紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「賢妃様の演目は終わりました」

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 わたしは魅音を壁にもたせかけた。そして覚悟を決めると迫りくる賢妃様に向けて徒手空拳で構えを取った。
 ……剣の舞の達人だった賢妃様に得物も無いわたしが敵いやしないのだけれど、僅かな可能性にかけるまでだった。

 賢妃様はそのまま一気に追い込みをかけてくると思いきや、ある程度の間合いを置いてわたしと対峙した。踏み込んで攻撃を仕掛けるには遠く、かといって背中を見せて逃げるには近い、絶妙で嫌らしい距離だった。

「紅玉宮妃。最後に忠告する。そこをどいて」
「どきません。どうしても魅音を葬りたいと仰るのでしたら、まずわたしがお相手します」
「無理。紅玉宮妃は私には勝てない」

 少しずつすり足で距離を縮める賢妃様。彼女の出方を伺うわたし。
 段々と詰められるにつれて圧迫感が更に増していく。恐怖に負けて無謀にも飛び出したくなる衝動を堪え、相手の一挙動も見逃すまいと注視した。相手はさざ波一つ立たないほど冷静だって言うのに。

「一つ聞きたいのですが、賢妃様にとって皇太后様はどんな方だったんですか?」
「幼少期に命を救っていただいた。皇太后様が望むならこの命も惜しくない」
「だからって皇帝陛下をその手にかけるなんて! 妃だったのに、愛していなかったんですか……?」
「……愛していなかったと言ったら嘘になる。けれど、そもそも私が賢妃になったのも皇太后様に命ぜられたからだから」

 つまり、賢妃様は皇太后から差し向けられた、皇帝がいざ傾国の誘惑や女狐の策謀にかかった際の刺客ってわけか。
 皇太后は一体どれほど傾国や女狐を恐れていたのかって話だ。そしてそこまで追い込んでしまった太上皇后とはどんな人だったのか、改めて気になった。

「どうしてもひいてもらえませんか?」
「無理。皇太后様からは誘惑に負けた皇帝陛下、傾国、そして女狐を討ち果たせと命ぜられたの。それが私がここにいる理由。生きている理由だから」
「……そうですか」

 今でもハッキリ言える。ここで魅音を命をとして守ろうだなんて意地を張る必要性はほぼ無い。むしろ魅音にはこの場で退場してもらった方が今後暁明様と平穏に過ごすには不安材料が片付くから。

 でも、そんなのはわたしじゃない。

 わたしは目の前で人が殺されても何とも思わないような冷血じゃないし、知り合いならなおさら。ましてや魅音は共に暁明様の為に尽くそうと誓いあった同志だ。身内を見捨てるなんてわたしには出来やしない。

「紅玉宮妃こそ、傾国の美少女に魅了されているんじゃないの? 同性だろうと影響は受けるみたいよ」
「そんな陳腐な感情に振り回されているならもっと楽だったんですけどね」
「……。そう、紅玉宮殿下とはよほど相性がいいようね。それだけに惜しいけれど」

 賢妃様はわずかに重心を下げた。もうわたし達に会話は不要、とばかりに。

 直後、賢妃様は大きく踏み込み、彼女の剣の間合いに入った。わたしの拳の間合いにはまだ届かず。既に賢妃様は剣を大きく振りかぶって振り下ろそうとしていた。わたしに懐に飛び込ませない絶妙な距離での攻撃、隙が無かった。

 肉を切らせて骨を、との捨て身は賢妃様の方術である両断の前には通じないでしょうね。肉どころか骨もやられて追撃を食らうのがオチだもの。盾があれば剣の平を叩いて軌道を反らしたのだけれど、ね。

 だったら腕を一本くれてやり、二撃目が来る前に顔面に拳を叩き込むまで――!

「おおおっ!!」

 覚悟を決めたわたしは咆哮をあげて拳を突き出し……、

「えっ?」

 賢妃様の剣がわたしの腕を断ち切る直前だった。突如外から矢が飛来、賢妃様の頭を撃ち抜いたのだ。

 賢妃様の身体が揺れ、振り下ろされかけた剣は方術が効果を発揮されず、わたしの腕を深く傷つけただけで済んだ。
 わたしの渾身の一撃は空を切った。反撃を想定してすぐさま拳を胸元まで引っ込めたけれど、その前に賢妃様が床に崩れ落ちるのが先だった。

「ぐ……ぅ……っ」
「雪慧様、動かないで! 今応急処置しますから……!」

 魅音がまだ震えたままの足でわたしに駆け寄り、歯で出血が止まらず鮮血で染まる袖を引きちぎると、傷口に布を当ててから外れないよう手早く結んでくれた。それからわたしの顔色を伺って、安堵の吐息を漏らした。

「良かった、雪慧様が無事で……」
「無事、なんでしょうかね……?」

 興奮が収まってくると今度は頭がぐらぐらし始めた。痛みがさほど無いのは今だけでもう少し時間が立つと激痛に苦しむんでしょうね。申し訳無かったけれど魅音の肩を借りて踏ん張るのが精一杯だった。

「賢妃様相手に無手でこの程度で済んだのは僥倖……って、そう言えば賢妃様は!?」
「……これでは診断をするまでもないかと」

 賢妃様は床に横たわったまま微動だにしない。まばたき一つもせず、ただ頭部から血を垂れ流していた。念の為に口元に手を持っていても吐息はかからず、既に命を落としているのは明白だった。

 一体誰がこの一撃を与えたんだ、と窓から外を眺めても射手らしき人物は見当たらなかった。もしかして池や庭の向こうから矢を放って当てたのかしら? だとしたらかなり腕の立つ方だと思われた。

 程なく近衛兵の集団が廊下の向こうからやってきた。鎧兜に身を包んだ完全武装。手には相手を寄せ付けない長槍や剣を装備していた。方士の賢妃様に対処するべく準備に時間を要したせいで遅れたのかと何となくわかった。

「すみませんがここは頼みます!」

 わたしは近衛兵達に一方的に告げると、痛みを堪えてその場から立ち去った。皇帝が殺されたためか皇居は大混乱に陥っていて、皇子妃であるわたしが廊下を走っていても怪しまれこそすれ呼び止められはしなかった。

 それよりわたしの絶体絶命の危機を救ってくれた人にお礼を言わなきゃ気がすまなかったから。

 庭の池を回って反対側にやってきたわたしは庭、それから屋内を見て回り、恩人を見つけて……驚きの声を上げるしかなかった。

「暁明様……!?」

 そう、どういうわけかわたしの愛しの殿下が部屋の隅でうずくまって震えていたんだ。その手には弓と矢筒を持ったまま。

「もしかしてさっきの狙撃は暁明様がしてくれたんですか?」
「……」

 わたしが呼びかけても暁明様は反応を示さない。不思議に思って傍に寄ると、彼は青ざめたまま歯と身体を震わせいたじゃないの。
 慌てたわたしはとっさに彼を自分の胸に抱きかかえた。

「暁明様、しっかりなさってください!」
「……雪慧?」
「そう、わたしです! わたしは暁明様のおかげでこのとおり生きています……」
「そう、か……」

 暁明様は弓と矢筒を手放し、その手をわたしの背中に回した。それはわたしが生きていたことへの安堵でも喜びからでもなく、不安と恐怖から来るものだった。
 一体どうして、と心配になったのも一瞬。すぐ後に彼の口から答えが出てきた。

「殺しちゃった……」
「え……?」
「僕、人を初めて殺しちゃった……。賢妃のことはずっと昔から知ってたのに、可愛がってもらったのに、嫌いじゃなかったのに……!」

 なのに、そんな知り合い以上だった人を、わたしを救うためにこの手にかけなきゃいけなかった。わたしの力不足が暁明様にそうさせてしまった。本来わたしが暁明様を守らなきゃいけなかったのに、無垢なままでいさなきゃ駄目だったのに。

「だって、仕方がなかった! 雪慧達皇子妃が取り調べを受けている間僕達皇子もこっちの別館で待機するよう命じられて、向こうが騒がしいとおもったら陛下が殺されただなんて言われて、雪慧が賢妃から逃げてたのを見ちゃったら……!」
「暁明様!」

 彼の懺悔は誰に向けてのものだったのかしら。わたしを守るべく殺してしまった賢妃様? 天に向けて? それとも……まさかわたし? 人を殺めた、手を血で染めたって負い目が頭によぎったとか?

 わたしは暁明様の頬に両手を添え、自分の顔を見るよう動かした。……とても悲痛な面持ちをしていてこちらの胸まで締め付けられるようだ。わたしはすがるような弱い彼からの眼差しを正面から受け止めた。

「辛くて苦しい気持ちは良く分かります。けれど、暁明様がわたしを助けてくれたのもまた事実なんです。罪を意識するなら、わたしが半分背負いますから」
「雪慧……」
「ありがとうございます。おかげで今もこうして貴方様を愛し続けられます」
「う……ああぁ……」

 暁明様は泣いた。わたしの胸元がびしょ濡れになるぐらい泣いた。
 いっぱい泣いてほしい。泣く分だけ成長してくれればいい。わたしも二度とこんな想いをさせないと誓うから。

 ■■■

 その日、春華国に君臨する皇帝が亡くなった。

 賢妃様が最後に聞いたとされる皇太后の遺言は、皇太后付き侍女頭が証人として名乗りを上げて事実であると判明。もめるにもめたけれど、最終的に賢妃様ご本人が死亡しているのもあって罪に問わないことになった。

 このため皇帝の死因は心の臓が発作を起こした急死とされた。真実を知っているのはあの時皇居にいた者達だけ。戒厳令が敷かれ、女官や近衛兵は一人一人誓約書を書かされる徹底ぶりだったんだとか。

「手緩い! あの逆賊めの死骸を市中晒しにし、親族は全て処刑すべきだろう!」
「はあ、青玉の兄上は相変わらず脳みそまで筋肉で出来てるんだね。皇太后様の最後の命令、遺言を果たした賢妃のどこが逆賊なのさ?」

 なお、もはや皇帝を始めとする上の者が根こそぎいなくなったことで、第二皇子と第三皇子の諍いを止められる者はいなかった。彼らに呼応するかのように武官と文官の仲も険悪になっていく始末だったからたまらない。

 もはや、これから先については一寸先すら見えなくなってしまっていた。
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