30 / 33
終幕の結婚式
7
しおりを挟む
喧騒が残響となって遠ざかっていく。あれほどまでに憎悪と混乱、そして驚愕に満ちていた大聖堂はいつしか静寂を取り戻し始めていた。衛兵たちに連行されていくルネアの最後の絶叫も、彼女の一派であろう者たちの抵抗の叫びももう聞こえない。事の成り行きを見守っていた列席者たちも退出し、ただ、広大な空間にもとの神聖な空気がゆっくりと満ちていく。
――わたしの視界にはただ一人、祭壇の前に佇むシュロトの姿だけ。漆黒の礼服は先ほどまでとは違う意味で彼の存在感を引き立てていた。まるで長い戦いを終えた騎士のように。
どれほどの時間が流れたのだろう。ほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。凍りついていたはずの心臓が、今は激しく鼓動を打っている。彼の口から紡がれた「リリーナ・スフレ」という名前。そして「世界で愛する人はただ一人」という言葉。
ゆっくりと彼がこちらを振り返った。あの晩餐会の夜とは違う、どこまでも優しい眼差しが戻っていた。
足が自然と彼の方へと動いていた。最初はゆっくりと一歩一歩確かめるように。彼との距離が縮まるにつれて、抑えきれない感情が溢れ出し、ほとんど駆け寄るようにして彼の元へ――。
「シュロト……っ」
言葉にならない想いが胸いっぱいにせり上がり、息が詰まってしまう。彼が力強くわたしの体を腕の中に閉じ込めた。その体温と香りが現実感を伴ってわたしを包み込む。その温もりが強張っていた心と体を解きほぐしていく。夢なんかじゃない。本当に現実なんだ――。
「リリーナ……!」
わたしの肩に顔を埋めるようにして、彼もまた名を呼んだ。わたしも彼の背中に腕を回し、ありったけの力を込めて抱きしめ返した。互いの鼓動が、まるで一つのリズムを刻むように重なり合うのを感じる。
どれくらいそうしていただろう。祭壇の前に二人きり。ステンドグラスからこぼれる光が祝福のシャワーのようにわたしたちに降り注いでいる。もう周りの目も、嘲笑も、侮蔑も何一つない。ただ彼とわたしだけがいる。
やがてシュロトがゆっくりと体を離し、わたしの両肩にそっと手を添えて真剣な眼差しで見つめた。
「リリーナ……すまない。本当にすまなかった……」
搾り出すようなその声に彼がいかに悩み、どれほど心を砕いてきたのかが伝わってくる。
「君にこんなにも辛く耐えがたい思いをさせてしまうとは……。この計画を遂行するためとはいえ、僕のやり方はあまりにも過酷すぎた。毎晩、毎晩だ。君の悲しむ顔が目に浮かんで……眠れない夜を過ごした。君を守りたくて……その一心で始めたはずだったのに……」
途切れ途切れに紡がれる彼の言葉に、わたしの胸は張り裂けそうだった。あの晩餐会での彼の冷酷な態度。その仮面の下にはこんなにも深い苦悩が隠されていたなんて。わたしはただ裏切られたと思い込み、絶望の淵に沈むことしかできなかった……。
「いいえ……」
わたしは首を横に振る。涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。でもそれはもう悲しみの涙ではなかった。
「いいえ、シュロト。あなたはわたしを守るために……。こんなにも大きな命懸けの危険を冒して、たった一人で戦っていたのね……。真実を告げられない苦しみをずっと一人で抱えて……」
――わたしの視界にはただ一人、祭壇の前に佇むシュロトの姿だけ。漆黒の礼服は先ほどまでとは違う意味で彼の存在感を引き立てていた。まるで長い戦いを終えた騎士のように。
どれほどの時間が流れたのだろう。ほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。凍りついていたはずの心臓が、今は激しく鼓動を打っている。彼の口から紡がれた「リリーナ・スフレ」という名前。そして「世界で愛する人はただ一人」という言葉。
ゆっくりと彼がこちらを振り返った。あの晩餐会の夜とは違う、どこまでも優しい眼差しが戻っていた。
足が自然と彼の方へと動いていた。最初はゆっくりと一歩一歩確かめるように。彼との距離が縮まるにつれて、抑えきれない感情が溢れ出し、ほとんど駆け寄るようにして彼の元へ――。
「シュロト……っ」
言葉にならない想いが胸いっぱいにせり上がり、息が詰まってしまう。彼が力強くわたしの体を腕の中に閉じ込めた。その体温と香りが現実感を伴ってわたしを包み込む。その温もりが強張っていた心と体を解きほぐしていく。夢なんかじゃない。本当に現実なんだ――。
「リリーナ……!」
わたしの肩に顔を埋めるようにして、彼もまた名を呼んだ。わたしも彼の背中に腕を回し、ありったけの力を込めて抱きしめ返した。互いの鼓動が、まるで一つのリズムを刻むように重なり合うのを感じる。
どれくらいそうしていただろう。祭壇の前に二人きり。ステンドグラスからこぼれる光が祝福のシャワーのようにわたしたちに降り注いでいる。もう周りの目も、嘲笑も、侮蔑も何一つない。ただ彼とわたしだけがいる。
やがてシュロトがゆっくりと体を離し、わたしの両肩にそっと手を添えて真剣な眼差しで見つめた。
「リリーナ……すまない。本当にすまなかった……」
搾り出すようなその声に彼がいかに悩み、どれほど心を砕いてきたのかが伝わってくる。
「君にこんなにも辛く耐えがたい思いをさせてしまうとは……。この計画を遂行するためとはいえ、僕のやり方はあまりにも過酷すぎた。毎晩、毎晩だ。君の悲しむ顔が目に浮かんで……眠れない夜を過ごした。君を守りたくて……その一心で始めたはずだったのに……」
途切れ途切れに紡がれる彼の言葉に、わたしの胸は張り裂けそうだった。あの晩餐会での彼の冷酷な態度。その仮面の下にはこんなにも深い苦悩が隠されていたなんて。わたしはただ裏切られたと思い込み、絶望の淵に沈むことしかできなかった……。
「いいえ……」
わたしは首を横に振る。涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。でもそれはもう悲しみの涙ではなかった。
「いいえ、シュロト。あなたはわたしを守るために……。こんなにも大きな命懸けの危険を冒して、たった一人で戦っていたのね……。真実を告げられない苦しみをずっと一人で抱えて……」
208
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》
婚約者を奪われた私は、他国で新しい生活を送ります
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルクルは、エドガー王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
聖女を好きにったようで、婚約破棄の理由を全て私のせいにしてきた。
聖女と王子が考えた嘘の言い分を家族は信じ、私に勘当を言い渡す。
平民になった私だけど、問題なく他国で新しい生活を送ることができていた。
お飾りの側妃となりまして
秋津冴
恋愛
舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。
歴史はあるが軍事力がないアート王国。
軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。
歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。
そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。
テレンスは帝国の第二皇女。
アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。
王は病で死んでしまう。
新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。
その相手は、元夫の義理の息子。
現王太子ラベルだった。
しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。
他の投稿サイトにも、掲載しております。
婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです【完結】
小平ニコ
恋愛
選ばれた貴族の令嬢・令息のみが通うことを許される王立高等貴族院で、私は婚約者のチェスタスと共に楽しい学園生活を謳歌していた。
しかし、ある日突然転入してきたチェスタスの幼馴染――エミリーナによって、私の生活は一変してしまう。それまで、どんな時も私を第一に考えてくれていたチェスタスが、目に見えてエミリーナを優先するようになったのだ。
チェスタスが言うには、『まだ王立高等貴族院の生活に慣れてないエミリーナを気遣ってやりたい』とのことだったが、彼のエミリーナに対する特別扱いは、一週間経っても、二週間経っても続き、私はどこか釈然としない気持ちで日々を過ごすしかなかった。
そんなある日、エミリーナの転入が、不正な方法を使った裏口入学であることを私は知ってしまう。私は間違いを正すため、王立高等貴族院で最も信頼できる若い教師――メイナード先生に、不正の報告をしようとした。
しかし、その行動に気がついたエミリーナは、私を屋上に連れて行き、口封じのために、地面に向かって突き落としたのだった……
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
婚約破棄された令嬢、教皇を拾う
朝露ココア
恋愛
「シャンフレック、お前との婚約を破棄する!」
婚約者の王子は唐突に告げた。
王太子妃になるために我慢し続けた日々。
しかし理不尽な理由で婚約破棄され、今までの努力は水の泡に。
シャンフレックは婚約者を忘れることにした。
自分が好きなように仕事をし、趣味に没頭し、日々を生きることを決めた。
だが、彼女は一人の青年と出会う。
記憶喪失の青年アルージエは誠実で、まっすぐな性格をしていて。
そんな彼の正体は──世界最大勢力の教皇だった。
アルージエはシャンフレックにいきなり婚約を申し込む。
これは婚約破棄された令嬢が、本当の愛を見つける物語。
【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る
甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。
家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。
国王の政務の怠慢。
母と妹の浪費。
兄の女癖の悪さによる乱行。
王家の汚点の全てを押し付けられてきた。
そんな彼女はついに望むのだった。
「どうか死なせて」
応える者は確かにあった。
「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」
幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。
公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。
そして、3日後。
彼女は処刑された。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる