王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

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王太子宮前の駆け引き

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フリードリヒとフィリップスが視察に出て半月が過ぎようとしていたある日――

「何でお前が機嫌悪いんだよ?」

テオドールの前を歩くヨハネスが、不機嫌そうに振り返る。

「おやびっくり。殿下には後ろにも目がついておいででしたか」

…相変わらず油断ならない。

ヨハネスは貼りついた笑顔を向けるテオドールを睨みつける。

「あのな、お前の心の声はいつにも増してダダ漏れだぞ? ってかさ、アンドラたちが王太子宮に駆り出されているのは私の責ではないだろう? こっちこそ王太子宮に文句の一つも言いたいくらいだよ」

「それはいけません。アンドラが侯爵としてやっていくには根回しが必要なのです。私は大賛成ですので、喜んでピンチヒッターを務めておりますが?」

…どこがだよ。

ヨハネスは呆れ果て、テオドールと肩を並べて歩き出す。すると前方に、ガルフ王国王太子御一行が王宮を練り歩く姿が目に入った。

…ミケル殿下?

ミケルがこちらに近づく。テオドールはすかさずヨハネスの前に出るが、ヨハネスは小さく声を殺して告げた。

「テオドール、控えよ」

テオドールは少し不満げだが、言われた通り一歩後ろに下がる。

ヨハネスは笑顔を貼り付けミケルに声をかけた。

「これはこれは。またお越しですか。今日はどうされました? 王族エリアはあちらですが」

少し嫌味を込めた声に、ミケルは眉間にシワを寄せ、驚いた表情を浮かべる。

「国王陛下にご挨拶した後ですが?」

ヨハネスはミケルの背後、ずらりと控える護衛を一瞥しつつ、挑発的に続ける。

「今日はまたゾロゾロと…兄上が留守だと知ってか知らずか、何のご用でしたか?」

…不機嫌なのはお前だろ?

テオドールは臨時の主に後方から視線を投げる。そのとき、王太子宮前で話し込む侯爵たちの姿が目に入った。

…あれは…。

テオドールは、アンドラに取って代わられる侯爵の様子を注視する。

注意深く見守るテオドールに気づいたのか、ヨハネスが顎を突き出した。

…様子を見てこい

テオドールは首を横に振る。

…今は貴方の護衛中だしな

相変わらず笑顔でミケルと会話を続けるヨハネスの背後に、静かに潜むテオドール。

大方ミケルは、急いで婚約者が特別な力を要していないことを悟ったのだろう。だが、王太子宮前で話し込む侯爵に気を取られる二人の様子は、確かに明らかだった。

ヨハネスは再び振り返り、王太子宮の方に顎を突き出す。テオドールは迷ったが、ミケルの背後に溢れる護衛騎士たちを見ると、第3王子を一人にはできないと判断した。

黙ってヨハネスを見るテオドールに、業を煮やしたヨハネスは声を発した。

「テオドール」

小さくため息をつき、

「はっ」

短く返事をしたテオドールは、ヨハネスの元を離れる。

テオドールから解放されたヨハネスは、貼りついた笑顔を捨て、前を見据える。

「で? 本題に入りますか? わざわざテオドールを外したのですから」

少し驚いた表情のミケルを、ヨハネスは鼻で笑う。

「期待外れの婚約者。焦る貴方が次に出る行動を考えれば、分かることだけどね」

「…。流石は第3王子。察しが良い」

ヨハネスはミケルの視線を外し、呆れたように言う。

「察しも何もない。誰でも分かることです」

ミケルはニヤリと笑う。

「何、簡単な事ですよ。少し駒を分けて頂きたいだけです」

ヨハネスは即座に返す。

「テオドールは無理だよ」

眉を少し上げ、ゆっくりとヨハネスを見るミケル。

「交換条件として、私の婚約者を差し上げる」

まるで切り札を出したかのような眼差しに、ヨハネスは思わず呟く。

「条件になってないし…」

…そもそも貴方の婚約者などいらないしね?

ミケルは含み笑いを浮かべる。

「娶る予定だったろ?」

ヨハネスはクラリスの兄、リントン王国王太子ミハエルを思い浮かべ、額に手を置く。

「テオドールは駒ではない。私の元に付いているのを見て驚いたようだが、あの者は貴方が直々に条件を出したところで、靡かないと思うよ」

「彼をわざわざここから遠ざけまでしたのに? 内心焦っておるのでは?」

ヨハネスは少し固まり、そして声を上げて笑った。

「アハハハ、見当違いもいいところだ。私はテオドールに面倒な思いをさせたくなかっただけだけど?」

「面倒?」

「そりゃあそうでしょう? 彼はあぁ見えて、我が国筆頭公爵家の嫡男だ。他国の王族からの打診とあらば、家をあげて話を聞かねばならないんだから」

「ならばこそ、公爵家には魅力的な条件だ」

「そもそも私の婚儀の心配など無用だし、テオドールの兄上への忠誠は揺るがない。第3王子としてテオドールを駒とする貴方の打診を、私は心から軽蔑しているさ」

ミケルは不思議そうに言った。

「ならば言い方を代えよう。兵力だ」

ヨハネスは表情を変えずに答える。

「同じだよ」

「万を超える兵力の一つに拘るとは、それ程優秀な男なのか? それとも…」

「万を超えるどの兵力も、今の貴方の条件ならば動かすことは出来ない。彼らは命を掛けてランズ王国に忠誠を誓う身だ」

ミケルは口角を少し上げた。

「驚いた。ヨハネス殿下は綺麗ごとを言う男だとは思ってなかったけどね」

「ねえ、くだらないやり取りはこれくらいにしてくれないかな? 私もそんなに暇じゃないんだ」

ヨハネスは呆れた様子で首を回すと視線をゆっくりと一行に這し表情を一転させ王子モードを身に纏い言い放った。

「ガルフ王国が大変な時に藁をもすがる思いで我が国の妃殿下を欲しがり、難航を極めると簡単に噂話に乗り、急いで婚約者を見繕い、それに失敗すれば、次は大陸でも名を馳せる王太子の側近テオドールに目を付けたんだろ? 自国の発展を諦め、他国の足を引っ張る方が遥かに楽だもんね。でもね、自国の発展を諦めた時点でその国は終わってるんだよ。」

ガルフ王国一行は一斉に鋭い眼差しをヨハネスに向けた。


「私の代わりはいくらでも居るからね?」

ふと背後に感じる気配にヨハネスが振り返ると、呆れた眼差しのテオドールがそこにいた。

「お前! いつから?」

「殿下もご存知の通り、私は地獄耳故」

王太子宮の前では、まだ侯爵たちが話し込んでいる。ヨハネスはテオドールを睨みつけ、踵を返して言った。

「申し訳ない。貴方と遊んでいる時間は無いようだ。テオ、来い」

テオドールを連れてガルフ王国御一行の前を遮り、急いで王太子宮へ向かう二人。

御一行は、瞬きをしながら二人の後ろ姿を見送るしかなかった。





「マーガレット嬢は王太子宮だな?」

「はい」

「分かってるなら、早く行けよ」

アンドラの婚約者を案じるヨハネスに、テオドールは含み笑いで答える。

「武術に長けておられる妃殿下とご一緒ですから(笑)」

「それが一番危ないよ…」

クラリスは護身術に長けていると豪語するも、二度もテオドールを出し抜き、このヨハネスに拉致された張本人である。


前を急ぐヨハネスの背中にテオドールは


『貴方の代わりなど居ない…』

背中で聞くテオドールの言葉にヨハネスは熱くこみ上げる感情を必死に押し殺しながらも照れたように口角を上げた。



時の流れとともに、この二人にも確かな信頼関係が芽生えていた――





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