紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第1-1章 旅人→後宮下女(新版)

「無事採用されました」

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 方士。それは本来なら異術を修め、鬼神に通じる者を指す。
 しかし現在の春華国においては神仙を目指した所謂神仙方士とは別の意味を持つ。

 方士とは、能力者のことだ。

 天が何を考えて人が持て余すような能力を授けるかは定かじゃない。
 ただ一つ分かっていることは、春華国ではごくまれに人の域を超えた能力を備えて生を授かる子が現れるってことだけだ。

 例えばある人は宙に浮いた。ある人は手をかざしただけで怪我を癒した。またある人は全く老いずに長い間生き続けた。
 天子、仙人、妖怪。様々な言われ方をされる彼らは決しておとぎ話や神話の存在じゃなく、今なおどこかにいることでしょう。

「どうしてそんな質問を? わたしって常人じゃない気配でも発してますか?」
「貴女だけじゃなく皆に聞いているのよ。後宮とは恐れ多くも皇帝陛下が足をお運びになる場所。危険は排除しておきたいじゃない」
「成程」

 そして、方士と呼ばれる彼らにかかったら王宮や後宮の厳重な警備だって大して役に立ちはしないでしょう。何しろ大岩を持ち上げたり姿を隠すような方士もいたって伝わるぐらいだし、彼らが気まぐれに時の皇帝を脅かそうと考えたら対抗策が限られてしまう。

 それが王宮だったらまだ近衛兵ががっちり身辺を固めてお守りすれば何とか凌げるかもしれないけれど……褥を共にした相手がそのお命を脅かしてきたら? 女子供と屈強な男なんて体格差をいともたやすく超えてくるのが方士という存在。警戒は無理もない。

「黙秘します」

 だから、わたしは嘘をつかない程度で答えられる範囲を口にした。
 途端、目の前の女性の顔つきが鋭いものに変わった。

 女性はさり気なく片手をわたし達を挟んだ机の下へと伸ばした。
 後から聞いたらわたしが不審な動きをしたらすぐさま剣で切りかかるつもりだったそうだ。何それ怖いとは思ったものの、それだけ方士を脅威と位置付けているんでしょうね。

「これは問いじゃなくて命じているの。逆らうつもり?」
「言わない、じゃなく、言えない、です」

 とは言え天は万能の超人の誕生を望んじゃいないのか、方士はあくまでも人の延長線上でしかない。お腹は空くし寝たいし風邪はひくし怪我もするし。たった一つだけ天から授かった異能の能力で差をつけているだけだ。

 だから、世の中を脅かす方士が現れた場合、真っ先にその能力がどんなものかの解明して対抗策を練るのが普通らしい。何なら背後から不意打ちしたり闇夜に紛れて暗殺するのも手だ。いかに天に愛されたって権力には敵わないんだから。

 だからよほどの馬鹿じゃない限りは方士は方士であることを隠す。人目に付かないようここぞという時にだけ能力を使うのが賢い在り方だ。
 能力を他人に知られたら最後、どんな形で排除されるかなんて分かったものじゃないから。

「たとえ主君のお言葉だったとしても親の命には逆らえませんから」

 更に言うと洗いざらい暴露する程わたしは目の前の女性を信頼しちゃいないし。
 けれど方士じゃないですってこの場かぎりの嘘をついたら最後、嘘が生じさせる矛盾を解決するためにはまた嘘を重ねなきゃ駄目になっちゃう。そんなの疲れるだけだもの。

 だからこそ回答としての選択は虚偽や暴露じゃなくて、沈黙。

「じゃあ雇われたかったらその親の許可をもらってきなさい、って言ったら?」
「別にそこまでしてここで働きたいってわけじゃないので、帰っていいですか?」

 口を閉ざすのがアリなのは別にわたしがそこまでして後宮で働かなくてもいいって割り切っているのが大きい。あと万が一罪人に仕立て上げられてもここから逃げおおせる自信があったから、も追加で。

 あっけらかんと言い放ったわたし。
 真剣にわたしを注視する女性。
 暫しの静寂が部屋の中を支配する。

「後宮……いえ、宮廷内では能力を使わないって約束できる?」
「さあ? 思わせぶりに言ってるだけで実は方士じゃないかもしれませんよ」
「食えない子ね」

 しばらくして根負けしたのは女性の方だった。彼女は肩から力を抜いてため息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかる。

「本当だったらこんな不穏分子を後宮に招き入れたくはないのだけれど……上手く立ち回ったものね」

 女性が視線を向けた先は……文月だったかな? あいにくわたしは女性の方に顔を向けていたのでやっぱりどんな表情をしていたのかは分からない。ただ、文月の反応も後押しになったとは容易に伺えた。

「いいでしょう。採用は覆しません」
「寛大にご検討いただき、ありがとうございます」
「けれど、もし後宮内で何かあったら真っ先に疑われる覚悟はしておきなさい」
「肝に銘じておきます」

 それで、と女性は右側を向くようわたしに促した。顔を向けた先では先ほどまで座っていた文月が立ち上がり、軽く頭を下げていた。

「文月。彼女は徳妃様の下に付けようと思うけれど、良いかしら?」
「構いません、猫目宮殿下。元よりそのつもりで連れてまいりましたので」

(……猫目宮殿下?)

 そう言えば聞いたことがある。皇位継承権を持つ皇子や皇女はそれぞれ王宮内に宮殿を与えられる、と。それぞれ宝石の名称が付けられていて、ごく一部を除いてその宮の名で皇子達を呼ぶのが慣例だ、と。

 たしか猫目宮殿下は……第二皇女であらせられる、と記憶している。

「……あの子に気に入られるとは運がいいのか悪いのか。じゃあ彼女は任せるから」
「御意に」

 まさかの皇族から直々面接されていたとはつゆ知らずに大胆不敵な真似をしちゃったけれど、わたしは悪くない。悪いのは内官だって勘違いさせる服装だ。
 いや、そうして恐縮しない素の状態を見たかったのかもしれないけれどさ。

 文月に従って退室したわたしは後宮内を歩く。
 背中越しからも分かる堂々とした佇まいは凛としていて格好いいと思った。わたしも大人になったらこのように頼れる器になりたいものだと意気込ませるぐらいに。

「まだ採用試験は途中だったと思いますけど、途中で抜けちゃって良かったんですか?」
「ん? ああ、貴女をこちらに引き込みたいからと同席させてもらっただけだから問題無い。徳妃様付きの下女は充分いるから増やさなくていいんだ」
「先ほどから仰ってる徳妃様って……あの徳妃ですか?」
「ああ。正一品の徳妃で間違いない」

 思わずやっちゃったかもしれないと軽く後悔した。わたしはきついながらも責任とは無縁の下っ端として働きたかったのに。

「知っているだろうが徳妃様は正一品の妃であらせられる。皇后様の次の位になるな」
「そこまで田舎者じゃないですよ」

 何でもあの面接の際に左右にいた四名の内官は正一品の妃に直接使える侍女だったんだそうだ。有望なら後宮の下女として採用され、お目にかなえば妃に直接仕えさせるんだとか。
 文月曰く、第二皇女に気に入られることだけ心配だったようだ。

「我が主は貴女をあの方の下にと推薦した。紹介状はそんな内容だったと聞いた」
「ちょっとごろつきを返り討ちにしただけにしては随分と厚遇に思えますけど」
「我が主の人の見る目を嘗めてもらっては困る。貴女は信用に値する、だそうだ」
「それは何と言いますか……恐れ多い?」

 わたしにあてがう場所だと案内された部屋は一人用だった。寝具と机があってなおそれなりの空間が確保されている。
 いかに後宮と言えど下女の身分だと相部屋が普通なのに。これが雑用を任される一般下女と妃直属の女官の違いか。

 荷物を置いたわたしはすぐさま部屋を後にした。通り過ぎる他の女官達が文月に道を譲ってかしずく。文月もそんな彼女達に朗らかに挨拶をしながら通り過ぎていく。とても凛々しい、と感じた。

「で、わたしは一体どんな仕事を任されるんですか? 多分一通りはそれなりに出来るとは思うんですけど、さすがに芸術面は期待しないでくださいね」
「見てもいない芸に期待はしないさ。どんな仕事が割り振られるかは我が主のお心次第だ」

 そうして他愛ない会話をしているうちに目的の場所にたどり着く。文月が到着を告げると中から入室を許可する旨の言葉が返ってきた。文月は扉に手をかけ、自分で部屋の扉が厳かに開いていく。

 それなりに広い部屋の中にいたのは四名。椅子に座って落ち着く綺麗な女性と、傍らに控える侍女が三名。
 さすがに皇帝の寵愛を受ける正一品の妃に仕えるだけあって皆顔立ちがいい。中には明らかにわたしより幼そうな少女もいるが、彼女も愛くるしい。

「文月、ご要望ありました者を連れてまいりました」
「ご苦労様。猫目宮殿下は何か仰っていなかった?」
「いえ、こちらに任せるとだけ」
「そう、なら何も心配する必要はないわね」

 女性はわたしに近う寄れと許可を出したのでわたしは歩み寄……る途中、違和感に襲われた。気になって女性や侍女達の様子をさり気なく伺うと、わずかにぎこちない。落ち着かない方もいるようだ。逆に何でもないよう装う人もいる。

 これは……試されているな。と察したわたしは数歩進む間に素早く観察。女性や侍女達の服飾、装飾、手、顔、目の動き。色々と判断要素があったものの決定打が無い。このまま騙されっぱなしでもいい気もしたけれど、わたしは直感を信じることにした。

「雪慧といいます。この度はわたしを選んでいただいたこと、大変光栄に思います」

 跪いた相手は座った女性……ではない。何でもないと見せかけてわたしの反応を伺っていた幼い少女に対してだ。
 そしてどうやらその賭けに勝ったらしく、少女は満面の笑みをこぼした。

「あっぱれじゃ! 苦しゅうないぞ、面を上げよ」
「以後、よろしくお願い申し上げます」
「うむ! 貴様が妾の下へまいったのも天の計らいじゃろう」

 これが少女……もとい、わたしの主となる徳妃様との出会いだった。
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