王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

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鍵の音が告げる、二人の夜のはじまり

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クラリスはいつも、フリードリヒの帰りをバルコニーで待っていた。
もちろん、美しい夜空を眺めるのが好きなのも事実だが、それ以上にクラリスにとっては、フリードリヒの胸で泣いた夜の幸福感が忘れられず、毎晩ここへ足を運ぶのだった。

「戻ったよ」

窓越しにフリードリヒの声が届くと、クラリスは自然と部屋へと戻る。
このやり取りが二人の日常になっていた。

「どうかした?」

フリードリヒは日課となっている二人のワインを前に、コルクを開けながらクラリスを見つめる。
なんだかんだで、この二人は結構仲が良いのかもしれない。


クラリスが頭の中で考えを整理していると、
フリードリヒが笑い出した。

「支離滅裂でもいいから、そのまま吐き出してごらん」

クラリスは少し頬を膨らませ、慎重に切り出す。

「怒らない?」

フリードリヒは少し驚きながらも、穏やかに答える。

「怒らないといけない事なの?」

…むむ。

「嘘、嘘。怒らないから言ってごらん」


「そういう『怒らないから言ってごらん』って、たいてい怒られるのよ」

クラリスが真剣な目で睨むと、フリードリヒは肩をすくめて笑った。

「君は怒られてばかりだったみたいだね(笑)」

クラリスは気を取り直してフリードリヒを見据えた。


「今日、ヨハネス殿下にキスされましたの」



思わず立ち上がるフリードリヒ。

「手の甲にですけど…」

立ち上がった自分に気づき、少しバツの悪そうにソファへ戻る。

「挨拶だね」

「はい、その時に香ったのです」

「なるほど。ヨハネスは昔からムスクの香りが好きでね。遠くから取り寄せてるみたいだ。だから側近たちも似たようなのをつけてる」

「それがどうしたの?ほしいの?」

クラリスは視線を落とし、俯いたまま小さく呟く。

「ムスクで襲われた時に香った貴族の匂い…
あの時と同じだったのです。
って言っても、他にもつけてる人はいるでしょうけど…なんとなく、殿下に伝えたくなって」

クラリスが恐る恐る視線を上げると、フリードリヒは固まっていた。

「ごめんなさい。別に疑ってるわけじゃなくて…
ただ、同じだなって。それだけで!」

必死に弁明するクラリスに、フリードリヒはまだ少し動揺している。

築きつつある二人の絆が壊れそうで、クラリスは思わず肩を震わせかけた。
するとフリードリヒが慌てて言った。

「違う、そうではない。ヨハネスの件などどうでもよい。よくはないが、今は置いておこう。
君が心の中をまず私に話してくれた事が嬉しかったんだ」

「嬉しい?」

フリードリヒは少しはにかんで笑った。

「そりゃそうだよ。私は君の夫だからね」

クラリスはその言葉を、不思議そうに反芻する。

「夫だから…」

「そう、君は私の妻だ」

「妻…」

「そうだよ。それは大陸中に周知の事だ」

クラリスは悲しげに小さく呟く。

「今は、ですけどね」

フリードリヒの表情が少し固くなる。

「クラリス。君は何かと『今は』と言う。何故だい?確かに君はランズ王国王太子妃になる事に不本意だったのは知ってる。けど、それは今も変わらないのか?」


「それは殿下と同じでしょう?」

クラリスの心の声をストレートに吐き出すと、
フリードリヒは微笑む。

「確かに、君を知る前はそう思ってたよ。
リントン王女というより、鉄パンツのイメージが先にあったからね?」

…鉄パンツ…またもや恐るべし影響力。

クラリスは小さくため息をつく。

「でもね、リントン王女は昔から知ってたよ。
だって、森の妖精だもん、私にとって」

そう言うとフリードリヒは立ち上がり、寝室を出て行った。

その背中を見つめながら、
クラリスは手に入りかけた幸福まで遠ざかっていくような空虚感に押し潰されそうになる。

再び戻ってきたフリードリヒは、クラリスの隣に腰を下ろし、掌を開いた。

そこには、かつて先代国王が所持していた小さな鍵があった。

クラリスはそれを見つめ、ゆっくりとフリードリヒを見上げる。

「このハウスは間違いなくクラリス、君のものだ。そしてその所有権は、今、私も同じ」

理解が追いつかないクラリスに、
フリードリヒは丁寧に説明を続けた。

「先代国王は私をとても大切にしてくれていた。
その祖父は、毎晩森の妖精の話を私にしてくれたよ。その時間だけが、当時の私の唯一の楽しみだった。

まだ知らないリントン王国の姫。
その姫との未来を祖父は私に託し、あのハウスを姫に贈った。婚儀の祝のつもりでね。
婚儀にはもうこの世にいないことを知っていた祖父らしいだろう。
だからリザの言う事はあり得ない」

困惑するクラリスに、フリードリヒは続ける。

「君がここから足が遠のいていたように、
私も王太子として日々忙しく、気にかける余裕はなかった。でも、君が王太子妃としてここに来てくれた以上、私は王太子に拘らなければならないと思うようになった」

一点を見つめながら語るフリードリヒの横顔を、
クラリスはじっと見つめていた。

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