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32.三つの通告
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「こ……これは……」
彼はイリスの亡骸を突き放すように放り投げる。
悲劇の王子の仮面が音を立てて砕け散り、その下から卑劣な罪人の素顔が露わになった。
「そ、そんな……。ちが……違う、これは、何かの間違いだ……そうだ、お前たちが仕組んだんだろう! フィーナ! そうなんだな!?」
見苦しい言い訳を重ねるアッシュの狼狽を、ロイエルは冷然と見つめていた。そして、彼はポケットから小さな笛を取り出し鳴らす。
その合図と共に地下へと続く階段から、グリゼルダ皇国の紋章を掲げた兵士たちが一糸乱れぬ動きで駆け下りてきた。あっという間に十数名の屈強な兵士たちがアッシュを取り囲み、退路を断つ。
「なっ……! き、貴様ら……!」
完全に包囲されたアッシュは後ずさろうとしてイリスの白骨につまずき、みっともなくすっ転ぶ。
その憐れな王太子を見下ろし、フィーナは最後の通告を突きつけた。
「アッシュ・エリオット。貴殿に三つのことを通告します」
彼女は一本目の指を立てた。
「一つ。この『国家護持結界』はもはや貴国が管理できる代物ではありません。よって、これより私たちグリゼルダ皇国がその所有権を主張し、永久に管理します」
次に二本目の指。
「二つ。国王と王妃を失い、貴族の多くが逃亡したエリオット王国は、国家としての統治能力を完全に喪失しています。これ以上の混乱と民の犠牲を防ぐため、貴国には我がグリゼルダ皇国の保護国となっていただきましょう」
そして最後に三本目の指を断罪の槌を振り下ろすかのようにアッシュに向けた。
「そして最後。あなたをイリス・セレスティアに対する殺人及び死体遺棄容疑で逮捕します」
「……あ、逮捕……? 俺を……? こ、この俺を……?」
元王太子の口から乾いた声が漏れた。
保護国? 結界の没収? 殺人罪での逮捕?
彼の薄っぺらなプライドでは処理しきれない情報が脳を埋め尽くした。
「ち、違う! 俺じゃない! 俺は何もしていない! 国のためだった! そうだ、国のためだったんだ! イリスは……イリスは英雄になったんだ! 民はそう言っていた! 英雄だと! 俺がそうしてやったんだ!」
支離滅裂な叫び。
アッシュの瞳孔が開き、焦点が合わなくなっていく。
彼はゆっくりと立ち上がると、狂気に染まった目でフィーナを睨みつけた。
「頼む! フィーナ! この結界に戻ってくれ! 今からでも遅くない! お前が再びこの国の『心臓』になればいい! そうすればすべて元通りになる! 父上も母上も生き返る! イリスだって、きっと天国で喜んでくれるはずだ! そうだ! そうに決まってる!」
彼は一歩、フィーナに踏み出そうとした。
だが、皇国の兵士が突き出した槍の穂先がその行く手を阻む。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
アッシュは狂ったように槍を素手で掴もうとする。
「早くしろ、フィーナ! そこに入れ! さあ早く! これは命令だ! 俺はエリオットの王だぞ! この国の唯一無二の王だ! お前は俺の妃になるはずだった女! 俺の『道具』だ! 俺の言うことを聞けぇぇぇぇぇぇっ!!」
彼の絶叫が静まり返った地下空間に空しく響き渡る。
フィーナはただ黙ってその狂態を見つめていた。
「それ以上動くな。下衆が」
ロイエルが兵士たちに顎で合図する。
二人の兵士が前に出て、アッシュの両腕を背後に捻り上げた。
「がはっ……! 離せ! この俺を誰だと思っている! 離せぇぇっ!」
抵抗するアッシュの身体が床に押さえつけられる。
顔を床に擦り付けられ、彼の精神は最後の臨界点を超えた。
「……………………あ」
ぴたりと彼の動きが止まった。
「……………………あはははははははははははははははははははは!!!!」
突如、彼は狂ったように笑い出した。
体を震わせ、涙を流しながら、ただ甲高い声で笑い続ける。
兵士たちはその常軌を逸した姿に一瞬怯むが、構わず彼を拘束した。
「そうだ……そうだったのか! あははは! これは全部夢なんだ! 俺の戴冠式を祝うための、盛大な余興じゃないか! 父上も母上も、イリスも、みんなこの日のために協力してくれたんだ! なんて素晴らしい芝居だ!」
彼は押さえつけられたまま、虚空を見上げて叫んだ。
「フィーナ! 見ているか! 俺は王になるぞ! エリオット王国史上、最高の王に! この血塗られた玉座でお前を妃にしてやる! 腐肉を喰らい! 骸と踊ろう! 最高の祝宴だ! 国民も喜んでいるぞ! 聞こえるだろう! 俺を讃える歓声が! あはは! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
完全に理性を失ったアッシュの狂笑が不気味にこだまする。
ロイエルは一言「連れて行け」
兵士たちは人間としての尊厳すら失った男を引きずるようにして階段の上へと連行していく。
狂った笑い声が遠ざかり、やがて聞こえなくなると、地下空間には再び静寂が戻ってきた。
後に残されたのは冷たく沈黙する巨大な結界とイリスの白骨。そして二人の訪問者。
ロイエルは静かにフィーナの肩に手を置いた。
「……終わったな」
「……いいえ」
フィーナはゆっくりと結界装置に歩み寄り、その冷たい表面にそっと手を触れた。
「ここからが始まりよ」
長く歪んだ悲劇の幕がようやく下ろした。
―――――そして滅びた王国の墓標の上で、新しい時代が今、産声を上げようとしていた。
彼はイリスの亡骸を突き放すように放り投げる。
悲劇の王子の仮面が音を立てて砕け散り、その下から卑劣な罪人の素顔が露わになった。
「そ、そんな……。ちが……違う、これは、何かの間違いだ……そうだ、お前たちが仕組んだんだろう! フィーナ! そうなんだな!?」
見苦しい言い訳を重ねるアッシュの狼狽を、ロイエルは冷然と見つめていた。そして、彼はポケットから小さな笛を取り出し鳴らす。
その合図と共に地下へと続く階段から、グリゼルダ皇国の紋章を掲げた兵士たちが一糸乱れぬ動きで駆け下りてきた。あっという間に十数名の屈強な兵士たちがアッシュを取り囲み、退路を断つ。
「なっ……! き、貴様ら……!」
完全に包囲されたアッシュは後ずさろうとしてイリスの白骨につまずき、みっともなくすっ転ぶ。
その憐れな王太子を見下ろし、フィーナは最後の通告を突きつけた。
「アッシュ・エリオット。貴殿に三つのことを通告します」
彼女は一本目の指を立てた。
「一つ。この『国家護持結界』はもはや貴国が管理できる代物ではありません。よって、これより私たちグリゼルダ皇国がその所有権を主張し、永久に管理します」
次に二本目の指。
「二つ。国王と王妃を失い、貴族の多くが逃亡したエリオット王国は、国家としての統治能力を完全に喪失しています。これ以上の混乱と民の犠牲を防ぐため、貴国には我がグリゼルダ皇国の保護国となっていただきましょう」
そして最後に三本目の指を断罪の槌を振り下ろすかのようにアッシュに向けた。
「そして最後。あなたをイリス・セレスティアに対する殺人及び死体遺棄容疑で逮捕します」
「……あ、逮捕……? 俺を……? こ、この俺を……?」
元王太子の口から乾いた声が漏れた。
保護国? 結界の没収? 殺人罪での逮捕?
彼の薄っぺらなプライドでは処理しきれない情報が脳を埋め尽くした。
「ち、違う! 俺じゃない! 俺は何もしていない! 国のためだった! そうだ、国のためだったんだ! イリスは……イリスは英雄になったんだ! 民はそう言っていた! 英雄だと! 俺がそうしてやったんだ!」
支離滅裂な叫び。
アッシュの瞳孔が開き、焦点が合わなくなっていく。
彼はゆっくりと立ち上がると、狂気に染まった目でフィーナを睨みつけた。
「頼む! フィーナ! この結界に戻ってくれ! 今からでも遅くない! お前が再びこの国の『心臓』になればいい! そうすればすべて元通りになる! 父上も母上も生き返る! イリスだって、きっと天国で喜んでくれるはずだ! そうだ! そうに決まってる!」
彼は一歩、フィーナに踏み出そうとした。
だが、皇国の兵士が突き出した槍の穂先がその行く手を阻む。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
アッシュは狂ったように槍を素手で掴もうとする。
「早くしろ、フィーナ! そこに入れ! さあ早く! これは命令だ! 俺はエリオットの王だぞ! この国の唯一無二の王だ! お前は俺の妃になるはずだった女! 俺の『道具』だ! 俺の言うことを聞けぇぇぇぇぇぇっ!!」
彼の絶叫が静まり返った地下空間に空しく響き渡る。
フィーナはただ黙ってその狂態を見つめていた。
「それ以上動くな。下衆が」
ロイエルが兵士たちに顎で合図する。
二人の兵士が前に出て、アッシュの両腕を背後に捻り上げた。
「がはっ……! 離せ! この俺を誰だと思っている! 離せぇぇっ!」
抵抗するアッシュの身体が床に押さえつけられる。
顔を床に擦り付けられ、彼の精神は最後の臨界点を超えた。
「……………………あ」
ぴたりと彼の動きが止まった。
「……………………あはははははははははははははははははははは!!!!」
突如、彼は狂ったように笑い出した。
体を震わせ、涙を流しながら、ただ甲高い声で笑い続ける。
兵士たちはその常軌を逸した姿に一瞬怯むが、構わず彼を拘束した。
「そうだ……そうだったのか! あははは! これは全部夢なんだ! 俺の戴冠式を祝うための、盛大な余興じゃないか! 父上も母上も、イリスも、みんなこの日のために協力してくれたんだ! なんて素晴らしい芝居だ!」
彼は押さえつけられたまま、虚空を見上げて叫んだ。
「フィーナ! 見ているか! 俺は王になるぞ! エリオット王国史上、最高の王に! この血塗られた玉座でお前を妃にしてやる! 腐肉を喰らい! 骸と踊ろう! 最高の祝宴だ! 国民も喜んでいるぞ! 聞こえるだろう! 俺を讃える歓声が! あはは! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
完全に理性を失ったアッシュの狂笑が不気味にこだまする。
ロイエルは一言「連れて行け」
兵士たちは人間としての尊厳すら失った男を引きずるようにして階段の上へと連行していく。
狂った笑い声が遠ざかり、やがて聞こえなくなると、地下空間には再び静寂が戻ってきた。
後に残されたのは冷たく沈黙する巨大な結界とイリスの白骨。そして二人の訪問者。
ロイエルは静かにフィーナの肩に手を置いた。
「……終わったな」
「……いいえ」
フィーナはゆっくりと結界装置に歩み寄り、その冷たい表面にそっと手を触れた。
「ここからが始まりよ」
長く歪んだ悲劇の幕がようやく下ろした。
―――――そして滅びた王国の墓標の上で、新しい時代が今、産声を上げようとしていた。
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