27 / 85
スラム街の王族
しおりを挟む
スラム街の王族という名のゴシップは、瞬く間に大陸中を駆け巡った。ランズ王国はその中心にいる「リザ」とやらの女性を、秘密裏に王宮へ召喚したのである。
リザ召喚の場には、国王、王妃、フリードリヒ、クラリス、アルフレッド第1王子とその妃エリザベス、第3王子ヨハネスだけが立ち会った。
リザは簡素なワンピース姿であったが、凛と背筋を伸ばし、その姿はまるで令嬢。ドレスを着せたら、王宮にふさわしい上品さを持つ少女と見紛うほどであった。
国王は短く問いかける。
「リザと言ったか。君は何故ここに呼ばれているかわかるか?」
リザは少し戸惑った表情で答えた。
「申し訳ありません、よく理解が出来ておりません」
国王は一つ頷くと、さらに問いを続ける。
「スラム街に住む王族とやらの噂が大きくなってきている。単刀直入に問おう。君は王族なのか?」
リザはキョトンとした表情で国王を見つめた。
その視線を追うように、王族らも彼女を見守る。リザはその視線を恐れることなく微笑み、控えめながらも座るクラリスを見つけると、驚いたような表情を浮かべた。しかしクラリスは、静かに微笑み返す。
「私はメリーおばさんに育てられました。物心がついた時には両親はいませんでした。メリーおばさんが私を育てることになった経緯も聞く前に、おばさんも亡くなり、私は一人ぼっちになりました」
謁見の間は静まり返り、リザの声だけが響いた。
「メリーおばさんが亡くなる前、私が一人ぼっちになったらここを訪ねなさいと、地図を一枚渡してくれました」
王族たちは息を潜め、前のめり気味に聞き入る。
「その地図に書かれていたのが、ここの前にある湖でした」
クラリスは頷き、控えるテオドールを横目で見た。テオドールはクラリスに目もくれず、リザを鋭く見つめている。
「その湖へ毎日通っていたある日、男性から声を掛けられました。その男性が、後に先代国王陛下と知ることになるのです。国王陛下とは知らず、まるで会ったことのない父の影と重ね、とても幸せな気持ちでした」
クラリスもまた、懐かしむように目を閉じて耳を傾ける。
「そうしたある日、一人の女の子が現れ、私たちの間に入り込んできたのです」
クラリスは目を開き、リザを見つめる。
…?
「国王陛下は、私がドールハウスに憧れている話をよくしていたため、この王宮の森の中に小さなお家を建ててくれました。その女の子と一緒に、よく遊んでいました」
…え?
「しかし、そのお家の鍵はその女の子が持って行ってしまいました。先代がお亡くなりになった後は、ここへ来ることもありませんでした」
…待って、どうしてそうなる?
クラリスはリザを見つめるが、リザは視線を跳ね返すように国王を見据える。
「その女の子は数年後、再び私の前に現れました。先代から賜ったお家のおかげで幸せそうにしていました」
…
クラリスは頭の中が揺さぶられる感覚に襲われる。
「幸せそうとは?」
国王が問いかけると、リザは静かに答えた。
「詳しくは話してくれませんでしたが、充実しているように見えました。何より、やっと自由になれると嬉しそうでした。私は先代から賜ったお家の価値は存じません。その価値よりも、先代との時間が大切だったのです。しかし、その子はお家の価値に目がくらんでしまいました。それが、私にとって何より辛く、悲しかったのです」
クラリスは驚きのあまり、涙を堪えつつリザを見つめる。
しばらくの静寂の後、口を開いたのはランズ王国王太子、フリードリヒであった。
「君は国王陛下の問いに答えないのか? 国王陛下は君が王族かどうかを問われたんだ。その答えはイエスかノーか、あるいは知らないかだ。君の話は、あたかも先代国王が君の父親だといいなという希望的観測だろう?」
一見冷たいが、至極まっとうな指摘である。リザはフリードリヒに視線を移し、隣のクラリスに向けて膝を折った。
「国王陛下、私はスラム街に住んでおりましたので、国の情勢を理解できておりませんでした。お詫び申し上げます」
国王は短く頷いた。
「よい」
「先程のお話の女の子が、ここにいらっしゃいます」
国王は驚いた表情で問い返す。
「どういうことだ?」
リザは悲しそうな視線をクラリスに向け、静かに言った。
「貴女、あのお家の鍵を持って行ったのは、こういうことだったのですね。だから罪滅ぼしのために、あんなハンカチばかりを送ってきたのですね。確かに貴女のハンカチは高く売れるから助かっていましたし、嬉しかったわ。でもその分、自分は…」
クラリスは、悲しそうな瞳でリザを見つめる。
その隣では、エリザベス王女が表情ひとつ変えず、真っ直ぐ前を見据えていた。
リザ召喚の場には、国王、王妃、フリードリヒ、クラリス、アルフレッド第1王子とその妃エリザベス、第3王子ヨハネスだけが立ち会った。
リザは簡素なワンピース姿であったが、凛と背筋を伸ばし、その姿はまるで令嬢。ドレスを着せたら、王宮にふさわしい上品さを持つ少女と見紛うほどであった。
国王は短く問いかける。
「リザと言ったか。君は何故ここに呼ばれているかわかるか?」
リザは少し戸惑った表情で答えた。
「申し訳ありません、よく理解が出来ておりません」
国王は一つ頷くと、さらに問いを続ける。
「スラム街に住む王族とやらの噂が大きくなってきている。単刀直入に問おう。君は王族なのか?」
リザはキョトンとした表情で国王を見つめた。
その視線を追うように、王族らも彼女を見守る。リザはその視線を恐れることなく微笑み、控えめながらも座るクラリスを見つけると、驚いたような表情を浮かべた。しかしクラリスは、静かに微笑み返す。
「私はメリーおばさんに育てられました。物心がついた時には両親はいませんでした。メリーおばさんが私を育てることになった経緯も聞く前に、おばさんも亡くなり、私は一人ぼっちになりました」
謁見の間は静まり返り、リザの声だけが響いた。
「メリーおばさんが亡くなる前、私が一人ぼっちになったらここを訪ねなさいと、地図を一枚渡してくれました」
王族たちは息を潜め、前のめり気味に聞き入る。
「その地図に書かれていたのが、ここの前にある湖でした」
クラリスは頷き、控えるテオドールを横目で見た。テオドールはクラリスに目もくれず、リザを鋭く見つめている。
「その湖へ毎日通っていたある日、男性から声を掛けられました。その男性が、後に先代国王陛下と知ることになるのです。国王陛下とは知らず、まるで会ったことのない父の影と重ね、とても幸せな気持ちでした」
クラリスもまた、懐かしむように目を閉じて耳を傾ける。
「そうしたある日、一人の女の子が現れ、私たちの間に入り込んできたのです」
クラリスは目を開き、リザを見つめる。
…?
「国王陛下は、私がドールハウスに憧れている話をよくしていたため、この王宮の森の中に小さなお家を建ててくれました。その女の子と一緒に、よく遊んでいました」
…え?
「しかし、そのお家の鍵はその女の子が持って行ってしまいました。先代がお亡くなりになった後は、ここへ来ることもありませんでした」
…待って、どうしてそうなる?
クラリスはリザを見つめるが、リザは視線を跳ね返すように国王を見据える。
「その女の子は数年後、再び私の前に現れました。先代から賜ったお家のおかげで幸せそうにしていました」
…
クラリスは頭の中が揺さぶられる感覚に襲われる。
「幸せそうとは?」
国王が問いかけると、リザは静かに答えた。
「詳しくは話してくれませんでしたが、充実しているように見えました。何より、やっと自由になれると嬉しそうでした。私は先代から賜ったお家の価値は存じません。その価値よりも、先代との時間が大切だったのです。しかし、その子はお家の価値に目がくらんでしまいました。それが、私にとって何より辛く、悲しかったのです」
クラリスは驚きのあまり、涙を堪えつつリザを見つめる。
しばらくの静寂の後、口を開いたのはランズ王国王太子、フリードリヒであった。
「君は国王陛下の問いに答えないのか? 国王陛下は君が王族かどうかを問われたんだ。その答えはイエスかノーか、あるいは知らないかだ。君の話は、あたかも先代国王が君の父親だといいなという希望的観測だろう?」
一見冷たいが、至極まっとうな指摘である。リザはフリードリヒに視線を移し、隣のクラリスに向けて膝を折った。
「国王陛下、私はスラム街に住んでおりましたので、国の情勢を理解できておりませんでした。お詫び申し上げます」
国王は短く頷いた。
「よい」
「先程のお話の女の子が、ここにいらっしゃいます」
国王は驚いた表情で問い返す。
「どういうことだ?」
リザは悲しそうな視線をクラリスに向け、静かに言った。
「貴女、あのお家の鍵を持って行ったのは、こういうことだったのですね。だから罪滅ぼしのために、あんなハンカチばかりを送ってきたのですね。確かに貴女のハンカチは高く売れるから助かっていましたし、嬉しかったわ。でもその分、自分は…」
クラリスは、悲しそうな瞳でリザを見つめる。
その隣では、エリザベス王女が表情ひとつ変えず、真っ直ぐ前を見据えていた。
2
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない
咲桜りおな
恋愛
愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。
自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。
どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。
それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。
嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。
悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!
そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。
『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』
鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」
婚約破棄をきっかけに、
貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。
彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく――
働かないという選択。
爵位と領地、屋敷を手放し、
領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、
彼女はひっそりと姿を消す。
山の奥で始まるのは、
誰にも評価されず、誰にも感謝せず、
それでも不自由のない、静かな日々。
陰謀も、追手も、劇的な再会もない。
あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、
「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。
働かない。
争わない。
名を残さない。
それでも――
自分の人生を、自分のために選び切る。
これは、
頑張らないことを肯定する物語。
静かに失踪した元貴族令嬢が、
誰にも縛られず生きるまでを描いた、
“何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる