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第3章:幼少期・敬愛編
第42話:【進展】
しおりを挟むヤグルマギク教会に聳え立つエメラルド色の棟。
ブバルディア王国至宝のエルフ様と名高いエルフ族ユーフォリアの為に建設された棟の前には、シスタースイレンの姿があった。
「何事だ」
音もなく一瞬で現れたユーフォリアに驚いた様子もなく、スイレンは深々と頭を下げた。
「突然、訪問致しまして申し訳ございません。ご足労いただきまして誠にありがとうございます」
「結界に反応があったから来ただけだ、気にするな。それで…何があった?」
「以前、お話ししておりましたヤグルマギク教会内にいる裏切り者を…ようやく、見つけ出し捕らえました」
顔を上げたスイレンの瞳は普段、孤児院の子供たちや教会の者たちに見せるものとは違う、鋭く冷たい輝きを放っていた。
「見つけたか」
「時間がかかってしまい申し訳ございません。彼の者たちは洗脳を受けている状態で命令を下した者への忠義が強く、なかなか尻尾を出しませんでした。……ですが。該当者がルピナス様を食い入るように見ていたり、この棟へ近づこうとするなど怪しげな行動を取り始めましたので発見した次第にございます」
「上手く第二王子を使えなかったことで焦りが出たか。良い風に転んでよかったよ」
「仰る通りでございます。先週もお伝えを致しましたが改めて謝罪させてください。この度は、こちらの監視が行き届いていなかったばかりにルピナス様に心労を与えてしまいましたこと…心よりお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
スイレンは汚れることも厭わずに地面へ膝と両手、終いには額を深々と突いた。
───それは先週のこと。
ヤグルマギク教会のシスターや司祭、スイレンのような上層部の知らぬところで、第二王子のダリア・ブバルディアをユーフォリアの住まう棟へと無断で誘導した者がいた。
そのせいで結果としてルピナスはダリアと遭遇し、ルピナス本人の自覚はないものの明らかな形で心に傷を負ってしまったのだ。
教会にいる一人一人を把握するのは難しいのだから事態を止められなくても仕方がない、と世の人は言うかもしれない。
だが、そのような甘い考えでは駄目なのだ。
自分たちに慈悲を与えてくれているユーフォリアの恩に報いる為には、それ相応の努力をしなくてはならない。信頼を勝ち得る為には、決死の覚悟で誠実さを示さなくてはならない。
ヤグルマギク教会の者にはユーフォリアに対する、このような強い想いがある。
───だからこそ。
ヤグルマギク教会の者たちにとってユーフォリアの運命であるルピナスを、仮にも教会に所属している者が辛い目に遭わせてしまったという事実は、まさに青天の霹靂だった。
多くの者は肝が冷え、起きてしまった事実に嘆き悲しみ、事態を起こした者たちに強い怒りを覚えた。
……それは、もう血眼になって該当者を探し、ようやく見つけ出したのだ。
「スイレン、顔を上げてくれ。お前達の謝罪を受け取ろう」
言われた通り、ただ静かに顔を上げたスイレンへ更に声がかけられた。声音は平坦で感情を推し量ることが出来ない。
「お前たちが俺に対して真心を尽くしてくれていることには感謝している。愛するルピナスが楽しそうに過ごせているのは、お前たちのおかげだとも思っているよ。…だが、どうしても今回のことについて複雑な感情を抱いてしまっているのは否めない。お前たちを責めるつもりはないが、感情とは儘ならないものでな。頭で理解していても制御することは難しい、許せ」
「滅相もございません…ッ!貴方様がお気に病まれる必要など、何ひとつございませんわ!」
スイレンは発言の許しを得ていない状態で言葉を発する気など毛頭なかったが、自嘲気味に話すユーフォリアの様子に思わず声を上げてしまっていた。
スイレンから聞いたことがないほどの大きな声量に、ユーフォリアは驚いて目を見開く。
「申し訳ございません、ユーフォリア様。どうか発言をお許しください」
「構わないが…突然そのように大きな声を出して、どうしたと言うんだ」
「貴方様は…常々思っておりましたが、ご自分のお立場を本当の意味で理解していらっしゃらない」
「そんなことは……」
「いいえ。分かっていらっしゃいませんわ」
スイレンはピシャリと言い放ち、地面から立ち上がった。修道服は、ところどころ汚れてしまっている。
「───幼い頃、ユーフォリア様に母の命を救っていただいたあの日。母だけでなく、わたくしの心も救われました。助かったおかげで、結果的に母は孫の姿を見ることが出来ました。貴方様に助けられなかったら母は…わたくしの成長すら見届けることが出来なかったかもしれないのに。孫の成長までも見届けることが出来た。わたくしは、わたくしは…母ともども貴方様のおかげで幸せな未来を手に入れられました。わたくし以外の者たちも似たような者ですわ。絶望の淵にいたところを皆、ユーフォリア様に救われたのです」
信じていたから救われたわけじゃない。
救われたからこそ、信じられるのだ。
「大したことをなさったおつもりはないのでしょう。でも、貴方様は多くの者を幸せへと導いている。とても大きなことをなされていらっしゃるのですよ」
ユーフォリアは人が持つ、特有の真っ直ぐで温かな感情に触れて、ここ最近の出来事で抱いた複雑な感情が少しばかり解けていくのを感じていた。
「わたくし共は貴方様を心からお慕いしております。ユーフォリア様は、わたくし共に気を遣わなくて良いのです。貴方様のお気に召すままに、御心の思うままでいらしてください」
「……嗚呼。ありがとう、スイレン。教会の者たちにも感謝していると伝えておいてくれ」
「承知いたしました。きっと飛び上がって喜びますわ」
額や修道服を泥だらけにして笑う姿は、活発に修道服で遊んでいた幼い頃と面影は何ら変わらない。
少し懐かしい気持ちになっていると、スイレンがふと意を決したように切り出した。
「もう一点、ご報告がございます。……王城から、ユーフォリア様宛にお手紙が届きました」
ユーフォリアは思わず目を細めていた。
───…王城からの手紙。
これが送られてきたということは、今回の騒動に関して、多くの沙汰が決まったことを意味していた。
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