6 / 34
6.見捨てられた地
しおりを挟む
王宮を追われた私に与えられたのは粗末な布袋一つと、骨張った老馬が引く荷馬車だけだった。御者台には無言で鞭を振るう兵士が一人。
「セレスティア家の紋章が入ったものは一つたりとも持っていくな」
それだけが伝えられ、家族の誰も、侍女のアマンダすら見送りに来ることはなかった。
ガタガタと揺れる荷台の上で、王都から遠ざかっていく景色をぼんやりと眺めていた。あれほど私を苦しめた家族や元婚約者たちの顔を思い浮かべても、不思議と心は凪いでいた。
(さよなら、私の牢獄)
一日また一日と馬車が進むにつれて、私は自分の体に起きている信じられない変化に気づき始めていた。
(あれ……?)
あれほど私をむしばんでいた頭痛がほとんど感じられない。
喉の奥にこびりついていた倦怠感が薄れ、体の芯からじわじわと魔力が漏れ出すあの不快な感覚も、いつの間にか消え失せていた。
最初は気のせいかと思った。
けれど旅が終わりに近づく頃には確信に変わっていた。
(体が……軽い)
生まれ落ちてからずっと私を縛り付けていた重い枷が音もなく外れたかのようだった。魔力を絶えず吸い上げられていた巨大な穴がぴたりと塞がった感覚。皮肉なことに全てを失い、死地へ送られる今、人生で最も満ち足りた気分でいた。
「着いたぞ、元令嬢」
何日目かの昼過ぎ、兵士の無愛想な声が響いた。
荷台から降り立つと、そこは噂に違わぬ荒涼とした土地だった。
地面はひび割れ、枯れた木々がまるで亡霊のように枝を伸ばしている。
空気は淀み、濃い瘴気が霧のように漂っていた。
「ここがお前の住処だ。食料は袋の中の分だけ。あとは自力でなんとかしろ。せいぜい長生きすることだな。ではお達者で」
兵士はそう言い残すとさっさと馬車をUターンさせ、逃げるように走り去って行った。あっという間にその姿は見えなくなり本当に私一人だけが、この「グランフェルド」に取り残された。
用意されていた小屋は埃をかぶった廃屋だった。
それでも立派なベッドがあったあの息苦しい部屋よりも、ずっと心地よく感じられた。
(ここでなら静かに生きていけるかもしれない)
深く息を吸い込んだ。
王都の人々の悪意や蔑みを含んだ空気より、この瘴気の方がよほど私の肌に馴染む気がした。
◇◇◇
翌朝、驚くほどすっきりと目覚めた。
長年苦しめられた悪夢のような朝のめまいがない。
信じられない思いで体を起こし、手足を動かしてみる。
痛みもだるさもどこにもない。
小屋の外に出て、辺りを散策してみることにした。
しばらく歩くと、この不毛の土地で信じられない光景を目にした。
痩せた土地に作られた小さな畑。
傍らにはここまでの移動手段らしい馬車が停まっている。
そこで一人の青年がくわを片手に必死で土を耕していたのだ。
土埃で汚れた簡素な服、雑に切られた黒髪。
私より少し年上だろうか。
私が近づいていくのに気づくと、青年は警戒心を露わにした鋭い視線を向けてきた。
「セレスティア家の紋章が入ったものは一つたりとも持っていくな」
それだけが伝えられ、家族の誰も、侍女のアマンダすら見送りに来ることはなかった。
ガタガタと揺れる荷台の上で、王都から遠ざかっていく景色をぼんやりと眺めていた。あれほど私を苦しめた家族や元婚約者たちの顔を思い浮かべても、不思議と心は凪いでいた。
(さよなら、私の牢獄)
一日また一日と馬車が進むにつれて、私は自分の体に起きている信じられない変化に気づき始めていた。
(あれ……?)
あれほど私をむしばんでいた頭痛がほとんど感じられない。
喉の奥にこびりついていた倦怠感が薄れ、体の芯からじわじわと魔力が漏れ出すあの不快な感覚も、いつの間にか消え失せていた。
最初は気のせいかと思った。
けれど旅が終わりに近づく頃には確信に変わっていた。
(体が……軽い)
生まれ落ちてからずっと私を縛り付けていた重い枷が音もなく外れたかのようだった。魔力を絶えず吸い上げられていた巨大な穴がぴたりと塞がった感覚。皮肉なことに全てを失い、死地へ送られる今、人生で最も満ち足りた気分でいた。
「着いたぞ、元令嬢」
何日目かの昼過ぎ、兵士の無愛想な声が響いた。
荷台から降り立つと、そこは噂に違わぬ荒涼とした土地だった。
地面はひび割れ、枯れた木々がまるで亡霊のように枝を伸ばしている。
空気は淀み、濃い瘴気が霧のように漂っていた。
「ここがお前の住処だ。食料は袋の中の分だけ。あとは自力でなんとかしろ。せいぜい長生きすることだな。ではお達者で」
兵士はそう言い残すとさっさと馬車をUターンさせ、逃げるように走り去って行った。あっという間にその姿は見えなくなり本当に私一人だけが、この「グランフェルド」に取り残された。
用意されていた小屋は埃をかぶった廃屋だった。
それでも立派なベッドがあったあの息苦しい部屋よりも、ずっと心地よく感じられた。
(ここでなら静かに生きていけるかもしれない)
深く息を吸い込んだ。
王都の人々の悪意や蔑みを含んだ空気より、この瘴気の方がよほど私の肌に馴染む気がした。
◇◇◇
翌朝、驚くほどすっきりと目覚めた。
長年苦しめられた悪夢のような朝のめまいがない。
信じられない思いで体を起こし、手足を動かしてみる。
痛みもだるさもどこにもない。
小屋の外に出て、辺りを散策してみることにした。
しばらく歩くと、この不毛の土地で信じられない光景を目にした。
痩せた土地に作られた小さな畑。
傍らにはここまでの移動手段らしい馬車が停まっている。
そこで一人の青年がくわを片手に必死で土を耕していたのだ。
土埃で汚れた簡素な服、雑に切られた黒髪。
私より少し年上だろうか。
私が近づいていくのに気づくと、青年は警戒心を露わにした鋭い視線を向けてきた。
255
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします
有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。
唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。
もう二度と恋なんてしない。
そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。
彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。
彼は、この国の王太子だったのだ。
「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。
一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。
私に助けを求めてきた彼に、私は……
悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで
渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。
……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。
「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」
「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」
※※※
冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【26話完結】日照りだから帰ってこい?泣きつかれても、貴方のために流す涙はございません。婚約破棄された私は砂漠の王と結婚します。
西東友一
恋愛
「やっぱり、お前といると辛気臭くなるから婚約破棄な?あと、お前がいると雨ばっかで気が滅入るからこの国から出てってくんない?」
雨乞いの巫女で、涙と共に雨を降らせる能力があると言われている主人公のミシェルは、緑豊かな国エバーガーデニアの王子ジェイドにそう言われて、婚約破棄されてしまう。大人しい彼女はそのままジェイドの言葉を受け入れて一人涙を流していた。
するとその日に滝のような雨がエバーガーデニアに降り続いた。そんな雨の中、ミシェルが泣いていると、一人の男がハンカチを渡してくれた。
ミシェルはその男マハラジャと共に砂漠の国ガラハラを目指すことに決めた。
すると、不思議なことにエバーガーデニアの雨雲に異変が・・・
ミシェルの運命は?エバーガーデニアとガラハラはどうなっていくのか?
元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。
そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。
彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。
そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。
しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。
戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。
8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!?
執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!
【完結】婚約破棄された令嬢リリアナのお菓子革命
猫燕
恋愛
アルテア王国の貴族令嬢リリアナ・フォン・エルザートは、第二王子カルディスとの婚約を舞踏会で一方的に破棄され、「魔力がない無能」と嘲笑される屈辱を味わう。絶望の中、彼女は幼い頃の思い出を頼りにスイーツ作りに逃避し、「癒しのレモンタルト」を完成させる。不思議なことに、そのタルトは食べた者を癒し、心を軽くする力を持っていた。リリアナは小さな領地で「菓子工房リリー」を開き、「勇気のチョコレートケーキ」や「希望のストロベリームース」を通じて領民を笑顔にしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる