紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第1-2章 後宮下女→徳妃付侍女(新版)

「何を隠そうわたしは踊りが得意です」

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 この後宮においては時折なんちゃら会が催される。

 この『なんちゃら』の部分は毎度異なっていて、決めるのは主催者である貴妃様と皇帝のどちらか。時折他の正一品の妃の意向が反映される。皇帝の興味を惹く、または後宮内の勢力図にも関わるので、後宮内では重要な出来事だ。

 なんでそんな頻繁に催し物が開かれるか、だが、貴妃様が芸術を好まれるためだ。
 芸術は反映の象徴、とのお考えによって優れた者を見た目の美醜と同等に評価基準としているらしく、実際に皇帝の寵愛を受けた例も少なくない。

 で、だ。この前の絵画の展覧会に引き続き新たな会が催されることになった。

「今度は舞踊、ですか」
「うむ、そうらしいな」

 徳妃様部屋でもどのようにその会に臨むかが話し合われたけれど、徳妃様を初めとして誰もがどうも気乗りしない様子だった。
 徳妃様に至っては憮然となりながら既に催し物に対する興味を失っているらしい。

「あの、皆さん浮かない顔をなさってますけれど、どうしたんですか?」
「そういえば雪慧は知らないんだったな。こと舞踊に関しては彼女の右に出るものなどおらんのじゃ。勝ち目が無いと分かっていながら飛び込んでいくなど馬鹿そのものじゃからな」
「そんなに舞踊に秀でた方が後宮内にいらっしゃるんですか?」
「うむ。貴様も噂ぐらいは耳にしていよう。賢妃様じゃな」

 徳妃様や淑妃様に並ぶ正一品の妃であらせられる賢妃様は、実はその時わたしはまだ一度も目にしていなかった。というのも賢妃様は陽の光に弱いために常に屋内にいらっしゃるためだ。たまに姿をお見せになっても頭から足の爪先まで覆われた状態だし。

 そんな賢妃様は、舞踊に優れていると聞いたことがある。
 その舞は天女を思わせるそうで、見た者の目を釘付けにするんだとか。体重を感じさせない身軽さや身体の靭やかさなど、その技量や魅力は宮廷で召し抱えられた踊り子すら凌ぐほどなんだとか。

「後宮内には一発芸を持つ妃も少なくないが、こんな形の催し物でも無い限り他の妃が目にする機会なぞ無いからな。大方、貴妃様が賢妃様の舞を見たいと希望したのが発端じゃろう」
「じゃあ賢妃様のために開かれる催しだと?」
「いや、流石に毎度賢妃様の独壇場にするわけにもいかぬと、貴妃様や淑妃様は必ず参加者を選出しておるな」

 淑妃様のところは賢妃様に対抗心を燃やす妃がいて毎回その方が踊っているんだとか。一方の貴妃様は若い少女の才能発掘の場と位置づけているらしく、毎回違う方が参加されるらしい。

 で、他の正一品の妃がそんな感じにやる気を出すせいで徳妃様も足並みを揃えざるを得ないらしい。とりあえず文月を始めとする侍女や傘下の妃に踊らせていたものの、その殆どが数合わせ。場の雰囲気を悪くしない程度に留まっているんだとか。

「で、今回は何奴が参加する? 藍洙の時はなかなか受けが良かったな」
「すみませんがあんな赤っ恥をかくのは二度とごめんです」
「文月はどうじゃ?」
「あの場で踊るのだけはどうかどうかご容赦ください……」
「やっぱそうなるよなあ。今回も適当に妃一人を指名するか?」
「いっそくじ引きで選んでしまうのも有りかもしれませんね」

 そんな感じにもはや誰を生贄に捧げるかを相談するも同然な空気が漂っていた。正直息苦しかったのですぐにでも部屋を飛び出たかったけれど、一番下っ端なわたしにそんな大それた真似が許されるはずもない。

 と、いつ終わらないかと思っていたところ、何故か徳妃様や他の侍女達の視線がわたしに集まってきた。かなり期待がこもっているのはその瞳の輝きようで分かってしまう。そして、残念ながらそれが何を意味するかもありありと。

「どうじゃ雪慧。やってはみないか?」
「わたしがですか? 妃どころか女官ですらないのに?」
「なあに。参加することに意義があるというもの。顔を売るのは悪いことではあるまい」
「別にいいですよ」
「そう言うな。あまり目立ちたくないという気持ちも分かるが、皆のためだと思って……なんじゃと?」

 わたしがあっさり快諾するとは思っていなかったらしく、徳妃様は目を見開いてわたしを見つめてきた。侍女頭を始めとする他の侍女も同じ反応を示してくる。

「それなりに身体は動かせますからね。無様にならない程度の芸を披露すればいいんですよね?」
「ううむ、そのとおりなのじゃが、貴様は賢妃様を知らないからそんなことが言えるんじゃよ」
「逆に知らないからこそ萎縮せず伸び伸びとできる、とも考えられませんか?」
「成程な。それは一本取られた」

 徳妃様は己の左右に控える侍女達を部屋の隅へと下げ、わたしの周りに空間を作る。丁度わたしがどう動こうと何もぶつからない程度の広さに。

「そこまで自信があるのなら少し見せてみよ。それをもって判断する」
「一応聞きますけれど、どんな演目でもいいんですよね?」
「ああ。最低でもこれまでは特に限定されていなかったぞ」
「じゃあ問題有りません」

 わたしは皆へ一礼して、構えをとった。精神統一のため呼吸を整え、目を瞑る。目線は意識の外へと追いやられ、周りの音は消えていく。
 程よく集中出来たところでゆっくりと目を開いていき、わたしはいつものように身体を動かし始めた。

「疾ッ!」

 それは決して舞じゃあない。体術における型と言うべきでしょう。
 多分帝都を回ったらそこいらの道場でも行われている基本中の基本。身体に染み込ませた動作を自然に行っている状態だ。

 身体がいい感じに温まってきたら徒手空拳での武踊は終わりだ。何しろ華やかさに欠けるし、こういったのは屈強な男性や歳を重ねた達人が行うからこそ見栄えがあるんであってわたしごとき未熟者ではお目汚しになるだけだもの。

「準備運動も終わりましたので、次は本番でお披露目しようと考えている芸でも」

 わたしは机の上に置かれた徳妃様の扇子を失敬して舞い始めた。これもまた武術の応用。しかし実戦で活用する技術ではなく儀礼的な意味が強い。
 まあ、わたしの場合は故郷で家族や仲間を盛り上げるために覚えた能力なのだけれど。

 一通り終えたところでわたしは扇を床に起き、その場で跪いて頭を垂れた。息が乱れないよう振る舞ったつもりだったけれど、久しぶりだったもので隠すので精一杯だった。
 汗が滲み出て衣服に染み込むせいで気持ち悪い。

「お粗末さまでした」

 受けは悪くないだろうと思って恐る恐る顔をあげたら、いつの間にか姿をお見せになっていた暁明様が顔を輝かせてこちらを見つめていた。そして、わたしに向けて盛大な拍手を送ってくる。

「凄いじゃないか! 本当に凄かったよ!」
「いえ、そこまでべた褒めされる程の芸じゃあ……」
「そんなこと無いよ! 思わず見とれちゃったもの!」
「な、なんだか……照れくさいですよ……」

 思いもよらぬ賛辞に動揺が隠しきれなかった。
 だって故郷でもこんなに喝采されたことなんてなかったから。どんな反応を返していいかも思うかばなかったし、顔が熱いのは激しい運動の後だからだけじゃあないと思う。

「うむ、あっぱれじゃ雪慧! 文句のつけようがないぞ!」
「優雅さと迫力を兼ね備えていて、見ごたえがあったわ」
「これで他の妃方にも面目が立ちますね」

 それだけじゃなく、徳妃様や文月達までもがわたしを褒め称えてきた。
 酒の席で場を盛り上げた時とは全く異なる高揚感を覚える。正直、嬉しさと恥ずかしさで悶てしまいそうだった。

 もしかしてわたしって凄いんじゃないか? と調子に乗りかけて、ふと気づいてしまった。わたしが催しで見劣りしないだろうと口にするものの、誰一人として一番になるとは言っていなかったんだ。

 つまり、やはり賢妃様には遠く及ばないんでしょう。

「他の皆さんがどんなふうに舞われるのか楽しみですね」
「うむ、そうだな。賢妃様に及ぶ者が現れれば面白くなるのじゃが」

 そんな感じで挑んだ舞踊会だったけれど、結局は賢妃様の圧勝に終わった。
 一応わたしも他の方々に引けを取らない動きは出来たと思うけれど、所詮は宴会芸。その道に秀でた妃に及ぶべくもなかった。

 特に圧巻だったのは案の定賢妃様で、わたしが今まで見た誰よりも靭やかで艶かしく、美しい踊りを披露してきた。指先、つま先まで仕草が洗練されていて、会に出席した一同は残らず彼女から目を離せないでいた。

「でも僕は雪慧の舞が一番好きだったよ」
「本当ですか? 慰めじゃなくて?」
「もちろん」

 その夜、思った以上に打ちのめされたわたしが暁明様のお言葉で立ち直ったのは今でも内緒だ。
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