27 / 46
次女カリナ
五
しおりを挟む
仕事初日を終えた帰り道は、驚くほど足が重たかった。
家に帰ってご飯を食べている間も、疲れの所為で眠気が酷い。
うとうとしていると、アイラが心配そうな顔をして尋ねてくる。
「カリナ大丈夫?」
「大丈夫」
「すっごく眠そうだね~」
「うん」
わたしは適当に答えていた。
アイラが続けて言う。
「司書のお仕事ってそんなに大変なの?」
「大変だけど……これは別の疲れで」
「別?」
ここでハッと気づいて目がさえる。
研究室やナベリス博士のことは、国が管理している秘密。
家族と言えど、無暗に教えるのは違反となり罰せられる危険性がある。
わたしは慌てて誤魔化す。
「ううん、覚えることが多くて大変なの」
「そう? あんまり無理はしちゃ駄目よ?」
「うん。ありがとう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二日目の出勤。
わたしは図書館に到着すると、教えられた通りに服を着替えた。
すでにミーア館長が待っていて、わたしに話しかけてくる。
「おはよう。昨日の疲れはとれたかしら?」
「えっと、はい」
「そう。じゃあ昨日の復習から始めましょうか」
午前中は変わらず館長に仕事を教えてもらう。
昨日教えてもらった所は、何とか覚えていて実践できた。
ほっとしつつも次の仕事がある。
初日に続いて二日目もハードだ。
「じゃあ午後はお願いするわね」
「はい」
午後は研究室でナベリス博士の助手として働く。
たくさん質問された翌日だから、少し行くのが億劫だ。
それでも足を進め、研究室に入って驚かされる。
「えっ……」
「来たか」
「あの、何でもう散らかっているんですか?」
足の踏み場のない部屋。
昨日と全く同じ状況が、二日目にも起こっていた。
さすがのわたしも呆れてしまって、彼に視線を送る。
「あぁ……すまない。昨日の話をまとめていたんだが、中々上手くいかなくてな」
そう言っている彼の目元には、真黒な隈が出来ている。
もしかして昨日は寝ていないのかも。
「今日も新しくわいた疑問を処理したい」
「その前に片付けます」
「そうだな、頼む」
二日目も変わらず質問攻め。
昨日も散々質問したのに、よく新しい質問が出てくるものだ。
呆れを通り越して感心してしまう。
三日目。
同じように午前中は司書として働き、午後は助手として研究室へ。
またしても散らかった部屋を見て、さすがのわたしもため息を漏らす。
「またですか……」
「すまないな。色々と手が回らんのだ」
博士の目元に視線がいく。
昨日よりも真っ黒だ。
間違いなく徹夜しているのだろう。
顔色も良くないからわかる。
「寝たほうが良いと思います」
「そうだな。今取り掛かっている研究がひと段落つけば休むつもりだ」
そんなことを言っていた四日目。
またしても散らかった部屋になっている。
それ以上に驚きなのは、博士の隈がさらに濃くなっていることだった。
「また寝ていないんですか?」
「ああ」
「身体に悪いです」
「わかっている。だがこれを終わらせてから……」
と言いながら、博士はふらついている。
今にも倒れてしまいそうだった。
そんな様子を見せられ、わたしの中の聖女だった自分が騒ぎ出す。
「寝てください」
「いや、これを――」
「いいから寝てください。でないと答えません」
「ぅ……わ、わかった」
博士はしぶしぶ研究室のソファーで横になる。
その数秒後には、穏やかな寝息を立てていた。
やはり眠気を我慢していたようだ。
わたしは純粋に、どうしてそこまで頑張れるんだろうと思った。
それと同じくらい思うことがある。
「何で……わたしを助手にしたのかな?」
ぼそりと呟いて、毛布をかけた。
その後は部屋の片づけを済ませて、研究室を後にする。
「あら? どうしたの?」
ちょうどそこをミーア館長に見られて声をかけられた。
わたしは事情を説明した。
「へぇ~ 彼が言うことを聞いたのね」
「はい、一応……」
「そう」
「あの……どうして博士は、無理をしてまで研究をしているんですか?」
ミーア館長なら知っていると思った。
わたしが質問すると、彼女は優しく微笑んで言う。
「それは自分で聞きなさい。彼が起きてからね」
ポンと肩をたたかれる。
何か意味がありそうだったけど、それ以上は教えてくれなかった。
結局、その日から博士は二日間眠り続け、起きたのは三日後の昼。
わたしが研究室を尋ねると――
「うぅ……うーん!」
「あっ、お目覚めですか?」
「あぁ、君か。今は何時だ?」
「十二時十分です」
博士が時計をぼーっと見つめる。
まだ寝ぼけているのかもしれない。
「何日たっている?」
「えっと、三日です」
「そうか。思いのほか早かったんだな」
どうやらもっと長く眠っていることもあるらしい。
博士の徹夜癖は、ずっと前から続いているのか。
病気の研究や薬を作っている人が、一番健康から遠い生活をしているなんて皮肉なことだと思った。
「では続きを始めようか」
「あの、その前に一つだけ……」
「何だ? 質問か?」
「はい」
「そうか。まぁ良いだろう。何が知りたい?」
わたしはモジモジしながらも、博士に尋ねる。
「どうして……そんなに頑張れるんですか?」
家に帰ってご飯を食べている間も、疲れの所為で眠気が酷い。
うとうとしていると、アイラが心配そうな顔をして尋ねてくる。
「カリナ大丈夫?」
「大丈夫」
「すっごく眠そうだね~」
「うん」
わたしは適当に答えていた。
アイラが続けて言う。
「司書のお仕事ってそんなに大変なの?」
「大変だけど……これは別の疲れで」
「別?」
ここでハッと気づいて目がさえる。
研究室やナベリス博士のことは、国が管理している秘密。
家族と言えど、無暗に教えるのは違反となり罰せられる危険性がある。
わたしは慌てて誤魔化す。
「ううん、覚えることが多くて大変なの」
「そう? あんまり無理はしちゃ駄目よ?」
「うん。ありがとう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二日目の出勤。
わたしは図書館に到着すると、教えられた通りに服を着替えた。
すでにミーア館長が待っていて、わたしに話しかけてくる。
「おはよう。昨日の疲れはとれたかしら?」
「えっと、はい」
「そう。じゃあ昨日の復習から始めましょうか」
午前中は変わらず館長に仕事を教えてもらう。
昨日教えてもらった所は、何とか覚えていて実践できた。
ほっとしつつも次の仕事がある。
初日に続いて二日目もハードだ。
「じゃあ午後はお願いするわね」
「はい」
午後は研究室でナベリス博士の助手として働く。
たくさん質問された翌日だから、少し行くのが億劫だ。
それでも足を進め、研究室に入って驚かされる。
「えっ……」
「来たか」
「あの、何でもう散らかっているんですか?」
足の踏み場のない部屋。
昨日と全く同じ状況が、二日目にも起こっていた。
さすがのわたしも呆れてしまって、彼に視線を送る。
「あぁ……すまない。昨日の話をまとめていたんだが、中々上手くいかなくてな」
そう言っている彼の目元には、真黒な隈が出来ている。
もしかして昨日は寝ていないのかも。
「今日も新しくわいた疑問を処理したい」
「その前に片付けます」
「そうだな、頼む」
二日目も変わらず質問攻め。
昨日も散々質問したのに、よく新しい質問が出てくるものだ。
呆れを通り越して感心してしまう。
三日目。
同じように午前中は司書として働き、午後は助手として研究室へ。
またしても散らかった部屋を見て、さすがのわたしもため息を漏らす。
「またですか……」
「すまないな。色々と手が回らんのだ」
博士の目元に視線がいく。
昨日よりも真っ黒だ。
間違いなく徹夜しているのだろう。
顔色も良くないからわかる。
「寝たほうが良いと思います」
「そうだな。今取り掛かっている研究がひと段落つけば休むつもりだ」
そんなことを言っていた四日目。
またしても散らかった部屋になっている。
それ以上に驚きなのは、博士の隈がさらに濃くなっていることだった。
「また寝ていないんですか?」
「ああ」
「身体に悪いです」
「わかっている。だがこれを終わらせてから……」
と言いながら、博士はふらついている。
今にも倒れてしまいそうだった。
そんな様子を見せられ、わたしの中の聖女だった自分が騒ぎ出す。
「寝てください」
「いや、これを――」
「いいから寝てください。でないと答えません」
「ぅ……わ、わかった」
博士はしぶしぶ研究室のソファーで横になる。
その数秒後には、穏やかな寝息を立てていた。
やはり眠気を我慢していたようだ。
わたしは純粋に、どうしてそこまで頑張れるんだろうと思った。
それと同じくらい思うことがある。
「何で……わたしを助手にしたのかな?」
ぼそりと呟いて、毛布をかけた。
その後は部屋の片づけを済ませて、研究室を後にする。
「あら? どうしたの?」
ちょうどそこをミーア館長に見られて声をかけられた。
わたしは事情を説明した。
「へぇ~ 彼が言うことを聞いたのね」
「はい、一応……」
「そう」
「あの……どうして博士は、無理をしてまで研究をしているんですか?」
ミーア館長なら知っていると思った。
わたしが質問すると、彼女は優しく微笑んで言う。
「それは自分で聞きなさい。彼が起きてからね」
ポンと肩をたたかれる。
何か意味がありそうだったけど、それ以上は教えてくれなかった。
結局、その日から博士は二日間眠り続け、起きたのは三日後の昼。
わたしが研究室を尋ねると――
「うぅ……うーん!」
「あっ、お目覚めですか?」
「あぁ、君か。今は何時だ?」
「十二時十分です」
博士が時計をぼーっと見つめる。
まだ寝ぼけているのかもしれない。
「何日たっている?」
「えっと、三日です」
「そうか。思いのほか早かったんだな」
どうやらもっと長く眠っていることもあるらしい。
博士の徹夜癖は、ずっと前から続いているのか。
病気の研究や薬を作っている人が、一番健康から遠い生活をしているなんて皮肉なことだと思った。
「では続きを始めようか」
「あの、その前に一つだけ……」
「何だ? 質問か?」
「はい」
「そうか。まぁ良いだろう。何が知りたい?」
わたしはモジモジしながらも、博士に尋ねる。
「どうして……そんなに頑張れるんですか?」
1
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる