当たり前だろう……と、言いたい所だが、それだけではない」

 博士は小さく息をもらす。
 数秒何かを考えたような素振りを見せ、顔を上げてわたしに言う。

「まぁ良いか。君にだけ色々と聞いて、自分のことは話さないでは不公平だな。少々長い話になるが構わないか?」

 わたしはこくりと頷く。
 すると、博士は「そうか」と言い、改まって話し出す。

「僕の生まれは、ここよりずっと小さな村だった。今の僕を見て、どこかの貴族か国の役人の生まれだと勘違いする者も多いが、元々はただの村人だったんだよ」

 僕は母と二人で暮らしていた。
 父の顔は知らない。
 物心つく前に、幼い僕と母を置いてどこかへいなくなってしまったらしい。
 とんだろくでなしだったが、僕は気にしていなかった。
 優しい母と二人で暮らせるだけで、僕は満足だったからだ。
 
 そして、僕が十歳になる頃にグレンベルへと引っ越した。
 小さな村では仕事も少なくて、食べていくのも精一杯だったからだ。
 母が仕事に勤しむ間、僕は図書館に入り浸っていた。
 幼い僕は、世の中の不思議や様々な現象に興味を持ち、それを解き明かしたいと思っていた。
 母はそんな僕を天才だとほめてくれた。
 いつか凄い研究者になって、多くの人から感謝されると。

 僕はその時、初めて将来の夢を見つけた。

 だが、悲しい別れは突然やってきた。
 元々身体が弱かった母は、仕事の疲れから病に倒れてしまう。
 それも偶然流行していた新種の流行病で、治療法も満足に確立されていなかった。
 僕は必死に調べたが、所詮は子供の脳みそだ。
 いくら調べ考えても、治療法なんて見つからない。
 母はみるみる弱っていき、身体を動かせない程になってしまった。
 ベッドで横になり、食事もわずかしか喉を通らない。
 
「ごめん……母さん」

 僕がもっと賢ければ。
 もっと大人で、わがままを通せる力があれば。
 苦しむ母を救えたかもしれないのに……と、何度も後悔した。
 そんな僕に、母はこう言った。

「泣かないで。あなたは立派な子……私の自慢の息子よ」
「母さん……」
「大丈夫、私はずっとあなたを見守っているわ。あなたはきっと、たくさんの人たちに愛される人になる。そういう力があるのよ」

 そんなことはどうでもよかった。
 他人にどう思われようとも、僕には関係ない。
 ただ一人、母が笑ってくれているのなら、それだけで幸せだった。

「ナベリス……たくさんの人を救える……そんな人にあなたは成れるわ」

 それが最後の言葉だった。
 かすれた弱々しい声で、母は僕に言い残したんだ。
 
「多くの人を救う存在になれ。それが母の残した言葉だった。だから僕はここにいる。母の願いを叶えるため、多くの人が救われる研究をしている。それが僕の理由だ」

 博士の話を聞いたわたしの瞳からは、涙が溢れそうになっていた。
 準備していた心が受け止められない悲しい話だったから。
 そして、彼の話から確信が持てた。
 彼は……とても優しい人だ。
 変な人だけど、口は悪いけど、彼の心の根幹には優しさが詰まっている。
 亡くなったお母さんの遺言を守るため、彼は身を粉にして働いているんだ。

「凄いなぁ……」

 わたしには、そんな大層な理由はない。
 聖女として人と関わっていた時も、言われたからやっているだけだった。
 それでも良いと思っていた。
 でも、今はそんな自分が恥ずかしく思える。

「なぜ君を助手にしたのか……だったか?」
「えっ」

 突然、博士の口から出た言葉にわたしは驚く。
 眠っているときにぼそりと漏らした言葉を、博士は聞いていたらしい。
 急に恥ずかしくなって、わたしは目を逸らした。
 そんなわたしに、博士はハッキリという。

「君が自分をどう思っているか、他人がどう考えているかなど、僕には関係のないことだ」
「……」
「ただ、私には君が必要だった。だから助手にしたんだ」

 その瞬間、全身に電流が走ったような感じがした。
 わたしを必要だと言ってくれた。
 他の誰でもない、わたしが必要なのだと。
 ずっと言ってほしかった言葉を、博士はハッキリと口にしてくれた。
 心の底から嬉しさがこみあげてくる。

「最初にも言ったが、君に拒否権はないのだからな。勝手にいなくなられたら困るぞ」
「……はい」

 そんなことはしない。
 今のわたしなら、ちゃんと本心からそう思える。
 
 この人のために頑張ってみよう。

 わたしは生まれて初めて、頑張る目的が出来た気がした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

処理中です...