記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ

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 メルヴィンとレスターの新生活は、意外とうまくいっていた。メルヴィンはレスターのことを周囲に友人として紹介したが、周囲はみなまで言わなくてもわかっていると微笑むばかり。どうやらメルヴィンが何やら訳ありであることはかなりの人々に知られていたらしく、レスターはメルヴィンとようやくよりを戻すことができた相手だと認識されているようだった。絶妙に間違っているとは言い難い認識に戸惑うことしかできない。

 一緒に暮らしていれば、自分の中にはレスターへの想いがまだまだたくさん残っているのだと実感してしまう。今のメルヴィンとレスターの関係では、魔力供給はただの利害の一致によるもの。けれど、そこに別の意味を持たせてしまいたくなるのは、メルヴィンの心が弱いからなのだろうか。毎日の魔力供給のたびに、メルヴィンは流されそうな自分が怖くなる。本当は直接的な接触は避けるべきなのに、レスターの魔力過多症はメルヴィンと離れているはずにかなり悪化していたらしい。魔力を魔石に込めようとしても、うまく魔力制御ができないらしく、簡単に魔石が砕け散ってしまう。そのせいで、メルヴィンへの魔力供与も魔石経由ではできなくなっていた。

「おかえりなさい」
「ただいま。ちょっと汗をかいているから、すぐに風呂に入ってくる」
「待ってください。そんな勿体ないことをしてはいけません!」

 一番効率的な魔力供給の方法は、身体を繋げて精を注いでもらうこと。けれど一線は超えないと誓った以上、選択肢はとても少ない。汗や涙といった体液を舌で舐めとることを選んだものの、舐めれば舐めるほど飢餓感に悩まされることになるとは思わなかった。

「っ、お腹いっぱいになったかい?」
「や、んっ、まだ、足りません、もっとほしい」

 最初のうちは遠慮がちに首筋に舌を這わせていたはずが、ついつい甘く歯を立ててしまう。愛するひとの魔力に、頭がくらくらする。もういっそ唇に吸い付いて、この甘さに溺れてしまいたい。自分がひどくはしたない顔をしていることは簡単に想像がついた。

 何せ後孔はどろどろにぬかるんでいる。息が上がっていることも、みだらに腰を動かしたくなるのを必死で我慢していることも、全部レスターにはお見通しなのだろう。いたずらに抱き着きたくなる衝動を抑えているというのに、レスターは何もかもわかっているような顔で恋人繋ぎなんてしてくる。

 服越しに硬く反り返ったものを挿入するように押し当てられて、思わず甘い声が漏れた。どろどろと濃くて美味しいものがそこにあることを、彼を夫にしていたメルヴィンはよく知っている。メルヴィンのまろやかな双丘に添えるだけのはずのてのひらが、ゆっくりと力を強めて揉みしだく形になっていたことに慌ててその身を離す。まだ魔力の補給は十分とは言い難いが、このままではなし崩し的に身体を重ねてしまうだろうことは目に見えていた。

「いけません。僕に手出しはしない。そう誓約したではありませんか?」
「どうか自分と結婚してくれ、君に苦労はさせない」
「レスターさま、またそのような御戯れを。レスターさまのご帰還をお待ちのご家族が今の話を聞けば、きっと泣いてしまうでしょう」
「記憶のないわたしが帰る場所は、君の元以外どこにもない。わたしは、君だけを愛しているんだ」
「これはきっと一時の気の迷い。肉欲に支配されているだけ」

 やんわりと拒絶すれば、レスターは気持ちを切り替えるように頭を振った。

「このままでは襲い掛かってしまいそうだ。頭を冷やすためにも、風呂に入ってくるとするよ」
「どうぞ、ごゆっくり」
「気が向いたら、いつでもご一緒してくれてかまわないからね」
「行きません!」

 レスターがいなくなってから、ずるずると床に座り込んでしまう。触らずとも、下着の中がぐちゃぐちゃに濡れそぼっているのがわかる。身体だけの関係でも構わないといっそ割り切れたら、どんなに幸せだろう。愛するレスターに貫かれて、まぶしいほどの高みに連れていってもらえたなら。こんなどうしようもない悩みなんて、きっと忘れてしまえるだろうに。

 けれど、メルヴィンは自分の素直な気持ちをレスターに伝えることがどうしてもできなかった。今は記憶を失くしているから自分の隣にいてくれるが、記憶を取り戻したなら今度こそ聖女の元に帰ってしまうのではないか。レスターはずっとそばにいると指切りをしてくれるが、口だけならどんな睦言だって紡げるのだ。
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