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前日譚
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「そうかもしれません。でも、私は私のやり方を大事にしたいです。悪いものだって排除しようとする側も、きっとなにかしらの理由があるんだと思います。でも、悪いものとされる側も好きでなっているんじゃない。苦しんでいるなら、私はそちらも助けたいです」
『でもね、紲の優しさや力は、きっと誰かの助けになるから』
母の言葉が、今も胸に残っている。
「とはいえ、あなたにはあなたの考えがあるでしょうから……」
啖呵を切ったのはいいものの、あまりにも押し付けだったかとわずかに後悔する。
「そんなことをしても報われない方が多いだろう」
あきれたような口調だが、先ほどよりも、いささか声が柔らかい。
「普通の人が見えない、人ではないものを見えるのはある意味、孤独ですから。助けるつもりで自分が救われたいのも事実です」
同情も憐れみもいらない。すべて自分のためだ。
「浄霊ができる人はたくさんいますが、私は私だけですから」
だからこそ、可惜夜の家で過ごす日々が苦しくなる。そこで紲は誰にも言わずに出てきたことを思い出した。
「ごめんなさい、あなた様の邪魔をして。私はこれで失礼します」
さっさと館に戻ろうと視線を帰り道の方に移す。
「……名前は?」
ところが名前を尋ねられ、紲はいぶかしがりながらも答える。
「紲と申します」
あなた様は?と尋ねようとして、やめる。彼が何者なのかは、薄々と感付いていた。男の着物には月に星の月紋が刻まれている。あれは天明家のものだ。
「天明侃彌だ」
名乗られ予想通りと思う前に、驚きで息を呑む。
天明家をこの辺で知らない者はいない。不動産業で財をなし、爵位も持つ名だ。さらには可惜夜家よりも高い霊能力を持ち、そのおかげで軍や政治にも口を出せると聞いている。
しかし、まさか相手が天明家の次期当主とは。義妹の紬は会ったことがあるらしく、彼の能力の高さや外貌についての讃美は聞いていた。
「紲、か」
確認するように、さり気なく名前を呟かれ、反射的に頬が熱くなる。
「し、失礼します」
踵を返し、急いで駆け下りていく。無礼な振る舞いだっただろうか。もしも自分が可惜夜家の者だと知られ、咎められるようなことがあれば、祖父や継母からなにを言われるか。
私は――可惜夜の名前なんていらないのに。
だからさっきも名乗らなかった。
噂には聞いていたものの、天明家の次期当主を見たのは初めてだ。見た目の美しさからは想像もできない冷たさ。おそらくあの一太刀で、自我を失った黒い霊は一瞬で消えただろう。
でもそれは、おそらく彼が、彼の一族が対峙してきた者たちが、自分とは比べ物にならないほど大きく、忌々しく黒い存在もあったからなのかもしれない。
『そのやり方はいずれ身を滅ぼすぞ』
そう、かもしれない。でも、それでもいい。どんなに能力を評価されても、それはあくまでも可惜夜の名声になるだけで、紲自身を見てくれる人はいない。だったらせめて、自分の納得のいくように生きよう。今の人生は、紲にとってあまりにも孤独だった。
『でもね、紲の優しさや力は、きっと誰かの助けになるから』
母の言葉が、今も胸に残っている。
「とはいえ、あなたにはあなたの考えがあるでしょうから……」
啖呵を切ったのはいいものの、あまりにも押し付けだったかとわずかに後悔する。
「そんなことをしても報われない方が多いだろう」
あきれたような口調だが、先ほどよりも、いささか声が柔らかい。
「普通の人が見えない、人ではないものを見えるのはある意味、孤独ですから。助けるつもりで自分が救われたいのも事実です」
同情も憐れみもいらない。すべて自分のためだ。
「浄霊ができる人はたくさんいますが、私は私だけですから」
だからこそ、可惜夜の家で過ごす日々が苦しくなる。そこで紲は誰にも言わずに出てきたことを思い出した。
「ごめんなさい、あなた様の邪魔をして。私はこれで失礼します」
さっさと館に戻ろうと視線を帰り道の方に移す。
「……名前は?」
ところが名前を尋ねられ、紲はいぶかしがりながらも答える。
「紲と申します」
あなた様は?と尋ねようとして、やめる。彼が何者なのかは、薄々と感付いていた。男の着物には月に星の月紋が刻まれている。あれは天明家のものだ。
「天明侃彌だ」
名乗られ予想通りと思う前に、驚きで息を呑む。
天明家をこの辺で知らない者はいない。不動産業で財をなし、爵位も持つ名だ。さらには可惜夜家よりも高い霊能力を持ち、そのおかげで軍や政治にも口を出せると聞いている。
しかし、まさか相手が天明家の次期当主とは。義妹の紬は会ったことがあるらしく、彼の能力の高さや外貌についての讃美は聞いていた。
「紲、か」
確認するように、さり気なく名前を呟かれ、反射的に頬が熱くなる。
「し、失礼します」
踵を返し、急いで駆け下りていく。無礼な振る舞いだっただろうか。もしも自分が可惜夜家の者だと知られ、咎められるようなことがあれば、祖父や継母からなにを言われるか。
私は――可惜夜の名前なんていらないのに。
だからさっきも名乗らなかった。
噂には聞いていたものの、天明家の次期当主を見たのは初めてだ。見た目の美しさからは想像もできない冷たさ。おそらくあの一太刀で、自我を失った黒い霊は一瞬で消えただろう。
でもそれは、おそらく彼が、彼の一族が対峙してきた者たちが、自分とは比べ物にならないほど大きく、忌々しく黒い存在もあったからなのかもしれない。
『そのやり方はいずれ身を滅ぼすぞ』
そう、かもしれない。でも、それでもいい。どんなに能力を評価されても、それはあくまでも可惜夜の名声になるだけで、紲自身を見てくれる人はいない。だったらせめて、自分の納得のいくように生きよう。今の人生は、紲にとってあまりにも孤独だった。
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