28 / 85
涙のバルコニーにて
しおりを挟む
「何故、言い返されなかったのですか! あれは妃殿下が賜りし物なのでしょう!」
テオドールが半分呆れたように口を開くと、フリードリヒの側近として影に控えていたフィリップスが、落ち着いた口調で答えた。
「まぁまぁ、あの状況では妃殿下も困惑されていたんだよ」
二人のやり取りを横目に、フリードリヒはソファに腰を下ろし、苦笑いを浮かべた。
「いや、クラリスは正解だよ。あそこで『私が賜りし物だ』と同じ土俵に上がる必要はない。クラリスはリントン王女として私に嫁いできたんだから。あのハウスのことは関係ない」
一同、しばし沈黙。
「でも、何故王妃はリザとやらの女性を王宮に留めたのであろうか?」
フィリップスが真剣な表情で考え込んでいると、後から駆けつけたランドールが口を挟む。
「王妃様といえば、近頃エリザベス様がよく王妃様を訪ねられているそうです。さすが王女、王宮内営業に抜かりない」
テオドールはその言葉に、営業の「え」の字もない自分たちの主を見やった。
フリードリヒは微かに笑い、肩の力を抜くようにソファに体を沈めた。
「そんな必要はない。リザを留めたことについては私も驚いたが、まぁ、母上のことだ。何かお考えがあるのだろう」
クラリスが静かに呟いた。
「何かあるのよ」
テオドールは内心でため息をついた。
…出たよ、名探偵ごっこ。
「確かに人には表と裏がある。でも、それにしてもリザは変わり過ぎだもの」
「妃殿下が知らない顔があったというだけです」
テオドールは同じソファに沈み、深く息をついた。
「カーテシー」
「『カーテシー』?」
「そう、あの一度だけ披露したカーテシーよ」
思い出そうとするも、テオドールもフィリップスも記憶が曖昧だ。
「幼い頃、一緒に練習したの。カーテシーにも国によって癖がある。リザにとって初めて覚えたのは間違いなくリントン王国のカーテシー。でも今日のは違った。誰かリザの交友関係に、貴族以上の者がいるってことよ」
…
「どういうこと?」
テオドールは素直に心の声を口にした。
「だから、貴族以上の者が、クラリスを――いや、私かな? とにかく今の王太子チームに爆弾を仕掛けたい者がいるってことさ」
「そんなの、今に始まったことじゃないぞ?」
思ったまま口に出すテオドール。
「なるほど、怪しいな」
フィリップスは顎に手を当て、考え込む。
…え? お前はついて行けてるの?
焦るテオドールが頭を必死に回転させる。
「おかしいと言えば、もう一つある」
ランドールも理解していた。
「アルフレッド殿下は、エリザベス様の部屋へお渡りがない。つまり、子作りしていない。今、王太子派にとって第1王子に後継者が誕生するのが一番の痛手だろう? なのに、だ」
…なるほど、それは確かにおかしい。
テオドールはやっと話に参加でき、安堵する。
…ってか、王太子もしてないけどな?
口にできない思いを胸に、テオドールは静かに息をついた。
その夜、クラリスは静かな王太子宮の寝室を抜け、ひとりバルコニーに出た。
夜景は相変わらず美しく、キラキラと輝く光が今夜のクラリスには余計に辛く、悲しく感じられた。
幼い頃の楽しい思い出――リザとの時間。
忘れていたその日々、ランズ王国に戻ってきた日から探し続けていた、得体の知れない女の子との再会。
そして、力になりたい一心で、王族の財を使わず、自らの手でハンカチに針を刺し続けた時間。
それら全てが、心のフィルムのように脳裏に映し出される。
大きな涙の粒が、自然に頬を伝った。
美しい――クラリスのその悲しげな表情は、純粋に美しいとしか言いようがなかった。
背後から、静かにフリードリヒがクラリスを抱きしめる。
驚いて振り返るクラリスに、フリードリヒは静かに告げた。
「流石はリントン第1王女。そしてランズ王国王太子妃だ。頭が下がるよ。さぁ、泣けばいい」
その言葉と共に、クラリスはフリードリヒの胸に身を預け、堰を切ったかのように声を上げて泣いた。
何年ぶりだろう、このように泣くのは。
第1王女として過ごした日々、決して幸せとは言えない時間。
しかし、ランズ王国に嫁ぎ、周囲には心を開ける側近たちが守ってくれている。
そして何より、ハズレ王子であるフリードリヒは、クラリスの心を言葉にせずとも理解してくれるのだ。
…幸せって、こういうものなのかしら。
クラリスは大きな背中に手を回し、想いを込めて強く抱きしめた。
その時、赤面するフリードリヒの表情は、クラリスにはまだ見えていなかった。
テオドールが半分呆れたように口を開くと、フリードリヒの側近として影に控えていたフィリップスが、落ち着いた口調で答えた。
「まぁまぁ、あの状況では妃殿下も困惑されていたんだよ」
二人のやり取りを横目に、フリードリヒはソファに腰を下ろし、苦笑いを浮かべた。
「いや、クラリスは正解だよ。あそこで『私が賜りし物だ』と同じ土俵に上がる必要はない。クラリスはリントン王女として私に嫁いできたんだから。あのハウスのことは関係ない」
一同、しばし沈黙。
「でも、何故王妃はリザとやらの女性を王宮に留めたのであろうか?」
フィリップスが真剣な表情で考え込んでいると、後から駆けつけたランドールが口を挟む。
「王妃様といえば、近頃エリザベス様がよく王妃様を訪ねられているそうです。さすが王女、王宮内営業に抜かりない」
テオドールはその言葉に、営業の「え」の字もない自分たちの主を見やった。
フリードリヒは微かに笑い、肩の力を抜くようにソファに体を沈めた。
「そんな必要はない。リザを留めたことについては私も驚いたが、まぁ、母上のことだ。何かお考えがあるのだろう」
クラリスが静かに呟いた。
「何かあるのよ」
テオドールは内心でため息をついた。
…出たよ、名探偵ごっこ。
「確かに人には表と裏がある。でも、それにしてもリザは変わり過ぎだもの」
「妃殿下が知らない顔があったというだけです」
テオドールは同じソファに沈み、深く息をついた。
「カーテシー」
「『カーテシー』?」
「そう、あの一度だけ披露したカーテシーよ」
思い出そうとするも、テオドールもフィリップスも記憶が曖昧だ。
「幼い頃、一緒に練習したの。カーテシーにも国によって癖がある。リザにとって初めて覚えたのは間違いなくリントン王国のカーテシー。でも今日のは違った。誰かリザの交友関係に、貴族以上の者がいるってことよ」
…
「どういうこと?」
テオドールは素直に心の声を口にした。
「だから、貴族以上の者が、クラリスを――いや、私かな? とにかく今の王太子チームに爆弾を仕掛けたい者がいるってことさ」
「そんなの、今に始まったことじゃないぞ?」
思ったまま口に出すテオドール。
「なるほど、怪しいな」
フィリップスは顎に手を当て、考え込む。
…え? お前はついて行けてるの?
焦るテオドールが頭を必死に回転させる。
「おかしいと言えば、もう一つある」
ランドールも理解していた。
「アルフレッド殿下は、エリザベス様の部屋へお渡りがない。つまり、子作りしていない。今、王太子派にとって第1王子に後継者が誕生するのが一番の痛手だろう? なのに、だ」
…なるほど、それは確かにおかしい。
テオドールはやっと話に参加でき、安堵する。
…ってか、王太子もしてないけどな?
口にできない思いを胸に、テオドールは静かに息をついた。
その夜、クラリスは静かな王太子宮の寝室を抜け、ひとりバルコニーに出た。
夜景は相変わらず美しく、キラキラと輝く光が今夜のクラリスには余計に辛く、悲しく感じられた。
幼い頃の楽しい思い出――リザとの時間。
忘れていたその日々、ランズ王国に戻ってきた日から探し続けていた、得体の知れない女の子との再会。
そして、力になりたい一心で、王族の財を使わず、自らの手でハンカチに針を刺し続けた時間。
それら全てが、心のフィルムのように脳裏に映し出される。
大きな涙の粒が、自然に頬を伝った。
美しい――クラリスのその悲しげな表情は、純粋に美しいとしか言いようがなかった。
背後から、静かにフリードリヒがクラリスを抱きしめる。
驚いて振り返るクラリスに、フリードリヒは静かに告げた。
「流石はリントン第1王女。そしてランズ王国王太子妃だ。頭が下がるよ。さぁ、泣けばいい」
その言葉と共に、クラリスはフリードリヒの胸に身を預け、堰を切ったかのように声を上げて泣いた。
何年ぶりだろう、このように泣くのは。
第1王女として過ごした日々、決して幸せとは言えない時間。
しかし、ランズ王国に嫁ぎ、周囲には心を開ける側近たちが守ってくれている。
そして何より、ハズレ王子であるフリードリヒは、クラリスの心を言葉にせずとも理解してくれるのだ。
…幸せって、こういうものなのかしら。
クラリスは大きな背中に手を回し、想いを込めて強く抱きしめた。
その時、赤面するフリードリヒの表情は、クラリスにはまだ見えていなかった。
10
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない
咲桜りおな
恋愛
愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。
自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。
どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。
それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。
嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。
悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!
そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。
シナモンと葡萄酒と白銀の魔杖
柳葉うら
恋愛
リーツェル王国の王都の片隅に、夜の間だけ現れるカフェがある。
名前はカフェ銀月亭。店主のエーファは元・氷晶の賢者こと王国最高峰の魔法使い。彼女が早過ぎる引退後に開いた、一風変わった店だ。
エーファは看板フェンリルのシリウスと一緒に店をきりもりするかたわら、大切な「お嬢様」を国外追放した忌々しい王太子に復讐するべく暗躍している。
ある日、エーファと年が近く顔見知りの騎士団長のランベルト・フォン・ロシュフォールが店を訪れた。
エーファの行動を訝しんだランベルトは、見張りのために毎日来るようになる。それに気づいたエーファだが、ランベルトから情報を引き出すためにわざと彼に近づき――腹の探り合いが始まった。
警戒し合っていた二人が、交流を重ねていく間に恋に落ちてしまうお話です。
エーファがカフェで出すスパイスが効いたお菓子やホットワイン、そして頼もしいモフモフ相棒の活躍もお楽しみください。
※アドベントカレンダーとして毎日更新する予定ですので応援いただけますと嬉しいです
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる