紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「第二皇子が襲来して迷惑です」

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 厄介な代物を手放してめでたしめでたし、とはならなかった。
 翌朝、なんと日が昇り始めてそう間もない時間帯に、突然第二皇子が近衛兵を引き連れて紅玉宮に襲来してきたからだ。

 幸いにもわたしは毎日日の出に起床して軽く運動をしていたけれど、本来は使用人が家事一般に取り掛かり始める時間帯。侍女すらようやく起き出す頃だから、暁明様や魅音はまだ夢の世界に旅立ったままだ。

「おはようございます、青玉宮殿下」

 なので紅玉宮の門番から報告を受けたわたしは慌てて駆けつけ、第二皇子を出迎えた。運動する為に早起きしていたからろくに着飾れなかったし化粧もしていない。ただ先触れも無しにやってきた無礼と帳消しにしたい。

 第二皇子はなんとこれから戦に出かけるのではないかと思うほどの完全武装だった。近衛兵も普段警備にあたる際の装備である鎧小手具足と剣一本に加え、兜と盾、それから弓まで背負う徹底ぶり。おかげで門番達は萎縮してしまっていた。

「紅玉宮妃か。もう起きていたのか」
「おや、まだ寝ている時間帯だとの自覚はありましたか」

 出迎えを受けた第二皇子はわたしの登場が面白くなかったらしく、憮然とした面持ちで言い放ってきた。だったらとわたしも嫌味で返してやったら更に不機嫌になったらしく、眉間にシワを寄せた。

「それで、本日はどのようなご用件で?」
「紅玉宮の中を捜索する。これが令状だ」

 第二皇子は竹筒をこちらに放ると近衛兵達に命じて無遠慮に紅玉宮へと足を踏み入れたではないか。たちまち頭に血が上って立ち塞がろうかとも思ったけれど、我慢しつつ竹筒内の書類に目を通した。

 令状には太尉と第二皇子の連名で紅玉宮への家宅捜索の許可が記されていた。発行日は前日、捺印に偽造の形跡無し、正式な文書として発行されたようだ。ただし何を目的としたかは不明確で、記録として残したくなかったことが伺えた。

「妃様、いかがいたしましょう……?」
「逆らったらあらぬ嫌疑をかけられて牢屋行きよ。職務を全うする限りは大人しく従っておきましょう」

 狼狽えたり不安がる使用人達にわたしは第二皇子達に協力するよう呼びかけた。近衛兵達は宮をひっくり返す勢いで乱雑に家探しするものだから後片付けが大変だと気落ちした様子だった。

 程なく、暁明様と魅音が寝室から出てきた。二人共それなりに身支度は整えてはいたものの髪が少しはねていたり着崩れしていたりと細部が甘い。側仕えが慌てたせいか暁明様が時間を優先させて妥協したのか。

「青玉兄、こんな朝早くに何の騒ぎなのさ?」
「――……」
「青玉兄?」

 暁明様は騒ぎが頭にきたらしく実兄を睨みつけたけれど、当の第二皇子は先程の勇ましさはどこへやら、呆然とある一点を見つめていた。暁明様の問いかけにも全く耳を貸さず、全ての意識が持っていかれたかのようだった。

 視線の先にいたのは魅音。彼女は寝起きなのもあって意識がまだ覚醒しきっておらず微睡んでいた。ただそれがいつもは理性で抑えられていた彼女の色気を全面的に押し出す形となり、寝汗が拭いきれてないのもあって……まあ、邪な見方も出来た。

「私の殿下、仕事をサボっていないで手を動かしてくださいませっ」
「うごっ!?」

 そんな石像のように動かなかった第二皇子の膝裏を軽く蹴ったのは、声からして青玉宮妃だった。さすがの全身装備でもその一撃は防げなかったようで、第二皇子は情けない声を出しながら両膝を付いた。

 武装して近衛兵に紛れ込んでいた青玉宮妃は第二皇子が数少なく露出させていた顔の頬をつねった。青玉宮妃も兜を被っていたから表情はよく分からなかったけれど、目元だけ見ても物凄い剣幕で怖かった。

「私以外に多くの妃を娶っておきながら、弟君の妃まで抱くつもりですか?」
「いや、すまん。俺の女はお前達だけだ」
「その台詞は聞き飽きました。確か翌日にその抱いた女を新しい妃だと連れてきたこともありましたよね?」
「ふん、女とは強い男に抱かれてこそだ。つまり俺こそがいたいたいたっ! それ以上つねるな!」

 夫婦漫才もそこそこに第二皇子は立ち上がり、今度こそ暁明様と対峙した。その間に暁明様は魅音を視界に映らせたままだと話が進まないと彼女を下がらせたので、二人の皇子が一対一で向き合う構図になった。

「それで、事情を説明してよ」
「正式な令状ならある。紅玉宮妃に聞け」
「捜索の正当性を聞いてるんじゃなくて、何を探してるのさ?」
「ふんっ、しらを切るつもりらしいが、無駄だぞ」

 もうやりとりが完全に険悪な相手の腹を探る感じでらちが明かないので、わたしは陣頭指揮を取る青玉宮妃のそばに寄り、彼女に事情を尋ねた。彼女はしばらくわたしを、正確にはわたしの瞳を見つめ、考え込んでから口を開いた。

「伝国璽がここにある、という情報が入ってきた」
「……!?」

 伝国璽以外で第二皇子がここまで強硬手段に打って出てでも欲しがるお宝は無い。けれどまさか伝国璽の在り処が発覚して次の日に情報が漏れるのは早すぎる。昨晩の内に今は亡き皇太子ご夫妻に押し付けて助かった、と心の中で安堵した。

「まさか、とは思ったが、昨日の陛下の遺言を真に受けるなら、生前に魅音に貢いだ可能性も捨てきれなくてな」
「伝国璽の所在は分かっていないんですか? わたしはてっきり陛下直属の親衛隊が遺体から回収したと思ってましたが」
「そのつもりだったが行方知れずだったそうだ。戒厳令が敷かれているからまだ広まっていないが、紛失したと知られては皇帝の権威に傷がつく」

 やはり何者かが赤ずくめの親衛隊に先んじて永眠した陛下から伝国璽を盗み、魅音に押し付けたんだ。おそらく、これまでの歴史をなぞるように傾国の美少女たる魅音に大罪を被せて破滅させるために。

 けれど一体誰が魅音をはめようとしているのかしら? 皇帝が死んだのは間接的には魅音のせい。秩序を乱すからと難癖つけて追放処分にするのは難しくない。わざわざ重い罪を着せようとする必要は無い筈よね。

「情報の出どころは?」
「ただ情報の出どころは私も又聞きだから分からない」
「即断即決なのは良いことですが、さすがに朝は迷惑なので止めてほしかったです」

 まあ、動機や首魁も二の次だ。
 わたしとしては暁明様を巻き込んだことが何よりも許せない。
 必ず全容を暴き出してそれ相応の報復はさせてもらう。
 そうわたしは心に誓った。

「まだ見つからないのか!?」
「も、申し訳ありません!」
「絶対にあるはずだ、探せ!」
「ははっ!」

 しばらくの間第二皇子達の捜索を眺めていたけれど特に進展は無さそうだった。部屋という部屋をくまなく探し終えた後は庭先や軒下、天井裏まで調べだす始末。凄まじい執念に関心すらしてしまった。

 尤も、無駄な努力ご苦労様、と内心であざ笑ってもいたけれど。

 太陽が真上まで昇った頃、捜索が空回りし続ける惨状に近衛兵達も音を上げ始めた。第二皇子が気合を入れろと怒鳴っても効果は一時的なものに留まった。一度探したところももう一度調べ直すから、当分の間かかりそうだとうんざりした。

 そして夕方。もうその頃には近衛兵達のやる気は尽き果てており、第二皇子からも疲れが見て取れた。わたしと暁明様からのいい加減帰れ風な視線に肩身が狭そうに縮まっていたのが面白い。

「私の殿下。もうすぐ日が暮れてしまいます。ここまで探しても無いとなると、紅玉宮には無いと断じて宜しいかと」

 とうとう第二皇子が近衛兵達に帰るよう命じて捜査は打ち切りになった。茜色に染まった空が哀愁を漂わせていた。

「ぐ……っ、俺としたことが偽の情報に振り回されたというのか?」
「今回の結果だけを見ればそう判断しざるを得ないかと。やはり伝国璽の在り処を探すのは親衛隊の方士に頼った方がよろしいのでは?」
「あんな手品師共に俺の道を委ねられるか!」

 青玉宮妃が淡々と事実を受け止めていたのとは対象的に不機嫌な様子を全く隠せていなかった。裏表の無い方、とも評せるけれど、あまりにも騙し合いが出来ない有様に政敵ながらも不安を覚えたものだ。

「まあいい。今日のところは撤収するぞ、我が最愛の妃よ」
「仰せのままに、私の殿下」
「ちょっと青玉兄」

 そのまま帰ろうとする青玉宮夫妻の前に、怒りをあらわにした暁明様が立ちふさがった。どけとばかりに睨みつける第二皇子にも全く動じない。

「散々僕の宮を荒らしておいて謝罪の一つも無し? あと片付けはこっちに押し付けるつもり? それに最後まで何探してるのか教えてくれなかったし。随分と自分勝手じゃないかな?」
「ふん、何とでも言え。今日は引き下がってやるがいつまでも隠し通せると思うなよ」
「何言ってるのかさっぱりだけれど、これ以上の話し合いは無駄みたいだね」

 暁明様に道を譲られた第二皇子はまるで凱旋するかのようにふてぶてしい……失礼、堂々としながら紅玉宮の門をくぐった。まるで嵐のように襲来して詫びも無く通り抜けてったため、紅玉宮勤めの使用人達は次々と愚痴をこぼしたけれど……、

「青玉兄、僕はもう貴方を支持しないことを決めたからね!」

 暁明様が第二皇子に向けて放った宣言が何よりも強烈だった。
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