幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

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第二部

17 すれ違う思い

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「セーラは、わざと他の男性に興味があるフリをして、僕の反応を確かめるんだ」

 ディール殿下は両手を組み合わせ、その手に額を当てて言った。

「…どういうことでしょうか?」
「自分に自信がないんだろうね。どんなことをしても僕が許して、彼女を愛し続けるか、試してくるんだよ」
「自分に自信がないという気持ちは、私にもありますので、わからない訳ではないですが、何度も試すのはちょっと……。しかも他人を巻き込んでまではおかしいと思います。いくら、女王陛下であったとしても」

 正直に答えると、ディール殿下は苦笑して頷く。

「彼女の家系は、代々、そういう家系のようだね。だから、この国の女王は歴代、何度も離婚や結婚を繰り返している。それがあるから、国民もそんなものなのだろうと思っているし、性に奔放な人が多く集まってきている。それが悪いとは言わないけどね。あと、女性を優先する社会だから、女性が離婚したいと言い出したら、何がなんでも離婚しなければならないんだ」
「そうなんですね……。勉強不足で申し訳ございません」

 頭を下げると、ディール殿下は首を横に振る。

「いいんだ。そういうつもりで言ったんじゃない」
「あの、実は、私もディール殿下が思ってらっしゃることと同じことを考えていたんです。ただ、自信がないから、という理由だけとは思っておりません」
「……マオニール公爵夫人は、他に意味があると思うのかい?」
「アイリスで結構です。あの、ディール殿下、これは私が考えたことであって、セーラ様の考えではないかもしれません。ですが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「かまわない」
「セーラ様はディール殿下に」

 私が話し始めようとした時だった。
 部屋の外である、酒場の方で何かあったのか、一気に騒がしくなった。

「アイリス!」

 リアムが私の名を呼ぶ声が聞こえ、それと同時にディール殿下の表情が曇った。

「セーラがマオニール公爵に、僕がアイリスを誘惑するという話を伝えたのかもしれない。アイリス、一芝居打つけど安心してくれ。君に何かするつもりは本当にないから」
「え?」

 聞き返したと同時に、ディール殿下は私に近寄ってきた。

「何もしないということはわかっておりますが、そんな辛そうなお顔をされるなら、最初から芝居なんてせずに、ご自分のお気持ちを伝えたらどうなんでしょうか?」

 これは、ちゃんと、お互いの気持ちを伝えあってもらわないと、取り返しのつかないことになる。

 そう思って叫んだ。

 ディール殿下の表情が悲しげに歪んでいく。
 それと共に、私の表情も悲しげなものに変わっていく。

 ディール殿下はディール殿下で、セーラ様に嫌われたくないから必死なんだわ。
 でも、こんなやり方は間違っている。

 騒がしい声はどんどん近付いてきて、開け放たれた扉の向こうにリアムの姿が見えた。

「アイリス…」
 
 リアムは私が今にも泣き出しそうになっているから誤解してしまったようだった。
 彼の表情が見たこともないくらい冷たいものに変わっていく。

「リアム、違うんです!」
「アイリスから離れろ!」

 相手は王配な上に、私達の間には何もないんだから、リアムが何かしたら、彼が罪に問われてしまう!

 慌てて、ディール殿下に向かってくるリアムに叫ぶ。

「駄目です! リアム!」

 私の叫ぶ声は殺気立った彼の耳には届いていないようだった。
 リアムがディール殿下につかみかかろうとした時、使ってはいけないという言葉を叫ぶ。

「リアムいけません! 待てです!」
「……っ!」

 リアムの表情が怒りから困惑のものに変わり、ディール殿下につかみかかろうとしていた腕を戻した。

 人前では犬扱いするな、と言われていたけれど、効果があったのだから、今回は許して欲しい。
 もちろん、後で謝らなくちゃ。

「マオニール公爵、本当に済まなかった」

 ディール殿下が頭を下げるので、リアムが説明を求めるように私を見る。

「セーラ様がディール殿下に私を誘惑するようにお願いしたそうです。ですけど、ディール殿下はセーラ様を本当に愛しておられるので、そんなことはされておられません。ただ、ここでお話をしていただけです」

 私の言葉を聞いて、後から入ってきたセーラ様が、少しだけ驚いた顔で、ディール殿下を見る。

「……ディール」
「ごめんね、セーラ。やっぱり僕には無理だった。僕は君が好きだから、それが無理だとわかっていても、僕だけを見てほしかった。だけど、駄目なんだね……」

 そう言って、ディール殿下は体を折り曲げるようにして、頭を下げてから言った。

「セーラ、少し距離を置かせてくれ」
「そ、そんな……」
「君は僕一人じゃ満足できないんだろ? それに、アイリスに手を出させてまで、マオニール公爵がほしいだなんて言われてるのは、やはり耐えられない。ワガママなんかじゃない。やってはいけないことだ。……わかっていて結婚したはずだったのに、やっぱり辛いんだ。本当にごめん」

 ディール殿下はそこまで言って、私のほうに振り返る。

「アイリス、君にも申し訳ない」
「いえ、殿下に謝られるようなことはされていません。お辛いのはディール殿下のほうです」
「……ありがとう」
「嫌、嫌よ、ディール、待って!」

 歩き出した彼の腕にセーラ様はすがりついた。
 けれど、そんな彼女の腕をゆっくりはがしながら、ディール殿下は言う。

「本当はね、一番の理由は違うんだよ、セーラ。わかってくれる?」
「……どういうこと?」
「……アイリス、君は僕の考えていることがわかるかな?」

 ディール殿下に問われて、私は素直に思ったことを口にする。

「ディール殿下は、セーラ様が愛人を作ると言われるより、ディール殿下に私を口説くように言われたことのほうがショックなんだと思います」
「そんな……」
「アイリスの言う通りだ。僕には君しかいなかったんだよ、セーラ。それなのに、他の女性に手を出せなんて、あまりにもひどすぎる。君がマオニール公爵に夢中になるのはかまわない。いや、それももちろん辛かったよ。だけど、それは最初から覚悟してたから我慢できていたんだ。だけど、君以外の女性に手を出せなんて、君に言われたら……」

 ディール殿下は悲しげな笑みを浮かべると、頭を下げて部屋から出ていく。

「そんな、待って、ディール! 違うの! そんなつもりじゃなかったの!!」

 泣きながら、セーラ様がディール殿下を追いかけていく。
 残された私とリアムは顔を見合わせてから、大きく息を吐いた。

「……何もされてないんだね?」
「もちろんです。ディール殿下の気持ちを聞かれたでしょう?」
「……そうだね」

 二人の姿はもう見えないけれど、去っていった方向を見ながら、リアムが悲しそうな顔をした。

 ディール殿下の気持ちを思うと、彼も切なくなったのかもしれない。

「ごめんなさい、リアム。人前で犬扱いしてしまって」

 謝ってから、人前ではあるけれど、リアムに抱きつく。
 
「……僕が許すと思ってるだろ」
「……駄目ですか?」
「許すけど」

 上目遣いで尋ねると、どこか不満げな口調でリアムは言ったあと、私を抱きしめ返してくれた。
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