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14.告白
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「な、晴輝くん!?」
「……っ!」
戸惑いを乗せた声で名を呼ぶと、晴輝はハッとして顔を上げた。どちらも何を言えばいいのか分からず、視線を合わせたまま沈黙が落ちる。すると向こうの角から話し声が聞こえてきて、一足先に凛香が我に返った。足音も近付いてきているように聞こえる。慌てて晴輝の腕を引っ張って立たせると、すんなりと立ち上がってくれて安堵する。跪かれているところを見られたら、また悪役令嬢だなんて言われかねない。ただでさえ年齢を重ねるごとに幼さが抜けた凛香の容姿は、レベッカそっくりで美人ではあるが悪いイメージを持たれやすい。
「こっちに誰か来ちゃうから……今日、帰りの時間が合いそうなら話そうよ」
「分かった……また連絡する」
先ほどあれだけ聞く耳を持ってくれなかったというのに、あっさりと了承してくれた晴輝に小さく息を吐く。凛香は声が聞こえる方とは反対方向に足を向けた。
「じゃあ、私、こっちから行くね。……あとね、他に好きな人ができたとかじゃないから」
振り返りながらそう言うと、晴輝はまだ少しぼんやりとした様子だが、しっかりと頷いていた。それを見届けて、早歩きでその場をあとにしたのだが。
(さっきの、晴輝君の行動、なに……!?)
部署に戻って、自分のデスクについたものの動揺が隠せない。資料のチェックをしながらも、頭は完全に先ほどの回想に持っていかれている。
あれは完全に現代の人の行動ではなかった。『レベッカ』と呼べたのは王族と婚約者だったエルバート、両親のみ。けれどその誰もレベッカに跪くような身分ではない。けれど晴輝は自然にそれをした。一体彼は誰の記憶を持っているのだろう? ざわざわとしたものが胸に渦巻いてくる。……いや、今は仕事に集中しなければ。
凛香は小さく頬を叩くと何とか意識を目の前の資料に移し、いつもより長く感じる残りの就業時間を過ごした。
* * *
「悪い、遅くなった」
「ううん、気にしないで。お疲れ様」
定時で上がった凛香は一足先に帰り道のコーヒースタンドに着き、晴輝を待つこと三十分。走ってきたらしい、息を切らせた晴輝が凛香の前の椅子に座った。
「ドリンク、なにか買ってくる?」
「ゆっくり話せそうな店を予約しといたから、移動しよう」
「分かった」
スマホを見れば、時間はまだ十八時半を過ぎたところだった。幸い明日は休日だから多少話し込んで遅くなっても大丈夫だ。社会人になってからは連絡さえすれば、両親はうるさく言わなくなった。
店を出て並んで歩くも、お互い無言のままで靴音が歩道に響く。高校生の時も、こうして晴輝と無言のまま歩いていたのを思い出した。手を繋ぐどころかもっと離れていたけれど。しかし今の心の距離は、一体どれくらい離れているのだろうか?
晴輝に連れられてきたダイニングカフェは半個室で、確かにこれはじっくりと話をするのによさそうだ。互いに肝心の話題には触れないようにしていたからか、注文している間もいつもよりよそよそしくなっていた。
「昼間のこと……ごめん」
料理が並び始めたころ、晴輝はようやく話し始めた。凛香の背筋も自然と伸びる。
「凛香に避けられているような気がしてから、悪いことばかり浮かんでどうしようもなくて」
「ううん、私こそ紛らわしい態度を取っちゃってごめんね。正直に言うと、どうしたらいいのか分からなくなってたの」
グラスを握る手が震えそうになり、ギュッと強く握った。晴輝のほうを見ていられずに、水滴が指先へ伝っていくのを見つめる。
「それって、どういう意味だ?」
「結果的に理由も言わずに避けてしまったのは申し訳なかったわ。でも……」
「待ってくれ……俺は、別れたくない。ずっと、ずっと好きで、やっと付き合えたのに」
「え……」
会話をいくつか飛ばしたかのような晴輝の言葉が理解できずに視線を上げると、彼は縋るような表情をしていた。その瞬間、別の男性の面影が重なった気がする。レベッカが屋敷を出る前日の……。
「自分でも重いのは分かってる。でもどうしようもなくて……ああ、直して欲しいところがあるなら教えてくれ」
「ちょ、ちょっと待って」
グラスから手を離すと、逃がさないと言わんばかりにしっかりと握り込まれた。この必死さを知っているのは凛香ではなくレベッカだ。何度も励ましてくれた温かい手の記憶に目頭が熱くなって、ポロリと涙が零れ落ちた。
「り、凛香。そんなに嫌なのか……? でも、俺は……」
晴輝が珍しく狼狽え始めたので、ブンブンと勢いよく首を振った。
「違うの! これは私の問題……いえ、変な話かと思うかもしれないけれど、生まれる前の記憶なの」
「生まれる前?」
「うん……」
眉根を寄せる晴輝の表情に、凛香の決意が怯んでしまう。確かにそんな話は荒唐無稽だ。それが原因で態度がおかしかっただなんて、変な女だと嫌われてしまうかもしれないが、ここまで話してなかったことになんてできない。覚悟を決めて口を開いた。
「晴輝君は生まれ変わりってあると思う?」
晴輝から息をのむ音がした。何を言い出したのかと思っているのかもしれない。けれど彼は馬鹿にしたりはしないはず。凛香は祈りながら再び話し始めた。
「自分でも馬鹿げてるのは分かってる。けれどそれにしてはあまりにも鮮明なの」
再び視線を未だ重ねられたままの手へと移す。全てを話し終えたあと、この手は離されてしまうのだろうか。そう思うと怖いけれど、でも……。
「大丈夫。例えどんなに不思議な話だとしても、笑ったりしない。だから安心して話して欲しい」
手が優しく撫でられる。ホッとして肩の力が抜けた。そうだった、今となっては凛香の一番の理解者だ。彼にも前世の記憶がなくても、あったとしても。そしてそれが誰であっても、今日まで一緒に歩んできた日々を信じたい。凛香は顔を上げると晴輝の瞳を見つめた。
「私の前世の話を聞いてくれる?」
「……っ!」
戸惑いを乗せた声で名を呼ぶと、晴輝はハッとして顔を上げた。どちらも何を言えばいいのか分からず、視線を合わせたまま沈黙が落ちる。すると向こうの角から話し声が聞こえてきて、一足先に凛香が我に返った。足音も近付いてきているように聞こえる。慌てて晴輝の腕を引っ張って立たせると、すんなりと立ち上がってくれて安堵する。跪かれているところを見られたら、また悪役令嬢だなんて言われかねない。ただでさえ年齢を重ねるごとに幼さが抜けた凛香の容姿は、レベッカそっくりで美人ではあるが悪いイメージを持たれやすい。
「こっちに誰か来ちゃうから……今日、帰りの時間が合いそうなら話そうよ」
「分かった……また連絡する」
先ほどあれだけ聞く耳を持ってくれなかったというのに、あっさりと了承してくれた晴輝に小さく息を吐く。凛香は声が聞こえる方とは反対方向に足を向けた。
「じゃあ、私、こっちから行くね。……あとね、他に好きな人ができたとかじゃないから」
振り返りながらそう言うと、晴輝はまだ少しぼんやりとした様子だが、しっかりと頷いていた。それを見届けて、早歩きでその場をあとにしたのだが。
(さっきの、晴輝君の行動、なに……!?)
部署に戻って、自分のデスクについたものの動揺が隠せない。資料のチェックをしながらも、頭は完全に先ほどの回想に持っていかれている。
あれは完全に現代の人の行動ではなかった。『レベッカ』と呼べたのは王族と婚約者だったエルバート、両親のみ。けれどその誰もレベッカに跪くような身分ではない。けれど晴輝は自然にそれをした。一体彼は誰の記憶を持っているのだろう? ざわざわとしたものが胸に渦巻いてくる。……いや、今は仕事に集中しなければ。
凛香は小さく頬を叩くと何とか意識を目の前の資料に移し、いつもより長く感じる残りの就業時間を過ごした。
* * *
「悪い、遅くなった」
「ううん、気にしないで。お疲れ様」
定時で上がった凛香は一足先に帰り道のコーヒースタンドに着き、晴輝を待つこと三十分。走ってきたらしい、息を切らせた晴輝が凛香の前の椅子に座った。
「ドリンク、なにか買ってくる?」
「ゆっくり話せそうな店を予約しといたから、移動しよう」
「分かった」
スマホを見れば、時間はまだ十八時半を過ぎたところだった。幸い明日は休日だから多少話し込んで遅くなっても大丈夫だ。社会人になってからは連絡さえすれば、両親はうるさく言わなくなった。
店を出て並んで歩くも、お互い無言のままで靴音が歩道に響く。高校生の時も、こうして晴輝と無言のまま歩いていたのを思い出した。手を繋ぐどころかもっと離れていたけれど。しかし今の心の距離は、一体どれくらい離れているのだろうか?
晴輝に連れられてきたダイニングカフェは半個室で、確かにこれはじっくりと話をするのによさそうだ。互いに肝心の話題には触れないようにしていたからか、注文している間もいつもよりよそよそしくなっていた。
「昼間のこと……ごめん」
料理が並び始めたころ、晴輝はようやく話し始めた。凛香の背筋も自然と伸びる。
「凛香に避けられているような気がしてから、悪いことばかり浮かんでどうしようもなくて」
「ううん、私こそ紛らわしい態度を取っちゃってごめんね。正直に言うと、どうしたらいいのか分からなくなってたの」
グラスを握る手が震えそうになり、ギュッと強く握った。晴輝のほうを見ていられずに、水滴が指先へ伝っていくのを見つめる。
「それって、どういう意味だ?」
「結果的に理由も言わずに避けてしまったのは申し訳なかったわ。でも……」
「待ってくれ……俺は、別れたくない。ずっと、ずっと好きで、やっと付き合えたのに」
「え……」
会話をいくつか飛ばしたかのような晴輝の言葉が理解できずに視線を上げると、彼は縋るような表情をしていた。その瞬間、別の男性の面影が重なった気がする。レベッカが屋敷を出る前日の……。
「自分でも重いのは分かってる。でもどうしようもなくて……ああ、直して欲しいところがあるなら教えてくれ」
「ちょ、ちょっと待って」
グラスから手を離すと、逃がさないと言わんばかりにしっかりと握り込まれた。この必死さを知っているのは凛香ではなくレベッカだ。何度も励ましてくれた温かい手の記憶に目頭が熱くなって、ポロリと涙が零れ落ちた。
「り、凛香。そんなに嫌なのか……? でも、俺は……」
晴輝が珍しく狼狽え始めたので、ブンブンと勢いよく首を振った。
「違うの! これは私の問題……いえ、変な話かと思うかもしれないけれど、生まれる前の記憶なの」
「生まれる前?」
「うん……」
眉根を寄せる晴輝の表情に、凛香の決意が怯んでしまう。確かにそんな話は荒唐無稽だ。それが原因で態度がおかしかっただなんて、変な女だと嫌われてしまうかもしれないが、ここまで話してなかったことになんてできない。覚悟を決めて口を開いた。
「晴輝君は生まれ変わりってあると思う?」
晴輝から息をのむ音がした。何を言い出したのかと思っているのかもしれない。けれど彼は馬鹿にしたりはしないはず。凛香は祈りながら再び話し始めた。
「自分でも馬鹿げてるのは分かってる。けれどそれにしてはあまりにも鮮明なの」
再び視線を未だ重ねられたままの手へと移す。全てを話し終えたあと、この手は離されてしまうのだろうか。そう思うと怖いけれど、でも……。
「大丈夫。例えどんなに不思議な話だとしても、笑ったりしない。だから安心して話して欲しい」
手が優しく撫でられる。ホッとして肩の力が抜けた。そうだった、今となっては凛香の一番の理解者だ。彼にも前世の記憶がなくても、あったとしても。そしてそれが誰であっても、今日まで一緒に歩んできた日々を信じたい。凛香は顔を上げると晴輝の瞳を見つめた。
「私の前世の話を聞いてくれる?」
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