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長女アイラ
Ⅸ
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「流行病のことですか?」
「ああ、その通りだ」
かしこまった話し方をするハミル。
部屋の壁は薄いから、会話は外の兵士に聞かれている。
いつも通りに話せないもどかしさを感じたのか、互いに小さく微笑む。
「君も知っている通り、クレンベルは現在感染症の流行期に入っている。毎年のことではあるが、今回の病は一味違う。研究班にも動いてもらっているが、どうやら全く別のウイルスに変化しているらしい」
「全く別?」
「そうだ。つまり、薬も従来通りのタイプでは効果がない。今は急いで、新種のウイルスに対抗できる薬を開発してもらっているが……」
「間に合っていない、ですね?」
ハミルがこくりと頷く。
この間に聞いた話より、感染症の強さが増している感じがする。
私は事の重大さを再認識しつつ、彼の話に耳を傾ける。
「進行も早い。子供やお年寄りは免疫力も低く、一度罹患してしまうと命の危険が伴う。すでにクレンベル内だけの死者が百を超えてしまった」
「そ、そんなにたくさん?」
「ああ、これは由々しき事態だ」
ハミルの深刻そうな表情が、全てを物語っている。
私が考えていた以上に、クレンベルの街は良くない状況に陥っているようだ。
「城の者たちも頑張ってはくれている。だがはやり時間が足りない。このまま放置すれば、さらにたくさんの死者が出てしまう。そこで君に協力してもらいたいのは、感染してしまった人々の治療だ」
やっぱりそうか。
内容は話される前から察していた。
治療法の確立されていない新種のウイルスによる感染症。
進行が早く、免疫力の低い者ならわずか数日で死に至る。
とても危険な病だけど、聖女の祈りなら癒すことが出来る。
「薬が完成するまでの間で構わない。街の人々を癒し、一人でも多くの民を救ってほしい」
ハミルはそう言って頭を下げた。
王子が一般人に頭を下げるなんて、普通はありえないことだ。
たとえ彼でも……それほどに切迫した状況だというもの。
神にも縋りたい気分なのかもしれない。
「わかりました。これも主のお導きでしょう。私の祈りが人々を救うのなら、喜んでお受けいたします」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」
ほっと安堵した表情を見せるハミル。
この時、偶然にも考えていることは一致していた。
この悲劇はチャンスに変えられる。
人々を救い導いた正真正銘の聖女――
立派に役目を果たせば、私はこの国にとって必要な存在として認識されるかもしれない。
メルフィス王子の言っていた実績にも数えられるだろう。
このまま放っておけば、街中を呑み込んだ悲劇となってしまう。
だから、私の力で喜劇に変えてしまおう。
その先にある未来を掴むために。
「では頼むぞ、聖女アイラ」
「お任せください。ハミル王子」
目指す場所は同じだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日からハミルの指示に従い、大聖堂で患者の受け入れが始まった。
至近距離の接触による感染拡大を防止するため、普段通りの相談や懺悔は一時的に止めている。
それなのに……
「こ、こんなにたくさん?」
ミスリナが驚くのも無理はない。
大聖堂が開く前から、すでに今までの倍以上の人たちが列を作っている。
これはこれで良くない光景だ。
「聖女様、少し早いですが」
「はい。皆さんを中へ」
私は気合を入れ直した。
扉を開けた途端、聖堂へ人が流れ込んでくる。
聖女の力は万能だけど、全能ではない。
癒しの祈りを施せるのは、一度に三人までが限界だ。
加えて私自身の体力も消耗する。
定刻である夕方まで、押し寄せる人々に祈り続けなければならない。
「お願いだからもってね」
私は自分にしか聞こえない小さな声で、自分自身に訴えかけた。
そして正午。
一旦休憩を挟み、午後に備える。
「ふぅ……」
さすがにきつい。
一日に何人も癒した経験はあっても、この人数は生まれて初めてだ。
何より違うのは、私一人だということ。
前の国で聖女として活動していた頃は、妹二人とも負担を分け合っていた。
その大切さが身に染みる。
そして、やっぱり寂しいと思ってしまう。
修道女たちやユレスさんも一緒だけど、この大変さを共有できるのは自分一人だけだ。
こんな時こそ、私は思ってしまう。
ハミルに会いたいと。
「……駄目ね、私は」
何のために私はこのお願いを引き受けたの?
街の人たちを、ハミルを助けるため。
その先にある未来を掴み取るためでしょ。
だったらこんな所で弱音を吐いている暇はないわ。
まだ一日目。
これが明日も明後日も続く。
もしかすると、もっと先まで続くかもしれない。
パンと自分の頬をたたく。
「頑張らなくっちゃ!」
午後のお務めに向う。
すでに待っている人たちも多く、残り時間で全員を見ることは難しい。
絶え間なく、休みなく次へと並んでいる。
私はひたすらに祈りを捧げ続けた。
「ああ、その通りだ」
かしこまった話し方をするハミル。
部屋の壁は薄いから、会話は外の兵士に聞かれている。
いつも通りに話せないもどかしさを感じたのか、互いに小さく微笑む。
「君も知っている通り、クレンベルは現在感染症の流行期に入っている。毎年のことではあるが、今回の病は一味違う。研究班にも動いてもらっているが、どうやら全く別のウイルスに変化しているらしい」
「全く別?」
「そうだ。つまり、薬も従来通りのタイプでは効果がない。今は急いで、新種のウイルスに対抗できる薬を開発してもらっているが……」
「間に合っていない、ですね?」
ハミルがこくりと頷く。
この間に聞いた話より、感染症の強さが増している感じがする。
私は事の重大さを再認識しつつ、彼の話に耳を傾ける。
「進行も早い。子供やお年寄りは免疫力も低く、一度罹患してしまうと命の危険が伴う。すでにクレンベル内だけの死者が百を超えてしまった」
「そ、そんなにたくさん?」
「ああ、これは由々しき事態だ」
ハミルの深刻そうな表情が、全てを物語っている。
私が考えていた以上に、クレンベルの街は良くない状況に陥っているようだ。
「城の者たちも頑張ってはくれている。だがはやり時間が足りない。このまま放置すれば、さらにたくさんの死者が出てしまう。そこで君に協力してもらいたいのは、感染してしまった人々の治療だ」
やっぱりそうか。
内容は話される前から察していた。
治療法の確立されていない新種のウイルスによる感染症。
進行が早く、免疫力の低い者ならわずか数日で死に至る。
とても危険な病だけど、聖女の祈りなら癒すことが出来る。
「薬が完成するまでの間で構わない。街の人々を癒し、一人でも多くの民を救ってほしい」
ハミルはそう言って頭を下げた。
王子が一般人に頭を下げるなんて、普通はありえないことだ。
たとえ彼でも……それほどに切迫した状況だというもの。
神にも縋りたい気分なのかもしれない。
「わかりました。これも主のお導きでしょう。私の祈りが人々を救うのなら、喜んでお受けいたします」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」
ほっと安堵した表情を見せるハミル。
この時、偶然にも考えていることは一致していた。
この悲劇はチャンスに変えられる。
人々を救い導いた正真正銘の聖女――
立派に役目を果たせば、私はこの国にとって必要な存在として認識されるかもしれない。
メルフィス王子の言っていた実績にも数えられるだろう。
このまま放っておけば、街中を呑み込んだ悲劇となってしまう。
だから、私の力で喜劇に変えてしまおう。
その先にある未来を掴むために。
「では頼むぞ、聖女アイラ」
「お任せください。ハミル王子」
目指す場所は同じだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日からハミルの指示に従い、大聖堂で患者の受け入れが始まった。
至近距離の接触による感染拡大を防止するため、普段通りの相談や懺悔は一時的に止めている。
それなのに……
「こ、こんなにたくさん?」
ミスリナが驚くのも無理はない。
大聖堂が開く前から、すでに今までの倍以上の人たちが列を作っている。
これはこれで良くない光景だ。
「聖女様、少し早いですが」
「はい。皆さんを中へ」
私は気合を入れ直した。
扉を開けた途端、聖堂へ人が流れ込んでくる。
聖女の力は万能だけど、全能ではない。
癒しの祈りを施せるのは、一度に三人までが限界だ。
加えて私自身の体力も消耗する。
定刻である夕方まで、押し寄せる人々に祈り続けなければならない。
「お願いだからもってね」
私は自分にしか聞こえない小さな声で、自分自身に訴えかけた。
そして正午。
一旦休憩を挟み、午後に備える。
「ふぅ……」
さすがにきつい。
一日に何人も癒した経験はあっても、この人数は生まれて初めてだ。
何より違うのは、私一人だということ。
前の国で聖女として活動していた頃は、妹二人とも負担を分け合っていた。
その大切さが身に染みる。
そして、やっぱり寂しいと思ってしまう。
修道女たちやユレスさんも一緒だけど、この大変さを共有できるのは自分一人だけだ。
こんな時こそ、私は思ってしまう。
ハミルに会いたいと。
「……駄目ね、私は」
何のために私はこのお願いを引き受けたの?
街の人たちを、ハミルを助けるため。
その先にある未来を掴み取るためでしょ。
だったらこんな所で弱音を吐いている暇はないわ。
まだ一日目。
これが明日も明後日も続く。
もしかすると、もっと先まで続くかもしれない。
パンと自分の頬をたたく。
「頑張らなくっちゃ!」
午後のお務めに向う。
すでに待っている人たちも多く、残り時間で全員を見ることは難しい。
絶え間なく、休みなく次へと並んでいる。
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