【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン

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31.迫真の茶番劇

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「ええ、分かっています、アッシュ殿下」

フィーナはただ事実を確認するかのように言った。

「哀れな民を救いたい…そのお気持ちは理解します。でしたら、まずは元凶となっている場所へご案内いただけますか。話はそれからです」
「……ああ、もちろんだとも!」

―――駒は盤上に乗った。
アッシュはフィーナの淡泊な反応に不満げだったが、計画の第一段階が成功したと確信し、悲劇の王子の仮面をより深く被り直した。

「こっちだ、フィーナ。ロイエル皇太子も。この国の心臓であり、そして……悲しみの舞台となってしまった場所へ……」

彼は先導するように軽快に歩き出した。
王城の地下深くへと続く螺旋階段。
アッシュはかつて父と下りた道を、今度は自らの獲物を連れて下っていく。

(哀れな私に同情し、この国の惨状に心を痛めろ。お前は昔からお人好しだったからな、フィーナ。民を救いたいというその心情こそが、お前を再びこの鳥籠に繋ぎ止める鎖となる)


やがて巨大な鉄の扉が三人の前に立ちはだかる。
アッシュは壁の仕掛けを操作すると、あの日のように重い音を立てて扉が開かれた。

ひやりとした空気が流れ出し、ドーム状の巨大な地下空間とその中央に構える巨大な魔術装置が姿を現す。今はその動きを完全に止め、ただの巨大な金属の塊として沈黙していた。

そしてその中央。
水晶の核の根元に何かが無造作に横たわっている。

長い年月が経過したかのように白骨化し、身にまとっていたであろう服の切れ端だけが女性であったことを辛うじて物語っている。

「……イリス……」

アッシュはうめくようにその名を呟くと、その場に膝から崩れ落ちた。次に這うようにしてその遺体に駆け寄る。

「ああ……ああああ……! イリス、すまない……!自分が不甲斐ないばかりに君を一人逝かせてしまって……!」

彼は白骨化したイリスの亡骸を乱暴に抱きしめた。
迫真の演技が決まったと心の中で雄たけびを上げた。

「フィーナ……! ロイエル殿下……!これが私の犯した罪の象徴だ! 私は……聖女と呼ばれた彼女にすべてを押し付けてしまった! 国を救うという重圧に耐えきれなくなった彼女は自らの魔力を暴走させ……この結界と共に命を絶ったのだ!……私が必ず君の無念を晴らし、この国を立て直してみせる! だから見ていてくれ、イリス……!」

彼は嗚咽を漏らす。
誰もがその悲痛な姿に言葉を失うはずだ。
少なくともアッシュはそう信じて疑わなかった。
この悲劇を見せつければフィーナも心を動かさざるえまい。
隙を突いて、彼女を再びこの結界の『餌』とする。
そのための最後の一押し。


「……茶番はそれくらいにしていただけますか? アッシュ殿下」


――――――!!!
計算外の一言に仮面の下の素顔が引きつる。
フィーナは白けた目で、芝居がかった悲劇の王子を見下ろしている。

「……な、何を言っているんだ、フィーナ……? 茶番だと……? 私のこの悲しみが君には嘘に見えるというのか……!」
「ええ、見えます」

フィーナは即答した。

「なぜなら、真実はすべてセレスティア伯爵から伺っていますから」
「セレスティア伯爵……だと……!?」

アッシュの脳裏に、娘を助けてくれと懇願していた伯爵の姿が蘇る。
あの男が……グリゼルダに……?

「嘘だ! あの老いぼれに何を吹き込まれたか知らんが、それは私と王家を陥れるためのデマカセに決まっている! 嫉妬と逆恨みに駆られた負け犬の戯言だ!」

フィーナは嘲るように口の端を上げた。
それはアッシュがかつて彼女に向けていたものとよく似た、しかし遥かに格上の者から放たれる絶対的侮蔑。

「ええ、そうかもしれませんね。しかし物言わぬ死者の言葉まで、戯言だとおっしゃるのですか?」
「死者の……言葉……?」

フィーナは動揺するアッシュを一瞥すると、巨大な結界装置の側面を指さした。アッシュの視線がその指し示す先へと注がれる。

そこには乾いて黒ずんだ血で何か文字が書き殴られていた。
か細く、震える筆跡。死の寸前に、最後の力を振り絞って遺されたであろう怨念の文字。


『オウ ト オウジ ユルサナイ』


それはイリスが命尽きる瞬間に遺した動かぬ証拠。
彼女の婚約者であったアッシュとその父である国王に対する紛れもないダイイングメッセージ――――。
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