神様の忘れ物

mizuno sei

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68 転移魔法 2

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 問題は、転移先の〝亜空間の出入り口(門)〟をどうやって開くか、ということだ。転移先に誰かがいて、魔力を流してくれれば門を開くことはできる。しかし、私たちが目指しているのは、入り口にいて、遠隔操作で出口の門を開くこと、なのだ。

 なぜ、そんな難しいことを考えたかというと、亜空間内では距離という概念が存在しないらしい、ということが分かったからだ。
 私とプラムは、お互いの姿が見えなくなるまで離れてから、収納と取り出しの実験をやってみた。すると、プラムが収納したクッキーを私は何事もなく取り出すことができたし、私が収納した木の枝を、プラムは向こう側で瞬時に取り出すことができたのだ。

 つまり、どんなに離れていても、二人の人間の間で、物をやり取りすることはできるのだ。これだけでもすごい発見なのだが、本当にやりたいのは、人間そのものが亜空間を通って遠くに、瞬時に移動するということなのだ。

私たちの予想では、例えば、私が入口の方で〝自分を亜空間に収納〟した後、プラムが出口の方で〝私を取り出し〟たら、たぶん私は〝取り出される〟だろう、ということだ。
 しかし、亜空間の内部がどうなっているのか分からないので、いまだにその実験はできずにいる。死んじゃったら、元も子もないからね。

 でも、もし入り口の方から、出口の(〝取り出し〟の命令が掛けられている)門を開くことができたら、生身の人間でも無事に亜空間を通り抜けられるのではないか、と考えているのだ。ただ、問題は、入り口の方から出口の門を起動できるかどうか、その一点だ。今までは、それがどうしてもできなかった。
 私は、その原因が〝適当に描いた魔法陣〟のせいだろうと考えていた。しかし、もしかすると、魔石を〝高品質〟に変えることで、何かが起こるかもしれない、そう思いついたのだ。

「じゃあ、これに共通の亜空間を付与するわね」
 私は、十五センチ四方の蓋付きの石のケースを二つ用意して、その中に《オーガキングの魔石》と《ハイオークの魔石》を入れた。そして、その二つに共通の亜空間を紐付けた。

「よし、できた……あとは、こっちの箱に〝取り出し〟の命令を書き込めばいいのね」
 私はもうすでに、期待と不安に胸をドキドキさせながら、出口用の石の箱の蓋の裏側に、特殊な絵の具(魔石を砕いて粉末にし、松脂を燃やしたすすを混ぜて水で溶いたもの)を使ってオリジナルの魔法陣を描いた。
 今回は、基本的な〝六芒星〟を描き、その中心のスペースに〝出口〟と漢字で書いた。そして、周囲の六つの三角形の中に〝PLMLOV〟というアルファベットを一字ずつ入れていった。

「変わった模様ですね、文字ですか?」
 プラムが楽し気な顔で、その〝魔法陣もどき〟を見ながら尋ねた。

「うん、〝出口〟という意味の文字よ」
 私は中心の漢字の意味だけ教えて、周囲のアルファベットの意味は言わなかった。だって、それは〝プラム大好き〟の略語だったからね。

「よし、じゃあ、取り出すという命令を掛けるわよ」

「あ、ちょっとお待ちくださいお嬢様……」
 プラムが何かに気づいたように、そう言ってもう一つの、入り口用の箱を指さした。
「……今、気づいたのですが、こちらにも出口の魔法陣が必要なのではないかと……そうしないと、もし遠くに出口を設置した場合、お嬢様は歩いて帰って来なければならないのでは?」

 私は思わず「あっ」と、小さな声を上げた。確かにプラムの言う通りだった。
「本当にそうだわ。ありがとう、プラム、欠陥品を作るところだったわ」

 私は、再度同じ魔法陣を、入り口用の石の箱の蓋にも描きいれた。そして、二つを並べて、次のような命令文をイメージしながら、魔力を流し込んだ。
『私の魔力を認知したら、亜空間から〝取り出し〟なさい』

 さあ、実験してみよう。
 プラムに頼んで、出口の箱を十メートルほど離れた場所に持って行ってもらった。

「お嬢様、まず私がやってみます」

「え、いいえ、だめよ、私がやるわ」

「いいえ、もしものことがあった場合、私の方が……」

「だめっ……」
 私は強く首を振ると、つかつかとプラムのもとへ歩いていった。

「私、自分が考えたやり方で失敗したら、きっと死ぬまで後悔するわ。こんなことで、あなたを失うわけにはいかないの。もし、私が出てこなかったら、私を取り出してくれればいいから、ね?」

 私の言葉に、プラムは唇を震わせて、私を見つめながら涙をポロリと落とした。
「その気持ちは、私も同じです……が、分かりました……お嬢様を信じます」

 私は彼女に抱きついて、しっかりと抱きしめ、言葉にはできない感謝の気持ちを伝えた。

 そして、いよいよ〝私たちにとっての世紀の大実験〟を開始した。これが、まさか〝伝説のアーティファクト〟として、後世の歴史に記録されるなど、この時の私たちは想像すらしていなかった。

 私は大きく一つ息をすると、覚悟を決めて、まず石の箱に魔力を流して魔法陣を起動させた。予想が正しければ、向こう側の魔法陣も起動しているはずだ。そして、自分自身に魔力を掛けて心の中で命じた。

『収納っ!』

 全く、時間の経過を感じられない、一瞬の出来事だった。
 私が、心の中で自分を収納したそのままの状態で、私は目の前に立ったプラムと目を合わせ、しばらくの間、お互いに口をぽかんと開けて見つめ合っていた。

「お、お嬢様……」
「プラム……」

 そして、私たちは幼い子供のように歓喜を爆発させて、抱き合い、飛び跳ねながら意味もなく叫び合っていた。
 しばらくして、ようやく落ち着いた私たちは、荒い息を吐きながら、その場に座り込んだ。

「やったね」
「やりましたね、ふふ……」
 プラムが、珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「何か、これを使った作戦を思いついた?」
「ふふ……はい。これを使えば、誰であろうと、お嬢様の敵を確実に処分できます」

 うわ、相変わらずプラムは恐ろしいことを考えている。これほど盲目的に私を愛してくれるのは嬉しいけどさ……。

「あはは……大丈夫だよ。私は目立たず、静かに暮らすつもりだから」

「いいえ、お嬢様の名声と成し遂げられた業績は、隠していても、いずれ世に出ていくことでしょう。でも、ご安心ください。私がお側にいる限り、不埒な輩は一歩たりとも近づけませぬゆえ」

 まあ、確かにプラムの懸念にも一理ある。これまでに、かなりの数の人間に、この世界では画期的な魔法や品物を見せてきたからだ。その人たちは、絶対に口外しないと約束してくれたけれど、どんな形で情報が洩れるか分からない。

「確かに用心しないとね。特に、この《転移魔法》は、悪人にバレたらめちゃくちゃヤバいからね」
「はい」
 私たちはしっかりと頷き合った。

「よし、じゃあ、もう少しいろいろな検証実験をしてみようか」

 私たちは立ち上がって、《転移魔法》のいろいろな性質の実験をおこなった。そして、次のようなことが分かったのである。

・ 転移の距離は今のところ無制限である。
・ 設置者だけでなく、理屈を理解した者なら、誰でも利用できる。
・ 門からは、物も取り出すことができる。



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