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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)
「諸侯王をもてなす準備を、と」
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「紅玉宮殿下に新たな妃を、ですか?」
「そうよ。それが代々皇室男子に課せられる習わしなの」
その日、最初にお会いしたのは第二皇女であらせられる猫目宮殿下だった。
彼女とは後宮で採用されるべく受けた面接で言葉を交わして以来、あまり接点を持たなかった。ところが皇子妃になってからは頻繁に会うようになった。どうやらそうして皇子妃を筆頭とした宮廷務めの女官を束ねるのが彼女の公務らしい。
一応後宮も管轄内だそうだけれど、あそこは皇后が責任者で実際に取り仕切っているのは貴妃様。第二皇女は不穏な動きが無いか外から監視する立場で、他には人事面をある程度担っているんだとか。
そんな彼女も第一皇女と同じく諸侯王に下賜されることが決まっている。有力者を血の繋がりで取り込もうとする考えは昔から一緒だ。第二皇女もそれが自分の務めだと受け入れているのが幸いか。
「申し訳ありませんが、そんな習わしは初耳です。詳しくお聞きしても?」
「そうね。義妹には知る権利があるものね」
第二皇女曰く、皇族に生まれた皇子は絶対に諸侯王の娘を妃としなければいけない決まりらしい。万が一皇太子以外が皇帝となってもその妃を皇后として国の混乱を鎮めるために。
「ですが徳妃様はそんなの気にする必要はないと仰っていました」
「徳妃と紅玉宮の意向が皇帝陛下に許されるかは別問題よ。皇太子のお兄様は安泰だし、紅玉宮は第五皇子だし……勝算は五分五分ね」
(困ったわね……実に困った)
北伯候の娘であるわたしは当然その条件を満たしている。ただし、その事実をわたしは公言していない。知っているのは暁明様と徳妃様、それから婚姻と認めて下さった皇帝他一部の文官ぐらいでしょうね。
あえて実家の権力を誇示する必要性を感じないのもあるし、余計な争いを招きたくない意図もある。けれど、それ以上に引っかかりを覚えるのは父の忠告から始まるとある存在に関してだった。
(女狐、か……)
皇太子以外の皇子の妃として表舞台に姿を表し、またたく間にその名を轟かせるやり手。もし女狐とやらが暁明様の前に現れた際、他の諸侯王の娘が既にいずれかの義理の兄皇子の妃だっとしたら? 皇后へ成り上がるには最大の障害じゃあないか?
そんな危険性があったからあえて公言しないようにしよう、と決めたのは暁明様だ。わたしも同意した。ただ、もしそんな決まりがあると知っていたら反対していたかもしれない。
「……暁明様のいじわる」
「ん? ごめんなさい。何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
思わずぐちがこぼれてしまったけれど第二皇女に聞かれなかったのは幸いだった。慌てて取り繕うも、どうやら内心の焦りを見抜かれていたらしく、第二皇女は軽く笑い出した。
「可愛いの。愛しの夫を取られたくないのね」
「うぐっ。い……いけませんか? 愛する人に自分だけを見てもらいたいって願うのは何もおかしくありません」
我ながら情けない話だけれど、結構むきになってしまった。
何でこうも簡単に頭に血が上るようになってしまったのかしら? どれもこれも暁明様がいけないんだ。あの人がわたしを誑かしてわたしの心を掴んでしまったからだ。
けれどそれが嬉しい自分がいるから困ったものね。
「ごめんなさい。否定するつもりはなかったの。けれどいずれは迎え入れなきゃ駄目だから、今のうちに覚悟を決めておいた方が良いと思うの」
「いずれ? では今すぐではなく?」
「皇子に嫁がせるに相応しい諸侯王の娘がいるかがまず大事だもの。歴代の皇族の中には二十以上も年が離れた娘を娶った方もいらっしゃったそうね」
「それはまた極端ですね……」
ちなみにもし最後まで諸侯王の娘を妃としなかった場合は皇位継承権を剥奪され、追放処分となるらしい。さすがに年を取って妃に先立たれた場合などの例外はあるそうだけれどね。
これも別に徳妃様も雪慧様も気にしていないのでさほど重要ではないのだけれど……。
「いつ皇帝陛下から命令が下るか分からないから、紅玉宮と話し合っておくべきね」
「ご忠告感謝します」
これ以外の話題は特に荒波立たずに終わった。一応受け答えは出来ていたけれど、頭の中は新たな妃についてでいっぱいだった。かろうじてとはいえボロを出さなかった自分を褒めてやりたかった。
■■■
「猫目姉ったらそんなこと言ったの? 当分考えてないって言ってるのに」
夜、今日一日の出来事を暁明様に話したら、彼は深い溜め息を漏らした。
「そもそも皇帝陛下は僕の妃の素性を知っているんだから、追加で諸侯王の娘をあてがうわけが無いんだよね」
「やっぱり公にした方がいいんですかね?」
「んー。いや、もう一度皇帝陛下には自分の意志を伝えておくよ。しばらく僕の妃の他に妻を迎えるつもりはありません、ってね」
「それがよろしいかと思います」
暁明様は夕食も可能な限りわたしと一緒に取るようにしていた。
仕事が立て込んでいる場合でも一旦帰宅して、早食いをして仕事場に戻っていく。何度か申し訳無さそうな顔をする彼をわたしは励ましながら笑顔で見送ったものだ。
暁明様と楽しくお話をして段々と頭が冷えてきた。
春華国においては一人の男性が複数の女性を妻とする一夫多妻が基本。わたし一人が暁明様を生涯独占しようだなんて傲慢そのものだ。
……と分かっていても割り切れないのだから悩ましい。
「ごめんね。僕のせいでつらい思いをさせてしまって」
「いえ。この程度で悩んでいたのでは話になりません」
「そもそも複数人の妻が必要なのは家をもっと栄えさせるためには子が多い方がいいって考えからだ。別に多くの女性を愛するのが正しいわけじゃあない」
「……っ。が、がんばりましゅ」
噛んだ。暁明様が何を言いたいか分かってしまって急に恥ずかしくなったからだ。
ここまでわたしの事を考えてくれるなんて、とっても幸せだ。そう生じた感動をじっくりと噛み締めたかった。
「もうそんな不安を忘れるぐらい、今日は一緒にいよう」
「……ありがとうございます」
何のことはない。わたしは暁明様に愛されている。その事実さえあればいい。
きっとこれからも上手くいく。その時は心の底からそう信じていた。
本当、並べた根拠は吹けば木の葉のように飛んでしまうぐらい不安定だったのにね。
■■■
それから数日後のこと。
その日の帝都は大変賑わっていた。というのも諸侯王の一人である西伯候が皇帝に挨拶に来たからだ。
諸侯王は年に一度は必ず皇帝に挨拶のために帝都に来なければならず、都度臣下の礼を取ることが定められている。管轄領地から帝都までの往復させて出費させ、かつ上下関係を内外に知らしめる意味で絶大な効果を発揮していた。
後宮にいた頃は他人事でも宮廷に住むようになってからは当事者に早変わり。諸侯王を歓迎する催しの企画に携わる破目になったので、不慣れながらも一生懸命準備に追われたのだった。
「し、しんどい……。こんな風な催しを毎度滞りなく開催してた貴妃様ってやっぱ凄かったのね……」
「ですよね……。改めて貴妃様の手際の良さに驚かされます」
当たり前だけれど皇子妃が直接会場設営のために手を動かすわけがない。わたしはあくまで運営をする側なのだ。何かがあれば責任は自分に降り掛かってくる。肉体的により精神的に参ってしまったものだ。
「あら、お疲れ様。初めてだから大変だったでしょう?」
壁にもたれかかって少しの間休憩していたわたしと夜鈴に声をかけた方を確認し、わたし達は反射的に深く頭を垂れていた。
「こ、これは皇太子妃様! 大変失礼しました」
「別に怒ってるわけじゃないのよ。わたくしも昔は貴女みたいだったし、青玉宮妃も翠玉宮妃もそう。慣れないとね」
「そう言っていただけるのはありがたいです」
わたしを含めて五名いる皇子妃を仕切るのが朗らかに笑った皇太子妃だった。
彼女はわたしから言わせればとても華奢で、細かった。それが弱さじゃなくて儚さと素朴さを感じさせ、不思議な魅力が出ていた。美人は美人だったけれど、それより凛々しさと聡明さがより強く現れていた。
そんな彼女は新参者のわたしを温かく歓迎してくれた。第二皇女の話だと彼女はそうして皇子妃や皇女配に分け隔てなく接しているんだとか。第一王子の皇太子の地位が揺るがないのは敵を作らない寛大さがあるからだ、とまで讃えられるぐらいだった。
「そう言えばここだけの話、西伯候は今回子供を連れてくるそうよ」
「えっと、家族を何名か帝都に住まわせて反乱の際の人質にする、でしたっけ」
「言いづらいこともためらわずに口にするのは好印象ね。けれど今回はどうも違うみたいなの」
「と、言いますと?」
「どうも娘さんが丁度成人になったから、どの家に嫁がせるかを話し合うんですって」
皇太子妃はただ自分が得ていた情報を口にしただけなんでしょうけれど、聞き手のわたしは嫌な予感しかしなかった。
■■■
「皇帝陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
そしてその嫌な予感は的中した。
『彼女』の到来によって――。
「そうよ。それが代々皇室男子に課せられる習わしなの」
その日、最初にお会いしたのは第二皇女であらせられる猫目宮殿下だった。
彼女とは後宮で採用されるべく受けた面接で言葉を交わして以来、あまり接点を持たなかった。ところが皇子妃になってからは頻繁に会うようになった。どうやらそうして皇子妃を筆頭とした宮廷務めの女官を束ねるのが彼女の公務らしい。
一応後宮も管轄内だそうだけれど、あそこは皇后が責任者で実際に取り仕切っているのは貴妃様。第二皇女は不穏な動きが無いか外から監視する立場で、他には人事面をある程度担っているんだとか。
そんな彼女も第一皇女と同じく諸侯王に下賜されることが決まっている。有力者を血の繋がりで取り込もうとする考えは昔から一緒だ。第二皇女もそれが自分の務めだと受け入れているのが幸いか。
「申し訳ありませんが、そんな習わしは初耳です。詳しくお聞きしても?」
「そうね。義妹には知る権利があるものね」
第二皇女曰く、皇族に生まれた皇子は絶対に諸侯王の娘を妃としなければいけない決まりらしい。万が一皇太子以外が皇帝となってもその妃を皇后として国の混乱を鎮めるために。
「ですが徳妃様はそんなの気にする必要はないと仰っていました」
「徳妃と紅玉宮の意向が皇帝陛下に許されるかは別問題よ。皇太子のお兄様は安泰だし、紅玉宮は第五皇子だし……勝算は五分五分ね」
(困ったわね……実に困った)
北伯候の娘であるわたしは当然その条件を満たしている。ただし、その事実をわたしは公言していない。知っているのは暁明様と徳妃様、それから婚姻と認めて下さった皇帝他一部の文官ぐらいでしょうね。
あえて実家の権力を誇示する必要性を感じないのもあるし、余計な争いを招きたくない意図もある。けれど、それ以上に引っかかりを覚えるのは父の忠告から始まるとある存在に関してだった。
(女狐、か……)
皇太子以外の皇子の妃として表舞台に姿を表し、またたく間にその名を轟かせるやり手。もし女狐とやらが暁明様の前に現れた際、他の諸侯王の娘が既にいずれかの義理の兄皇子の妃だっとしたら? 皇后へ成り上がるには最大の障害じゃあないか?
そんな危険性があったからあえて公言しないようにしよう、と決めたのは暁明様だ。わたしも同意した。ただ、もしそんな決まりがあると知っていたら反対していたかもしれない。
「……暁明様のいじわる」
「ん? ごめんなさい。何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
思わずぐちがこぼれてしまったけれど第二皇女に聞かれなかったのは幸いだった。慌てて取り繕うも、どうやら内心の焦りを見抜かれていたらしく、第二皇女は軽く笑い出した。
「可愛いの。愛しの夫を取られたくないのね」
「うぐっ。い……いけませんか? 愛する人に自分だけを見てもらいたいって願うのは何もおかしくありません」
我ながら情けない話だけれど、結構むきになってしまった。
何でこうも簡単に頭に血が上るようになってしまったのかしら? どれもこれも暁明様がいけないんだ。あの人がわたしを誑かしてわたしの心を掴んでしまったからだ。
けれどそれが嬉しい自分がいるから困ったものね。
「ごめんなさい。否定するつもりはなかったの。けれどいずれは迎え入れなきゃ駄目だから、今のうちに覚悟を決めておいた方が良いと思うの」
「いずれ? では今すぐではなく?」
「皇子に嫁がせるに相応しい諸侯王の娘がいるかがまず大事だもの。歴代の皇族の中には二十以上も年が離れた娘を娶った方もいらっしゃったそうね」
「それはまた極端ですね……」
ちなみにもし最後まで諸侯王の娘を妃としなかった場合は皇位継承権を剥奪され、追放処分となるらしい。さすがに年を取って妃に先立たれた場合などの例外はあるそうだけれどね。
これも別に徳妃様も雪慧様も気にしていないのでさほど重要ではないのだけれど……。
「いつ皇帝陛下から命令が下るか分からないから、紅玉宮と話し合っておくべきね」
「ご忠告感謝します」
これ以外の話題は特に荒波立たずに終わった。一応受け答えは出来ていたけれど、頭の中は新たな妃についてでいっぱいだった。かろうじてとはいえボロを出さなかった自分を褒めてやりたかった。
■■■
「猫目姉ったらそんなこと言ったの? 当分考えてないって言ってるのに」
夜、今日一日の出来事を暁明様に話したら、彼は深い溜め息を漏らした。
「そもそも皇帝陛下は僕の妃の素性を知っているんだから、追加で諸侯王の娘をあてがうわけが無いんだよね」
「やっぱり公にした方がいいんですかね?」
「んー。いや、もう一度皇帝陛下には自分の意志を伝えておくよ。しばらく僕の妃の他に妻を迎えるつもりはありません、ってね」
「それがよろしいかと思います」
暁明様は夕食も可能な限りわたしと一緒に取るようにしていた。
仕事が立て込んでいる場合でも一旦帰宅して、早食いをして仕事場に戻っていく。何度か申し訳無さそうな顔をする彼をわたしは励ましながら笑顔で見送ったものだ。
暁明様と楽しくお話をして段々と頭が冷えてきた。
春華国においては一人の男性が複数の女性を妻とする一夫多妻が基本。わたし一人が暁明様を生涯独占しようだなんて傲慢そのものだ。
……と分かっていても割り切れないのだから悩ましい。
「ごめんね。僕のせいでつらい思いをさせてしまって」
「いえ。この程度で悩んでいたのでは話になりません」
「そもそも複数人の妻が必要なのは家をもっと栄えさせるためには子が多い方がいいって考えからだ。別に多くの女性を愛するのが正しいわけじゃあない」
「……っ。が、がんばりましゅ」
噛んだ。暁明様が何を言いたいか分かってしまって急に恥ずかしくなったからだ。
ここまでわたしの事を考えてくれるなんて、とっても幸せだ。そう生じた感動をじっくりと噛み締めたかった。
「もうそんな不安を忘れるぐらい、今日は一緒にいよう」
「……ありがとうございます」
何のことはない。わたしは暁明様に愛されている。その事実さえあればいい。
きっとこれからも上手くいく。その時は心の底からそう信じていた。
本当、並べた根拠は吹けば木の葉のように飛んでしまうぐらい不安定だったのにね。
■■■
それから数日後のこと。
その日の帝都は大変賑わっていた。というのも諸侯王の一人である西伯候が皇帝に挨拶に来たからだ。
諸侯王は年に一度は必ず皇帝に挨拶のために帝都に来なければならず、都度臣下の礼を取ることが定められている。管轄領地から帝都までの往復させて出費させ、かつ上下関係を内外に知らしめる意味で絶大な効果を発揮していた。
後宮にいた頃は他人事でも宮廷に住むようになってからは当事者に早変わり。諸侯王を歓迎する催しの企画に携わる破目になったので、不慣れながらも一生懸命準備に追われたのだった。
「し、しんどい……。こんな風な催しを毎度滞りなく開催してた貴妃様ってやっぱ凄かったのね……」
「ですよね……。改めて貴妃様の手際の良さに驚かされます」
当たり前だけれど皇子妃が直接会場設営のために手を動かすわけがない。わたしはあくまで運営をする側なのだ。何かがあれば責任は自分に降り掛かってくる。肉体的により精神的に参ってしまったものだ。
「あら、お疲れ様。初めてだから大変だったでしょう?」
壁にもたれかかって少しの間休憩していたわたしと夜鈴に声をかけた方を確認し、わたし達は反射的に深く頭を垂れていた。
「こ、これは皇太子妃様! 大変失礼しました」
「別に怒ってるわけじゃないのよ。わたくしも昔は貴女みたいだったし、青玉宮妃も翠玉宮妃もそう。慣れないとね」
「そう言っていただけるのはありがたいです」
わたしを含めて五名いる皇子妃を仕切るのが朗らかに笑った皇太子妃だった。
彼女はわたしから言わせればとても華奢で、細かった。それが弱さじゃなくて儚さと素朴さを感じさせ、不思議な魅力が出ていた。美人は美人だったけれど、それより凛々しさと聡明さがより強く現れていた。
そんな彼女は新参者のわたしを温かく歓迎してくれた。第二皇女の話だと彼女はそうして皇子妃や皇女配に分け隔てなく接しているんだとか。第一王子の皇太子の地位が揺るがないのは敵を作らない寛大さがあるからだ、とまで讃えられるぐらいだった。
「そう言えばここだけの話、西伯候は今回子供を連れてくるそうよ」
「えっと、家族を何名か帝都に住まわせて反乱の際の人質にする、でしたっけ」
「言いづらいこともためらわずに口にするのは好印象ね。けれど今回はどうも違うみたいなの」
「と、言いますと?」
「どうも娘さんが丁度成人になったから、どの家に嫁がせるかを話し合うんですって」
皇太子妃はただ自分が得ていた情報を口にしただけなんでしょうけれど、聞き手のわたしは嫌な予感しかしなかった。
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