紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第1-1章 旅人→後宮下女(新版)

「うまい話には裏があるものです」

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 少年はわたしに紹介状を書いてくれた。仕事内容を聞くとどこぞのお屋敷で住み込みで働けるらしい。しかも目玉が飛び出るぐらいのお給料をもらえるそうだ。
 あまりにも好待遇なものだから裏があるのでは、との疑念は少年の笑顔の前で吹っ飛んでいた。

 少年と別れてすぐに重要な失態に気付いた。

「あ、そう言えば名前聞いてなかったな」

 まあ、たまたま道端で話し込んだ相手の名前なんていちいち聞いていたらきりがない。少年を助けたのも数ある出会いの一つに過ぎない。広大な帝都で再び巡り合う可能性は極めて低いだろうし。

 ……って達観してたんだけど、間違いだったと気付いたのは少年が提示した紹介先の門の前に来てからだった。

 わたしの丈の数倍はあろう壮大さ。左右の守衛ははちきれんばかりの太い腕と足をしており、その厳重さが伺えた。何より異質なのはその門から延びる大通りは軍が行進するに十分な幅がある。

 田舎娘なわたしでもここがどこだかすぐに分かった。

「は? 宮廷?」

 紹介先が宮廷だなんて聞いてないんですけど?
 いや、少年に詳しく聞かなかったわたしも悪かった。これなら当面の路銀を稼げる手軽さを条件に加えれば良かった、と後悔したのだが、もはや太陽も傾き始めた時刻になってしまっては引き返せなかった。

 それに、門前にいたのは何もわたしだけではなかった。わたしと同年代、または少し若い女の子が両手の指では数えきれないぐらい集結していたのだ。
 一体何事か、と疑問を抱いたのは刹那の時間だけで、すぐにある会話を思い出した。

「そう言えば、下女を募集しているんだったわね……」

 まさかここで夜鈴との繋がりが復活するなんて思いもよらなかった。進む道が違うとか言っちゃったけれどこんなに早く合流するなんて。
 これでばったり出くわしたら一体どんな顔をすればいいのか分からない。

 わたしが来てから程なく集合時間になったらしく、門の勝手口からわたし達は中に通された。案内の役人の後ろを付いていく少女達は、王宮の敷地内に建てられた数々の巨大な建築物に圧倒されっぱなしだった。

 で、結構歩いてわたし達は再び高い壁に囲まれた区画にやってきた。
 そこの門は宮廷の正門と同じく二重構造になっていて完全に隔てられている。けれど、何者も通さない意思の表れだった宮廷外壁と違って……内側から何人たりとも逃さない、と感じた。

「ここが、後宮……」

 誰かがそうつぶやいたのが耳に入ってきた。期待と不安が入り混じった声はこの先何が待ち受けているのか想像も出来なかったからでしょう。
 周りを見渡せば成り上がってやると強い意気込みを抱く者と恐怖で震える子など様々な反応を見せていた。

 わたしはまさかいかにも女の世界って感じの後宮に関わる破目になるなんて夢にも見なかったものだから、どうしてこうなったんだと思ったものだが……そんなわたしでも厳重な門をくぐると目を奪われた。

 時の皇帝のための園、とはよく言ったものだった。建物、庭、道、池など、視界に映る人工物の全てが洗練されていた。ごみや綻びの一つも見られない。日々欠かさず手入れしなければ維持なんて不可能だっただろう。

 行き交う女性は地方の街ではまずお目にかかれないような見目麗しい美人ばかりだった。
 少し容姿が劣る人もいたものの、きっと外見の優劣を覆す一芸を身に着けているに違いない。質素な服で忙しく動き回る下女らしき少女達すら整った容姿で揃えられている。

「よくぞこんなに集めたものねえ」

 とその時は感想を口にしたけれど、今振り返れば半分間違っている。可愛いからこそ多くの女が集う後宮でも通用するだろう、と判断されれば娘を送り込む大人もいるだろう。夜鈴のように夢を抱いて門を叩く子もいるかもしれない。

 まあつまり、後宮側が少女達を招き入れるなんて滅多に無いってことね。黙って口を開けていたって次から次へと舞い込むんだからそんな必要は無いもの。幸いにも今の皇帝は好色家でなく生娘を漁る習慣は無いようだったし。

「さて、集まってくれた諸君。我々が君たちを歓迎する」

 との言葉から始まった宦官らしき役人からの説明によれば、今回は数を減らしてきた下女の追加募集だそうだ。しかし優れた女性がいたなら女官ではなく内官として後宮入りすることも考える、と皆に希望的な可能性も提示してくる。

 ところが、期待に胸を膨らませる少女達と違ってわたしは思わず顔をしかめてしまった。
 幸いにも席は後ろだったから気付かれなかったけれど、取り繕ってからも心の中では悪態をつきまくった。

(内官ですって? 冗談じゃないわよ……!)

 何が悲しくて籠の鳥にならなきゃいけないのかしら?
 別に皇帝の寵愛とかどうでもいいし、煌びやかな服飾とか宝飾だってこれっぽっちも魅力を感じない。むしろ権力争いに巻き込まれそうで面倒くさい。

 そりゃあ夫を持たなきゃいけないのは女に生まれた以上仕方がない。だからって愛されるかも分からない皇帝の妃なんてごめん被るし、そもそもお手付きに至るまでの道のりを考えると辟易してしまう。

(どうすんのよ、コレ……?)

 となればむしろ少年に渡された紹介状は邪魔でしかない。少年がわたしの便宜を図ってくれた文がつづってあったとしても、わたしの希望通り下女に召し抱えられるかは未知数だ。少年が高官の嫡子だったとしたら余計な気を回されるかもしれないんだから。

 わたしは紹介状を懐から取り出すと荷物の奥底にしまい込んだ。折角だけれどコレは人助けの記念として取っておくことにしよう、と決めた。
 下手な真似さえしなければ単純労働者としてぐらいなら雇ってもらえるだろうと希望的観測を自分に信じ込ませて。

 さて、いよいよ採用試験が始まり、娘達が一人ずつ呼ばれていく。けれど呼ばれた娘が誰一人として帰ってこないのを見るとどうやらその場で合否を決めているらしい。無駄な時間を取られずに済むのはありがたい。

 いよいよわたしの番になった。
 呼ばれた先は少し広めの部屋で、手前側の簡素な一人用の椅子がわたし達用らしい。奥側の机を挟んだ向こうには六人ほど待ち構えていた。
 下女を雇うにしては仰々しい、と思ったものだが……そのうちの一人を見て仰天した。

(は? どうしてさっきの女の人がいるのよ!?)

 そう、何故かその部屋には少年の護衛をしていた文月がいたのだ。それも先ほどの質素な身なりと異なり女官としての服を身にまとい。

 わたしの視線に気づいた彼女はわたしにしか分からない程度に微笑んできた。わたしは顔を引き攣らせる他なかった。
 わたしの反応を怪訝に思った隣席の女官が眉をひそめてきたけれど構うものか。

「まずは座る前に紹介状、推薦状の類を持ってきていたら渡しなさい」

 正面の席に座っていた中々貫禄ある女性がこちらに手を差し伸べてきた。
 女官……いえ、もしかしたら内官かもしれない。気品と物腰がこれまで会ってきた女性と違って洗練されている。美と才を求められている身分の方だろう。

 わたしは瞳だけ動かして文月を見つめた。彼女は期待を込めた眼差しをわたしに向けた。
 少しの間熟考し、観念したわたしは深くため息を漏らしつつ荷物の奥底から少年の紹介状を取り出し、女性に提出する。

 女性はわたしに着席を促しつつ文を取り出して読み始めて……軽く目を見開いた。直後に顔を文月の方へと向けたけれど、その面持ちは複雑なままだった。
 どうやら文月は素知らぬ顔でもしたらしい。あいにくわたしの右側の席にいるから見えないけれど。

「さて、じゃあ自己紹介とここに勤めたいと思った動機を聞かせて頂戴」
「はい」

 女性に促されたので私は自己紹介と志望動機を簡単に説明した。
 嘘はつきたくなかったから何も取り繕わずきちんと金と衣食住のためだと言い切った。それから路銀が貯まったら職を辞して帝都から離れる、とも。

「成程、下女志望か」
「ええ、健康体ですからそれなりに働けるものと自負してます」
「ふぅん、成程ね」

 女性はわたしの話を聞きながら紙に筆を走らせた。記録を残す程度にはわたしの情報には価値があったらしく、これは手ごたえありだと内心で喜んだ。
 これで当面の生活は安泰だなと、と思い始めた辺りで、女性は提出した紹介状をわたしに見せてきた。

「貴女、ここに何が書かれているか読んだ?」
「いえ。一文字も」
「どんな事が綴られているか気にならなかったの?」
「悪いようには書かれていないだろうって確信がありましたから」

 わたしは少年の厚意を信じた。それだけだ。
 もしわたしに害を成すよう促されていたんだとしても少年は悪くない。いや、勿論恨むけれど少年を信じたわたしの見る目が無かっただけなんだから。

 女性はわたしの回答を聞くと何がお気に召したのか、嬉しそうに微笑んで丁寧に文を折りたたんだ。
 それから左右の席にいた文月らに視線を向けた。各々の反応を確認してから、彼女はわたしを優しく見据えた。

「合格です。私達は今日から貴女を雇うことにしましょう」
「ありがとうございます」

 よっし、受かった! と心の中で高らかに叫びつつわたしは丁寧にお辞儀をした。多分下を向いた顔には笑顔が張り付いていたに違いない。

「最後に質問なんだけれど、いいかしら?」
「はい、何でしょうか?」

 終わった終わった、と思っていたら、目の前の麗しき女性は、こんな問いをわたしにしてきた。

「貴女、方士だったりしない?」
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