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30.起死回生の一手
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民衆の残党か。
あるいは没落貴族が復讐にでも来たのか。
それともついに両親の亡霊が迎えに来たのか。
……もうどうでもいい……何もかも……。
そこにいたのは――信じがたいことに追放したはずのフィーナ。
そして彼女を護るように寄り添い立つ、グリゼルダ皇国の皇太子ロイエルの姿。
「……………ぁ」
声にならない音が乾いた喉から漏れた。
アッシュは目を見開き、息を呑む。
幻だ。疲弊しきった精神が見せる、最も残酷な幻。
そうでなければ説明がつかなかった。
目の前のフィーナはアッシュの記憶の中にいる、あの弱々しい『幽霊令嬢』ではなかった。血の気の失せた青白い肌ではなく、見違えるほど生命力がみなぎっている。常に伏せられていた瞳は揺るぎない自信で開かれ、真っ直ぐにこちらをとらえている。上質なローブをまとったその姿は一国の魔術を束ねる者としての威厳に満ち溢れていた。
隣に立つロイエル皇太子の磨き抜かれた気品――アッシュが失ったものを体現しているかのよう。そして何より――彼はフィーナを慈しむように寄り添っている。それはアッシュがかつてイリスに対して見せた打算と支配欲にまみれた態度とは次元が違う、真の敬意と愛情に満ちた仕草。
滅びの国の王子と隣国で栄華を極める者たち。
そのあまりにも痛烈な対比。
その瞬間だった。
廃人同然だったアッシュの瞳の奥で、消えかかっていた火が再び燃え上がった。絶望に侵されていた脳が猛烈な速度で回転を始める。
後悔? 贖罪? そんなものは一瞬で消え去った。
彼の目に映るフィーナはもはや過去の女ではない。
―――利用価値のある『駒』。
(そうだ……まだだ。まだ終わっていない。フィーナ、お前さえいれば……! お前を再びあの『国家護持結界』に繋げることができれば、王家は再興できる! 私の国はまだ滅びてなどいない!)
アッシュは瞬時に顔つきを変えた。
廃人の仮面を剥ぎ取り、今度は『悲劇の王子』の仮面を被る。
彼は玉座から転げ落ちるように駆け寄ると、勢いのままにフィーナの両腕を掴んだ。
「フィーナ……! ああ、フィーナ……! 会いたかった……!」
その声は募る想いに震え、目からは大粒の涙がとめどなく溢れ出す……という完璧な演技。
「すまなかった……! 全てこの私の過ちだ! 君という宝を自分の愚かさゆえに手放し、この国を……この手で滅ぼしてしまった! 私は万死に値する人間だ! だが死ぬ前に一度だけでいい、君に謝りたかったんだ……!」
彼は嗚咽を漏らした。
フィーナの同情を買い、彼女をこの場に留めさせるための芝居。
自分に残された唯一にして最後の逆転の切り札。
それを手放すわけにはいかない。
「本当の原因が判明した……。この王国の地下深くに誰も知らない魔術装置があって、あれが全部……! 全ての悲劇はあれの暴走が引き起こしたものだったんだ!」
フィーナはみっともなく泣きじゃくる元婚約者を、ただ冷めた目で見下ろしている。その表情からは何の感情も読み取れない。
彼女の隣に立つロイエルは違った。
彼はフィーナを庇うように立つと、鋭い声で言った。
「それ以上、フィーナに近づくな。その汚らわしい口で彼女の名を呼ぶことすら許さん」
その敵意に満ちた声にアッシュは内心で舌打ちした。
(……邪魔な男だ。だが好都合でもある)
アッシュはロイエルの敵対心を逆手に取り、さらに哀れさを演出する。
「ああ、分かっている、皇太子殿下……。あなたのおっしゃる通り、私はもう彼女に触れる資格すらない人間だ。だが……!」
彼は顔を上げ、瞳を潤ませフィーナに、そしてロイエルに訴えた。
「だが、この国に残された罪なき民を見捨てることはできない……! 彼らは飢え、病に苦しんでいる! このままでは皆、死んでしまう! どうか、どうか君の力で……フィーナ、君のその奇跡の力で、この国を……いや、哀れな民を救ってはいただけないだろうか……!」
彼は天を仰ぎ、悲痛な声で叫んだ。
「そのために私にできることなら何でもする! この命すら喜んで捧げよう! だからどうか……!」
「民のため」という大義名分。
「自分の命」という自己犠牲のカード。
これで彼女の善意に訴えかければ、断ることはできないはず。
(そうだ、それでいい。まずは王都に留まらせ油断させろ。そしてあの地下へ誘い…。今度こそ二度と逃がしはしない。お前は再びこの国のための人柱となるのだ、フィーナ)
あるいは没落貴族が復讐にでも来たのか。
それともついに両親の亡霊が迎えに来たのか。
……もうどうでもいい……何もかも……。
そこにいたのは――信じがたいことに追放したはずのフィーナ。
そして彼女を護るように寄り添い立つ、グリゼルダ皇国の皇太子ロイエルの姿。
「……………ぁ」
声にならない音が乾いた喉から漏れた。
アッシュは目を見開き、息を呑む。
幻だ。疲弊しきった精神が見せる、最も残酷な幻。
そうでなければ説明がつかなかった。
目の前のフィーナはアッシュの記憶の中にいる、あの弱々しい『幽霊令嬢』ではなかった。血の気の失せた青白い肌ではなく、見違えるほど生命力がみなぎっている。常に伏せられていた瞳は揺るぎない自信で開かれ、真っ直ぐにこちらをとらえている。上質なローブをまとったその姿は一国の魔術を束ねる者としての威厳に満ち溢れていた。
隣に立つロイエル皇太子の磨き抜かれた気品――アッシュが失ったものを体現しているかのよう。そして何より――彼はフィーナを慈しむように寄り添っている。それはアッシュがかつてイリスに対して見せた打算と支配欲にまみれた態度とは次元が違う、真の敬意と愛情に満ちた仕草。
滅びの国の王子と隣国で栄華を極める者たち。
そのあまりにも痛烈な対比。
その瞬間だった。
廃人同然だったアッシュの瞳の奥で、消えかかっていた火が再び燃え上がった。絶望に侵されていた脳が猛烈な速度で回転を始める。
後悔? 贖罪? そんなものは一瞬で消え去った。
彼の目に映るフィーナはもはや過去の女ではない。
―――利用価値のある『駒』。
(そうだ……まだだ。まだ終わっていない。フィーナ、お前さえいれば……! お前を再びあの『国家護持結界』に繋げることができれば、王家は再興できる! 私の国はまだ滅びてなどいない!)
アッシュは瞬時に顔つきを変えた。
廃人の仮面を剥ぎ取り、今度は『悲劇の王子』の仮面を被る。
彼は玉座から転げ落ちるように駆け寄ると、勢いのままにフィーナの両腕を掴んだ。
「フィーナ……! ああ、フィーナ……! 会いたかった……!」
その声は募る想いに震え、目からは大粒の涙がとめどなく溢れ出す……という完璧な演技。
「すまなかった……! 全てこの私の過ちだ! 君という宝を自分の愚かさゆえに手放し、この国を……この手で滅ぼしてしまった! 私は万死に値する人間だ! だが死ぬ前に一度だけでいい、君に謝りたかったんだ……!」
彼は嗚咽を漏らした。
フィーナの同情を買い、彼女をこの場に留めさせるための芝居。
自分に残された唯一にして最後の逆転の切り札。
それを手放すわけにはいかない。
「本当の原因が判明した……。この王国の地下深くに誰も知らない魔術装置があって、あれが全部……! 全ての悲劇はあれの暴走が引き起こしたものだったんだ!」
フィーナはみっともなく泣きじゃくる元婚約者を、ただ冷めた目で見下ろしている。その表情からは何の感情も読み取れない。
彼女の隣に立つロイエルは違った。
彼はフィーナを庇うように立つと、鋭い声で言った。
「それ以上、フィーナに近づくな。その汚らわしい口で彼女の名を呼ぶことすら許さん」
その敵意に満ちた声にアッシュは内心で舌打ちした。
(……邪魔な男だ。だが好都合でもある)
アッシュはロイエルの敵対心を逆手に取り、さらに哀れさを演出する。
「ああ、分かっている、皇太子殿下……。あなたのおっしゃる通り、私はもう彼女に触れる資格すらない人間だ。だが……!」
彼は顔を上げ、瞳を潤ませフィーナに、そしてロイエルに訴えた。
「だが、この国に残された罪なき民を見捨てることはできない……! 彼らは飢え、病に苦しんでいる! このままでは皆、死んでしまう! どうか、どうか君の力で……フィーナ、君のその奇跡の力で、この国を……いや、哀れな民を救ってはいただけないだろうか……!」
彼は天を仰ぎ、悲痛な声で叫んだ。
「そのために私にできることなら何でもする! この命すら喜んで捧げよう! だからどうか……!」
「民のため」という大義名分。
「自分の命」という自己犠牲のカード。
これで彼女の善意に訴えかければ、断ることはできないはず。
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