幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

文字の大きさ
28 / 69

28 触れてもいいかな?

しおりを挟む
 リアムが意味深な発言をした数日後、新聞には、繁華街の管理を任されていた貴族と、その用心棒の男が捕まったという記事が一面にのせられた。  

 しっかり目を通してみると、貴族や用心棒ノ男達はプリステッド公爵令嬢との関与をほのめかしており、彼女のところにも警察が行っているようだった。

 彼女が一体、何をしたいのかわからないわ。

 ココルに男性を近付けて、どうするつもりだったのかしら?

 公爵家の名を汚すような真似をするくらいに、リアムのことを好きだったのなら、彼の機嫌を損ねた時点で、すぐに気が付いて謝るべきだったのよ。

 リアムは優しいから、許してくれていたかもしれないのに――。

 そう思うと、胸がちくりと痛んだ。

「アイリス……?」

 花瓶の花を変えながら、もやもやしていると、リアムに声を掛けられた。

 リアムの仕事の邪魔にならないように、朝早くに起きて、執務室の花や花瓶の水替えをしていたのに、いつの間にか、彼が執務室で待ってくれるようになってしまった。

 こうなった以上、メイドに頼もうかと思ったけれど、リアムが喜んでくれていると知ったから、私が続けることに決めた。

「申し訳ございません。新聞記事のことを思い出して、考え事をしてしまっていました」

 正しくはそれだけではなかったけれど、怪しまれない答えを返した。

「アイリスが気にすることじゃないよ。僕の管理不足だ」
「ですが、プリステッド公爵令嬢が関わっているのでしたら、私のせいでもあると思うんです」
「そうだとしても、原因は僕であってアイリスじゃない」

 リアムは仕事の手を止め、私のところまで歩いてくると、悲しげな顔をする。

「君を逃がしてあげられなくてごめん。守るつもりなのに、守ってあげられてなくてごめん」
「リアムが私に謝ることなんてありません! それに私はいつもリアムに守ってもらってます! それに、私はここにいたいんです! 逃げたいだなんて思ったことはありません!」
「本当に?」
「本当です!」
「そうか」

 リアムは小さく息を吐いてから微笑む。

「良かった。最近のアイリスは何か悩んでいるようだったから気になってたんだ」
「悩んでなんかいないと言いたいところですが、家族やプリステッド公爵令嬢のことは気になります」
「君の家族については、ここに押しかけようとしてきているけれど近付かせないようにしてるよ」
「お父様やお母様は仕事はどうしているんでしょうか」

 愚問かもしれないけれど、聞いてみる。

「それについては調べていないけど、たぶん、放置しているんじゃないな。だけど、近いうちに、家に帰らざるを得なくなると思う」
「どういう事でしょうか?」
「今、君の家族は街の宿に泊まっているんだけど、そのお金を出しているのは、どうやらプリステッド公爵令嬢なんだ」
「彼女は私の家族を使って、何がしたいのでしょうか?」

 尋ねると、リアムは苦笑する。

「こんなことを言うのもなんだけど、君の家族を僕に近付けて、僕が君と離縁したいと言い出すのを待ってるのかもしれない」
「でも、私の家族がおかしいということは、リアムは結婚前から知っているはずです」

 私とリアムが知り合うきっかけは、家族がリアムに不快な思いをさせたからだもの。
 それは、社交界でも有名な話のはず。

「そうなんだよね。彼女はそのことを忘れてしまっているんだろう」

 リアムは苦笑してから続ける。

「だけど、もう彼女のことで悩む必要はなくなるから安心して?」
「そうなんですか?」
「うん。相手が公爵令嬢だったから、大人しくさせるのに苦労してしまった。その間、嫌な思いをさせてしまってごめん」
「いえ! 私のことはお気になさらないでください!」

 首を何度も横に振ると、リアムが思いもよらなかったことを聞いてくる。

「……触れてもいいかな?」
「え?」
「君に触れてもいいかな?」

 再度、尋ねられて、心臓の鼓動が一気にはやくなる。

「あ、の、どうして」

 そんなことを聞くのですか?

 と口にしようとしたところで、扉がノックされた。

「だ、駄目ではないですが、今はお花の水を替えてきますね! それに誰か来られたようですし!」

 花瓶を抱えて、扉の方に向かう。

「アイリス!」

 リアムに名前を呼ばれ、立ち止まって振り返る。

「なんでしょうか?」
「水はさっき替えたばかりだろ?」
「そ、そうでしたでしょうか? とにかく、扉を開けても良いでしょうか!?」

 私の問いに対してリアムが何か言う前に、扉の向こうから声が返ってきた。

「あ、あの! 出直しますのでお気になさらないでください!」

 声の主は、トーイが休みの日に来てくれている、リアムの側近の声だった。

「……中に入っていいよ。もう、仕事の時間だから」

 リアムが言うと、ゆっくりと扉が開かれた。
 顔だけ覗かせた彼は、なぜか今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 彼と入れかわりに執務室を出て花瓶の水を入れ替えて戻ってきた時には、リアムは仕事モードに入っていた。

 だから、先程の話について、何か言ってくることはなかった。

 というより、ある出来事があって、それどころではなくなってしまったのだと思う。

 ある出来事というのは、プリステッド公爵閣下が、マオニール邸に訪ねてきたいという連絡が入ったからだった。
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

【完結】金貨三枚から始まる運命の出会い~家族に虐げられてきた家出令嬢が田舎町で出会ったのは、SSランクイケメン冒険者でした~

夏芽空
恋愛
両親と妹に虐げられ続けてきたミレア・エルドール。 エルドール子爵家から出ていこうと思ったことは一度や二度ではないが、それでも彼女は家に居続けた。 それは、七年付き合っている大好きな婚約者と離れたくなかったからだ。 だがある日、婚約者に婚約破棄を言い渡されてしまう。 「君との婚約を解消させて欲しい。心から愛せる人を、僕は見つけたんだ」 婚約者の心から愛する人とは、ミレアの妹だった。 迷惑料として、金貨三枚。それだけ渡されて、ミレアは一方的に別れを告げられてしまう。 婚約破棄されたことで、家にいる理由を無くしたミレア。 家族と縁を切り、遠く離れた田舎街で生きて行くことを決めた。 その地でミレアは、冒険者のラルフと出会う。 彼との出会いが、ミレアの運命を大きく変えていくのだった。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

処理中です...