17 / 29
17.記憶のその先
しおりを挟む
レベッカの努力と決意は最悪の方法で打ち砕かれてしまった。
王家主催で行われた盛大なパーティーの中心で、エルバートからの演劇じみた婚約破棄宣言。大切なレベッカが衆目に晒され、倒れそうになりながらも気丈に立つ姿に目の前が真っ赤に染まった。噴水によじ登るレベッカを見つめるしかできなかった幼い日とは違う。隅で待機していたクライヴは、渦中にいるのがレベッカだと気付くと、無意識のうちに人混みをかき分けて駆け付けた。どうしてこんな酷いことができるのか? 同じく駆け付けた公爵のサイモンが後を請け負ってくれたので、クライヴは呆然とする彼女を支えるようにして王城をあとにした。
「お嬢様は何も悪くありません。あいつらがおかしいのです!」
「そんな言葉を使っては駄目よ……」
馬車の中で、憤るクライヴをレベッカは窘めた。顔は青白く、小さく震えているというのに清廉な姿で言われてしまえば、エルバートへの罵詈雑言を飲み込む代わりに唇を噛んだ。せめてもと手を握りしめると、倒れるように凭れかかるレベッカ。たまらず抱きしめたくなるが、何とか耐えた。クライヴにとって大きな存在であるレベッカだが、実際は腕の中にすっぽりと収まりそうなほど小さくて華奢だ。しかし今はそれを許される立場ではないが、クライヴはこれから待ち受けるだろう何もかもから彼女を絶対に守る、と心に決めた。
その後、すぐにレベッカたちの婚約は公に取り消された。張り詰めていた糸が切れたかのように、心神喪失状態のレベッカを憐れに思った公爵夫妻は、これ以上娘が傷つけられないよう領地で療養をさせることに決めた。
貴族の結婚は家のつながりのためには必須だ。なんとかレベッカを王太子妃にしたい輩もいたらしいが、全てサイモンが跳ねのけてくれたらしい。立派な王太子妃になることが愛娘の幸せだと信じ、厳しい日々を無理矢理送らせてきた懺悔も込めらているようだった。
「とにかくレベッカは今まで頑張ってきたのだから、静かなところで何も考えずにゆっくり休ませてあげるのは賛成だ。しかしあの子は一人にして欲しいから誰も連れて行かないと譲らなくてね」
困った様子の公爵夫妻からクライヴが呼び出されたのは領地への出発直前であった。自暴自棄になっているのか、レベッカは供を連れないと突っ撥ねたらしい。当然連れて行ってもらえると思い込んでいたクライヴは慌てた。
「私は今まで同様、傍にいることをお許し頂けると思っていました……一人だなんて、そんなこと色々と危険すぎます!」
「そうでしょう? だからクライヴ、貴方ならレベッカも連れていくだろうから、あとでこっそりと願い出てくれないかしら? それから私たちに無事過ごせているかを定期的に報告して欲しいのよ」
「分かりました。なんとかお嬢様を説得いたします」
レベッカを心底大切に思えばこその行動ばかりだったのに、公爵夫妻がこんなにもクライヴを頼りにしてくれるとは。未婚の男女が二人で過ごすことになるが、そういう面でも信頼されているのだろう。
「もちろん旦那様と奥様の期待を裏切らないよう、指一本触れないと誓います」
王太子妃になれば、護衛を外される可能性も十分あったのだ。それが誰にも邪魔されることなく傍にいられるならと、本心からそう答えたのだが、公爵の答えは意外なものだった。
「……そんなに潔癖にならなくてもいい。お前の為人は知っているからね。二人で過ごして、その上でお前を求めるようであれば、私たちは何も言わない。どうかレベッカをよろしく頼む」
「は、はい……お心遣いありがとうございます。お嬢様に連れていただけるよう絶対に了承をいただいてきます」
クライヴの想いは本人以外には気づかれていたらしい。その上で、王太子妃になろうとするレベッカを見守り続け、さらにこんな状況でも寄り添おうとしてくれる気持ちが嬉しいとも、言ってくれた。
「私たちはもうずいぶんとレベッカの笑顔を見ていないことに気付かされてしまった。どうかもう一度あの子が笑えたらと願うよ」
夫妻は随分とやつれている。婚約破棄の処理だけに留まらず、どうやら身辺整理をしているようだった。今回の件で色々と思うことがあったのだろう。その辺りはクライヴには分からないことだが。
***
「――そこからはレベッカもご存知の、二人きりの生活はとても幸せだった」
「ちょ、ちょっと待って! クライヴは、その私のこと……ずっと、好きだったの?」
うっとりと凛香を見つめながら話す晴輝に、思わず手の平を向けて待ったをかけた。レベッカの知らなかったクライヴの話はとても興味深いものだったのは確かだ。しかし合間に漏らされるクライヴの心情にドキドキしっぱなしだった。一旦整理したかったけれど、途中で話を止めてしまうのもいけないと思って耐えていたのだが、ちょうど区切りがついたので漸く口を挟めた。
「はは、もちろん。『好き』だけでは足りないだろうね。実は凛香の知らない、続きもあるのだから」
そう話す晴輝の瞳は、少し寂しそうだった。
「え……? 続き?」
「そう。奥様からもらった薬を飲んだだろ?」
あ、と小さい声を漏らした。クライヴに好かれていたのに、彼の留守の間になんて酷いことをしてしまったのか。知らなかったとはいえ、大事にしてくれていたクライヴに対する裏切りだ。
「気にしなくていい。あの頃のレベッカ様は特に不安定だったから」
「でも……ごめんなさい。貴方のことを考える余裕がなくて。後始末とか大変だったわよね……私だけ楽になってしまったもの」
今の精神状態ならば客観的に見れるのに、当時はボロボロで何も考えたくなくて生きるのが辛かった。あんな目に遭っておきながら、それでもクライヴに好意を抱く暢気な自分に嫌悪を覚えたのだ。悲痛な面持ちの凛香の肩を優しく抱き寄せながら、晴輝は首を横に振った。
「信じられないだろうが、レベッカは死んではいない。いえ、公爵令嬢だったレベッカ様は亡くなって、あの日からはただのレベッカとして生きたのだから」
「え……? どういうこと……?」
「あれは心身に負担をかけるほどの辛い記憶をなくす薬だ。命を絶つ毒薬などではなく……だからあの後、貴女は公爵令嬢ではないただのレベッカとしての人生を送ったんだ」
王家主催で行われた盛大なパーティーの中心で、エルバートからの演劇じみた婚約破棄宣言。大切なレベッカが衆目に晒され、倒れそうになりながらも気丈に立つ姿に目の前が真っ赤に染まった。噴水によじ登るレベッカを見つめるしかできなかった幼い日とは違う。隅で待機していたクライヴは、渦中にいるのがレベッカだと気付くと、無意識のうちに人混みをかき分けて駆け付けた。どうしてこんな酷いことができるのか? 同じく駆け付けた公爵のサイモンが後を請け負ってくれたので、クライヴは呆然とする彼女を支えるようにして王城をあとにした。
「お嬢様は何も悪くありません。あいつらがおかしいのです!」
「そんな言葉を使っては駄目よ……」
馬車の中で、憤るクライヴをレベッカは窘めた。顔は青白く、小さく震えているというのに清廉な姿で言われてしまえば、エルバートへの罵詈雑言を飲み込む代わりに唇を噛んだ。せめてもと手を握りしめると、倒れるように凭れかかるレベッカ。たまらず抱きしめたくなるが、何とか耐えた。クライヴにとって大きな存在であるレベッカだが、実際は腕の中にすっぽりと収まりそうなほど小さくて華奢だ。しかし今はそれを許される立場ではないが、クライヴはこれから待ち受けるだろう何もかもから彼女を絶対に守る、と心に決めた。
その後、すぐにレベッカたちの婚約は公に取り消された。張り詰めていた糸が切れたかのように、心神喪失状態のレベッカを憐れに思った公爵夫妻は、これ以上娘が傷つけられないよう領地で療養をさせることに決めた。
貴族の結婚は家のつながりのためには必須だ。なんとかレベッカを王太子妃にしたい輩もいたらしいが、全てサイモンが跳ねのけてくれたらしい。立派な王太子妃になることが愛娘の幸せだと信じ、厳しい日々を無理矢理送らせてきた懺悔も込めらているようだった。
「とにかくレベッカは今まで頑張ってきたのだから、静かなところで何も考えずにゆっくり休ませてあげるのは賛成だ。しかしあの子は一人にして欲しいから誰も連れて行かないと譲らなくてね」
困った様子の公爵夫妻からクライヴが呼び出されたのは領地への出発直前であった。自暴自棄になっているのか、レベッカは供を連れないと突っ撥ねたらしい。当然連れて行ってもらえると思い込んでいたクライヴは慌てた。
「私は今まで同様、傍にいることをお許し頂けると思っていました……一人だなんて、そんなこと色々と危険すぎます!」
「そうでしょう? だからクライヴ、貴方ならレベッカも連れていくだろうから、あとでこっそりと願い出てくれないかしら? それから私たちに無事過ごせているかを定期的に報告して欲しいのよ」
「分かりました。なんとかお嬢様を説得いたします」
レベッカを心底大切に思えばこその行動ばかりだったのに、公爵夫妻がこんなにもクライヴを頼りにしてくれるとは。未婚の男女が二人で過ごすことになるが、そういう面でも信頼されているのだろう。
「もちろん旦那様と奥様の期待を裏切らないよう、指一本触れないと誓います」
王太子妃になれば、護衛を外される可能性も十分あったのだ。それが誰にも邪魔されることなく傍にいられるならと、本心からそう答えたのだが、公爵の答えは意外なものだった。
「……そんなに潔癖にならなくてもいい。お前の為人は知っているからね。二人で過ごして、その上でお前を求めるようであれば、私たちは何も言わない。どうかレベッカをよろしく頼む」
「は、はい……お心遣いありがとうございます。お嬢様に連れていただけるよう絶対に了承をいただいてきます」
クライヴの想いは本人以外には気づかれていたらしい。その上で、王太子妃になろうとするレベッカを見守り続け、さらにこんな状況でも寄り添おうとしてくれる気持ちが嬉しいとも、言ってくれた。
「私たちはもうずいぶんとレベッカの笑顔を見ていないことに気付かされてしまった。どうかもう一度あの子が笑えたらと願うよ」
夫妻は随分とやつれている。婚約破棄の処理だけに留まらず、どうやら身辺整理をしているようだった。今回の件で色々と思うことがあったのだろう。その辺りはクライヴには分からないことだが。
***
「――そこからはレベッカもご存知の、二人きりの生活はとても幸せだった」
「ちょ、ちょっと待って! クライヴは、その私のこと……ずっと、好きだったの?」
うっとりと凛香を見つめながら話す晴輝に、思わず手の平を向けて待ったをかけた。レベッカの知らなかったクライヴの話はとても興味深いものだったのは確かだ。しかし合間に漏らされるクライヴの心情にドキドキしっぱなしだった。一旦整理したかったけれど、途中で話を止めてしまうのもいけないと思って耐えていたのだが、ちょうど区切りがついたので漸く口を挟めた。
「はは、もちろん。『好き』だけでは足りないだろうね。実は凛香の知らない、続きもあるのだから」
そう話す晴輝の瞳は、少し寂しそうだった。
「え……? 続き?」
「そう。奥様からもらった薬を飲んだだろ?」
あ、と小さい声を漏らした。クライヴに好かれていたのに、彼の留守の間になんて酷いことをしてしまったのか。知らなかったとはいえ、大事にしてくれていたクライヴに対する裏切りだ。
「気にしなくていい。あの頃のレベッカ様は特に不安定だったから」
「でも……ごめんなさい。貴方のことを考える余裕がなくて。後始末とか大変だったわよね……私だけ楽になってしまったもの」
今の精神状態ならば客観的に見れるのに、当時はボロボロで何も考えたくなくて生きるのが辛かった。あんな目に遭っておきながら、それでもクライヴに好意を抱く暢気な自分に嫌悪を覚えたのだ。悲痛な面持ちの凛香の肩を優しく抱き寄せながら、晴輝は首を横に振った。
「信じられないだろうが、レベッカは死んではいない。いえ、公爵令嬢だったレベッカ様は亡くなって、あの日からはただのレベッカとして生きたのだから」
「え……? どういうこと……?」
「あれは心身に負担をかけるほどの辛い記憶をなくす薬だ。命を絶つ毒薬などではなく……だからあの後、貴女は公爵令嬢ではないただのレベッカとしての人生を送ったんだ」
37
あなたにおすすめの小説
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)
放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」
公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ!
――のはずだったのだが。
「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」
実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!?
物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる!
※表紙はNano Bananaで作成しています
『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』
鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」
婚約破棄をきっかけに、
貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。
彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく――
働かないという選択。
爵位と領地、屋敷を手放し、
領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、
彼女はひっそりと姿を消す。
山の奥で始まるのは、
誰にも評価されず、誰にも感謝せず、
それでも不自由のない、静かな日々。
陰謀も、追手も、劇的な再会もない。
あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、
「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。
働かない。
争わない。
名を残さない。
それでも――
自分の人生を、自分のために選び切る。
これは、
頑張らないことを肯定する物語。
静かに失踪した元貴族令嬢が、
誰にも縛られず生きるまでを描いた、
“何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。
【短編】婚約解消を望もうとも、婚約者から言葉を聞かない限りは応じませんわ
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
伯爵令嬢のディアナ・アルヴィエは実家と絶縁し、婚約者であるアーレントの実家である辺境領の屋敷で暮らしていた。魔物討伐や結界の管理などを担う即戦力としていたディアナは、アーレンが成人したら結婚する。
はずだった。
王都に突如現れた黒竜討伐へと赴いた婚約者アーレンと様の部下だと名乗る使いから婚約解消の知らせが届く。それと同時に辺境地の結界に亀裂が入り、答え合わせは後回しとなるのだが、同時にカルト集団の奇襲を受けてしまい──!?
両親に愛されなかった令嬢が幸せを受け入れるまでのお話。
年下情緒不安定ヤンデレ騎士×自尊心の低い年上大魔法使いのお話。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる