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5.清々しき別れ
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――――婚約破棄。
ついに来た。
ずっと予感していた言葉。
悲しいはずなのに、なぜか心のどこかで冷めていた。ああ、やっぱりと。
「生まれながらに強大な魔力を持ちながら、それを制御することすらできず、常に病に臥せっているお前がこのエリオット王国の王太子妃、未来の王妃に相応しいとでも思うのか!お前のその体調不良は怠慢の証! 己の魔力すら扱いきれない未熟者の証だ! 我が妃となる者にそのような欠陥は許されない!」
「欠陥……」
「そうだ! そして我が隣に立つにふさわしい女性は他にいる!」
アッシュはそう言ってイリスの手を取って高々と掲げた。
イリスは驚いたふりをしながらも、その体は少しも彼を拒絶しない。
「聖女と謳われ、その力で民を癒し、国に貢献するイリス・セレスティアこそ私の新たな婚約者としてふさわしい! 皆もそう思うだろう!」
「おお……!」
「なんと!」
「聖女イリス様が王太子妃に!」
会場は万雷の拍手と賛同の声に包まれた。
父と母が安堵と喜びの入り混じった表情でアッシュに深々と頭を下げているのが見えた。家族にすら見捨てられた。
「お姉様、ごめんなさい……。でも、これも国の未来のためなのです。私…お姉様の分まで、いえ、それ以上に殿下を、この国を支えてみせますわ」
アッシュは最後の宣告を全ての民に知らしめるかのように高らかに告げる。
「フィーナ・セレスティア! 婚約破棄に加え、お前には罰を与える! セレスティア家の、いや、我が国の恥である『出来損ない』には王都にいる資格すらない! お前を王国の北東に位置する見捨てられた地『グランフェルド』へ追放する!」
グランフェルド――その名を聞いて貴族たちの間に同情ではない恐怖のどよめきが走った。そこは魔力が完全に枯渇し、草木も育たない不毛の大地。健全な者ですら生きていくのが困難な、文字通り見捨てられた流刑地。
魔力の消耗が激しい私がそんな場所へ行けば、待っているのは緩やかな死だけだろう。
「な、なりませぬ、アッシュ殿下! それではフィーナは……!」
さすがに父が血相を変えて止めようとするが、それは娘を心配しての言葉ではないと察しがつく。セレスティア家の娘がそのような形で追放されれば家の名誉に傷がつくから。
だが、アッシュは冷ややかに父を一蹴した。
「黙れ、セレスティア伯爵。貴様の娘がこれまで王家にかけた迷惑を考えれば、寛大すぎるほどの処分であろう」
「……は……。寛大なるご処置……痛み入ります。……殿下のご温情に感謝申し上げるほか……ございません」
父は必死に体面を保とうと顔を伏せた。
アッシュは満足げに頷くと再び私に視線を戻した。
「分かったか出来損ない。それがお前の末路だ。その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
私はゆっくりと顔を上げた。
そして目の前にいる元婚約者とその腕に収まる妹をまっすぐに見据えた。
「謹んでお受けいたします」
会場のざわめきがぴたりと止まる。
私が浮かべたのは穏やかな心の底からの笑みだった。
「王太子殿下そしてイリス。お二人のご婚約、心よりお祝い申し上げます」
淑女のカーテシーをふらつくことなく優雅に決めてみせる。
予想外の反応にアッシュとイリスの顔が驚愕に歪んだ。
「なっ……なんだ、その態度は……!」
「お姉様……? 気がふれてしまわれたの……?」
私は彼らの動揺を楽しんですらいた。
「いいえ正気です。むしろ、これほどまでにすっきりした気分は初めてかもしれません」
長年の苦しみからの解放。
家族からの虐待、婚約者からの侮蔑、妹の偽善、世間の嘲笑。
その全てから私は今日、自由になる。
「私のような『出来損ない』に長きにわたり気を遣わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。これでもう、殿下もセレスティア家も私の存在に頭を悩ませることはなくなりますわね」
その言葉は嫌味ではなく紛れもない私の本心。
背筋を伸ばし、アッシュにイリスに、そして遠くで呆然とする両親に最後の視線を送る。
「では皆様、ごきげんよう。殿下と我が妹イリスの輝かしい未来に、光の精霊のご加護があらんことを」
くるりと背を向け、一人出口へと歩き出した。
もう誰にも寄りかかる必要はない。
誰の顔色を窺う必要もない。
「幽霊令嬢」でも「出来損ない」でもない、ただのフィーナとして新しい人生を始めるために。
その足取りは驚くほど軽く、心は晴れ渡る空のように清々しかった。
残された人々の呆然とした視線をもう振り返らなかった。
ついに来た。
ずっと予感していた言葉。
悲しいはずなのに、なぜか心のどこかで冷めていた。ああ、やっぱりと。
「生まれながらに強大な魔力を持ちながら、それを制御することすらできず、常に病に臥せっているお前がこのエリオット王国の王太子妃、未来の王妃に相応しいとでも思うのか!お前のその体調不良は怠慢の証! 己の魔力すら扱いきれない未熟者の証だ! 我が妃となる者にそのような欠陥は許されない!」
「欠陥……」
「そうだ! そして我が隣に立つにふさわしい女性は他にいる!」
アッシュはそう言ってイリスの手を取って高々と掲げた。
イリスは驚いたふりをしながらも、その体は少しも彼を拒絶しない。
「聖女と謳われ、その力で民を癒し、国に貢献するイリス・セレスティアこそ私の新たな婚約者としてふさわしい! 皆もそう思うだろう!」
「おお……!」
「なんと!」
「聖女イリス様が王太子妃に!」
会場は万雷の拍手と賛同の声に包まれた。
父と母が安堵と喜びの入り混じった表情でアッシュに深々と頭を下げているのが見えた。家族にすら見捨てられた。
「お姉様、ごめんなさい……。でも、これも国の未来のためなのです。私…お姉様の分まで、いえ、それ以上に殿下を、この国を支えてみせますわ」
アッシュは最後の宣告を全ての民に知らしめるかのように高らかに告げる。
「フィーナ・セレスティア! 婚約破棄に加え、お前には罰を与える! セレスティア家の、いや、我が国の恥である『出来損ない』には王都にいる資格すらない! お前を王国の北東に位置する見捨てられた地『グランフェルド』へ追放する!」
グランフェルド――その名を聞いて貴族たちの間に同情ではない恐怖のどよめきが走った。そこは魔力が完全に枯渇し、草木も育たない不毛の大地。健全な者ですら生きていくのが困難な、文字通り見捨てられた流刑地。
魔力の消耗が激しい私がそんな場所へ行けば、待っているのは緩やかな死だけだろう。
「な、なりませぬ、アッシュ殿下! それではフィーナは……!」
さすがに父が血相を変えて止めようとするが、それは娘を心配しての言葉ではないと察しがつく。セレスティア家の娘がそのような形で追放されれば家の名誉に傷がつくから。
だが、アッシュは冷ややかに父を一蹴した。
「黙れ、セレスティア伯爵。貴様の娘がこれまで王家にかけた迷惑を考えれば、寛大すぎるほどの処分であろう」
「……は……。寛大なるご処置……痛み入ります。……殿下のご温情に感謝申し上げるほか……ございません」
父は必死に体面を保とうと顔を伏せた。
アッシュは満足げに頷くと再び私に視線を戻した。
「分かったか出来損ない。それがお前の末路だ。その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
私はゆっくりと顔を上げた。
そして目の前にいる元婚約者とその腕に収まる妹をまっすぐに見据えた。
「謹んでお受けいたします」
会場のざわめきがぴたりと止まる。
私が浮かべたのは穏やかな心の底からの笑みだった。
「王太子殿下そしてイリス。お二人のご婚約、心よりお祝い申し上げます」
淑女のカーテシーをふらつくことなく優雅に決めてみせる。
予想外の反応にアッシュとイリスの顔が驚愕に歪んだ。
「なっ……なんだ、その態度は……!」
「お姉様……? 気がふれてしまわれたの……?」
私は彼らの動揺を楽しんですらいた。
「いいえ正気です。むしろ、これほどまでにすっきりした気分は初めてかもしれません」
長年の苦しみからの解放。
家族からの虐待、婚約者からの侮蔑、妹の偽善、世間の嘲笑。
その全てから私は今日、自由になる。
「私のような『出来損ない』に長きにわたり気を遣わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。これでもう、殿下もセレスティア家も私の存在に頭を悩ませることはなくなりますわね」
その言葉は嫌味ではなく紛れもない私の本心。
背筋を伸ばし、アッシュにイリスに、そして遠くで呆然とする両親に最後の視線を送る。
「では皆様、ごきげんよう。殿下と我が妹イリスの輝かしい未来に、光の精霊のご加護があらんことを」
くるりと背を向け、一人出口へと歩き出した。
もう誰にも寄りかかる必要はない。
誰の顔色を窺う必要もない。
「幽霊令嬢」でも「出来損ない」でもない、ただのフィーナとして新しい人生を始めるために。
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