王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

文字の大きさ
31 / 85

見えないところに在る愛

しおりを挟む
『君は王太子妃となるべく生まれてきたんだからね?』

クラリスはフリードリヒから視線を外し、悲しそうに呟いた。

『私の意志ではないけれど…王女に生まれてきた定めを何度も呪ったわ。だけど、私にその定めに悲観するくらいなら、その定めを受け入れ、その中で幸福を見つけるように話してくれた人がいたの。その方は、私の王太子妃としてのお手本なの。』

黙ってクラリスの話に耳を傾けるフリードリヒ。

『その方も、私と同じような境遇で己の定めを悲観していたと言った。その方は当時まだ幼い私に対等に話してくれたの。辛いのは貴女だけじゃない、私も同じだと。だから辛い時は私も同じだからと、歯を食いしばりなさいと。』

『素敵な方との出会いだね。』

『そう、とても。その方はご自分の意志とは関係なくその立場に追われ、我が子さえもこの胸に抱くことはできないほどお忙しかったの。でも、我が子のために、他に気づかれないよう肌着やおもちゃなど、身に付けるものや側にあるものに刺繍を施していると、私に教えてくれたわ。』

フリードリヒは納得した表情で言った。

『だから君の刺繍の腕はプロ並みなんだね。』

クラリスは小さく笑う。

『私なんてまだまだよ。その方に見せればダメ出しされるわ(笑)』

『その方はどこの王太子妃なの? きちんとご挨拶しておきたいよ。』

クラリスは不思議そうにフリードリヒを見る。

『ご挨拶も何も、ランズ王国王妃様よ。』


…。


『殿下のお母様ですよ?』


…。


しばらくフリードリヒの反応を待っていたクラリスに、フリードリヒは口を開いた。

『王太子妃って言わなかった?』

『はい、私が幼い頃の話ですからね。先代国王の時代ですから、王太子も殿下ではなくお父様でしたもの。』

…。…。


『見えない所に愛がある、ですわね。私はそんな殿下に嫉妬して、ハズレ王子だと思い込んでいたのかもしれません。』


…見えない所に愛?


フリードリヒはよくわからない感情に、不思議そうにクラリスを見た。クラリスはフリードリヒが見たことのない美しい微笑みを向けた。

『母上はその時の少女がクラリスだと知っているの?』

『ご存知ないと思うわ。でもいいの。私が救われたのは事実。それとこれは別問題。私はお母様の後をたまたま歩いているだけ。そのことで王妃であるお母様に頼るつもりはないの。それが小さいけど、私の王太子妃としてのプライドかしら』


クラリスは少女のようにケラケラと笑った。その姿を見てフリードリヒは思わずクラリスを胸に抱き込んだ。


『クラリス、行ってみようか?』

『どちらへ?』

フリードリヒはクラリスを胸から離し、にやりと笑った。

『ハウスだよ。』

クラリスは驚き、窓の外を見た。

『こんな時間ですよ?』

『私は王太子だよ? 問題ある?』

そう言うとフリードリヒはクラリスの手を取り、暗がりの王太子宮の廊下を突き進んだ。



護衛をハウスの近くに待機させると、二人はランプを手に真っ暗な森の中を進む。カギはフリードリヒの持つ、先代国王から譲り受けた小さなものだ。

ゆっくりとカギ穴に差し込み回すと、ガチャリと施錠が外れる音が静かな森に響いた。

フリードリヒは慣れた様子で中に入り、小さなランプに火を灯した。

『よくこうして夜な夜な来てたんだ』

得意げに話すフリードリヒに、クラリスはくすりと笑った。

フリードリヒは手を伸ばしクラリスを引き寄せ、小さなソファに二人で沈んだ。

クラリスを後ろから抱きしめたまま、フリードリヒはしばらく目を閉じていた。

そうしているとフリードリヒは後ろからクラリスの小さな胸を揉みほぐすと、驚いたクラリスは振り返り、フリードリヒを見る。彼は首を傾げ、まるで「うん?」と言うように見つめた。

やがてフリードリヒはクラリスの唇にそっと自分の唇を重ね、次第に深いキスへと移っていく。

逃げようのない体勢でもクラリスは身体をよじるが、フリードリヒは力を緩めず、ビクともしない。

『駄目?』

…駄目ではない。婚儀からすでに一年が経っており、これまで何もなかった方が寧ろ不自然だ。

『ここで?』

『最も相応しい場所だよ?』

『その…心の準備が…』

『それは私も同じ』

『違うわ。』

『何故?』

『殿下はその…今までに…』

クラリスがモジモジと口ごもると、フリードリヒは柔らかく被せるように言った。

『私も初めてだけど?』

驚くクラリスに、フリードリヒはにやりと笑う。

『何か勘違いしてるようだけど、我妻は』

何度も瞬きしながら見つめるクラリスに、フリードリヒは小さな声で囁いた。

『そろそろいい?』

クラリスの言葉を待たず、フリードリヒはそっとクラリスのガウンを脱がせ、夜着のリボンを優しく解いていった。


…!?

リントン王女のピンチである。クラリスはまだ知らない世界の幕開けに目を白黒させながら、二人は晴れて本物の夫婦となった。



…殿下の嘘つき! 何が初めてなのよ。

クラリスは果て、汗だくになったフリードリヒを睨みつけながら瞼を閉じた。

***

朝。

ハウスから差し込む朝日で目を覚ましたクラリスは、フリードリヒの腕枕を解き、慌てて声を上げた。

『殿下! 朝です! 大変です!』

眠そうに目を擦るフリードリヒ。

『そんなに慌てなくて大丈夫だよ』

『いやいや、大丈夫なわけあるかい! こんな格好で王太子宮まで戻れないわ!』

フリードリヒはケラケラ笑いながらクラリスの露わになっているささやかな胸にイタズラするとクラリスは己の格好を認識し、慌ててタオルケットをかぶった。

『どうしましょう…』

『大丈夫だから』

…何が?

怪訝そうにフリードリヒを見やると、彼はガウンを羽織り、ハウスの扉を開けて手招きした。

…え?

焦るクラリスにフリードリヒは言った。

『私はこのままで大丈夫だから、先に行くね』

そう言うと、二人の愛の巣を後にした。


…信じられないわ! 私だけ見捨てるなんて(泣)

その時、声がかかった。

『妃殿下、失礼します』

王太子宮チームのクラリス付き侍女、マリーだ。

…マリー! 地獄に仏様だわ。

クラリスは泣きそうな顔でマリーを迎える。マリーも涙ぐみながらハウスに入り、声を震わせて言った。

『妃殿下、おめでとうございます』

マリーは嬉しそうにクラリスの手を取り、二人で喜びを分かち合った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

シナモンと葡萄酒と白銀の魔杖

柳葉うら
恋愛
リーツェル王国の王都の片隅に、夜の間だけ現れるカフェがある。 名前はカフェ銀月亭。店主のエーファは元・氷晶の賢者こと王国最高峰の魔法使い。彼女が早過ぎる引退後に開いた、一風変わった店だ。 エーファは看板フェンリルのシリウスと一緒に店をきりもりするかたわら、大切な「お嬢様」を国外追放した忌々しい王太子に復讐するべく暗躍している。 ある日、エーファと年が近く顔見知りの騎士団長のランベルト・フォン・ロシュフォールが店を訪れた。 エーファの行動を訝しんだランベルトは、見張りのために毎日来るようになる。それに気づいたエーファだが、ランベルトから情報を引き出すためにわざと彼に近づき――腹の探り合いが始まった。 警戒し合っていた二人が、交流を重ねていく間に恋に落ちてしまうお話です。 エーファがカフェで出すスパイスが効いたお菓子やホットワイン、そして頼もしいモフモフ相棒の活躍もお楽しみください。 ※アドベントカレンダーとして毎日更新する予定ですので応援いただけますと嬉しいです

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...