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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)
「休日はゆっくり過ごしましょう」
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新しく魅音を迎えたからってわたしの仕事は変わらない。
宮廷で開かれる行事への出席、有力者のご婦人方とのお茶会に参加、来客の持て成し、等。魅音が来る前と仕事量は全く変わっていなかったと断言しよう。
じゃあ魅音が何もしなかったか、というとそうでもない。つまり紅玉宮妃が二人体制になってそれまでの二倍立ち回ることになったのよね。
少しでも夫たる暁明様の力になれば、と思ってのことだ。
「疲れた……。心の癒やしが欲しい……」
「と、言いつつも休まれないのですね」
その日は珍しく一日中予定が入っていなかった。
じゃあ何もせずにただ寝て食べてのんびり過ごそう、とはならない。少しでも暁明様のお役にたてば、と自分を磨かなきゃいけないから。
例えば夫人同士の交流では教養と話術が大事だし、公の場に姿を出すのなら見た目と仕草に気を配らなきゃいけないから。所謂次の予定のための下準備に性を出さなきゃいけないわけね。
「後宮で働いていた頃は適当に肩の力を抜けたのですけれどね。立場が変われば振る舞い方も違いましょう」
「そうは申しますが、雪慧様はわたしから見ましても些か過度に思えます」
その日は貴妃様から婚姻祝にと結局正式に頂いてしまった軋箏を弾いていた。この所忙しくて手をつける暇も無かったものだから、錆びついた腕を戻すのも一苦労だった。それでも思い通りの音色が奏でられるようになると段々と調子が乗ってきた。
一方、魅音も予定が無かったらしく、珍しくわたし達二人は紅玉宮で顔を見合わせていた。自室に引きこもらなかった理由は簡単、広い部屋にいたかったからだ。それは魅音も同じだったらしく、自然と室内に二人がいる構図が出来上がった。
「こう言っては失礼ですが、紅玉宮殿下は第五皇子です。皇位が回ってくる可能性はあまり高くないでしょう」
「だからって我関せずと遊び呆けるわけには参りませんでしょう。皇子としてお生まれになった以上はその立場からは逃げられません」
「それは重々承知していますけれど、第五皇子には第五皇子なりの身の振る舞い方があるとわたしは思うのです」
「魅音様は何が仰りたいのですか?」
その魅音は手芸に励んでいた。その出来栄えは宮廷御用達の職人も唸らせるほど完成度が高い。聞けば手持ち無沙汰が嫌で始めたそうで、正装すら自分で仕立てたことがあるそうな。
ちなみにこの時作っていたのは暁明様に送る羽織だったか。
「あまり品のない言い方をするなら、やりすぎ、でしょうか?」
わたしは図星を突かれて沈黙の形で返答した。
手元が狂って軋箏の音が大きく外れてしまった。
「確かに紅玉宮殿下にも立場がありますから有力氏族と交流を深めるべきでしょう。ですが、あまりにも精力的すぎれば疑われてしまいます」
「わたしの殿下は他の皇子達を退けて帝位を狙っている。その土台作りを妃にやらせている、と言ったあたりかしら?」
「まだ紅玉宮殿下の妃となってから日は浅いですが、あのお方にそのような野心は無いとは分かります。そして雪慧様も殿下の意に沿っているとも感じます。しかしながら、疲れ果てるまで予定を敷き詰めなければならない程でしょうか?」
「普通に考えればでしゃばりすぎ、なんでしょうね」
よく見ている、と関心した。確かに客観的にわたしの行動を振り返れば、第五皇子が味方を増やそうとしていると思われても不思議じゃない。それは兄殿下方の的になりたくないとの暁明様の希望に背いている。
「では逆に聞きますけれど、そう仰られる魅音様も中々活発なご様子ですね。お言葉を返すようですが、多少は慎まれたらいかがですか?」
わたしは中々の核心を突いたようで、今度は魅音の方が押し黙った。
作業の手を止めて一旦伸びをし、再び手元に視線を戻した。
「成程。どうやら貴女様とわたしとは思惑が一致しているようですね」
「……では魅音様も?」
「ええ。嫁いだ皇子殿下に尽くすのは妃の務めですから」
「あいにく動機は違うようですね。わたしはあの方を愛しているからってだけです」
正確には一人でも多く味方を増やす、じゃあなくて敵に回さないため、だ。
だって、もはやいつ何が起こってもおかしくないから。
「もとを辿れば魅音様がいらっしゃったせいなのですけれど?」
「名誉のために訂正させていただきますが、わたしは望んでおりません」
「分かっていますが現にあのような事態が起こってしまった。それまで手を取り合っていた殿下方の絆に亀裂が入っています」
きっかけは言うまでもなく魅音の到来。彼女に魅了されて鼻の下を伸ばした男集がいがみ合うようになっただけの話。
しかしその中に複数もの皇子が含まれているのは大問題でしょう。そのせいで宮廷内の勢力図にまで影響が出てしまっていたから。
「まさか美女に慣れているだろう皇太子殿下方まであのような体たらくとはね。些か失望したのが本音です」
魅音は嫌悪感を隠さずに言葉を吐き捨てた。
無礼と分かっていたでしょうに口をつぐめなかったのは、それほど自分の美貌を忌々しく思っている証か。または妃を持つ身で心奪われた輩を軽蔑したからか。
ともあれ、結果として魅音を妃にしたのは暁明様。あの場では皇帝の命に従った皇子達も心の中で不満を抱いたのは容易く想像出来た。そしてこの美しき少女を我が者にするには暁明様が邪魔、とまで考えた者もいたかもしれない。
「後ろ盾の無い皇子なんて謀殺とまではいかなくても失脚、破滅させるのはそう難しくありませんから」
「そんなことはさせません。暁明様はこのわたしが絶対に守ります」
だからこそ、わたしはこの時も休息を返上して自分を磨いていた。自分に、そして自分が夫とする皇子に魅力を感じてくれれば相手は関心を寄せる。それをきっかけに普段から親しくなり、いざという状況でも手を差し伸べてくれるようになれば万々歳だ。
多少無茶をしている自覚はあった。それでも悠長な真似はしていられそうになかった。わたしが歯を食いしばればそれだけ暁明様がより安泰になるなら安いものだ。わたしはわたし自身よりも暁明様の方が大切になっていたのだから。
「であればわたしは雪慧様のお味方です。あの方を失いたくない思いは一緒です」
「分からないですね。どうして魅音様までそこまでするのかしら?」
魅音は諸侯王の娘といえどもあくまで第二夫人という扱い。第一夫人であるわたしが忙しく駆けずり回るならともかく、彼女まで付き合う必要はあまり無い。むしろ異様な空気になってしまった元凶が変に動けば反意有りと見なされるんじゃあないか。
けれど彼女が嫁いできてからの数日で受けた印象からすると、彼女は決して自分の立場が分かっていない愚か者ではない。つまりそんな危険を犯してでも暁明様の立場を盤石にしようとしているでは、と推察出来た。
「雪慧様は紅玉宮殿下を愛し、愛されているから、が動機なのでしょう。わたしの場合は全くの逆です」
「逆……?」
「あの方がわたしを愛していないから、ですよ。上っ面だけの愛なんて煩わしいだけです。雪慧様に一途だからこそわたしも安心出来るというものです」
「嗚呼、成程……」
分かった。分かってしまった。
恵まれた容姿は見る者の大半を惑わしてしまう。虜になった相手に望めば何でも思いのまま。
例えばそうね……家宝を差し出せと無茶を言っても喜んで差し出された、とか、大河に飛び込めと命じてもためらいもせず身を投げ出した、とかかしら。
だからこそ魅音は望んだんでしょうね。見た目を気にしない人を。
そして暁明様は彼女の希望に合致した。そんな運命の人を失いたくないからこその行動なのかもしれない。
「ご安心ください。わたしは紅玉宮殿下の寵愛を得ようなどとは思っておりません。とはいえわたしも諸侯王の娘。義務は果たさせていただきますが、ね」
魅音の宣言が本音か建前かはさておき、鵜呑みをするつもりはなかった。用心するに越したことはない。心から信頼するには彼女と接する時間が短すぎたもの。とはいえ、警戒までするつもりはもう無かった。
「……別にわたしは魅音様に殿下の愛が向いても構いませんよ。男を奪われた、などと騒ぎ立てるつもりもありません」
「え? しかし……」
「その時は暁明様の顔を掴んでわたしだけを見ていろ、と脅すだけですもの」
わたしが不敵に笑ってみせると魅音は笑みをこぼした。
「お強いのですね。羨ましい」
「奪われたら奪い返すだけだもの。北方の娘を怒らせたら怖いですよ」
「ふふ、肝に銘じておきます」
そんな感じに和やかに終わるはずだった一日は、このすぐ後に崩壊した。
招かれざる客の襲来によって。
宮廷で開かれる行事への出席、有力者のご婦人方とのお茶会に参加、来客の持て成し、等。魅音が来る前と仕事量は全く変わっていなかったと断言しよう。
じゃあ魅音が何もしなかったか、というとそうでもない。つまり紅玉宮妃が二人体制になってそれまでの二倍立ち回ることになったのよね。
少しでも夫たる暁明様の力になれば、と思ってのことだ。
「疲れた……。心の癒やしが欲しい……」
「と、言いつつも休まれないのですね」
その日は珍しく一日中予定が入っていなかった。
じゃあ何もせずにただ寝て食べてのんびり過ごそう、とはならない。少しでも暁明様のお役にたてば、と自分を磨かなきゃいけないから。
例えば夫人同士の交流では教養と話術が大事だし、公の場に姿を出すのなら見た目と仕草に気を配らなきゃいけないから。所謂次の予定のための下準備に性を出さなきゃいけないわけね。
「後宮で働いていた頃は適当に肩の力を抜けたのですけれどね。立場が変われば振る舞い方も違いましょう」
「そうは申しますが、雪慧様はわたしから見ましても些か過度に思えます」
その日は貴妃様から婚姻祝にと結局正式に頂いてしまった軋箏を弾いていた。この所忙しくて手をつける暇も無かったものだから、錆びついた腕を戻すのも一苦労だった。それでも思い通りの音色が奏でられるようになると段々と調子が乗ってきた。
一方、魅音も予定が無かったらしく、珍しくわたし達二人は紅玉宮で顔を見合わせていた。自室に引きこもらなかった理由は簡単、広い部屋にいたかったからだ。それは魅音も同じだったらしく、自然と室内に二人がいる構図が出来上がった。
「こう言っては失礼ですが、紅玉宮殿下は第五皇子です。皇位が回ってくる可能性はあまり高くないでしょう」
「だからって我関せずと遊び呆けるわけには参りませんでしょう。皇子としてお生まれになった以上はその立場からは逃げられません」
「それは重々承知していますけれど、第五皇子には第五皇子なりの身の振る舞い方があるとわたしは思うのです」
「魅音様は何が仰りたいのですか?」
その魅音は手芸に励んでいた。その出来栄えは宮廷御用達の職人も唸らせるほど完成度が高い。聞けば手持ち無沙汰が嫌で始めたそうで、正装すら自分で仕立てたことがあるそうな。
ちなみにこの時作っていたのは暁明様に送る羽織だったか。
「あまり品のない言い方をするなら、やりすぎ、でしょうか?」
わたしは図星を突かれて沈黙の形で返答した。
手元が狂って軋箏の音が大きく外れてしまった。
「確かに紅玉宮殿下にも立場がありますから有力氏族と交流を深めるべきでしょう。ですが、あまりにも精力的すぎれば疑われてしまいます」
「わたしの殿下は他の皇子達を退けて帝位を狙っている。その土台作りを妃にやらせている、と言ったあたりかしら?」
「まだ紅玉宮殿下の妃となってから日は浅いですが、あのお方にそのような野心は無いとは分かります。そして雪慧様も殿下の意に沿っているとも感じます。しかしながら、疲れ果てるまで予定を敷き詰めなければならない程でしょうか?」
「普通に考えればでしゃばりすぎ、なんでしょうね」
よく見ている、と関心した。確かに客観的にわたしの行動を振り返れば、第五皇子が味方を増やそうとしていると思われても不思議じゃない。それは兄殿下方の的になりたくないとの暁明様の希望に背いている。
「では逆に聞きますけれど、そう仰られる魅音様も中々活発なご様子ですね。お言葉を返すようですが、多少は慎まれたらいかがですか?」
わたしは中々の核心を突いたようで、今度は魅音の方が押し黙った。
作業の手を止めて一旦伸びをし、再び手元に視線を戻した。
「成程。どうやら貴女様とわたしとは思惑が一致しているようですね」
「……では魅音様も?」
「ええ。嫁いだ皇子殿下に尽くすのは妃の務めですから」
「あいにく動機は違うようですね。わたしはあの方を愛しているからってだけです」
正確には一人でも多く味方を増やす、じゃあなくて敵に回さないため、だ。
だって、もはやいつ何が起こってもおかしくないから。
「もとを辿れば魅音様がいらっしゃったせいなのですけれど?」
「名誉のために訂正させていただきますが、わたしは望んでおりません」
「分かっていますが現にあのような事態が起こってしまった。それまで手を取り合っていた殿下方の絆に亀裂が入っています」
きっかけは言うまでもなく魅音の到来。彼女に魅了されて鼻の下を伸ばした男集がいがみ合うようになっただけの話。
しかしその中に複数もの皇子が含まれているのは大問題でしょう。そのせいで宮廷内の勢力図にまで影響が出てしまっていたから。
「まさか美女に慣れているだろう皇太子殿下方まであのような体たらくとはね。些か失望したのが本音です」
魅音は嫌悪感を隠さずに言葉を吐き捨てた。
無礼と分かっていたでしょうに口をつぐめなかったのは、それほど自分の美貌を忌々しく思っている証か。または妃を持つ身で心奪われた輩を軽蔑したからか。
ともあれ、結果として魅音を妃にしたのは暁明様。あの場では皇帝の命に従った皇子達も心の中で不満を抱いたのは容易く想像出来た。そしてこの美しき少女を我が者にするには暁明様が邪魔、とまで考えた者もいたかもしれない。
「後ろ盾の無い皇子なんて謀殺とまではいかなくても失脚、破滅させるのはそう難しくありませんから」
「そんなことはさせません。暁明様はこのわたしが絶対に守ります」
だからこそ、わたしはこの時も休息を返上して自分を磨いていた。自分に、そして自分が夫とする皇子に魅力を感じてくれれば相手は関心を寄せる。それをきっかけに普段から親しくなり、いざという状況でも手を差し伸べてくれるようになれば万々歳だ。
多少無茶をしている自覚はあった。それでも悠長な真似はしていられそうになかった。わたしが歯を食いしばればそれだけ暁明様がより安泰になるなら安いものだ。わたしはわたし自身よりも暁明様の方が大切になっていたのだから。
「であればわたしは雪慧様のお味方です。あの方を失いたくない思いは一緒です」
「分からないですね。どうして魅音様までそこまでするのかしら?」
魅音は諸侯王の娘といえどもあくまで第二夫人という扱い。第一夫人であるわたしが忙しく駆けずり回るならともかく、彼女まで付き合う必要はあまり無い。むしろ異様な空気になってしまった元凶が変に動けば反意有りと見なされるんじゃあないか。
けれど彼女が嫁いできてからの数日で受けた印象からすると、彼女は決して自分の立場が分かっていない愚か者ではない。つまりそんな危険を犯してでも暁明様の立場を盤石にしようとしているでは、と推察出来た。
「雪慧様は紅玉宮殿下を愛し、愛されているから、が動機なのでしょう。わたしの場合は全くの逆です」
「逆……?」
「あの方がわたしを愛していないから、ですよ。上っ面だけの愛なんて煩わしいだけです。雪慧様に一途だからこそわたしも安心出来るというものです」
「嗚呼、成程……」
分かった。分かってしまった。
恵まれた容姿は見る者の大半を惑わしてしまう。虜になった相手に望めば何でも思いのまま。
例えばそうね……家宝を差し出せと無茶を言っても喜んで差し出された、とか、大河に飛び込めと命じてもためらいもせず身を投げ出した、とかかしら。
だからこそ魅音は望んだんでしょうね。見た目を気にしない人を。
そして暁明様は彼女の希望に合致した。そんな運命の人を失いたくないからこその行動なのかもしれない。
「ご安心ください。わたしは紅玉宮殿下の寵愛を得ようなどとは思っておりません。とはいえわたしも諸侯王の娘。義務は果たさせていただきますが、ね」
魅音の宣言が本音か建前かはさておき、鵜呑みをするつもりはなかった。用心するに越したことはない。心から信頼するには彼女と接する時間が短すぎたもの。とはいえ、警戒までするつもりはもう無かった。
「……別にわたしは魅音様に殿下の愛が向いても構いませんよ。男を奪われた、などと騒ぎ立てるつもりもありません」
「え? しかし……」
「その時は暁明様の顔を掴んでわたしだけを見ていろ、と脅すだけですもの」
わたしが不敵に笑ってみせると魅音は笑みをこぼした。
「お強いのですね。羨ましい」
「奪われたら奪い返すだけだもの。北方の娘を怒らせたら怖いですよ」
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