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12.「レベッカ」
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「ん……」
いつの間にか眠っていたらしい。瞼を開ければ既に照明はフットライトのみになっていて、背後から晴輝に抱きしめられていた。小さな寝息が聞こえてくるから、彼もすでに夢の中にいるようだ。
あれからシャワーを浴びようとした凛香についてきて、一緒に部屋のシャワーを浴びた。一応抵抗をしたが、今さらであることくらい凛香も分かっている。一人でゆっくりと汗を流したかったけれど、こんな機会もあまりないかと渋々許してしまったのが間違いだった。色んなところを洗われたり、なんだかんだで再びクタクタになった凛香を、晴輝は甲斐甲斐しくお世話してベッドに寝かせてくれたのだが、今までの距離感はなんだったのかと疑問に思うほど終始くっついてきて、嬉しいやら恥ずかしいやらで。彼は普段からよく気が利くタイプだから、人の世話をするのが好きなのかもしれないと、眠気と抗いながら思っていた。レベッカとしての記憶を思い出してからは、世話をされることを自然に受け入れてしまうので、拍車がかかっているのだろうか?
「別に誰でもってことはないからな。凛香だけだ」
が、どうやら口に出ていたらしい。少し不満そうな声が背後から聞こえてきたけれど、何か言い訳をする前にドライヤーの音が洗面所に響いて、凛香は口を噤んだ。
半分眠りながらなんとか歯磨きをした記憶はあるが、そこからは曖昧である。気付いたら完全に就寝中の状態だったというわけだ。抱きしめられて身動きが取れないので、首だけを何とか動かして時間を確認したが、まだ夜中の二時。もうひと眠りできそうだ。身体全体が気怠く、人肌の温かさも相まってフワフワと再び瞼が落ちてくる。
「……レベッカ」
背後から聞こえた名前に意識が一気に覚醒する。リラックスして凪いていたはずの鼓動も徐々にうるさくなっていく。それでも聞き間違いかと思おうとした少しあと。
「レベッカ……やっと」
「……っ!」
『レベッカ』と、確かに晴輝はそう言った。 彼に聞こえてしまいそうなほどドッドッと心臓が暴れ出す一方で、身体はどんどん冷えていく。どうして? 頭の中がハテナで埋め尽くされていくと同時に、どこかでやっぱり、という思いもあり。
――やはり晴輝はエルバートの生まれ変わりなのだろうか? そう考えると口数の少なさとか、真面目なところなどに共通点を見出してしまう。しかもこんな寝言なんて凛香とレベッカをイコールで繋いでいないと出てこないはず。
(だとしても、どうしてあれほど嫌って婚約破棄までした『レベッカ』と、今さら付き合う気になったのかしら)
周囲からの圧力や最悪廃位などの憂き目に遭ったり、婚約破棄を大きく反省する何かがあったとか? レベッカは領地へと移住してから王都の人とは関わらずに人生を終えたので、彼のその後が分からないけれど、レベッカが死んだことに対する贖罪もあり得るけれど。
晴輝のことは愛しているし深い関係になったことに後悔はないが、クライヴだったらよかったのに、と胸の奥のレベッカが声を上げている。そうでないならいっそ誰でもない人が良かった。
『レベッカ様』
穏やかに呼ぶクライヴの声が聞こえてくるようで胸が痛い。お嬢様、と呼んでくれることもあったが、『レベッカ』と呼び捨てにされたことがないから、彼ではあり得ない。クライヴには自由になって欲しいと思ってはいたのは事実だが、こうして縁が切れたことをあまりにも寂しく思うのは、やはり心のどこかで今世で巡り合う奇跡を期待していたのかもしれない。
「…………っふ」
鼻の奥がツンと痛んで、零れ落ちた涙が枕に沁み込む。凛香のではない、レベッカの涙だ。彼女のおかげで高校からは俯かずに、前を向いて生活できたから感謝している。彼女が苦労して培ってきたもののお陰で、凛香は周囲を気にすることなく強くいられた。だから寄り添ってあげたいけれど、エルバートを拒絶しているレベッカと心での共存に不安が募る。
確実なのは晴輝に全てを打ち明けて彼の話も聞くことだが、それで決定的になってしまって、仲がギクシャクしてしまったらどうしよう。関係は始まったばかりだというのに。
距離が近くなってからの晴輝は、エルバートを彷彿とさせることはなかった。凛香は無意識にレベッカの所作に引っ張られてしまうことがあるというのに。そればっかりは凛香が考えたところで、どういう状況なのかが分からないけれど。しかし大学生になってから時折つけるようになった金色のバレッタに、晴輝が視線を向けている時がある。やはり彼も見覚えがあるということだ。
未だに婚約破棄をされる夢を見て夜中に目を覚ましてしまうこともある凛香にとって、エルバートにされた仕打ちには複雑な気分だ。ただ王太子であるエルバートとその婚約者として接した年数は長くても、実際に関わった時間はとても短い。なんせ後半はエルバートから疎まれていたので。もしかしたら本人に自覚はなく、深層心理で存在している記憶の可能性もある。だから凛香が前世について尋ねたことによって、晴輝が思い出してしまったとしたら。
(どうしたらいいの……)
晴輝が愛してくれている以上、穏便に過ごすにはこの件を胸に秘めて触れないことだ。 ただこれからこの先、しこりが大きくなってしまわないだろうか? 凛香としては前世と今世は別として考えているけれど、それでもレベッカの意志が暴走してまったら。
一人悶々と考え込んでいる凛香のことなど気付かず、背後から心地良さそうな寝息が聞こえている。時折猫のように首元にすり寄ってくる彼が愛おしい。うん。大丈夫。凛香は晴輝が好きだ。単なる同級生を経て今の関係になり、こうして気安い会話ができるようになった『今』を一番に考えるべきだ。……けれどいつでも別れを告げられてもいいように心構えはしておいたほうが良いのかもしれない。想像しただけで胸が張り裂けそうになるけれど、晴輝と仲良くなるまで、人を寄せ付けずいたのだからやればできるはず。
それにもうすぐ入社式だから、同じ会社であっても部署が違ったり物理的に距離はできるだろう。つい今までは晴輝とばかりいたけれど、これを機に輪を広げるのもいいかも。無理矢理自分を納得させて、凛香は冴えてしまった目を無理矢理閉じた。眠気は吹き飛んでしまったものの、身体は疲弊していたので、暫くすると眠りの世界に落ちた。
いつの間にか眠っていたらしい。瞼を開ければ既に照明はフットライトのみになっていて、背後から晴輝に抱きしめられていた。小さな寝息が聞こえてくるから、彼もすでに夢の中にいるようだ。
あれからシャワーを浴びようとした凛香についてきて、一緒に部屋のシャワーを浴びた。一応抵抗をしたが、今さらであることくらい凛香も分かっている。一人でゆっくりと汗を流したかったけれど、こんな機会もあまりないかと渋々許してしまったのが間違いだった。色んなところを洗われたり、なんだかんだで再びクタクタになった凛香を、晴輝は甲斐甲斐しくお世話してベッドに寝かせてくれたのだが、今までの距離感はなんだったのかと疑問に思うほど終始くっついてきて、嬉しいやら恥ずかしいやらで。彼は普段からよく気が利くタイプだから、人の世話をするのが好きなのかもしれないと、眠気と抗いながら思っていた。レベッカとしての記憶を思い出してからは、世話をされることを自然に受け入れてしまうので、拍車がかかっているのだろうか?
「別に誰でもってことはないからな。凛香だけだ」
が、どうやら口に出ていたらしい。少し不満そうな声が背後から聞こえてきたけれど、何か言い訳をする前にドライヤーの音が洗面所に響いて、凛香は口を噤んだ。
半分眠りながらなんとか歯磨きをした記憶はあるが、そこからは曖昧である。気付いたら完全に就寝中の状態だったというわけだ。抱きしめられて身動きが取れないので、首だけを何とか動かして時間を確認したが、まだ夜中の二時。もうひと眠りできそうだ。身体全体が気怠く、人肌の温かさも相まってフワフワと再び瞼が落ちてくる。
「……レベッカ」
背後から聞こえた名前に意識が一気に覚醒する。リラックスして凪いていたはずの鼓動も徐々にうるさくなっていく。それでも聞き間違いかと思おうとした少しあと。
「レベッカ……やっと」
「……っ!」
『レベッカ』と、確かに晴輝はそう言った。 彼に聞こえてしまいそうなほどドッドッと心臓が暴れ出す一方で、身体はどんどん冷えていく。どうして? 頭の中がハテナで埋め尽くされていくと同時に、どこかでやっぱり、という思いもあり。
――やはり晴輝はエルバートの生まれ変わりなのだろうか? そう考えると口数の少なさとか、真面目なところなどに共通点を見出してしまう。しかもこんな寝言なんて凛香とレベッカをイコールで繋いでいないと出てこないはず。
(だとしても、どうしてあれほど嫌って婚約破棄までした『レベッカ』と、今さら付き合う気になったのかしら)
周囲からの圧力や最悪廃位などの憂き目に遭ったり、婚約破棄を大きく反省する何かがあったとか? レベッカは領地へと移住してから王都の人とは関わらずに人生を終えたので、彼のその後が分からないけれど、レベッカが死んだことに対する贖罪もあり得るけれど。
晴輝のことは愛しているし深い関係になったことに後悔はないが、クライヴだったらよかったのに、と胸の奥のレベッカが声を上げている。そうでないならいっそ誰でもない人が良かった。
『レベッカ様』
穏やかに呼ぶクライヴの声が聞こえてくるようで胸が痛い。お嬢様、と呼んでくれることもあったが、『レベッカ』と呼び捨てにされたことがないから、彼ではあり得ない。クライヴには自由になって欲しいと思ってはいたのは事実だが、こうして縁が切れたことをあまりにも寂しく思うのは、やはり心のどこかで今世で巡り合う奇跡を期待していたのかもしれない。
「…………っふ」
鼻の奥がツンと痛んで、零れ落ちた涙が枕に沁み込む。凛香のではない、レベッカの涙だ。彼女のおかげで高校からは俯かずに、前を向いて生活できたから感謝している。彼女が苦労して培ってきたもののお陰で、凛香は周囲を気にすることなく強くいられた。だから寄り添ってあげたいけれど、エルバートを拒絶しているレベッカと心での共存に不安が募る。
確実なのは晴輝に全てを打ち明けて彼の話も聞くことだが、それで決定的になってしまって、仲がギクシャクしてしまったらどうしよう。関係は始まったばかりだというのに。
距離が近くなってからの晴輝は、エルバートを彷彿とさせることはなかった。凛香は無意識にレベッカの所作に引っ張られてしまうことがあるというのに。そればっかりは凛香が考えたところで、どういう状況なのかが分からないけれど。しかし大学生になってから時折つけるようになった金色のバレッタに、晴輝が視線を向けている時がある。やはり彼も見覚えがあるということだ。
未だに婚約破棄をされる夢を見て夜中に目を覚ましてしまうこともある凛香にとって、エルバートにされた仕打ちには複雑な気分だ。ただ王太子であるエルバートとその婚約者として接した年数は長くても、実際に関わった時間はとても短い。なんせ後半はエルバートから疎まれていたので。もしかしたら本人に自覚はなく、深層心理で存在している記憶の可能性もある。だから凛香が前世について尋ねたことによって、晴輝が思い出してしまったとしたら。
(どうしたらいいの……)
晴輝が愛してくれている以上、穏便に過ごすにはこの件を胸に秘めて触れないことだ。 ただこれからこの先、しこりが大きくなってしまわないだろうか? 凛香としては前世と今世は別として考えているけれど、それでもレベッカの意志が暴走してまったら。
一人悶々と考え込んでいる凛香のことなど気付かず、背後から心地良さそうな寝息が聞こえている。時折猫のように首元にすり寄ってくる彼が愛おしい。うん。大丈夫。凛香は晴輝が好きだ。単なる同級生を経て今の関係になり、こうして気安い会話ができるようになった『今』を一番に考えるべきだ。……けれどいつでも別れを告げられてもいいように心構えはしておいたほうが良いのかもしれない。想像しただけで胸が張り裂けそうになるけれど、晴輝と仲良くなるまで、人を寄せ付けずいたのだからやればできるはず。
それにもうすぐ入社式だから、同じ会社であっても部署が違ったり物理的に距離はできるだろう。つい今までは晴輝とばかりいたけれど、これを機に輪を広げるのもいいかも。無理矢理自分を納得させて、凛香は冴えてしまった目を無理矢理閉じた。眠気は吹き飛んでしまったものの、身体は疲弊していたので、暫くすると眠りの世界に落ちた。
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