悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ

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第3章:幼少期・敬愛編

第43話:【暗雲】

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 晴れ渡る青い空。

 窓の外に広がる景色は清々しいものの筈なのに。
 俺の心は陰鬱としていた。


「おはようございます、母様」

「おはよう、タンジー」


 朝食をとる為に自室から出ると、母が既に席へと着いて紅茶を口にしていた。

 ───母以外、席に着いている者は誰もいない。


「ダリアは?自分の部屋にいるの?」

「…いいえ。あの子は、わたくしの部屋にいるわ」

「……そう」


 俺の母であるソランナ・ブバルディアはダリアの現状を教えてくれた後、そっと目を伏せた。

 太陽のように明るく活発で、誰に対しても笑顔を向けてくれていた可愛い弟のダリアが、一週間ほど前から誰とも会わず部屋に篭ってしまっている。


「人と話すのが恐いそうよ。わたくしのベッドで夜は一緒に眠っているのだけれど…毎晩、悪夢に魘されているわ」


 母のライトブルーの瞳が不安で揺らめいていた。


 このブバルディア王国の第一王子である俺、タンジー・ブバルディアへ弟のダリアが起こした事件を聞かされたのは数日前のこと。

 内容のあまりの衝撃に呆然としてしまったのも無理はない。それ程までに前代未聞なことだったからだ。

 王族が、王国の至宝であるエルフ族のユーフォリア様の怒りを買った事実は、まさしく醜聞以外の何物でもない。

 しかし俺を驚かせたのは、これだけではなかった。

 ブバルディア王国の王族に仕える者たちが、我々王族を裏切っていたことが発覚したのだ。
 ダリアに捻じ曲がった常識や知識を植え付け、自分たちの都合の良いように駒として操っていたのだという。

 ───…ダリアは、ユーフォリア様に強い憧れを抱いていた。

 母に何度も何度もユーフォリア様関連の本を読んで欲しいとせがむくらいに大好きで、いつか運命探しの旅から戻られて実際に会える日を夢見ていたのに。

 現実は……使用人たちには裏切られて間違った認識を持っていたばかりに、ずっと待ち望んでいた方から怒りを買ってしまった。

 それらの事実を知った幼いダリアの心は打ちのめされ酷く傷つき、部屋から出て誰かと会うのを恐れる程の人間不信に陥ってしまっている。


「母様、後でダリアのところへ行っても大丈夫かな?」

「もちろんよ。タンジーなら、きっとダリアも喜ぶわ」


 気丈に振る舞う母の顔には疲労の色が僅かに滲んでいた。王族として表情を読まれることのないよう徹底している母が…ほんの僅かでも読み取れてしまうまで滅入ってしまっているようだった。


 食事を終えて座学と鍛錬に励み、昼時になった頃。俺はダリアのいる母の部屋へと向かっていた。


「ダリアは、この菓子を喜んでくれるだろうか…」

「ダリア様の大好物のお菓子なのです。きっと、お喜びになってくださいますよ」


 俺に仕えてくれている従者が微笑みながら、そう言ってくれた。

 ……もしも自分が信頼している、この従者が俺を裏切っていたとしたら。考えてみるだけで薄ら寒くなってしまう。

 想像しただけで、これなのだ。実際に経験したダリアは想像以上の衝撃を受けたことだろう。

 ダリアのことを想うと、胸が締めつけられるようだった。

 母の部屋へと辿り着き、扉付近で護衛をしている近衛たちに目配せをする。近衛たちは思案するように互いに顔を見合わせた後、申し訳なさそうに俺を見た。


「恐れ入ります、第一王子殿下。現在は陛下と正妃様が中でご歓談なされており、誰も部屋に入れるなと仰せでして…また後ほどお越しいただけますでしょうか」

「父様が…?なぜ、父様がこちらに……」


 ダリアの様子を見に来たのだろうか?
 いや、それだけなら誰も部屋に入れるな、などと命を出す筈がない。

 何だか胸騒ぎを覚えてノックをしようと手を持ち上げたところで中から声が聞こえた。


「とうとう…ダリアの処罰が決まったのですね」


 母の弱々しい言葉に俺は近衛たちの制止も聞かないで部屋へと飛び込んでいた。


「ダリアの処罰とは…っ一体どういうことですか!?」


 俺が突然、部屋へ入ってきたことに両親は大して驚いておらず、母の部屋にいると聞いていたダリアの姿は何処にもなかった。

 鬼気迫る表情をした俺に、父であるコレオプシス・ブバルディアは感情の読めない瞳をして、こちらを見据えた。


「言葉の通りだともタンジー。ダリアは近々、ユーフォリア様立ち会いのもと裁きが下される」

「裁きって……まさか、ユーフォリア様のお怒りを買ったことを罪としてのものですか?」

「その通りだ。ダリアは王族として、してはいけないことをしてしまったのだ」

「───そんな!ダリアは使用人たちに騙されていたのですよ!?」

「もちろん、そういった背景も鑑みたうえで処罰が与えられる予定だ」

「処罰だなんて。ダリアは…まだ五歳なのに」


 俺の言葉を聞いて、父も思うところがあったのだろう。眉根を寄せて少しばかり下を向いている。

 ダリアは純粋無垢で人を疑うことを知らないような子供だった。明るい空の下で照らされる愛らしい笑顔は誰の目をも惹くもので。

 俺は、弟であるダリアを何からも守ってやろうと。
 ───そう、誓っていたのに。

 大抵の場合、成人前の王族を裁く場合の処罰は幽閉であることが多い。ダリアも恐らくは何年かの幽閉を刑として処されるのだろう。

 だが、もしも想定通りにダリアが幽閉刑になってしまったら…刑が執行されている間のダリアには決して会うことが出来なくなってしまう。

 刑を処されている者に関わることは許されない。
 それが罪を犯した者が王族に出た場合の掟だった。

 ただでさえ追い詰められているダリアが幽閉などされてしまえば、精神は悪化の一途を辿るだろう。

 あの笑顔が曇ることのないように、と願ってきた俺にとって、それは耐えられるものではなかった。


「タンジー!何処へ行くの!?」


 母の悲鳴にも近い叫びを振り切って、俺は外へと飛び出していた。



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