紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「惑わされし者に天誅を」

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「祖父と、だと……?」
「あの方は女狐の奸計や傾国の誘惑を跳ね除け、それぞれの内面を愛しました。だからこそ二人は当時皇子だったその方を愛し、当時の皇太子を始めとする方々が不慮の事故に遭う中で皇帝にまで上り詰めたんですがね」

 まるでその二代前の皇帝を知っているかの口調で話す魅音に違和感を禁じ得なかったが、皇帝はもはやそんな些細な疑問点を気にする余裕は無いらしく、他者より劣る事実を認められないでいた。

「朕では値せぬ、と申すのか……!?」
「さっきからそう言っていますが、はっきり口にしないと分かりませんか?」

 愕然とする皇帝。まあ、お前は男として劣っていると言われたんだからその反応も当然か。世界の大半が思い通りになる春華国皇帝であるなら、なおさら。
 しかし魅音は毅然とした物言いとは打って変わって、明確に嫌う相手である彼に頭を垂れた。

「ですが、貴方様が皇帝であるのは事実。命ずるのであれば止むを得ません」
「……そこまで言いたい放題しながら、従うと申すのだな?」
「でなければわたしが生まれ育った西伯候家や紅玉宮殿下ご夫妻が危うくなりますから。違いますか?」
「愁傷な心がけ、見事なり」

 と、皇帝は威厳を見せつけたものの、興奮を抑えきれずに息を荒げて舌なめずりをした辺り、もはや失望のしどころも無い有様だった。
 再び魅音へと伸ばされる皇帝の手。今度は魅音も振り払おうとしない。

 わたしは自分が人質にされた情けなさと、あまりにも身勝手さから来る怒りで一発殴り飛ばしてやろうとまで考えを巡らせたが、その前に割って入った者がいた。

「陛下、お考え直しを」

 これまで静観していた赤ずくめの近衛兵最後の一人は、真っ向から主に反論した。 途端に皇帝は目に見えて不機嫌だとあらわにしたが、近衛兵は怯む様子もない。

「どけ。邪魔をするつもりか?」
「聞けません。そもそも、魅音を紅玉宮殿下に与えたのは陛下を含めて多くの者が彼女に魅了される中、彼だけが妃を愛し続けたからでしょう。ご自身はこれ以上影響を受けない為に彼女を遠ざけたかったのに結局心奪われ、殿下から取り上げた挙げ句に食指を伸ばしては意味がありません」
「黙れ。朕は言葉を曲げぬ」

 その近衛兵は声からすると女性……と言うより、わたしには聞き覚えがあった。けれどこの場にいる筈がないと混乱してしまった。残念ながら本来真っ先に気づくべき皇帝は、魅音しか見えていないせいで全く分かっていないようだったけれど。

「魅音が傾国の美少女であることはもはや疑いようがありません。それでも貴方様は破滅が待ち受けると承知で彼女を求める。そう仰るのですか?」
「くどい。朕が寛大なうちに――」
「――なら、皇太后様のご遺言を果たさせてもらいます」

 いよいよ皇帝の堪忍袋の緒が切れかけた一瞬のことだった。
 赤ずくめの女近衛兵は腰にかけていた剣を抜き、皇帝の胸へと深く突き入れた。

 女近衛兵は皇帝の腹を蹴ってその場に転がした。握っていた剣は皇帝の胸から抜き放たれ、おびただしい量の鮮血が切っ先から滴り落ちた。返り血も相当浴びた筈だったけれど、元々赤色だった服に少し派手な模様が出来ただけに見えた。

 皇帝は悲鳴を上げる余裕すら無く、胸元から湧き水のように血を噴き出した。謁見の間の床には皇帝を中心に血の水たまりが発生した。いくら貫かれた胸を押さえても指の隙間から流れ出て止まらなかった。

「な……ぜ……?」
「大恩ある皇太后様は常に危惧されていました。貴方様が傾国の女に惑わされ、女狐にいいように操られないか、と」

 皇帝の口元から漏れる声は掠れていた。そんな絞り出しすら辛かったらしく、次には咳き込んで鮮血を吐き出した。
 あまりに痛々しい光景に、戦場では見慣れた光景だったけれどそれでも、思わず吐き気をもよおして口元を押さえた。

「そして、魅音の到来で悪夢が現実へと変わろうとした中、皇太后様は今際に私に命じました。万が一皇帝陛下が傾国または女狐に影響され、変貌したなら……」

 女近衛兵はその面紗を脱ぎ捨てた。
 その中から現れた肌、そして髪は純白。しかし双眸だけが鮮血のような深紅色。
 まるで雪の平原で血が二滴だけ滴り落ちたみたいだ、と今更ながら感想を抱いた。

「――先立つ自分の元へと連れてこい、って」

 女近衛兵……いえ、賢妃様は剣を持ったまま皇帝へと歩み寄った。何をするつもりなのか容易に察せたけれど、謁見の前にいた誰一人として彼女の邪魔をする者は現れなかった。皇太后の名を出されたり、彼女の凄みに怯んだのもあったけれど……、

 傾国の女にたぶらかされた皇帝に命を賭して守る価値があるのか?
 そう考えてしまったら躊躇っても不思議じゃあないでしょうね。

「ま、て……賢妃よ。話せば、分か……」
「分かりたくもない。皇后様が亡くなってすぐこうなった貴方にはもう期待しない」
「嫌だ、死にたく、ない……。朕は、まだ……!」
「まだ、何? 魅音を自分のものにしたかったとでも?」

 絶望に染まった皇帝が手を伸ばす先も凝視する相手も他ならぬ魅音。本人からゴミを見る眼差しを送られているのにも気づかない有様は、もはや哀れにすら感じた。一方的な愛がこれほどまでに醜いだなんて、思いもしなかった。

「さようなら。私もすぐに追いかける」

 そして賢妃様の剣が振るわれた。
 一切の容赦無く、無慈悲に。

 こうして皇帝は首を跳ね飛ばされ、息絶えた。

 ■■■

「け……賢妃様! 恐れ多くも皇帝陛下を弑逆した大罪、見過ごすわけには行かぬ!」

 ようやく束縛から解き放たれたかのように赤ずくめの近衛兵が動き出した。謁見の間を警備していた普通の近衛兵達も走り出し、一斉に賢妃様を取り囲んだ。各々が剣を構え、切っ先を賢妃様へと向けた。

「みすみす君主を殺された無能達が私をどうするつもり?」
「き、決まっている! 貴女を捕まえて然るべき裁きを受けてもらう!」
「罪を償うのは後。それより私にはやるべき役目がある」

 賢妃様は踊るようにして剣を一閃させた。それはまるでいつか見た舞踏のように美しく、靭やかで、しかし力強く。それでいて見世物だった以前と異なり、今度の動きは近衛兵達の剣全てを両断する結果をもたらした。

「な……!?」
「私の能力は両断。どんな鎧や盾で身を守ろうと無駄よ。分かったらそこをどいて」

 瞬く間に賢妃様は近衛兵達の得物の刃を切り飛ばしたのだ。
 それも相手に一切傷を与えずに。

 賢妃様はそのまま一点突破を試みるべく突進。近衛兵達が食い止めようとしても彼女は巧みに包囲網を掻い潜って抜け出てしまった。
 そしてそのまま向かう先は謁見の間の出口……ではなく、魅音の方!?

「逃げますよ!」
「えっ!?」

 わたしはとっさに魅音の手を掴んで駆け出した。賢妃様の剣が先程まで魅音がいた空間を一閃したのはその直後だった。

 ハッキリ言って賢妃様はお強い。一対一で対峙しても勝てるか分からないのに、魅音を守りながら退けるのは無理に近い。しかも両断の能力が本当なら下手に相手の間合いにいては危険だ。

 けれどただ逃げてもすぐに追いつかれて魅音が斬り殺されてしまうかもしれない。魅音が走るのに慣れていそうにないし、先程の近衛兵との立ち会いから察するに応援を呼んで数の暴力に頼っても効果は望めなかった。

「どこに向かうつもり?」
「こうします!」

 だから、わたしも方術と呼ばれた能力を活用することにした。
 わたしは魅音と手を繋いだまま壁に飛び込んで、すり抜けたのだ。

 向こう側にいた文官がひどく驚いてきたのは放っておき、わたし達は再び駆け出した。引っ張られる魅音も足を一生懸命動かしてわたしに付いてきた。急に全力疾走したものだから顎が上がって呼吸も荒く、とても辛そうだった。

 これで遠回りする分だけ時間を稼げれば、と思ったわたしの想定は甘かった。なんと賢妃様は壁を豆腐のようにみじん切りにして穴を開け、魅音を追走してきたのだ。無論ただの剣でそんな芸当が出来るわけがなく、彼女の言う両断の方術でしょうね。

「賢妃様、どうして魅音を亡き者にしようとするんですか!?」
「傾国の娘は多くの人を破滅させる。それを防ぐのが私の使命」
「彼女には何の罪も無いのに……!」
「強いて言えば存在自体が罪。天も残酷なことをするのね」

 わたしが壁を次々と縫うように進んでも、賢妃様は壁を切り裂いて追いかけてきた。いかに皇居が広かろうと坪数は有限。逃げるのにも限度があった。何とか起死回生の一手を、と頭を絞ったけれど、結局答えは出ぬままとうとうその時を迎えた。

「すみま、せんっ、紅玉宮妃様……。わたし、もう、これ以上は……」
「……こちらこそごめんなさい。無理させてしまいましたね」

 息も絶え絶えになった魅音は足を震わせてその場に倒れ込む……前にわたしが抱きかかえた。身体に力は入っておらず、おびただしい量の汗が顔やうなじから流れ出ていた。頭もわずかに揺れていたし、これ以上の逃亡は無理だと悟った。

「鬼ごっこは終わり?」

 廊下の角を抜けて姿を見せた賢妃様は、魅音と彼女を庇おうとするわたしの命を刈り取るべく、剣の切っ先をこちらへと向けてきた。
 その曇りも刃こぼれもない得物は賢妃様の意志の強さを表しているようだった。
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