この悪女に溺愛は不要です!

風見ゆうみ

文字の大きさ
7 / 20

7   侮辱罪という言葉をご存知かしら?

しおりを挟む
 頑張った結果、新学年では一番成績の良いクラスに入ることができた。ラッキーなことに、レオン殿下とラブは昨年と同じクラスだったので別クラスだ。隣のクラスではあるが、同じ教室内にいないだけで私のストレスはかなり減った。
 レオン殿下の元側近候補も同じクラスで、彼は早速、新たな人物に取り入ろうとしていた。
 それが、ディーク・トリュー公爵令息だ。彼はトリュー公爵家の次男であり、嫡男ではないが、跡継ぎのいないノルン公爵家などの高位貴族の家に養子に出されるのではないかと噂されている。
 ノルン公爵家の跡継ぎになった場合、私の兄になる形だ。
 ディーク様は黒い髪に赤の瞳を持つ美少年だが、いつも眠そうに目をとろんとさせている。かといって、授業中に居眠りをすることはないし、お父様も彼を絶賛しているので、アンニュイな雰囲気をわざと出しているだけかもしれない。

 彼が攻略対象者の一人なのかはわからないが、ラブはレオン殿下に夢中なので、今のところはディーク様と接触しても良いと判断し、味方を作るためにも交流は取っていた。

 新しいクラスに馴染み始めた頃の放課後。ディーク様が帰り支度をしていた私の席に近づいてきたかと思うと、今にも力尽きてしまうのではないかと心配になるくらい小さな声で話しかけてきた。

「変な噂が立ってる」
「……変な噂、ですか?」
「ああ。君が、レオン殿下を弄んだだけでなく、クブス男爵令嬢に意地悪をする悪女だって」
「教えていただきありがとうございます。ところでディーク様はその話をどこでお聞きになったのですか?」
「食堂」

 食堂には私も行っているが、そのような話が聞こえてこないのは、私が公爵令嬢だからだろう。ノルン公爵家を敵に回したくないわよね。

「多くの人は信用していないけど、一部はクブス男爵令嬢の下僕になっているから気をつけなよ」
「情報をいただきありがとうございます」

 礼を言うと、ディーク様は頷いて去っていった。

 次の日から、私は食堂内の会話を注意深く観察することにした。いつもならば、新しくできた友人と食事を共にしていたけれど、今日は一人で食べることにしたことが功を奏した。ディーク様が言っていた通り、一部の人間の私を見る目がどこか冷ややかなことがわかったのだ。
 今までは友人との会話に集中していたから、周りにそこまで注意を払えていなかったから気がつかなかったみたい。

 そして、一人になったことでラブたちが私に近づきやすくなった。一人で静かに昼食をとっていると、レオン殿下たちがやって来て、私に話しかけてきたのだ。

「とうとうみんなから嫌われて、一人で食事をとるようになったか」
「今日はたまたま一人で食べるようにしただけですわ」
「嘘をつくな。僕の真面目な心を弄び、心に深い傷を負わせたのは君なんだぞ。そんな君が嫌われるのは当たり前のことだ。こうなったのも自業自得だぞ」
「レオン殿下が可哀想! べリアーナ様! いくらレオン殿下がキープだからって、やって良いことと悪いことがあるんですよ!」
「それはこっちの台詞よ」

 レオン殿下の発言だけでも意味がわからなくて苛立ったのに、ラブの発言で我慢ができなくなって言い返してしまった。

 馬鹿を相手にするのは面倒くさい。だけど、公爵令嬢が男爵令嬢に馬鹿にされたままでいるわけにはいかない。
 言い返されると思っていなかったのか、レオン殿下たちは怯んだ様子を見せた。そんな二人に作り笑顔を向けて続ける。

「嘘の話をするにしても、弄んだという言葉の意味をしっかり調べておいたほうがよろしくてよ?」
「ど、どういうことだよ!? 君は僕の純粋な心をおもちゃにしていたじゃないか!」
「どんな時のことをおっしゃっているのですか?」
「僕は君のことが好きだったのに冷たい態度を取ってきていたじゃないか」
「はい?」

 この人が私のことを好きだった時なんて一時でもあったんだろうか。

 私の訝しげな顔を見て、レオン殿下は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「ほらな。そんな冷たい態度だ」
「聞き返しただけですわ。レオン殿下はいつ私のことを好きだったことがあるのです? クブスさんがいらっしゃるまで、私たちは必要以上の会話はしておりませんでしたわよね」
「それは君が冷たかったからだ!」

 レオン殿下は悲しげな顔になって演技を続ける。

「僕は君に愛してもらえないことがショックで、毎晩、どうすれば君に愛してもらえるか考えていた。だけど、もう限界だ。君は他の男と仲良くしている!」

 誰と仲良くしているのだろうか。もしかして、ディーク様のことを言っているんじゃないわよね。
 視線を感じて目を向けると、レオン殿下の横にいるラブと目が合った。彼女は手で口を隠しているから、口角が上がるのを押さえられないみたいね。

「レオン殿下がお可哀想だ」
 
 どこからかそんな声が聞こえてきた。

「それでクブス男爵令嬢が慰めてあげているのか。クブス男爵令嬢は優しい人だな」
「本当だよ。いくら公爵令嬢だからって好き勝手して良いわけじゃないだろ」

 ボソボソと話す男性たちの声が背後から聞こえてきた。振り返ると、大勢の生徒が立っていた。誰が話していたのかは、本人が申し出るか周りが教えてくれない限り、特定が難しそうだ。残念ながら、私の周りにはラブの信者しかいないようなので教えてはくれないだろう。

「べリアーナ様、お願いです。もう、レオン殿下を苦しめることはおやめください」

 ラブは悲しげな表情を作って言った。
 周りに味方がいない状況で、多くの人に誤解されていると分かれば、傷ついて何も言えなくなるかもしれない。

 お生憎様。
 悪女はこんなことくらいで凹む性格ではないのよ。

「あなたがたは侮辱罪という言葉をご存知かしら?」
 
 にこりと微笑むと、レオン殿下たちだけでなく、私の周囲もざわめいたのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

処理中です...