紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「皇太子がご乱心とは」

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「来客ですって? 今日は特に予定は無かった筈だけれど?」
「それが……」

 魅音と二人でゆったりとした時間を過ごしていたら、夜鈴が困った顔をしてやってきた。そして来客が訪ねてきたと報告してくれた。

 予定どころか先触れもなく失礼極まりないので丁重にお帰り願おうと思ったけれど、彼女の歯切れの悪さが引っかかった。
 何故か、と思考を巡らせて……最悪な可能性に行き着いてしまった。

「まさか、その客人って……」
「はい。皇太子殿下であらせられます」

 わたしはめまいを覚えた。机を挟んで向かい側にいた魅音は顔をしかめた。

「紅玉宮殿下は不在だと伝えたの?」
「はい。知っているご様子でした」
「目当ては……言わずもがな、よね」

 心奪われた美しき女性に会いに来た、と言ったところなんでしょう。たまたま夫の居ない間に、偶然近くを通りかかったから、気が向いて足を運んできた、と説明してくる姿が容易に頭の中に浮かんできた。

 ため息を漏らすしかない。一目見ただけで彼と皇太子妃との仲に修復しきれない亀裂が入ったというのに、まだ懲りないのか。それとももはや皇太子の眼には彼女しか映っていないんじゃないかしら?

「おかしいですよ! 皇太子殿下は皇帝陛下から直々に魅音様には近づかないよう命じられていた筈ですよね」
「ええ。魅音様に夢中になって政務が疎かになってはたまらない、との意向からだったわね。本人にはあまり伝わっていないようだけれど」
「まだ月日が経っていないのにどうしてそんな愚かな真似を……」
「逆よ。熱が冷めきっていないから、気にしてしまったらもう堪えきれなくなったんでしょうね」

 西伯候をもてなす宴の後、皇太子以下四名の皇子達は厳重に注意された。問題視されたのは妃以外の娘に惚れたからじゃなく、他が疎かになるほど夢中になった件だ。暁明様が妃として迎える破目になったのも義兄達がその体たらくだったからだ。

 故に、皇太子達は命じられた。魅音には金輪際近づくな、と。
 暁明様が言うにはそう命じられた皇子達は不服そうな顔を隠そうともしていなかったらしい。更には悔しさと嫉妬と、殺意すら入り混じらせながら暁明様を睨んできたそうだ。

「魅音様。確かこれまでも皇子殿下方が貴女様と接触してきたんでしたね?」
「ええ。どのように調べたかは存じませんが、わたしの予定を把握しているようでした。ご本人方はあくまで天の思し召しと主張していましたがね」
「何が天のお導きだか。単に鼻の下を伸ばして後を追いかけ回しているだけじゃない」
「これまでは一人にならないよう行動していたのであまり強引には来られなかったですが、まさかこんな強硬手段に打って出るとはね」

 わたしは皇太子に失望した。失望したということはまだ己の惑いを反省するでしょうって希望があった証しだ。それからこれ以上皇太子妃を悲しませないでって願いも少し混ざっている。

 一方、魅音は皇太子への評価をどん底まで落としているようで、軽蔑すらしているようだった。自国の次期皇帝に対してとても辛辣だけど、しょうがないと納得出来てしまう辺り皇太子の情けなさに拍車がかかった。

「仕方がないわね。わたしが応対するわ」
「お待ち下さい。皇太子殿下の目当てはわたしです。わたしが出向けば……」
「何をされるか分かったものじゃないでしょうよ。理性を失った男なんて野獣も同然ですもの。魅音様は喧嘩に自信がお有りですか?」
「……いえ。残念ですが」
「ならここは任せておきなさい。あと、万が一押し入られた場合に備えて自室に戻って内側から鍵をかけること。それでいいでしょうか?」
「……分かりました。どうかお気をつけて」

 紅玉宮の留守を預かる者としてわたしは意を決して客間へと足を向けた。
 待ち構えていた皇太子は視線をさまよわせたり貧乏ゆすりをしたりで落ち着かない様子で、魅音が来たと思って顔を輝かせ、来たのがわたしと気付いて顔をしかめてきた。

「これはこれは皇太子殿下、ようこそ紅玉宮にお越し下さりました」
「あ、ああ。偶然そばを通りかかったから足を運んだんだ」

 予想したままで思わず吹き出しそうになってしまった。頭を垂れていて助かった。

「あいにく紅玉宮殿下は不在です。主人に代わってわたしが応対しましょう」
「あ、ああ。そうだな。ところで今日は魅音は――」
「殿下。彼女はもはや西伯候の娘にあらず。れっきとした第四皇子の妃です。いかに皇太子であらせられようと名前を気安く呼ぶのは失礼ではありませんか?」
「む、すまない。紅玉宮二妃、だったか?」

 まさかの呼び捨てにすかさず釘を差しておいた。
 注意された皇太子は若干不機嫌になったものの取り繕う余裕はまだあるようだった。それでも浮ついた様子が変わらない辺り、もはや手遅れかもしれない、と思った。

「恐れながら申し上げますが、殿下は皇帝陛下より魅音様と会わないよう命じられていた筈です」
「ああ、分かっている」
「紅玉宮にいらっしゃる行為はまだ弁明の余地も残っておりましょう。しかしながら、もはやこうなってしまっては打つ手がないのではありませんか?」
「おいおい、まるで私が彼女を求めて寄ってきたように聞こえるじゃないか」
「生憎ですが、魅音様はこちらにはいらっしゃいませんよ」
「……何だと?」

 わたしが明確な拒絶を口にした途端、皇太子の様子が豹変した。
 怒り、憎しみ、妬み。負の感情に覆われた皇太子は端正な顔を歪ませていた。
 こうまで愛に狂うと醜くなるのか、と嘆きたかった。

「お会いになるなら皇帝陛下の許しを得てください。それが無い以上、わたしは貴方様を魅音様と会わせるわけには参りません」
「皇太子たるこの私の邪魔をしようというのか?」
「関係ありません。今は紅玉宮殿下に代わってこのわたしが紅玉宮の主。わたしは留守の間紅玉宮を守る責任がございます」
「……そうか。なるべく事を荒立てたくはなかったのだがな」

 毅然とした態度で皇太子を拒否したものの、彼はかえって悪い方向に覚悟を決めたようだった。目が座ったまま背後に控える護衛に向けて手振りで合図を送った。

「取り押さえろ」
「御意」

 すると護衛達は迷いなくわたしと皇太子を挟んだ机を回ってこちらへと迫ってきた。
 慌てふためく紅玉宮の侍女達。紅玉宮付きの衛兵も皇太子に逆らって良いのか決めあぐねて躊躇しているようで動かなかった。

 わたしは皇太子の護衛が伸ばしてくる屈強な腕を……そのまま掴んだ。相手の勢いを利用してそのまま投げ技を放つ。
 護衛の身体は気持ちがいいぐらいに縦回転して、反対側から迫ってきたもう一人の護衛と激突した。

「衛兵、紅玉宮妃の名において命ずる! 紅玉宮にて狼藉を働いたこの者達を捕らえよ!」
「は……ははぁっ!」

 わたしが命令を下したことでようやく電撃でも受けたように衛兵達が動き出した。重なり合って倒れた皇太子付きの護衛達は瞬く間に取り押さえられた。
 その間、わたしは正面から皇太子と対峙した。

「皇太子殿下、どうやらお付きの方々は昨日お酒でも進みすぎていたご様子。この場はどうかお引取り願います」
「どういうつもりだ……! 皇太子の命は天上人の命も同然であるぞ!」

 皇太子は目を血走らせて口から唾の泡を出しながら世迷い言を叫びだした。
 わたしは怯むことなく、むしろ侮蔑すら隠そうともせずに彼を睨んだ。それから大げさにため息を漏らしてやると頭に血が昇ったらしく、顔が真っ赤になった。

「せっかく穏便にまとめようとしているのに……。これ以上騒ぎを起こすのでしたら力ずくでも叩き出しますよ」
「貴様……! いいから魅音に会わせろぉっ!」

 とうとう皇太子は腰にぶら下げていた剣の柄に手をかけた。そんなのを黙って見過ごすわけにもいかず、わたしは机を思いっきり蹴り飛ばした。
 まさか間接的に攻撃をしかけてくるとは予想していなかったのか、防御されずに皇太子に直撃した。

 悲鳴をあげた隙をついてわたしは机の上を駆け、髪に挿していた簪を抜いてその先端を皇太子の首元に突きつけた。ついでに彼の髪を掴んで顔を持ち上げた。
 まだ机に激突された痛みがひかないようで、彼は苦悶の表情を浮かべていた。

「いい加減にしてください。どこまで周囲に迷惑をかけるつもりですか?」
「ぐ……ぅ……っ!」
「この件は紅玉宮殿下を通じて皇帝陛下にご報告いたしますのであしからず」
「そんなことが許されるとでも――」
「そんなもん知ったことか」
「ぐぁっ……!」

 腹が立ってきたのでわたしは皇太子の顔を机に叩きつけてやった。鼻に当たったらしく鼻血が垂れてくる。そうなっても皇太子への申し訳無さより掃除と片付けが大変だと思い浮かんだあたり、もはや彼への尊敬の念は消え去ってしまったらしい。

「衛兵、皇太子殿下はお疲れのご様子だ。すぐに金剛宮にお連れなさい」
「御意に」

 わたしの命を受けた衛兵達が皇太子を左右から引っ張りあげた。
 なおも皇太子は掴まれた手を振りほどこうと抵抗を見せるも、鍛え抜かれた衛兵に力で勝てるわけもなく、無駄に終わった。

「覚えていろよ紅玉宮妃、私の邪魔をした報いは受けてもらうぞ……!」
「いいえ、お会いするのはこれが最後です。二度と顔を見せないで」

 結局皇太子は最後まで醜態を見せたまま紅玉宮から連れ出されていった。
 皇太子への反逆を心配そうに見つめてきた侍女に向かってわたしは微笑み、通常通りの仕事に戻るよう促した。責任は全てわたしが取ると明言しつつ。

 結論から言うと皇太子の希望は叶わずわたしの宣言通りの展開になった。
 つまり、この時以降わたしは皇太子の姿を目にすることはなかった。
 何故なら、彼はすぐさま謹慎処分となったからだ。
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