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涙のバルコニーにて
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「何故、言い返されなかったのですか! あれは妃殿下が賜りし物なのでしょう!」
テオドールが半分呆れたように口を開くと、フリードリヒの側近として影に控えていたフィリップスが、落ち着いた口調で答えた。
「まぁまぁ、あの状況では妃殿下も困惑されていたんだよ」
二人のやり取りを横目に、フリードリヒはソファに腰を下ろし、苦笑いを浮かべた。
「いや、クラリスは正解だよ。あそこで『私が賜りし物だ』と同じ土俵に上がる必要はない。クラリスはリントン王女として私に嫁いできたんだから。あのハウスのことは関係ない」
一同、しばし沈黙。
「でも、何故王妃はリザとやらの女性を王宮に留めたのであろうか?」
フィリップスが真剣な表情で考え込んでいると、後から駆けつけたランドールが口を挟む。
「王妃様といえば、近頃エリザベス様がよく王妃様を訪ねられているそうです。さすが王女、王宮内営業に抜かりない」
テオドールはその言葉に、営業の「え」の字もない自分たちの主を見やった。
フリードリヒは微かに笑い、肩の力を抜くようにソファに体を沈めた。
「そんな必要はない。リザを留めたことについては私も驚いたが、まぁ、母上のことだ。何かお考えがあるのだろう」
クラリスが静かに呟いた。
「何かあるのよ」
テオドールは内心でため息をついた。
…出たよ、名探偵ごっこ。
「確かに人には表と裏がある。でも、それにしてもリザは変わり過ぎだもの」
「妃殿下が知らない顔があったというだけです」
テオドールは同じソファに沈み、深く息をついた。
「カーテシー」
「『カーテシー』?」
「そう、あの一度だけ披露したカーテシーよ」
思い出そうとするも、テオドールもフィリップスも記憶が曖昧だ。
「幼い頃、一緒に練習したの。カーテシーにも国によって癖がある。リザにとって初めて覚えたのは間違いなくリントン王国のカーテシー。でも今日のは違った。誰かリザの交友関係に、貴族以上の者がいるってことよ」
…
「どういうこと?」
テオドールは素直に心の声を口にした。
「だから、貴族以上の者が、クラリスを――いや、私かな? とにかく今の王太子チームに爆弾を仕掛けたい者がいるってことさ」
「そんなの、今に始まったことじゃないぞ?」
思ったまま口に出すテオドール。
「なるほど、怪しいな」
フィリップスは顎に手を当て、考え込む。
…え? お前はついて行けてるの?
焦るテオドールが頭を必死に回転させる。
「おかしいと言えば、もう一つある」
ランドールも理解していた。
「アルフレッド殿下は、エリザベス様の部屋へお渡りがない。つまり、子作りしていない。今、王太子派にとって第1王子に後継者が誕生するのが一番の痛手だろう? なのに、だ」
…なるほど、それは確かにおかしい。
テオドールはやっと話に参加でき、安堵する。
…ってか、王太子もしてないけどな?
口にできない思いを胸に、テオドールは静かに息をついた。
その夜、クラリスは静かな王太子宮の寝室を抜け、ひとりバルコニーに出た。
夜景は相変わらず美しく、キラキラと輝く光が今夜のクラリスには余計に辛く、悲しく感じられた。
幼い頃の楽しい思い出――リザとの時間。
忘れていたその日々、ランズ王国に戻ってきた日から探し続けていた、得体の知れない女の子との再会。
そして、力になりたい一心で、王族の財を使わず、自らの手でハンカチに針を刺し続けた時間。
それら全てが、心のフィルムのように脳裏に映し出される。
大きな涙の粒が、自然に頬を伝った。
美しい――クラリスのその悲しげな表情は、純粋に美しいとしか言いようがなかった。
背後から、静かにフリードリヒがクラリスを抱きしめる。
驚いて振り返るクラリスに、フリードリヒは静かに告げた。
「流石はリントン第1王女。そしてランズ王国王太子妃だ。頭が下がるよ。さぁ、泣けばいい」
その言葉と共に、クラリスはフリードリヒの胸に身を預け、堰を切ったかのように声を上げて泣いた。
何年ぶりだろう、このように泣くのは。
第1王女として過ごした日々、決して幸せとは言えない時間。
しかし、ランズ王国に嫁ぎ、周囲には心を開ける側近たちが守ってくれている。
そして何より、ハズレ王子であるフリードリヒは、クラリスの心を言葉にせずとも理解してくれるのだ。
…幸せって、こういうものなのかしら。
クラリスは大きな背中に手を回し、想いを込めて強く抱きしめた。
その時、赤面するフリードリヒの表情は、クラリスにはまだ見えていなかった。
テオドールが半分呆れたように口を開くと、フリードリヒの側近として影に控えていたフィリップスが、落ち着いた口調で答えた。
「まぁまぁ、あの状況では妃殿下も困惑されていたんだよ」
二人のやり取りを横目に、フリードリヒはソファに腰を下ろし、苦笑いを浮かべた。
「いや、クラリスは正解だよ。あそこで『私が賜りし物だ』と同じ土俵に上がる必要はない。クラリスはリントン王女として私に嫁いできたんだから。あのハウスのことは関係ない」
一同、しばし沈黙。
「でも、何故王妃はリザとやらの女性を王宮に留めたのであろうか?」
フィリップスが真剣な表情で考え込んでいると、後から駆けつけたランドールが口を挟む。
「王妃様といえば、近頃エリザベス様がよく王妃様を訪ねられているそうです。さすが王女、王宮内営業に抜かりない」
テオドールはその言葉に、営業の「え」の字もない自分たちの主を見やった。
フリードリヒは微かに笑い、肩の力を抜くようにソファに体を沈めた。
「そんな必要はない。リザを留めたことについては私も驚いたが、まぁ、母上のことだ。何かお考えがあるのだろう」
クラリスが静かに呟いた。
「何かあるのよ」
テオドールは内心でため息をついた。
…出たよ、名探偵ごっこ。
「確かに人には表と裏がある。でも、それにしてもリザは変わり過ぎだもの」
「妃殿下が知らない顔があったというだけです」
テオドールは同じソファに沈み、深く息をついた。
「カーテシー」
「『カーテシー』?」
「そう、あの一度だけ披露したカーテシーよ」
思い出そうとするも、テオドールもフィリップスも記憶が曖昧だ。
「幼い頃、一緒に練習したの。カーテシーにも国によって癖がある。リザにとって初めて覚えたのは間違いなくリントン王国のカーテシー。でも今日のは違った。誰かリザの交友関係に、貴族以上の者がいるってことよ」
…
「どういうこと?」
テオドールは素直に心の声を口にした。
「だから、貴族以上の者が、クラリスを――いや、私かな? とにかく今の王太子チームに爆弾を仕掛けたい者がいるってことさ」
「そんなの、今に始まったことじゃないぞ?」
思ったまま口に出すテオドール。
「なるほど、怪しいな」
フィリップスは顎に手を当て、考え込む。
…え? お前はついて行けてるの?
焦るテオドールが頭を必死に回転させる。
「おかしいと言えば、もう一つある」
ランドールも理解していた。
「アルフレッド殿下は、エリザベス様の部屋へお渡りがない。つまり、子作りしていない。今、王太子派にとって第1王子に後継者が誕生するのが一番の痛手だろう? なのに、だ」
…なるほど、それは確かにおかしい。
テオドールはやっと話に参加でき、安堵する。
…ってか、王太子もしてないけどな?
口にできない思いを胸に、テオドールは静かに息をついた。
その夜、クラリスは静かな王太子宮の寝室を抜け、ひとりバルコニーに出た。
夜景は相変わらず美しく、キラキラと輝く光が今夜のクラリスには余計に辛く、悲しく感じられた。
幼い頃の楽しい思い出――リザとの時間。
忘れていたその日々、ランズ王国に戻ってきた日から探し続けていた、得体の知れない女の子との再会。
そして、力になりたい一心で、王族の財を使わず、自らの手でハンカチに針を刺し続けた時間。
それら全てが、心のフィルムのように脳裏に映し出される。
大きな涙の粒が、自然に頬を伝った。
美しい――クラリスのその悲しげな表情は、純粋に美しいとしか言いようがなかった。
背後から、静かにフリードリヒがクラリスを抱きしめる。
驚いて振り返るクラリスに、フリードリヒは静かに告げた。
「流石はリントン第1王女。そしてランズ王国王太子妃だ。頭が下がるよ。さぁ、泣けばいい」
その言葉と共に、クラリスはフリードリヒの胸に身を預け、堰を切ったかのように声を上げて泣いた。
何年ぶりだろう、このように泣くのは。
第1王女として過ごした日々、決して幸せとは言えない時間。
しかし、ランズ王国に嫁ぎ、周囲には心を開ける側近たちが守ってくれている。
そして何より、ハズレ王子であるフリードリヒは、クラリスの心を言葉にせずとも理解してくれるのだ。
…幸せって、こういうものなのかしら。
クラリスは大きな背中に手を回し、想いを込めて強く抱きしめた。
その時、赤面するフリードリヒの表情は、クラリスにはまだ見えていなかった。
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