神様の忘れ物

mizuno sei

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1 アラサー独身OLは、異世界に転生したらしい

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 私は、中里衣津美。今年三十二才になる会社事務員。私が勤めている会社は、親族が経営する小さな金属部品の加工会社だ。バブル期に、町工場を細々と営んでいた叔父が少し無理をして事業を拡張した。
 私はその頃、高校を卒業して経理の専門学校で学んでいたが、叔父のたってのお願いで、事務員としてその会社に就職した。就職してしばらくは、好景気に後押しされて、大手の下請けのいくつかの会社からの注文も受けたりなど景気が良かったが、バブルが崩壊した後は推して知るべしだ。

 最近はずっと赤字経営で、正直そろそろ倒産も見え始めている。経理の事務として十数年、懸命に働いてきたが、私の切り盛りでどうにかなる問題ではない。それでも、なんとか従業員のために、経費の節約や事業の効率化に努めてきたが、限界も近い。

 その日も、私は誰もいなくなった会社の事務室で、一人パソコンの前に座って仕事をしていた。画面に映し出されたグラフや数字を見つめながら、もう数えきれないほど吐いたため息をもう一度吐いた。

(はあ、もうダメだわ……どうにもならない……明日から、ハローワークで次の仕事先を探し始めないと……)

 私は、心の中でそうつぶやいて椅子から立ち上がろうとした。すると、急にパソコンの画面がゆがみ始め、体から力が抜けていくような感じに襲われた。
 貧血かと思ったが、今までの何倍もひどい感覚だ。そして、激しい頭痛が始まり、意識が次第にかすんでいく。これはちょっとヤバイのではないか……そう思いながら、私は暗闇の中に引き込まれ、意識を手放していった。


♢♢♢

〈アトロポス視点〉

「アトロポス様、転生先が一つ決まりました」
 報告に来た上級天使が女神の前に跪く。

「そう。クラスは?」

「はい、(普通)クラスでございます」

「普通ね。じゃあ、ええっと、これね」
 アトロポスは、(消滅)以外の五つに分けた「モノクロニクル」の束の中で、(普通の人生)クラスの一番上にあったものを取って、上級天使に渡した。

 このとき、彼女がもう少し注意深くその「モノクロニクル」を見ていたら、それが(良い人生)の検印が押され、(寿命)の欄に記載がない「モノクロニクル」だと気づいたはずだった。
 これも、この「モノクロニクル」に記録された人物の持つ稀有な運命だったのだろう。


 その「モノクロニクル」を女神から預かった上級天使は、転移の魔法で一瞬のうちに、とある星の、とある妊婦のもとを訪れていた。
 その妊婦はまだ若く、今回が初めての妊娠だった。

 古い木造の家の二階の寝室。辺りは静かで、若い妊婦の安らかな寝息しか聞こえない。小さな窓からは清らかな月の光が差し込んでいた。

「さあ、これがあなたの新しい生みに親ですよ。良い人生を送りなさい」
 上級天使はそう言うと、持ってきた「モノクロニクル」にとある魔法を掛ける。すると、半透明の記録の板がゆっくりと青白い光の玉に変わっていった。

 もちろん、そこに誰かがいたとしても、天使の姿も声も青白い光の玉も見ることはできない。

「あら?何か(寿命)の欄が空白だったように見えたけど、気のせいかしら……」
 上級天使は、すべてが光の玉に変わる寸前、一番下の記録欄が空白だったように見えたが、まさか几帳面なご主人が、そんなミスはしないだろうと思い、そのまま青白い光の玉を妊婦の下腹に導いていった。
 そして、内部にいる胎児と一体化する神級聖魔法を発動する。
 青白い光=魂は、スーッと若い母親の胎内に吸い込まれるように消えていった。


♢♢♢

〈中里衣津美 視点〉

 私は薄暗い世界の中で意識を取り戻した。
あれ?……何も見えない……私はどうしたんだろう?……確か、会社で今期の営業実績を見ていて、絶望して……もう帰ろうと立ち上がったところで、めまいとひどい頭痛に襲われて……ああ、そうか、あたし倒れちゃったんだ……でも、ここは……。

 私は現在の状況を確認しようと、目を開けようとするが、どうしても開かない。でも、体は動く……ん?何か違和感がある。
 私がそう感じて、もう一度手を動かそうとしたとき、突然体がふわっと何かに持ち上げられる感触がして、声が聞こえてきたのだ。

「✕✕✕、✕✕✕✕。✕✕、✕✕✕✕✕✕✕……(神よ、感謝いたします。ああ、わたしの愛しい赤ちゃん……)」

 は?何?まったく意味不明の言葉なんだけど……。

 私は衝撃のあまり、思わず声を上げた。
「あ、あ、う……」

 そして、さらに衝撃を受けた。言葉が出ない。いや、自分では言葉を発しているつもりなのだが、喉から出てきたのはうめき声だけ、しかも、知っている自分の声とは違う、まるで赤ん坊のような……いや、待て、そんな……でも、この手の感触……。

 呆然となった私を、暖かい腕が包み込み、優しく揺すっている。そして、あの訳の分からない言葉が、時折耳元でささやく。優しく、優しく……。

 私は何となく理解した。自分は、もしかして「生まれたばかりの赤ん坊」なのではないかと。そして、もしそれが事実なら、私が、時々深夜のテレビアニメで見ていた「無〇転〇」の第一回放送で見た、あの〝キモオタ〟と同じ運命に遭遇したのではないかと……。
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