幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

文字の大きさ
29 / 69

29 目的は謝罪ではない?

しおりを挟む
 プリステッド公爵閣下は、体格の良い男性で、黒の短髪にダークブラウンの瞳を持つ、年上好きの若い女性が好みそうな渋い顔立ちの男性だった。

 リアムを訪ねてきたのだけれど、プリステッド公爵令嬢のことで私にも直接謝りたいと言われたらしく、現在、リアムと一緒に私もプリステッド公爵閣下と応接室で向かい合っていた。

「この度は、マオニール公爵と夫人には、我が娘のせいで不快な思いをさせてしまい申し訳ない」

 プリステッド公爵閣下は座ったままではあるけれど、深々と頭を下げられた。

「僕に対してはかまいませんが、妻に対して嫌がらせをしようとしたことは許せません。それに、なぜそこまでご息女を放置しておられたのです?」

 リアムの厳しい口調に、私は慌ててしまう。

 公爵閣下自らが謝りに来られるだなんて滅多にない話だから、リアムがこんな風に言うだなんて思ってもいなかった。

「その点については返す言葉もない。言い訳にはならないが、娘のことは全て妻に任せていた」
「跡継ぎであるご子息のことだけ考えておられたということでしょうか」
「それで間違いない」
「そうとは思えません。あなたがご息女を可愛がっておられることは社交界では有名な話です」

 同じ公爵という爵位ではあるけれど、年齢はプリステッド公爵閣下のほうが上なので、相手に非があるとはいえ、本来ならば、リアムがここまで強く言える立場ではないかもしれない。

 でも、甘い顔をすると、マオニール公爵家の名に傷がついてしまう。

 ただでさえ、私のような男爵令嬢を嫁にもらっているのだから余計にだ。

 もしかすると、プリステッド公爵閣下も私が相手だから、わざとプリステッド公爵令嬢を放置していたのかもしれない。
 私なんかよりもプリステッド公爵令嬢のほうが身分的には釣り合うだろうし、父親からしてみれば、自分の可愛い娘が私なんかに負けるわけがないと思っていたとか?

「今回のことで口頭の謝罪だけで終わるつもりはない。マオニール公爵家と隣接している一部の領地をそちらに譲ろうと思っている」
「自分達がいらない領地を渡すつもりですか?」

 すかさず、リアムが尋ねると、プリステッド公爵閣下は懐から一枚の白い紙を取り出し、リアムに差し出した。
 リアムはそれを受け取り、内容を確認すると小さく息を吐き、プリステッド公爵閣下を睨んだ。

「正気ですか」
「それくらいのことをしたと思っているんだ。だが、一つお願いがある」
「詫びる立場なのにお願いですか」
「それほどの対価があると思っているから言うんだ」
「聞くだけ聞きましょう」

 紙に書いてあった内容がどんなものかはわからないけれど、プリステッド公爵閣下がマオニール公爵家に対して譲渡する領地が、よほどメリットのある場所なのだと思われた。
 プリステッド公爵領には鉱山が多いから、もしかすると、その一部かもしれない。

「夫人にお願いがある」
「……私にですか?」

 まさか、こちらに話がふられるだなんて思っていなかったので、驚きつつも気を引き締める。

「プリステッド公爵、妻を巻き込むのはおやめください」
「そちらの紙に書いてあるだろう。陛下からは許可をもらっている」
「ここには願いをきくように、としか書かれていません。陛下はその願いを知ってらしたんですか?」

 陛下という言葉が飛び出してきたので、思わず驚きの声を上げそうになるのをこらえ、気持ちを落ち着かせてからリアムに尋ねる。

「リアム。何と書かれているんです?」
「一つの鉱山の所有権をマオニール公爵家に渡すことを許すけれど、その条件として、プリステッド公爵の願いを一つだけきくようにと書かれてある」
「そういうことだ。だから、こちらの願いをきいてもらう」

 私の質問に答えてくれたリアムの後に、プリステッド公爵閣下が私に向かって言った。

「お断りします」

 私が何か言う前に、リアムが答え、紙をテーブルの上に置いた。

「マオニール公爵、貴殿は自分が何を言ったかわかっているのか?」
「陛下からの命令書には注意書きで、謝罪を受け入れ、鉱山を諦めるなら、願いはきかなくても良いと書いてあります」
「だからわかっているのかと聞いているんだ! 鉱山が一つ増えればどれだけの利益が領民にもたらされると思ってる!」
「妻一人を守れない領主に、領民を幸せに出来るとは思えません」
「貴様」

 リアムとプリステッド公爵閣下がにらみ合う。 

 私は大きく深呼吸をしたあと、リアムの手を握って言う。

「リアム、私はあなたの妻です。領民の利益になることなのでしたら、話を聞く前から断ることは出来ません」
「アイリス」

 苦痛の表情を浮かべるリアムに微笑んだあと、プリステッド公爵閣下のほうに顔を向けて尋ねる。

「プリステッド公爵閣下の願いとは何なのでしょうか。リアムと離縁しろなど、出来ないことに関してはお断りさせていただきますが、そうでないというのであれば、お話をお聞かせ願えますか」
「……ありがとう」

 プリステッド公爵閣下は私の態度に驚きを隠せないようだった。
 でも、素直に礼を言われたあと、お願いを口にした。

「近々、プリステッド公爵家で開く茶会に、夫人に出席してほしい。それだけだ」
「……夫と話し合ってからお返事いたします」

 お茶会に出席するだけで、鉱山が一つ手に入るというのなら、お安いものと言いたいところだけれど、絶対にそれだけではないはず。

 こうまでしないと、私を表舞台に引きずり出せないと思ったのね。

 まさか、毒殺だなんて恐ろしいことは考えていないでしょうけれど、何か目的があるから、私を呼ぶはずだわ。

 リアムのほうを見ると、眉間のシワをいつも以上に深くして、プリステッド公爵閣下を見つめていた。








ーーーーーーーーーーーーー
この話も含め、しばらくは改稿前になかったお話が続きます。
公爵令嬢へのざまぁとリアムとアイリスのエピソードを楽しんでいただければ嬉しいです!
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~

水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のクラリスは、婚約者のネイサンを支えるため、幼い頃から血の滲むような努力を重ねてきた。社交はもちろん、本来ならしなくても良い執務の補佐まで。 ネイサンは跡継ぎとして期待されているが、そこには必ずと言っていいほどクラリスの尽力があった。 しかし、クラリスはネイサンから婚約破棄を告げられてしまう。 彼の隣には妹エリノアが寄り添っていて、潔く離縁した方が良いと思える状況だった。 「俺は真実の愛を見つけた。だから邪魔しないで欲しい」 「分かりました。二度と貴方には関わりません」 何もかもを諦めて自由になったクラリスは、その時間を満喫することにする。 そんな中、彼女を見つめる者が居て―― ◇5/2 HOTランキング1位になりました。お読みいただきありがとうございます。 ※他サイトでも連載しています

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

処理中です...