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81 楽しきかな、わが転生人生 1
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本日は三話連投になります。
いつも読んでいただき、心から感謝いたします。
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ロナンは三日間、私たちとゆっくりした時間を過ごした。そして、四日目の朝、イルクスの街から迎えに来たライハート準男爵の馬車に乗って、任地であるグランナド地方へと出発していった。見送りに出た私たち家族とロナンの顔には、魔王討伐の出征の時のような悲壮感はなかった。転移門を使えばいつでも帰って来られるからだ。
ロナンを見送った私とプラムは、今度は、ある人物をお迎えする準備を始めた。というのも、朝目覚めてみると、机の上に常設している転移門の箱の上に、ほのかに香水の匂いがする手紙が載っていたのである。開いてみると、ヒューイット伯爵からで、「魔王討伐のお礼がてら、ちょっとしたお祝いの昼食会がしたい」と書かれていた。
そこで、私とプラムは、丘の上にテーブルと椅子を三脚セットし、その上の木の枝を利用して天幕を張るなど、準備をしたのである。天幕を張ったのは、木漏れ日とはいえ、吸血鬼の伯爵に直接日光が当たらないように配慮したのだ。
そうした準備が終わって、私たちが紅茶を飲みながらくつろいでいると、突然、転移門の石の上にドサッと大きなバスケットが現れた。
「わっ、びっくりした。何かしら?」
「どうやら、伯爵様からのお届け物のようですね」
プラムはそう言うと、バスケットの上に掛けられた白いナプキンの上に載っていたメモ用紙を私に手渡した。それにはこう書かれていた。
『これはお二人へのお礼の品です。中身については私が説明いたします』
私たちは、その大きなバスケットを一緒に抱えてテーブルの上に置いた。その直後、転移門から背の高い人物が飛び出してきた。
「おっと、と、何度やってもなかなか慣れませんな…はは……」
少しよろけた後、その人物はそう言って苦笑しながら、すっと背筋を伸ばした。
「ようこそ、ヒューイット伯爵様、お待ちしておりました」
伯爵は、きれいな所作で貴族式の礼で頭を下げた後、にこやかに微笑みながら顔を上げた。
「久しぶりですね。ますますお綺麗になられましたな。おっと、プラム殿、他意はございませんよ、正直な性格なものでね」
「それにしては、朝の手紙といい、このメモの紙といい、ずいぶんよい香水を使っておられるようですが……」
「ああ、いや、一応貴族の礼儀として、それだけだよ」
「もう、プラムったら、勘ぐり過ぎよ。前に伯爵様がお話になったでしょう、亡き奥様がずっと心の中におられる、と」
私は、少し気恥ずかしさを感じながらプラムをたしなめた。
「失礼しました。伯爵様、どうかお許しを」
「いやいや、気にしておりませんよ。プラム殿の忠誠心、誠に見上げたものです」
そう言って微笑む伯爵は、どこか寂しげにも見えた。
「さあ、昼食にしましょう。どうぞこちらの席へ」
私の言葉に、伯爵は頷いてテーブルへ向かった。
「ところで、このカゴには何が入っているのですか、ずいぶん重かったですが?」
「気に入っていただけると良いのですが……」
伯爵はそう言うと、バスケットにかぶせてあったナプキンを取って、中身をテーブルの上に取り出した。
「まず、我が国自慢の赤ワインに、カモのロースト肉のサンドイッチ、ボア肉とトマト、ビーツ、豆類を煮込んだシチュー……うん、よし、まだ温かいな……それと、デザートのリンゴとクルミのパイです。どうぞ召し上がってください」
「わあ、おいしそう、ありがとうございます。あ、でも、伯爵様は……」
「あはは……私は、ワインがあればいいので、どうぞ気にしないでください」
私は、伯爵から彼の食事について、少しだけ話を聞いていた。彼が人間ではなく、錬金術で創り出した疑似生命体(ホムンクルス)から生き血を得ていると……。さらに、彼の体で生身の人間の部分は、心臓と血液だけで、あとの部分は他の魔物と同じように魔素によって形作られているのだという。つまり、彼はやはり正真正銘〝魔物〟なのだ。
だから、当然人間が食べるような物は食べられない。ただ、水分は血液が濃くなりすぎないように適度に摂取する必要がある。不思議なことに、アルコール分は、適度に摂ると心地よい〝酔い〟に似た感覚を得られるらしい。だから、吸血鬼はワインが好きなのだという。
♢♢♢
「ほう、グランナド地方ですか。我が国があるゲールランド大陸とは、海を挟んで目と鼻の先ですね」
「はい。ですから、ロナンにも言いましたの、港を整備して、ぜひ伯爵様の国とも交易をしなさいと。伯爵様も、どうか今後ロナンのことを気にかけてやってください」
「もちろんです。こちらとしても、ぜひ交流を深めていきたい。我が国には、今のところ港はないが、ラーシア王国との間で開拓が進んでいる王国南端地域に、港を作ることを王国側に提案しよう。王国側も喜ぶと思う」
昼食を摂りながら、私たちは楽しく語り合った。千年以上生きている吸血鬼の伯爵は、この世界について、豊富な知識と経験を持っており、私のどんな質問にも的確でウィットに富んだ答えを返してくれた。
「……リーリエ殿ほどの魔法の才能が、このまま世に知られず埋もれていくのは、実にもったいない。やはり、世に出ていく気はないのですかな?」
話が一区切りしたところで、伯爵が真剣な顔でそう尋ねた。
「はい、ありません。私の魔法が世界の発展に寄与するであろうことは、想像できます。でもそれ以上に、一部の権力者に悪用されたときの危険が頭に浮かんでしまうのです。この世界はまだ、マジックバッグや転移、結界などの魔法技術を平和に利用できるほどには、世の中の仕組みが成熟していませんから……」
「ふむ…まるで、そのような成熟した世界を知っているような口ぶりですな?」
うわあ、この吸血伯爵、するどすぎる……へたなことを口走らないようにしないと。
「いえいえ、まさか、ふふふ……まあ、あれやこれやと理想的な世界を想像するだけです」
「うむ、ぜひ国造りの参考に聞かせていただきたい。リーリエ殿が理想とする仕組みとは、どのようなものですかな?」
そんな難しい質問、しないでくれる?……ええっと、まあ、前世の世界をモデルにするしかないけど……。
「そうですね……まず、法律による裁判の権利を権力者から切り離して独立させること、それから、法律を決めたり、審議したり、国の問題を話し合ったりする議会も独立させること、ですかね」
「ふむ、つまり、権力を分散させて、独裁を防ぐということだね。だが、裁判も議会も、王の息がかかった貴族が牛耳れば、分散させた意味がなくなるのではないか?」
「はい、その通りです……本当は、王政そのものを変えたほうがいいのですが、いきなりそんなことをしたら、混乱しますから、少しずつ変えていかないといけません。ですから、まず、議会を二つに分けて、貴族たちによる議会と国民から選ばれた代表者たちによる議会を作るのを最初にした方がいいかもしれません。そして、国民議会の方に議決権という、少し強い権力を与えるのです。つまり、二つの議会で意見が分かれた問題については、国民議会がどちらにするか決定する権利を持ちます。王は、最終的な決定権を持ちますが、議会への介入はできない、というように法律を決める必要があります……」
ヒューイット伯爵は、目を輝かせて身を乗り出すように、私の話を真剣に聞いていた。
「おもしろい……確かにそうすれば、一部の貴族たちの横暴を抑えられるし、国民の生の声を政治に反映させることもできるな……」
伯爵は、あらためて私を見つめながら尋ねた。
「リーリエ殿は、最終的に王や貴族を廃し、民が国を治める世界が理想の世界とかんがえているのですかな?」
「う~ん…そうとも限らないんですよねぇ……」
私はそう言った後、前世の歴史やいろいろな国のことを思い浮かべながら続けた。
「……民が選んだ指導者が常に優秀で、素晴らしい人間とは限らない。また、民衆が常に最善の選択をするとも限らない……今の世界の王様たちが、ちゃんとした帝王学を跡継ぎたちに伝え、周りの臣下たちがそれをしっかりと支えていくならば、先ほど私が言った二つの議会の上に王様が立つ仕組みが一番良いようにも思えます」
「なるほどな……帝王学か…そんな言葉まで知っているとは、ますます驚きだな。いや、とても素晴らしい考えを聞かせてもらった。礼を言う……さて、私はそろそろいとまごいをしよう。また、いつか話を聞かせてほしい」
伯爵はそう言って立ち上がった。
「ごちそうさまでした。とても楽しかったです。ぜひ、またおいでください」
「うむ、次回を楽しみにしているよ。では、お二人とも、ごきげんよう」
伯爵はそう言うと、一瞬のうちに巨大なこうもりに変身してマントを翻しながら空中に舞い上がった。
そして、私たちの上で一回くるりと円を描いてから、北東の空へ飛び去っていった。
いつも読んでいただき、心から感謝いたします。
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ロナンは三日間、私たちとゆっくりした時間を過ごした。そして、四日目の朝、イルクスの街から迎えに来たライハート準男爵の馬車に乗って、任地であるグランナド地方へと出発していった。見送りに出た私たち家族とロナンの顔には、魔王討伐の出征の時のような悲壮感はなかった。転移門を使えばいつでも帰って来られるからだ。
ロナンを見送った私とプラムは、今度は、ある人物をお迎えする準備を始めた。というのも、朝目覚めてみると、机の上に常設している転移門の箱の上に、ほのかに香水の匂いがする手紙が載っていたのである。開いてみると、ヒューイット伯爵からで、「魔王討伐のお礼がてら、ちょっとしたお祝いの昼食会がしたい」と書かれていた。
そこで、私とプラムは、丘の上にテーブルと椅子を三脚セットし、その上の木の枝を利用して天幕を張るなど、準備をしたのである。天幕を張ったのは、木漏れ日とはいえ、吸血鬼の伯爵に直接日光が当たらないように配慮したのだ。
そうした準備が終わって、私たちが紅茶を飲みながらくつろいでいると、突然、転移門の石の上にドサッと大きなバスケットが現れた。
「わっ、びっくりした。何かしら?」
「どうやら、伯爵様からのお届け物のようですね」
プラムはそう言うと、バスケットの上に掛けられた白いナプキンの上に載っていたメモ用紙を私に手渡した。それにはこう書かれていた。
『これはお二人へのお礼の品です。中身については私が説明いたします』
私たちは、その大きなバスケットを一緒に抱えてテーブルの上に置いた。その直後、転移門から背の高い人物が飛び出してきた。
「おっと、と、何度やってもなかなか慣れませんな…はは……」
少しよろけた後、その人物はそう言って苦笑しながら、すっと背筋を伸ばした。
「ようこそ、ヒューイット伯爵様、お待ちしておりました」
伯爵は、きれいな所作で貴族式の礼で頭を下げた後、にこやかに微笑みながら顔を上げた。
「久しぶりですね。ますますお綺麗になられましたな。おっと、プラム殿、他意はございませんよ、正直な性格なものでね」
「それにしては、朝の手紙といい、このメモの紙といい、ずいぶんよい香水を使っておられるようですが……」
「ああ、いや、一応貴族の礼儀として、それだけだよ」
「もう、プラムったら、勘ぐり過ぎよ。前に伯爵様がお話になったでしょう、亡き奥様がずっと心の中におられる、と」
私は、少し気恥ずかしさを感じながらプラムをたしなめた。
「失礼しました。伯爵様、どうかお許しを」
「いやいや、気にしておりませんよ。プラム殿の忠誠心、誠に見上げたものです」
そう言って微笑む伯爵は、どこか寂しげにも見えた。
「さあ、昼食にしましょう。どうぞこちらの席へ」
私の言葉に、伯爵は頷いてテーブルへ向かった。
「ところで、このカゴには何が入っているのですか、ずいぶん重かったですが?」
「気に入っていただけると良いのですが……」
伯爵はそう言うと、バスケットにかぶせてあったナプキンを取って、中身をテーブルの上に取り出した。
「まず、我が国自慢の赤ワインに、カモのロースト肉のサンドイッチ、ボア肉とトマト、ビーツ、豆類を煮込んだシチュー……うん、よし、まだ温かいな……それと、デザートのリンゴとクルミのパイです。どうぞ召し上がってください」
「わあ、おいしそう、ありがとうございます。あ、でも、伯爵様は……」
「あはは……私は、ワインがあればいいので、どうぞ気にしないでください」
私は、伯爵から彼の食事について、少しだけ話を聞いていた。彼が人間ではなく、錬金術で創り出した疑似生命体(ホムンクルス)から生き血を得ていると……。さらに、彼の体で生身の人間の部分は、心臓と血液だけで、あとの部分は他の魔物と同じように魔素によって形作られているのだという。つまり、彼はやはり正真正銘〝魔物〟なのだ。
だから、当然人間が食べるような物は食べられない。ただ、水分は血液が濃くなりすぎないように適度に摂取する必要がある。不思議なことに、アルコール分は、適度に摂ると心地よい〝酔い〟に似た感覚を得られるらしい。だから、吸血鬼はワインが好きなのだという。
♢♢♢
「ほう、グランナド地方ですか。我が国があるゲールランド大陸とは、海を挟んで目と鼻の先ですね」
「はい。ですから、ロナンにも言いましたの、港を整備して、ぜひ伯爵様の国とも交易をしなさいと。伯爵様も、どうか今後ロナンのことを気にかけてやってください」
「もちろんです。こちらとしても、ぜひ交流を深めていきたい。我が国には、今のところ港はないが、ラーシア王国との間で開拓が進んでいる王国南端地域に、港を作ることを王国側に提案しよう。王国側も喜ぶと思う」
昼食を摂りながら、私たちは楽しく語り合った。千年以上生きている吸血鬼の伯爵は、この世界について、豊富な知識と経験を持っており、私のどんな質問にも的確でウィットに富んだ答えを返してくれた。
「……リーリエ殿ほどの魔法の才能が、このまま世に知られず埋もれていくのは、実にもったいない。やはり、世に出ていく気はないのですかな?」
話が一区切りしたところで、伯爵が真剣な顔でそう尋ねた。
「はい、ありません。私の魔法が世界の発展に寄与するであろうことは、想像できます。でもそれ以上に、一部の権力者に悪用されたときの危険が頭に浮かんでしまうのです。この世界はまだ、マジックバッグや転移、結界などの魔法技術を平和に利用できるほどには、世の中の仕組みが成熟していませんから……」
「ふむ…まるで、そのような成熟した世界を知っているような口ぶりですな?」
うわあ、この吸血伯爵、するどすぎる……へたなことを口走らないようにしないと。
「いえいえ、まさか、ふふふ……まあ、あれやこれやと理想的な世界を想像するだけです」
「うむ、ぜひ国造りの参考に聞かせていただきたい。リーリエ殿が理想とする仕組みとは、どのようなものですかな?」
そんな難しい質問、しないでくれる?……ええっと、まあ、前世の世界をモデルにするしかないけど……。
「そうですね……まず、法律による裁判の権利を権力者から切り離して独立させること、それから、法律を決めたり、審議したり、国の問題を話し合ったりする議会も独立させること、ですかね」
「ふむ、つまり、権力を分散させて、独裁を防ぐということだね。だが、裁判も議会も、王の息がかかった貴族が牛耳れば、分散させた意味がなくなるのではないか?」
「はい、その通りです……本当は、王政そのものを変えたほうがいいのですが、いきなりそんなことをしたら、混乱しますから、少しずつ変えていかないといけません。ですから、まず、議会を二つに分けて、貴族たちによる議会と国民から選ばれた代表者たちによる議会を作るのを最初にした方がいいかもしれません。そして、国民議会の方に議決権という、少し強い権力を与えるのです。つまり、二つの議会で意見が分かれた問題については、国民議会がどちらにするか決定する権利を持ちます。王は、最終的な決定権を持ちますが、議会への介入はできない、というように法律を決める必要があります……」
ヒューイット伯爵は、目を輝かせて身を乗り出すように、私の話を真剣に聞いていた。
「おもしろい……確かにそうすれば、一部の貴族たちの横暴を抑えられるし、国民の生の声を政治に反映させることもできるな……」
伯爵は、あらためて私を見つめながら尋ねた。
「リーリエ殿は、最終的に王や貴族を廃し、民が国を治める世界が理想の世界とかんがえているのですかな?」
「う~ん…そうとも限らないんですよねぇ……」
私はそう言った後、前世の歴史やいろいろな国のことを思い浮かべながら続けた。
「……民が選んだ指導者が常に優秀で、素晴らしい人間とは限らない。また、民衆が常に最善の選択をするとも限らない……今の世界の王様たちが、ちゃんとした帝王学を跡継ぎたちに伝え、周りの臣下たちがそれをしっかりと支えていくならば、先ほど私が言った二つの議会の上に王様が立つ仕組みが一番良いようにも思えます」
「なるほどな……帝王学か…そんな言葉まで知っているとは、ますます驚きだな。いや、とても素晴らしい考えを聞かせてもらった。礼を言う……さて、私はそろそろいとまごいをしよう。また、いつか話を聞かせてほしい」
伯爵はそう言って立ち上がった。
「ごちそうさまでした。とても楽しかったです。ぜひ、またおいでください」
「うむ、次回を楽しみにしているよ。では、お二人とも、ごきげんよう」
伯爵はそう言うと、一瞬のうちに巨大なこうもりに変身してマントを翻しながら空中に舞い上がった。
そして、私たちの上で一回くるりと円を描いてから、北東の空へ飛び去っていった。
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