王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

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王太子妃、プライベートな冒険

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ある日、クラリスは午前中の執務をちゃっちゃと終わらせると、
市井に下りるための支度を侍女に命じ、
素朴なワンピース姿で私室を出た──そこに待ち構えていたのは、まさかのテオドールであった。

「……テオドール。申し訳ないけど、今日はあなたと遊んでいる暇はないの」

……いや、遊んでもらおうなんて一度も頼んでねぇが?

心の声を押し殺しつつ、テオドールは淡々と告げる。

「殿下がお呼びです」

クラリスは驚いたように目を見開いた。

「殿下が?」

王太子に呼ばれて行かないわけにもいかない。
クラリスは露骨に“面倒”という顔でテオドールを睨むと、しぶしぶその後を追って王太子執務室へ向かった。

……ったく、こういう時に限って何なのよ、ほんと間が悪いんだから。

「妃殿下をお連れしました」

テオドールの報告の直後、
相変わらず軽い声が扉の向こうから響く。

「入っていいよ~」

部屋に入ると、フリードリヒを中心に、
クラリスの側近フィリップス、騎士団長ランドールが揃っていた。


……出た。三羽ガラスと、親ガラス。


学園時代、三人を引き連れて学園内を闊歩していたフリードリヒを思い出し、クラリスは嫌なため息を吐いた。

「お呼びですか?」

ぶっきらぼうな声に、フリードリヒはにこやかに応じる。

「君に干渉するつもりは無いんだけどね。気になることが耳に入ってきてさ。
立場上、確認しないわけにもいかないから」

クラリスは眉を寄せる。

「おっしゃる意味がわかりかねますが?」

フリードリヒは“王太子スマイル”をふんだんに振りまきながら質問を投げた。

「クラリス。これからどこへ行くつもり?」

……は?

「どこへって、市井に……」

「町に下りて何を?」

「何をって……」

……なんなん?

フリードリヒを訝しげに見るクラリスに、王太子は穏やかに言葉を継ぐ。

「今までなら、君がどこで誰と会おうが構わない。けど今、君は王太子妃だ」

「存じてますわ」

「忙しい身でありながら、暇を見つけて刺繍をし……それを町に持って下りる──」

フリードリヒが長い指で顎を支え、悩ましげに首を傾げた瞬間、クラリスの視線は鋭くテオドールに突き刺さった。

テオドールは知らぬ顔で前方を見つめている。


……このおしゃべり! ペラッペラと報告したわね!

クラリスはフリードリヒへ向き直り、苛立ちを隠そうともしない。

「単刀直入に言ってください。話の意図が見えませんわ。
私が刺繍をしてはいけませんの?」

「いや、それはいいんだよ。淑女の嗜みだしね。
私が聞きたいのは──その刺繍を“どこへ持って行くのか”」

「お友達へのプレゼントですわ! ……おかしいですか?」

「いや? おかしくないよ。で、その“お友達”とは?」

……。

クラリスが黙りこむと、フリードリヒは小さく笑った。

「君とは犬猿の仲かもしれないが、私の側近はかなり優秀でね。
君があの小屋の主であること、妙に通い詰めている理由……
ひとつ疑問を見つけたら、テオドールは調べずにいられない性質なんだ」

クラリスが恐る恐るテオドールを見ると、
そこには薄気味悪い微笑みが浮かんでいた。

クラリスはそっと視線を外し、ソファで寛ぐフィリップスへ助け舟を求める。

「フィリップス! あなたなら分かるでしょう?
私が王太子妃として恥じる行動などするはずがないと!
毎日一緒にいるのだから、何とか言ってあげて!」

不意に飛んできた“責任回避の羽”をよけるように、フィリップスが答える。

「もちろんです。妃殿下は何事も卒なくこなし、立派な王太子妃でございますよ?」

クラリスはそれ見たことかと言わんばかりにフリードリヒを見る。

「うん、君が優秀なのは知ってる。
私が案じているのは、君とスラムの人間との関係だよ」

「王太子妃はスラムへ行ってはいけない……そんな決まりあります?」

「公務として視察に行くなら問題ないよ。
でも、君は“プライベート”で行っているんだろう?」

「……スラムだけを特別扱いするなんておかしいわ。
あそこの人だって、好き好んであんな場所にいるわけじゃないのに!」

「それはすり替えだ。スラムが悪いと言ってるわけじゃない。
むしろその差別を無くすのが私の仕事だよ。
問題は──君が“何のために”そこへ行くのかだ、クラリス」

クラリスは四人の“カラス”たちをきょろきょろ見回し、
ぎゅっと目をつむると──

「もう! 面倒くさい!
とにかく“天に誓って”やましいことはひとつもないわ!
王太子妃として恥じる行動も、殿下の妻として裏切ることも、
一人の人間として恥ずべきことも! 何も、ないの!
いい? それだけ!」

怒鳴り声に、四人の男たちはぽかんと目を白黒させた。

無理もない。
ここにいる男は全員ランズ王国の王族か上級貴族。
令嬢の媚びた声や張り付いた笑顔には慣れ切っているが、
声を荒げる令嬢は──初めての経験だった。

「では、行ってきます!」

クラリスは宣言し、ドスドスと大股で執務室を出ていった。
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