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復活の厄災編
第五十一話 巫女の威圧④
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ーー
ーーーそして現在。
突如アマツが放った黄色の光線が空を飛ぶ悪魔を撃ち落とす。その悪魔は撃たれたことに気づき、驚愕の眼差しをこちらに向けると、その見知った顔と特徴的な白い服装に誰なのか気づきクロムは口を開いた。
「シトリー、やっぱり生きていやがったか。」
望みが絶たれたかのような煩わしい声でシトリーの名を呼ぶ。あの時にトドメを刺していればと後悔する暇などなく、俺の体は奴と再び戦わなければならないという緊張感が溢れ出す。
「お前達…ッ!何人殺したァァ!!」
谷の光景を眺め、自分以外の悪魔が俺達に殺されたことを悟ったシトリーは慟哭混じりの殺意を表し、俺達に牙をむいた。
「許さない…!針串刺しにしてやる!」
崖先にシトリーが降り立った瞬間、彼女の周りから大量の赤い槍が展開された。分身投擲技《フライングランス》だ。
「あの技は…!」
シトリーの激昂した感情が力に加わったのか、その槍の数は今まで見てきた中でかなり多い部類に入る。
(数が多い…!レズリィのバリアを後ろにアルノア達の魔法で相殺できるか?足りるわけない!ニーナの斬撃をプラスにしてなるべく被害を…)
槍の迎撃方法を頭で模索するクロム、だが一瞬で仲間全体をどう動かすか考えつく事は出来ず、
「貫け!」
シトリーの合図と共に、空中に配置された大量の凶器がクロム達に向かって襲いかかってきた。
「まずい!レズリィ!遮蔽壁《ウォール》を…!」
「必要ないわ。」
被せてきた声の主の方向へクロムは顔を向けると、先頭に立っているアマツの地面から小さな光球が現れているのが見えた。
「まさか…あれだけの量を神官一人で受け切れると思ってんの?弾いた方が早いわ。」
槍のスピードは速く、もう2秒を待たずにしてこちらの体を貫くだろう。だがそれよりも早く、アマツは防御に転じた。
地面から現れた 黄色の光球は一つずつまるで意思を持っているかのように、迫る槍に向かって一つ、また一つと射出していく。
そして光球が槍に触れた瞬間、小規模の爆発を起こし槍を消し飛ばした。それが何十本も続く…連続して槍を撃ち落とし、自分達に被弾しないとわかった槍達を無視、その一瞬の状況判断の中で正確に突進してくる槍を魔弾で弾いていく。
その光景に、異常な魔法操作だ…とアルノアは目を見開きながら呟く。
それはシトリーも同じことを思っていた。そして、彼女が展開するその光魔法を目に自分が一体誰と相対しているのか理解した。
「あの神々しい光は…!ああそういうことか…お前が神巫の巫女だな!」
神巫の巫女、ヘラ様が危険を指摘し厄災魔獣で対抗させようと考えた人物。
きっとこの女に仲間達はやられてしまったのだろう。あの眩しい魔法を見ればわかる、悪魔の体が本能的にあれを避けたがっているほどに凶悪さを見せている。
未だ底知れぬ力を秘めた巫女と、背後にいる勇者一行、勢いだけで勝てるなどイメージができない。だが…
(それを考えられるってことは、内心落ち着いている証拠ね。)
落ち着いているという考えがどこから現れているのか、仲間達が殺されたことに湧き上がる殺意が止まらないままだ。
本当なら私自らの手で報いを受けさせてやりたい、だがこちらには厄災魔獣という切り札がある。確実に奴らを殺せるなら…
「仲間達を殺した恨み…晴らさせてもらうわよ!」
ーー思う存分暴れて厄災魔獣が地表に上がって来るまでの時間を稼ぐ!
槍を手元に戻したシトリーは崖の壁を勢いよく蹴り出し、ジェット機のような加速でこちらに突き進む。
アマツも次の魔法に移行する溜めが必要であり、生身でシトリーと相手をしなくてはならない。それを踏まえてか、手元から動きを止める赤い針、封針《ふうしん》を構えようとすると…
疾風のような速さで黒い影がアマツの隣を通り過ぎた。ニーナだ。
ギャリィィ!!
互いの武器がぶつかり合い、火花散る間から二人は顔を見合わせた。
「ぐっ!」
「またお前か!」
「今度は勝つ!勝つって決めた!」
「やってみろ!逆鱗に触れた私を止められるものならな!」
ニーナはシトリーの武器を弾き返し、後方に下がったシトリーを追い詰めるよう突撃を仕掛けようとしたその時…
「…っ!」
ニーナの背後から帯状の光が数本現れ、ニーナは驚き踏み止まった。その帯は空中で分裂し、一本の帯から十数本の細い帯へと変わる。大きな帯が分裂し終えた頃には何十もの細い帯が真っ直ぐシトリーに向かって伸び始めていた。
「これはっ…!」
「あんたも同じ境遇を味ったらどう?《光天・槍撃(そうげき)》!」
アマツのそれは、シトリーが放った《フライングランス》と似た光景だった。自分ができることはこちらでもできるといった行動で見下されているようで腹が立った。
「舐めやがって!」
シトリーは落ちてくる光の帯を掻い潜りながら徐々にアマツの方へと近づく、片翼を撃ち抜かれたために空を飛んでの回避ができない分、帯を回避する難易度はさらに跳ね上がる。
よって彼女は《デッドリー・フォース》で槍先に炎を纏い、帯に触れる面積を広くしながら、《アクセルスピア》の瞬間加速で素早く安置に滑り込む。どうしても帯を捌けない状況がきてしまったら《ネビュラスプラッシュ》で帯を捌く、この流れを繰り返し…
「捉えた!!」
槍スキルを駆使し帯を回避し続けた先に、アマツのもとに辿り着く一直線の隙間ができているのが見えた。
シトリーはその隙間を潜り抜けようと、低い姿勢から両足と片手で地面を掻くように蹴り出し、そこから飛び出した。
「こっちに来る!」
それをニーナは見逃さず、すかさず迎撃に向かおうとすると…
「下がりなさい黒いの、それ以上前に行けば後悔することになるわよ。」
アマツが手でニーナの進行ルートを塞ぎ、これ以上前に進むことを警告した。
どういう意図なのかニーナには全く理解できず、何故止めるのかと問いかけた時にはシトリーがもうそこまで迫っていた。
「《アクセルスピア》の突撃スピードと、《ネビュラスプラッシュ》の連続突きを兼ね備えて、お前を叩く!」
槍を持つ手と両足に力を込め、シトリーは目の前の敵を吹き飛ばす勢いで突進する。
だが一瞬、ニーナの迎撃を抑えるアマツの姿を見えたことでシトリーの脳内に違和感、そして危機感を感じた。
(っ!飛び出さない!?誰も?あの巫女は私の攻撃を迎え打つ策があるのを見越してか!)
いくらなんでも無防備過ぎる、遮蔽壁《ウォール》を張った形跡もなければ、奴の光魔法をこちらに向けて放つような動作もない。
何かを狙っている、待っている、まるで魚がエサにかかるように罠を張っているみたいに見えてきた。
(何か…やばい!)
自分の第六感がそう告げたその時、進行方向の地面が少し盛り上がり、瞬間空に広がった光の帯と思われるものが地面から数本こちらに向かって伸びてきた。
「何ぃぃぃ!!」
シトリーは驚き、反射的に力強く槍を帯に向かって叩きつける。互いの攻撃がぶつかり合った衝撃波に土煙が舞い上がる、その中から一本撃ち漏らした帯がシトリーに向かって伸びる。
「がっ!!」
自分の顔が一瞬空を見上げた。左眼の感覚がなく、代わりに熱した鉄を直に当てられたかのような苦痛が湧き上がる。
「がァァァァァァ!!」
焼ける…!目が!目が!被弾した、かすった、見えない、痛みが消えない、溶ける!
咄嗟に左手で目を抑えたシトリーの手から、どろりと溶けた肉が流れ落ちる。最悪な光景が頭をよぎった…今自分はどんな顔をしているのだろう?このまま肉が溶け落ちながら死ぬのか?
そんなネガティブな思考が痛みと共に頭を巡る中…
「トドメよ。」
シトリーの耳に伝わる低い声でアマツはそう発すると、杖を下から上へ振り上げる。それに応じるようアマツの足元から沿ったような形をした斬撃波が繰り出された。最初こそ極細の斬撃波だったものだったが、距離を伸ばすごとに幅広く広がり、最終的に津波のような巨大な波へと変化した。殲滅特殊魔法ーー中級光魔法《光天・波滅(はめつ)》だ。
土壁の端から端までを覆い、確実に私をこの光の波に呑み込ませようとするのが見えた。
「ぐっ!…こんな!…化物め…!」
今更、ヘラ様が話していた神巫の巫女の脅威をようやく理解した。「舐めてかかれば何も得ずに損害だけを残して帰ってくる」、実際そうなりかけていることに絶望した。
ーーこれが神巫の巫女の力…次元が違いすぎる。
この「化物」を相手に、仲間との連携、個人技、いかなる策を投じても勝つことなどできない。他ならぬ「例外」と名付けた想定外の力をぶつけないかぎり、光を滅することなど不可能なのだ。
その「例外」が完全に表に出すのは、あとどれくらい時間を要するか?自分では勝てないと感じたシトリーは、この切り札の存在に賭けるしかなかった。
ーーけど…食い止める…!少しでも長く…!私に注意を向かせる…!
気持ちが力に応え、槍から魔力が溢れ出しバチバチと稲妻が発する。
「止める…!止める止める止める!!」
今なら叩き出せる、魔力を溜める隙を一瞬で縮めた私の最高の一打を。
勝てなくてもいい、敵わなくてもいい、ただ今はこの大技を回避することだけに集中しろ、生き残りさえすればまだ時間を稼げる。時間が私達を勝利に導いてくれる。
シトリーは光の波に紅い槍を全力で投げつけた。
「デーモンロード…スティンガァァァァァァァーーー!!」
シトリーの希望を乗せた紅い槍が光の波を押し返す、赤い稲妻と白い発光が互いに溶け出し神秘的な火花を散らし…
バァァァン!!
凄まじい破裂音と共に互いの攻撃が相殺され辺りに火花が散らされる。
その向こう、アマツは何の問題はないと冷たい表情を形作ったまま次の攻撃に移行しようとしてきてる。
「ちっ…鉄仮面が…!少しは驚くような顔でもしなさいよ…!」
不満を超えた苛立ちを発しながら、疲弊、諦め、その他色んな負の感情を押し殺し、シトリーは睨み返す。
それは彼女にとって今できる弱みを見せない演技だった。それを察することは出来ないが、ボロボロになった彼女を見てクロム達は恐ろしくも驚愕した。
「やっぱり化物だわ…この人間…。」
悪魔であるセーレは目の前に立つ人間に改めて恐れを抱いた。互角以上の戦いをしたシトリーが一撃もこちらにダメージを与えることなく敗走しようとしている。
同情する気持ちはないが、もしアマツが繰り出した攻撃を自分が受ける立場となったら、おそらくもうこの世にはいない。
そして、そんな恐れとは少し違う感情を受けたのはクロムだった。
「マジかよ…強すぎだろアマツ、なんでもっと早く…あっ!」
咄嗟に今発しようとした言葉を手で口を塞いで止めた。
(馬鹿っ!今なんて言おうとした!?なんでもっと早く来てくれなかったのかだって?俺があいつらと同じ考えを持ってたっていうのか!?)
アマツが早く来ていれば近衛隊も魔導隊もあれほどの被害を出すことは無かった、シトリーを含めここにいる悪魔を掃討できた、そしたら厄災魔獣の復活などすぐ解決できたかもしれない。
だがそれでどうなる…シトリーの脅威を肌で実感しないまま次に向かって強くなれるか?面倒事をアマツのような強者の人物に頼って強くなれるか?
一刻も早く帝国に乗り込むために問題を早く潰せるのはいいが、いざとなった俺達の戦力で帝国を討てるか?
討てるわけない、困難に向き合わず他人に問題を任せてる勇者パーティーなどすぐ全滅だ。
バチン!!
突然クロムが両手で頬を叩く姿を見て、アマツを除く全員がクロムの方を見た。
「クロムさん?」
心配をするレズリィをよそに俺はアマツに向かって頭を下げて謝罪した。
「ごめん!やっぱり思っちまった、なんでもっと早くお前が来てくれなかったのかって。それほどまでにお前の強さを欲しかったんだ!俺達は!」
「……。」
「改めて実感した、俺達は弱い。帝国討伐を心掛けているくせにシトリー相手に遅れをとってるようじゃ、この先の敵に到底太刀打ちなんてできない。このままだと…」
「すぐ全滅するかも…でしょう?」
アマツはこちらを振り返らず、俺の話に合わせるよう口を開いた。
「ちゃんと噛み締めることね、自分達が立つステージが今どんな位置にあるのか。手が届かないとわかって飛び込んでも自滅するだけよ。」
彼女の手が足元を指さした、話の比喩をさしているように見えるそれは…まさしく戦う者が立つステージ場だ。それを見ている俺達は手を出すことは許されぬ脇役でしかない。
まるで舞台の主役を脇から取られたような気分だ、悔しい以外の他ならない。
「積み上げなさい一つずつ、今日はそれを勉強できたってことでチャラにしてあげるわ。」
積み上げる…その言葉に皆が前を向いた。戦いのステージは自分の力でのし上がる、これから先に待つ困難な戦いに向けて進化し続けなければならない。
それを胸に、皆が同じことを考えた。
ーー強く成長する、次のステージに立てるように!と。
「何を…勝った気でいる…」
目的が一致した彼らの前にはシトリーが憎悪を込めたような目でこちらを見ていた。
「こっちには切り札がある…!厄災魔獣が解き放たれればお前達なんか…!」
「呆れたわ、そんな雑魚敵が吐きそうな台詞を幹部が吐くなんて。落ちたわね。」
吠えるシトリーを見てアマツは期待外れの視線を送りながら、やれやれと呆れ首を振る。
「ぐっ…!アァァァァ!!」
アマツのその態度に血が煮えくり返るような怒りに燃えるシトリー、我を忘れそうな激昂状態によって生まれた闘争本能は力に変わり、再び槍に力が溜まり始めた。
「さっきの大技が来る!」
紅い槍に魔力がチャージされるたび、いつこちらに飛んでくるのかとクロムを含めて皆が身構えた。アマツ以外は…
「話は聞いたわ、厄災魔獣を復活しようなんてそんな馬鹿げた事しないでくれる?そういう面倒な仕事を対処される身にもなってほしいわ。」
目の前で強力な技が撃ち込まれようとしている中、アマツは軽く説教するような態度で話を切り出す。余裕というよりかは、まるで勝負にもならないと断言するような油断を見せているみたいに見えていた。
そして…奴の槍が放たれようとしていた。
「デーモン…!」
「はぁ…全然話聞いちゃいない。」
だがアマツは決して敵を前に油断などしない、こうして余裕を見せているのはもう勝負はついていることの表れだった。
彼女が素早く懐から何かを取り出し、シトリーに向かって投げる動きをとった。何を投げたかは近くにいた俺達でもわからなかった、いや…視界に入らないほどその投擲物が速かったと言えばいいか。
「ッ!?」
シトリーの最上級技《デーモンロードスティンガー》が不発した。槍を投げるための腕と踏み込むための脚が嘘みたいに動かなくなり、投げようとする姿勢のまま体が硬直した。
(動けない!?何をされた?腕が固まったままじゃ投げられない…!)
咄嗟に動ける頭で硬直した腕を見る、そこには小さな針が無数に刺さっているのが見えた。それと同じような針が右腰、左脚と斜め上に並んで刺さっていた。
「二度同じ技を出せると思って?隙だらけの溜め技なんて自分を撃ってくださいって言ってるようなものよ。」
アマツの緊縛の針・封針《ふうしん》だ、クロムはシトリーの不自然な姿で硬直しているのを見てそうだと理解した。
そして、間髪入れずアマツは地面に展開した魔法陣から光の帯を召喚させ、シトリーに向かって伸ばした。
「光天・槍撃(そうげき)!」
光の帯が分裂を繰り返し、真っ直ぐシトリーの方へ向かって来る。その形は集中して自分の体を狙ってきており、すぐ横に回避すれば簡単に避けられる位置だ。
だがそれができるならとっくにやっている、投げる姿勢で固まった姿ではまともに歩くことすらできない。
「足を少しでも動かして体勢を…!」
シトリーは必死に動ける右足で地面を蹴り出し帯の射程範囲から逃れようとする、だが人の体は都合よく出来ているようだ。右に飛ぶ姿勢ができない状態では右足に力など入らない、よって…
(駄目だ!避けられな…ッ!死ッ…!!)
パァァァン!!
強烈な爆破と土煙が上がり、帯が全弾シトリーに命中した。爆破の影響で吹き飛ばされた彼女は地面に転げ落ち、立ち上がる素振りを見せない。
戦う意欲がもう残っていない事を感じたアマツは終わった戦いに一息つくのと一緒に言葉を呟く。
「助かったわ…彼女がまだ人間味のある悪魔で、自分のエゴで動く奴の方がよっぽど脅威だから。」
「勝ったのか…あの悪魔は死んだのか?」
アルノアが疑わしく倒れたシトリーを見る、体が塵となって消えてないところを見るとまだ息があるようで、アマツは自身の視界で見たシトリーの行動でまだ生きていると言葉を溢した。
「いえ…あの悪魔、当たる瞬間に槍に溜め込んだ魔力 を暴発させて威力を僅かに殺した。あれじゃ致命傷になっていない。」
アマツが倒れたシトリーに近づくよう、後ろにいたクロム達もその後を追う。
「はぁ…はぁ…。」
シトリーに近づくと荒い呼吸をあげながら痛みを抑え込んでいる姿が見てとれた、顔は伏せて見えないが苦痛に歪んでいることは間違いないだろう。
倒れた地面は血で真っ赤に染まっており、地面と体が擦るたびにビチャビチャと音が鳴る。光魔法で肉が溶け落ち、血が垂れて続けている証拠だ。
魔物という体の頑丈さがこれほどまでに残酷なものだとは…人間なら出血多量で死ぬレベルなのに、まだ死ねない、まだ意識がある、命ともいうべき魔石の力が消えないかぎり生き続ける。これこそ生き地獄というべきものだろう。
「これじゃもう手遅れね。こと切れる奴なんかのために時間を割いてらんないわ、今のうち厄災魔獣の復活を阻止するわよ。」
アマツはそう言い残し、シトリーのトドメを刺さずに先へ歩き始めた。クロム達もシトリーに憐れみの目を向けた後、アマツの後を追いシトリーに背を向けた。
「この……ふざけ……なぁ……ころ……し…てぇ……やぁぁる…ゥゥ…!」
呻くように怨みの言葉を発しながらクロム達を追いかけようと軋む体に鞭を打ち立ち上がる。
(私をコケにしたな…!私が痛みごときに倒れると思うなよ!生き恥を晒させた巫女もそれを憐むような目で見たお前達も…報いを受けさせてやる…!)
彼らは歩みを止めずまっすぐ神殿を目指して進んでいく、そんな彼らの背に槍を貫こうと重い腕を上げる。
気力?それだけじゃない、怒りに染まった感情を力に変えろ!
「幹部の……底力……舐めんなァァァァ!!」
槍を大きく振りかぶり、激昂の絶叫と赤い稲妻が体を迸る。投げる…そう意識したその時…
ズゥゥゥゥン…
突然…何の前触れもなく…得体の知れない威圧感がシトリーを含め、クロム達の体を押し潰す。
「こっ…これっ…て。」
シトリーは自身の体が硬直する感覚を覚えた、感情に昂られ勢いをつけて動こうとした自分の体が嘘のように動かない。
さっきの針を打ち込まれたからではない、まるで上から誰かがのしかかってくるみたいだ、その急な圧迫感により彼女は膝をついて倒れた。
「おっ、おい…なんだ?急に冷や汗が出てきたぞ。」
アルノアは頭や首から噴き出る妙な汗を拭いながら歩き続ける。
この異様な雰囲気は私だけが感じていることじゃないと知らせるように話すと、
「実力差ってやつよ、膨大な魔力量を持つ者はそれを覇気として吐き出せる。それほどまでに今会おうとしてる相手は格上ってわけよ。」
隣で体験談のように話すセーレは腕を組みながら前を見据える。だがその組んだ腕は僅かに震えているのが見えた。
強気な立ち振る舞いで相手を軽視するセーレが、この先に行くことを拒むように恐れを感じている。
その恐れは背後にいたレズリィも感じとっていた。
(緊張…いえ、そういう感じじゃない。本能的に体が先に行くことを拒んでいる…!?まだ…その根源を目にしていないのに…。)
レズリィは極度の緊張で顔を青ざめていた。生まれて初めての感覚だった、怒られるとわかって相手に近づく緊張感と違い、明確な死を実感しながら正体不明の相手に近づく緊張感は計り知れないほどの恐怖が湧き立つ。
一体自分達は何に会おうとしているのか?本当に自分達は生きて帰って来られるのか?治らない緊張に耐え切れなくなったレズリィは先頭を歩くクロムとアマツに声をかける。
「クロムさん、アマツさん…これは…」
レズリィの声が二人の耳に届く瞬間…
ギュルルルァァァァァァ!!!
谷全域に広がるような生き物とは呼べぬ異質な咆哮が響き、レズリィの声をかき消すのと同時に先頭の二人は確信めいた表情で、ここから始まる戦いに覚悟を持った。
「おい…おいおいおいマジかよ…!やっぱりこうなっちまうのか!」
「たくっ…最悪だわ!」
二人は同時に走り出す。土壁を沿って谷の中心部に辿り着くと、青銅色の石造りで建てられているパンデルム遺跡があるはずだった。
二人は息を呑んだ。目の前に映る遺跡は崩れ、崩落した部分から紫色のガスが立ち込める。
それは死霊の谷で蔓延している腐敗の毒ガスとは違い、死を明確に表しているように見えた。
ーー
ーーーそして現在。
突如アマツが放った黄色の光線が空を飛ぶ悪魔を撃ち落とす。その悪魔は撃たれたことに気づき、驚愕の眼差しをこちらに向けると、その見知った顔と特徴的な白い服装に誰なのか気づきクロムは口を開いた。
「シトリー、やっぱり生きていやがったか。」
望みが絶たれたかのような煩わしい声でシトリーの名を呼ぶ。あの時にトドメを刺していればと後悔する暇などなく、俺の体は奴と再び戦わなければならないという緊張感が溢れ出す。
「お前達…ッ!何人殺したァァ!!」
谷の光景を眺め、自分以外の悪魔が俺達に殺されたことを悟ったシトリーは慟哭混じりの殺意を表し、俺達に牙をむいた。
「許さない…!針串刺しにしてやる!」
崖先にシトリーが降り立った瞬間、彼女の周りから大量の赤い槍が展開された。分身投擲技《フライングランス》だ。
「あの技は…!」
シトリーの激昂した感情が力に加わったのか、その槍の数は今まで見てきた中でかなり多い部類に入る。
(数が多い…!レズリィのバリアを後ろにアルノア達の魔法で相殺できるか?足りるわけない!ニーナの斬撃をプラスにしてなるべく被害を…)
槍の迎撃方法を頭で模索するクロム、だが一瞬で仲間全体をどう動かすか考えつく事は出来ず、
「貫け!」
シトリーの合図と共に、空中に配置された大量の凶器がクロム達に向かって襲いかかってきた。
「まずい!レズリィ!遮蔽壁《ウォール》を…!」
「必要ないわ。」
被せてきた声の主の方向へクロムは顔を向けると、先頭に立っているアマツの地面から小さな光球が現れているのが見えた。
「まさか…あれだけの量を神官一人で受け切れると思ってんの?弾いた方が早いわ。」
槍のスピードは速く、もう2秒を待たずにしてこちらの体を貫くだろう。だがそれよりも早く、アマツは防御に転じた。
地面から現れた 黄色の光球は一つずつまるで意思を持っているかのように、迫る槍に向かって一つ、また一つと射出していく。
そして光球が槍に触れた瞬間、小規模の爆発を起こし槍を消し飛ばした。それが何十本も続く…連続して槍を撃ち落とし、自分達に被弾しないとわかった槍達を無視、その一瞬の状況判断の中で正確に突進してくる槍を魔弾で弾いていく。
その光景に、異常な魔法操作だ…とアルノアは目を見開きながら呟く。
それはシトリーも同じことを思っていた。そして、彼女が展開するその光魔法を目に自分が一体誰と相対しているのか理解した。
「あの神々しい光は…!ああそういうことか…お前が神巫の巫女だな!」
神巫の巫女、ヘラ様が危険を指摘し厄災魔獣で対抗させようと考えた人物。
きっとこの女に仲間達はやられてしまったのだろう。あの眩しい魔法を見ればわかる、悪魔の体が本能的にあれを避けたがっているほどに凶悪さを見せている。
未だ底知れぬ力を秘めた巫女と、背後にいる勇者一行、勢いだけで勝てるなどイメージができない。だが…
(それを考えられるってことは、内心落ち着いている証拠ね。)
落ち着いているという考えがどこから現れているのか、仲間達が殺されたことに湧き上がる殺意が止まらないままだ。
本当なら私自らの手で報いを受けさせてやりたい、だがこちらには厄災魔獣という切り札がある。確実に奴らを殺せるなら…
「仲間達を殺した恨み…晴らさせてもらうわよ!」
ーー思う存分暴れて厄災魔獣が地表に上がって来るまでの時間を稼ぐ!
槍を手元に戻したシトリーは崖の壁を勢いよく蹴り出し、ジェット機のような加速でこちらに突き進む。
アマツも次の魔法に移行する溜めが必要であり、生身でシトリーと相手をしなくてはならない。それを踏まえてか、手元から動きを止める赤い針、封針《ふうしん》を構えようとすると…
疾風のような速さで黒い影がアマツの隣を通り過ぎた。ニーナだ。
ギャリィィ!!
互いの武器がぶつかり合い、火花散る間から二人は顔を見合わせた。
「ぐっ!」
「またお前か!」
「今度は勝つ!勝つって決めた!」
「やってみろ!逆鱗に触れた私を止められるものならな!」
ニーナはシトリーの武器を弾き返し、後方に下がったシトリーを追い詰めるよう突撃を仕掛けようとしたその時…
「…っ!」
ニーナの背後から帯状の光が数本現れ、ニーナは驚き踏み止まった。その帯は空中で分裂し、一本の帯から十数本の細い帯へと変わる。大きな帯が分裂し終えた頃には何十もの細い帯が真っ直ぐシトリーに向かって伸び始めていた。
「これはっ…!」
「あんたも同じ境遇を味ったらどう?《光天・槍撃(そうげき)》!」
アマツのそれは、シトリーが放った《フライングランス》と似た光景だった。自分ができることはこちらでもできるといった行動で見下されているようで腹が立った。
「舐めやがって!」
シトリーは落ちてくる光の帯を掻い潜りながら徐々にアマツの方へと近づく、片翼を撃ち抜かれたために空を飛んでの回避ができない分、帯を回避する難易度はさらに跳ね上がる。
よって彼女は《デッドリー・フォース》で槍先に炎を纏い、帯に触れる面積を広くしながら、《アクセルスピア》の瞬間加速で素早く安置に滑り込む。どうしても帯を捌けない状況がきてしまったら《ネビュラスプラッシュ》で帯を捌く、この流れを繰り返し…
「捉えた!!」
槍スキルを駆使し帯を回避し続けた先に、アマツのもとに辿り着く一直線の隙間ができているのが見えた。
シトリーはその隙間を潜り抜けようと、低い姿勢から両足と片手で地面を掻くように蹴り出し、そこから飛び出した。
「こっちに来る!」
それをニーナは見逃さず、すかさず迎撃に向かおうとすると…
「下がりなさい黒いの、それ以上前に行けば後悔することになるわよ。」
アマツが手でニーナの進行ルートを塞ぎ、これ以上前に進むことを警告した。
どういう意図なのかニーナには全く理解できず、何故止めるのかと問いかけた時にはシトリーがもうそこまで迫っていた。
「《アクセルスピア》の突撃スピードと、《ネビュラスプラッシュ》の連続突きを兼ね備えて、お前を叩く!」
槍を持つ手と両足に力を込め、シトリーは目の前の敵を吹き飛ばす勢いで突進する。
だが一瞬、ニーナの迎撃を抑えるアマツの姿を見えたことでシトリーの脳内に違和感、そして危機感を感じた。
(っ!飛び出さない!?誰も?あの巫女は私の攻撃を迎え打つ策があるのを見越してか!)
いくらなんでも無防備過ぎる、遮蔽壁《ウォール》を張った形跡もなければ、奴の光魔法をこちらに向けて放つような動作もない。
何かを狙っている、待っている、まるで魚がエサにかかるように罠を張っているみたいに見えてきた。
(何か…やばい!)
自分の第六感がそう告げたその時、進行方向の地面が少し盛り上がり、瞬間空に広がった光の帯と思われるものが地面から数本こちらに向かって伸びてきた。
「何ぃぃぃ!!」
シトリーは驚き、反射的に力強く槍を帯に向かって叩きつける。互いの攻撃がぶつかり合った衝撃波に土煙が舞い上がる、その中から一本撃ち漏らした帯がシトリーに向かって伸びる。
「がっ!!」
自分の顔が一瞬空を見上げた。左眼の感覚がなく、代わりに熱した鉄を直に当てられたかのような苦痛が湧き上がる。
「がァァァァァァ!!」
焼ける…!目が!目が!被弾した、かすった、見えない、痛みが消えない、溶ける!
咄嗟に左手で目を抑えたシトリーの手から、どろりと溶けた肉が流れ落ちる。最悪な光景が頭をよぎった…今自分はどんな顔をしているのだろう?このまま肉が溶け落ちながら死ぬのか?
そんなネガティブな思考が痛みと共に頭を巡る中…
「トドメよ。」
シトリーの耳に伝わる低い声でアマツはそう発すると、杖を下から上へ振り上げる。それに応じるようアマツの足元から沿ったような形をした斬撃波が繰り出された。最初こそ極細の斬撃波だったものだったが、距離を伸ばすごとに幅広く広がり、最終的に津波のような巨大な波へと変化した。殲滅特殊魔法ーー中級光魔法《光天・波滅(はめつ)》だ。
土壁の端から端までを覆い、確実に私をこの光の波に呑み込ませようとするのが見えた。
「ぐっ!…こんな!…化物め…!」
今更、ヘラ様が話していた神巫の巫女の脅威をようやく理解した。「舐めてかかれば何も得ずに損害だけを残して帰ってくる」、実際そうなりかけていることに絶望した。
ーーこれが神巫の巫女の力…次元が違いすぎる。
この「化物」を相手に、仲間との連携、個人技、いかなる策を投じても勝つことなどできない。他ならぬ「例外」と名付けた想定外の力をぶつけないかぎり、光を滅することなど不可能なのだ。
その「例外」が完全に表に出すのは、あとどれくらい時間を要するか?自分では勝てないと感じたシトリーは、この切り札の存在に賭けるしかなかった。
ーーけど…食い止める…!少しでも長く…!私に注意を向かせる…!
気持ちが力に応え、槍から魔力が溢れ出しバチバチと稲妻が発する。
「止める…!止める止める止める!!」
今なら叩き出せる、魔力を溜める隙を一瞬で縮めた私の最高の一打を。
勝てなくてもいい、敵わなくてもいい、ただ今はこの大技を回避することだけに集中しろ、生き残りさえすればまだ時間を稼げる。時間が私達を勝利に導いてくれる。
シトリーは光の波に紅い槍を全力で投げつけた。
「デーモンロード…スティンガァァァァァァァーーー!!」
シトリーの希望を乗せた紅い槍が光の波を押し返す、赤い稲妻と白い発光が互いに溶け出し神秘的な火花を散らし…
バァァァン!!
凄まじい破裂音と共に互いの攻撃が相殺され辺りに火花が散らされる。
その向こう、アマツは何の問題はないと冷たい表情を形作ったまま次の攻撃に移行しようとしてきてる。
「ちっ…鉄仮面が…!少しは驚くような顔でもしなさいよ…!」
不満を超えた苛立ちを発しながら、疲弊、諦め、その他色んな負の感情を押し殺し、シトリーは睨み返す。
それは彼女にとって今できる弱みを見せない演技だった。それを察することは出来ないが、ボロボロになった彼女を見てクロム達は恐ろしくも驚愕した。
「やっぱり化物だわ…この人間…。」
悪魔であるセーレは目の前に立つ人間に改めて恐れを抱いた。互角以上の戦いをしたシトリーが一撃もこちらにダメージを与えることなく敗走しようとしている。
同情する気持ちはないが、もしアマツが繰り出した攻撃を自分が受ける立場となったら、おそらくもうこの世にはいない。
そして、そんな恐れとは少し違う感情を受けたのはクロムだった。
「マジかよ…強すぎだろアマツ、なんでもっと早く…あっ!」
咄嗟に今発しようとした言葉を手で口を塞いで止めた。
(馬鹿っ!今なんて言おうとした!?なんでもっと早く来てくれなかったのかだって?俺があいつらと同じ考えを持ってたっていうのか!?)
アマツが早く来ていれば近衛隊も魔導隊もあれほどの被害を出すことは無かった、シトリーを含めここにいる悪魔を掃討できた、そしたら厄災魔獣の復活などすぐ解決できたかもしれない。
だがそれでどうなる…シトリーの脅威を肌で実感しないまま次に向かって強くなれるか?面倒事をアマツのような強者の人物に頼って強くなれるか?
一刻も早く帝国に乗り込むために問題を早く潰せるのはいいが、いざとなった俺達の戦力で帝国を討てるか?
討てるわけない、困難に向き合わず他人に問題を任せてる勇者パーティーなどすぐ全滅だ。
バチン!!
突然クロムが両手で頬を叩く姿を見て、アマツを除く全員がクロムの方を見た。
「クロムさん?」
心配をするレズリィをよそに俺はアマツに向かって頭を下げて謝罪した。
「ごめん!やっぱり思っちまった、なんでもっと早くお前が来てくれなかったのかって。それほどまでにお前の強さを欲しかったんだ!俺達は!」
「……。」
「改めて実感した、俺達は弱い。帝国討伐を心掛けているくせにシトリー相手に遅れをとってるようじゃ、この先の敵に到底太刀打ちなんてできない。このままだと…」
「すぐ全滅するかも…でしょう?」
アマツはこちらを振り返らず、俺の話に合わせるよう口を開いた。
「ちゃんと噛み締めることね、自分達が立つステージが今どんな位置にあるのか。手が届かないとわかって飛び込んでも自滅するだけよ。」
彼女の手が足元を指さした、話の比喩をさしているように見えるそれは…まさしく戦う者が立つステージ場だ。それを見ている俺達は手を出すことは許されぬ脇役でしかない。
まるで舞台の主役を脇から取られたような気分だ、悔しい以外の他ならない。
「積み上げなさい一つずつ、今日はそれを勉強できたってことでチャラにしてあげるわ。」
積み上げる…その言葉に皆が前を向いた。戦いのステージは自分の力でのし上がる、これから先に待つ困難な戦いに向けて進化し続けなければならない。
それを胸に、皆が同じことを考えた。
ーー強く成長する、次のステージに立てるように!と。
「何を…勝った気でいる…」
目的が一致した彼らの前にはシトリーが憎悪を込めたような目でこちらを見ていた。
「こっちには切り札がある…!厄災魔獣が解き放たれればお前達なんか…!」
「呆れたわ、そんな雑魚敵が吐きそうな台詞を幹部が吐くなんて。落ちたわね。」
吠えるシトリーを見てアマツは期待外れの視線を送りながら、やれやれと呆れ首を振る。
「ぐっ…!アァァァァ!!」
アマツのその態度に血が煮えくり返るような怒りに燃えるシトリー、我を忘れそうな激昂状態によって生まれた闘争本能は力に変わり、再び槍に力が溜まり始めた。
「さっきの大技が来る!」
紅い槍に魔力がチャージされるたび、いつこちらに飛んでくるのかとクロムを含めて皆が身構えた。アマツ以外は…
「話は聞いたわ、厄災魔獣を復活しようなんてそんな馬鹿げた事しないでくれる?そういう面倒な仕事を対処される身にもなってほしいわ。」
目の前で強力な技が撃ち込まれようとしている中、アマツは軽く説教するような態度で話を切り出す。余裕というよりかは、まるで勝負にもならないと断言するような油断を見せているみたいに見えていた。
そして…奴の槍が放たれようとしていた。
「デーモン…!」
「はぁ…全然話聞いちゃいない。」
だがアマツは決して敵を前に油断などしない、こうして余裕を見せているのはもう勝負はついていることの表れだった。
彼女が素早く懐から何かを取り出し、シトリーに向かって投げる動きをとった。何を投げたかは近くにいた俺達でもわからなかった、いや…視界に入らないほどその投擲物が速かったと言えばいいか。
「ッ!?」
シトリーの最上級技《デーモンロードスティンガー》が不発した。槍を投げるための腕と踏み込むための脚が嘘みたいに動かなくなり、投げようとする姿勢のまま体が硬直した。
(動けない!?何をされた?腕が固まったままじゃ投げられない…!)
咄嗟に動ける頭で硬直した腕を見る、そこには小さな針が無数に刺さっているのが見えた。それと同じような針が右腰、左脚と斜め上に並んで刺さっていた。
「二度同じ技を出せると思って?隙だらけの溜め技なんて自分を撃ってくださいって言ってるようなものよ。」
アマツの緊縛の針・封針《ふうしん》だ、クロムはシトリーの不自然な姿で硬直しているのを見てそうだと理解した。
そして、間髪入れずアマツは地面に展開した魔法陣から光の帯を召喚させ、シトリーに向かって伸ばした。
「光天・槍撃(そうげき)!」
光の帯が分裂を繰り返し、真っ直ぐシトリーの方へ向かって来る。その形は集中して自分の体を狙ってきており、すぐ横に回避すれば簡単に避けられる位置だ。
だがそれができるならとっくにやっている、投げる姿勢で固まった姿ではまともに歩くことすらできない。
「足を少しでも動かして体勢を…!」
シトリーは必死に動ける右足で地面を蹴り出し帯の射程範囲から逃れようとする、だが人の体は都合よく出来ているようだ。右に飛ぶ姿勢ができない状態では右足に力など入らない、よって…
(駄目だ!避けられな…ッ!死ッ…!!)
パァァァン!!
強烈な爆破と土煙が上がり、帯が全弾シトリーに命中した。爆破の影響で吹き飛ばされた彼女は地面に転げ落ち、立ち上がる素振りを見せない。
戦う意欲がもう残っていない事を感じたアマツは終わった戦いに一息つくのと一緒に言葉を呟く。
「助かったわ…彼女がまだ人間味のある悪魔で、自分のエゴで動く奴の方がよっぽど脅威だから。」
「勝ったのか…あの悪魔は死んだのか?」
アルノアが疑わしく倒れたシトリーを見る、体が塵となって消えてないところを見るとまだ息があるようで、アマツは自身の視界で見たシトリーの行動でまだ生きていると言葉を溢した。
「いえ…あの悪魔、当たる瞬間に槍に溜め込んだ魔力 を暴発させて威力を僅かに殺した。あれじゃ致命傷になっていない。」
アマツが倒れたシトリーに近づくよう、後ろにいたクロム達もその後を追う。
「はぁ…はぁ…。」
シトリーに近づくと荒い呼吸をあげながら痛みを抑え込んでいる姿が見てとれた、顔は伏せて見えないが苦痛に歪んでいることは間違いないだろう。
倒れた地面は血で真っ赤に染まっており、地面と体が擦るたびにビチャビチャと音が鳴る。光魔法で肉が溶け落ち、血が垂れて続けている証拠だ。
魔物という体の頑丈さがこれほどまでに残酷なものだとは…人間なら出血多量で死ぬレベルなのに、まだ死ねない、まだ意識がある、命ともいうべき魔石の力が消えないかぎり生き続ける。これこそ生き地獄というべきものだろう。
「これじゃもう手遅れね。こと切れる奴なんかのために時間を割いてらんないわ、今のうち厄災魔獣の復活を阻止するわよ。」
アマツはそう言い残し、シトリーのトドメを刺さずに先へ歩き始めた。クロム達もシトリーに憐れみの目を向けた後、アマツの後を追いシトリーに背を向けた。
「この……ふざけ……なぁ……ころ……し…てぇ……やぁぁる…ゥゥ…!」
呻くように怨みの言葉を発しながらクロム達を追いかけようと軋む体に鞭を打ち立ち上がる。
(私をコケにしたな…!私が痛みごときに倒れると思うなよ!生き恥を晒させた巫女もそれを憐むような目で見たお前達も…報いを受けさせてやる…!)
彼らは歩みを止めずまっすぐ神殿を目指して進んでいく、そんな彼らの背に槍を貫こうと重い腕を上げる。
気力?それだけじゃない、怒りに染まった感情を力に変えろ!
「幹部の……底力……舐めんなァァァァ!!」
槍を大きく振りかぶり、激昂の絶叫と赤い稲妻が体を迸る。投げる…そう意識したその時…
ズゥゥゥゥン…
突然…何の前触れもなく…得体の知れない威圧感がシトリーを含め、クロム達の体を押し潰す。
「こっ…これっ…て。」
シトリーは自身の体が硬直する感覚を覚えた、感情に昂られ勢いをつけて動こうとした自分の体が嘘のように動かない。
さっきの針を打ち込まれたからではない、まるで上から誰かがのしかかってくるみたいだ、その急な圧迫感により彼女は膝をついて倒れた。
「おっ、おい…なんだ?急に冷や汗が出てきたぞ。」
アルノアは頭や首から噴き出る妙な汗を拭いながら歩き続ける。
この異様な雰囲気は私だけが感じていることじゃないと知らせるように話すと、
「実力差ってやつよ、膨大な魔力量を持つ者はそれを覇気として吐き出せる。それほどまでに今会おうとしてる相手は格上ってわけよ。」
隣で体験談のように話すセーレは腕を組みながら前を見据える。だがその組んだ腕は僅かに震えているのが見えた。
強気な立ち振る舞いで相手を軽視するセーレが、この先に行くことを拒むように恐れを感じている。
その恐れは背後にいたレズリィも感じとっていた。
(緊張…いえ、そういう感じじゃない。本能的に体が先に行くことを拒んでいる…!?まだ…その根源を目にしていないのに…。)
レズリィは極度の緊張で顔を青ざめていた。生まれて初めての感覚だった、怒られるとわかって相手に近づく緊張感と違い、明確な死を実感しながら正体不明の相手に近づく緊張感は計り知れないほどの恐怖が湧き立つ。
一体自分達は何に会おうとしているのか?本当に自分達は生きて帰って来られるのか?治らない緊張に耐え切れなくなったレズリィは先頭を歩くクロムとアマツに声をかける。
「クロムさん、アマツさん…これは…」
レズリィの声が二人の耳に届く瞬間…
ギュルルルァァァァァァ!!!
谷全域に広がるような生き物とは呼べぬ異質な咆哮が響き、レズリィの声をかき消すのと同時に先頭の二人は確信めいた表情で、ここから始まる戦いに覚悟を持った。
「おい…おいおいおいマジかよ…!やっぱりこうなっちまうのか!」
「たくっ…最悪だわ!」
二人は同時に走り出す。土壁を沿って谷の中心部に辿り着くと、青銅色の石造りで建てられているパンデルム遺跡があるはずだった。
二人は息を呑んだ。目の前に映る遺跡は崩れ、崩落した部分から紫色のガスが立ち込める。
それは死霊の谷で蔓延している腐敗の毒ガスとは違い、死を明確に表しているように見えた。
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