紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「後始末お疲れさまです」

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 皇太子のご乱心は宮廷に激震を走らせた。
 けれど、概ね半分ほどの人はこう思ったでしょうね。嗚呼、やっぱり、って。

「雪慧!」
「おかえりなさいませ、紅玉宮殿――」
「大丈夫だった!?」

 まず騒動を聞きつけた暁明様は仕事を放り出して紅玉宮に駆け戻ってきた。そして出迎えたわたしに有無を言わさず思いっきり抱きしめてきた。
 わたしはあまりにも突然だったので何が起こっているか分からず、理解が出来たら恥ずかしくなってきた。

「ちょっと暁明様!?」
「怪我はなかった!? ごめんなさい、僕がそばにいてやれなくて……。いつかは強硬手段に打って出てくるって予想はしてたけど、まさかこうまで強引だなんて……!」
「つ、強く抱きしめすぎですちょっと苦しい……!」
「もういっそ執務は紅玉宮でこなすようにしちゃおうかな? そうすればずっと雪慧と一緒にいられるし、こんな危険な目にあわせなくても済むし」
「頭撫でないでみんな見てるからぁ!」
「大丈夫、僕が雪慧を守るから。絶対に辛い目にはあわせないって約束するよ」

 結局暁明様が満足するまで結構な時間を要した。侍女からは生暖かい目で見られるし衛兵からは自分も妻をこんなふうに愛したいなあとか呟かれた。
 後宮では毎日こんな感じだったけれど夫婦になってからご無沙汰だっただから、内心で喜んでしまったのは内緒だ。

「雪慧様。この度はわたしのことでご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」
「いえ、魅音様が謝る必要はありません。悪いのは皇太子殿下なんですし」
「ですが一歩間違えれば大惨事になっていたかと思うと……」
「気にしないでいいですよ。実戦慣れしていない人の剣なんて怖くありませんから」

 魅音からは深々と頭を下げられた。
 元は皇太子が不甲斐なくも彼女に心奪われたからだから責任の一端を感じていたんでしょう。けれど大事には至らなかったんだし詫びられるほどじゃあないと伝えると、少し安心したようだった。

 ちなみに怖くないとの発言は決して強がりじゃない。実家である北伯候家は代々春華国北方の蛮族を相手に何度も戦を行ってきた。わたしも北伯候家の娘として従軍した経験が何度かあり、その経験を踏まえて皇太子達をへなちょこだと断じたまでだ。

「皇太子殿下はこの後どうなるのでしょうか? 皇帝陛下の命に逆らいましたし」
「魅音様への接触禁止に加えて紅玉宮への出入り禁止、がせいぜいですかね。問題は罰を受けた後あの方が反省してくださるか、ですが……」
「もうわたしが故郷に帰っても解決しない段階まで来てしまっているかもしれません」
「西伯候を敵に回してでも奪いに来る、ですか。尋常ではありませんね」

 最悪な未来はお咎めなしで皇太子の妄執が加速することだ。
 正面からだとわたしに邪魔されると分かった以上、次があれば搦手で魅音に近寄ってくるに違いない。万が一暁明様にまで危害が及ぶようなら……その時はもう一切の容赦無しだ。

 そんな風に密かに覚悟を決めていたのだけれど、結果的には杞憂に終わった。皇帝陛下の厳命を破ったことを重く見られ、皇太子には謹慎処分が下されたからだ。
 期限は定まっておらず、魅音への懸想の念が消えたと判断されたら、のようだ。

「それ、実質無期限の謹慎処分ですよね?」
「どうも他の人もそう思ってるらしくてさ。もう宮廷内は大混乱だよ」
「どうして……って、問うまでもありませんか」
「皇太子の失脚だって受け取る人もそれなりにいるってことだね」

 事態の収拾には暁明様も動員されているらしい。中々混乱が収まらずに相当参っているらしく、紅玉宮に帰ってくる彼は毎日疲れた様子だった。一応どんなに遅くなろうが紅玉宮に戻ってはくるものの、時には寝室に直行したりもした。

「わたしの殿下。過労で倒れないようどうかご自愛ください」
「ありがとう。でも僕が頑張らないと。僕の妃とずっと平穏に過ごしたいからね」

 わたしはそんな彼を労ったり元気づけたりするのが精一杯。時には美味しい料理を作り、時には落ち着いた曲を奏で、時には寄り添う。彼に求められればわたしも応じる。そうして次の日には今日も頑張ろうと出発していく。

 けれど、そんな毎日は単なる嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 皇太子の謹慎を受けて動きを活発化させたのが他でもない、第二皇子と第三皇子の妃である青玉宮妃と翠玉宮妃。ここぞとばかりに親睦会やささやかな宴を催し、自分達の勢力を伸ばそうと目論んでいるようだった。

 そのため、第二皇子と第三皇子が兄たる皇太子を追い落とそうと画策しているのでは、との噂がたったものの、二人は皇太子不在の穴を埋めているとの姿勢を崩さなかった。二人共あくまで政務に支障をきたす案件のみ代理を務めるに留まったみたいだ。

 だからこそ、宮廷内ではこんな風に囁かれだした。
 皇太子がいなくても第二皇子や第三皇子がいれば支障をきたさない。仮に皇太子が謹慎処分をとかれたとしても、もはや皇太子の仕事は残っていないのではないか? むしろ余所の小娘にうつつを抜かした皇太子など戻らなくても良いのでは? と。

 そんな権力争いが渦巻き出した頃、わたしは久しぶりに第二皇女のお茶会にお呼ばれして足を運んだ。件の青玉宮妃と翠玉宮妃も呼ばれており、残念ながら以前のように皇子妃同士での親睦は深められそうにない気配だった。

「猫目宮殿下、本日はお招き頂きありがとうございました」
「何やら良からぬ企てが宮廷にはびこっているようだけれど、今日はそんなことは忘れましょう。困難は一致団結して乗り越えていかないと」
「誠にそのとおりですね」
「ただ……そんな理想は現実とは程遠いみたい」

 第二皇女が嘆く通り、お茶会の場であろうと権力争いの舞台には変わりなかった。青玉宮妃は主に武官の夫人と、翠玉宮妃は主に文官の夫人と交流を深めており、時折互いの夫人が会話するものの、聞き耳を立てると探り合いと牽制が主な内容だった。

「いっそ皇女として仲良くしなさいって命令しようかしら?」
「あえて放置してこの目で直に現状を把握するのも一つの手かと」
「……まあいいわ。醜いいがみ合いにさえならなければいいのだから」

 第二皇女はわたしとの挨拶をそこそこに、わたしの隣へと視線を向けた。むしろわたしよりも隣で頭を垂れた彼女の方が気になって仕方がない様子だった。
 分かっていたとは言えあからさまだったので、少しばかりうんざりした。

「お初にお目にかかります、猫目宮殿下」
「ようこそいらっしゃったわ、魅音さん」

 そう、呼ばれたのは何もわたしだけではなく魅音もだった。
 まあ、彼女もまた暁明様の妃なんだから呼ばれない方が不思議なんだけれど、それにしたって思い切ったと思わざるを得なかった。

 元に青玉宮妃、翠玉宮妃の陣営双方が魅音の登場を気にしていた。警戒、憎悪などの負の感情ばかりで、歓迎していたのは主催者たる第二皇女だけ。魅音が気にしていなかったのが幸いだったか。

「私はね月に一度ぐらいの頻度でこういった大規模なお茶会を催しているの。普段関わりの無い夫人同士で交流するきっかけになれば、って思ってね」
「素晴らしい考えだと思います」
「遠慮なく多くの方に話しかけてね。罵声を浴びせられたなら言って頂戴。私が主催者として注意するから」
「折角の場ですし、そうさせてもらいます」

 さて、紅玉宮妃ことわたしはあいにくどちらの派閥にも属していない。暁明様の御心が変わらない限り今後属するつもりもない。
 よってこの時のお茶会もどちらに与するわけでもなく双方と別け隔てなく接することにした。

「ご機嫌麗しゅう、紅玉宮妃様」
「お久しゅうございます、翠玉宮妃様」

 まずは翠玉宮妃陣営の方へと挨拶に向かうと、それに気付いた翠玉宮妃がこちらへ歩み寄ってきた。義理の妹とはいえわたしも皇子妃。さすがに無視してはおけないと考えたからかしら?

「とんだとばっちりを受けたようだけれど、大丈夫だったかしら?」
「今のところは問題ありません。幸いなことにわたしの殿下は彼女に惑わされていないようですので」
「そう。私の殿下は口を開けばあの娘の利用価値を語るばかりですわ。紅玉宮殿下はただ愚かにも腐らせているだけだ、とも」
「不満を申されましても皇帝陛下のご采配ですので。わたしとて殿下との夫婦水入らずの時間を邪魔された、と愚痴をこぼしたいですよ」
「まだ夫の心を掴んだままのようで羨ましいですわ。私はある程度割り切れますけれど、恋愛の果てに婚姻を遂げられた他の皇子妃方はたまらないのでは?」
「確かに」

 翠玉宮妃は普段どおり余裕をもって優雅なままだった。ただ彼女の口ぶりからすると第三皇子も魅音の影響が残ったままらしく、取り繕ってはいたものの不満を抱いている様子だった。

 同じ頃、青玉宮妃側に挨拶に向かった魅音は青玉宮妃直々に出迎えたようだった。会話の内容は聞き取れなかったけれど、青玉宮妃は魅音に苛立っているらしく、魅音は上手く受け流しているようだった。

 そんな風に久方ぶりの和やかな時間はあっという間に終わりを迎えた。
 皇太子妃の到来によって。
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