あなたの知らない、それからのこと

羽鳥むぅ

文字の大きさ
12 / 29

12.「レベッカ」

しおりを挟む
「ん……」
 いつの間にか眠っていたらしい。瞼を開ければ既に照明はフットライトのみになっていて、背後から晴輝に抱きしめられていた。小さな寝息が聞こえてくるから、彼もすでに夢の中にいるようだ。

 あれからシャワーを浴びようとした凛香についてきて、一緒に部屋のシャワーを浴びた。一応抵抗をしたが、今さらであることくらい凛香も分かっている。一人でゆっくりと汗を流したかったけれど、こんな機会もあまりないかと渋々許してしまったのが間違いだった。色んなところを洗われたり、なんだかんだで再びクタクタになった凛香を、晴輝は甲斐甲斐しくお世話してベッドに寝かせてくれたのだが、今までの距離感はなんだったのかと疑問に思うほど終始くっついてきて、嬉しいやら恥ずかしいやらで。彼は普段からよく気が利くタイプだから、人の世話をするのが好きなのかもしれないと、眠気と抗いながら思っていた。レベッカとしての記憶を思い出してからは、世話をされることを自然に受け入れてしまうので、拍車がかかっているのだろうか?
「別に誰でもってことはないからな。凛香だけだ」
 が、どうやら口に出ていたらしい。少し不満そうな声が背後から聞こえてきたけれど、何か言い訳をする前にドライヤーの音が洗面所に響いて、凛香は口を噤んだ。
 半分眠りながらなんとか歯磨きをした記憶はあるが、そこからは曖昧である。気付いたら完全に就寝中の状態だったというわけだ。抱きしめられて身動きが取れないので、首だけを何とか動かして時間を確認したが、まだ夜中の二時。もうひと眠りできそうだ。身体全体が気怠く、人肌の温かさも相まってフワフワと再び瞼が落ちてくる。
 
「……レベッカ」
 背後から聞こえた名前に意識が一気に覚醒する。リラックスして凪いていたはずの鼓動も徐々にうるさくなっていく。それでも聞き間違いかと思おうとした少しあと。
「レベッカ……やっと」
「……っ!」
 『レベッカ』と、確かに晴輝はそう言った。 彼に聞こえてしまいそうなほどドッドッと心臓が暴れ出す一方で、身体はどんどん冷えていく。どうして? 頭の中がハテナで埋め尽くされていくと同時に、どこかでやっぱり、という思いもあり。
 
 ――やはり晴輝はエルバートの生まれ変わりなのだろうか? そう考えると口数の少なさとか、真面目なところなどに共通点を見出してしまう。しかもこんな寝言なんて凛香とレベッカをイコールで繋いでいないと出てこないはず。

(だとしても、どうしてあれほど嫌って婚約破棄までした『レベッカ』と、今さら付き合う気になったのかしら)

 周囲からの圧力や最悪廃位などの憂き目に遭ったり、婚約破棄を大きく反省する何かがあったとか? レベッカは領地へと移住してから王都の人とは関わらずに人生を終えたので、彼のその後が分からないけれど、レベッカが死んだことに対する贖罪もあり得るけれど。
 晴輝のことは愛しているし深い関係になったことに後悔はないが、クライヴだったらよかったのに、と胸の奥のレベッカが声を上げている。そうでないならいっそ誰でもない人が良かった。
 
 『レベッカ様』
 穏やかに呼ぶクライヴの声が聞こえてくるようで胸が痛い。お嬢様、と呼んでくれることもあったが、『レベッカ』と呼び捨てにされたことがないから、彼ではあり得ない。クライヴには自由になって欲しいと思ってはいたのは事実だが、こうして縁が切れたことをあまりにも寂しく思うのは、やはり心のどこかで今世で巡り合う奇跡を期待していたのかもしれない。
「…………っふ」
 鼻の奥がツンと痛んで、零れ落ちた涙が枕に沁み込む。凛香のではない、レベッカの涙だ。彼女のおかげで高校からは俯かずに、前を向いて生活できたから感謝している。彼女が苦労して培ってきたもののお陰で、凛香は周囲を気にすることなく強くいられた。だから寄り添ってあげたいけれど、エルバートを拒絶しているレベッカと心での共存に不安が募る。
 確実なのは晴輝に全てを打ち明けて彼の話も聞くことだが、それで決定的になってしまって、仲がギクシャクしてしまったらどうしよう。関係は始まったばかりだというのに。

 距離が近くなってからの晴輝は、エルバートを彷彿とさせることはなかった。凛香は無意識にレベッカの所作に引っ張られてしまうことがあるというのに。そればっかりは凛香が考えたところで、どういう状況なのかが分からないけれど。しかし大学生になってから時折つけるようになった金色のバレッタに、晴輝が視線を向けている時がある。やはり彼も見覚えがあるということだ。
 未だに婚約破棄をされる夢を見て夜中に目を覚ましてしまうこともある凛香にとって、エルバートにされた仕打ちには複雑な気分だ。ただ王太子であるエルバートとその婚約者として接した年数は長くても、実際に関わった時間はとても短い。なんせ後半はエルバートから疎まれていたので。もしかしたら本人に自覚はなく、深層心理で存在している記憶の可能性もある。だから凛香が前世について尋ねたことによって、晴輝が思い出してしまったとしたら。

(どうしたらいいの……)

 晴輝が愛してくれている以上、穏便に過ごすにはこの件を胸に秘めて触れないことだ。 ただこれからこの先、しこりが大きくなってしまわないだろうか? 凛香としては前世と今世は別として考えているけれど、それでもレベッカの意志が暴走してまったら。
 一人悶々と考え込んでいる凛香のことなど気付かず、背後から心地良さそうな寝息が聞こえている。時折猫のように首元にすり寄ってくる彼が愛おしい。うん。大丈夫。凛香は晴輝が好きだ。単なる同級生を経て今の関係になり、こうして気安い会話ができるようになった『今』を一番に考えるべきだ。……けれどいつでも別れを告げられてもいいように心構えはしておいたほうが良いのかもしれない。想像しただけで胸が張り裂けそうになるけれど、晴輝と仲良くなるまで、人を寄せ付けずいたのだからやればできるはず。
 それにもうすぐ入社式だから、同じ会社であっても部署が違ったり物理的に距離はできるだろう。つい今までは晴輝とばかりいたけれど、これを機に輪を広げるのもいいかも。無理矢理自分を納得させて、凛香は冴えてしまった目を無理矢理閉じた。眠気は吹き飛んでしまったものの、身体は疲弊していたので、暫くすると眠りの世界に落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

【短編】婚約解消を望もうとも、婚約者から言葉を聞かない限りは応じませんわ

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 伯爵令嬢のディアナ・アルヴィエは実家と絶縁し、婚約者であるアーレントの実家である辺境領の屋敷で暮らしていた。魔物討伐や結界の管理などを担う即戦力としていたディアナは、アーレンが成人したら結婚する。  はずだった。  王都に突如現れた黒竜討伐へと赴いた婚約者アーレンと様の部下だと名乗る使いから婚約解消の知らせが届く。それと同時に辺境地の結界に亀裂が入り、答え合わせは後回しとなるのだが、同時にカルト集団の奇襲を受けてしまい──!?  両親に愛されなかった令嬢が幸せを受け入れるまでのお話。  年下情緒不安定ヤンデレ騎士×自尊心の低い年上大魔法使いのお話。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...