紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)

「兄様がわたし達に忠誠を誓うなんてね」

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「さて、と。堅苦しい挨拶はこの辺りにして……。よくここまで逃げてきたね」
「お姉ちゃん……!」

 はにかみながら立ち上がった義姉様に向けて翠蘭様が喜びの声を出しながら飛び込んでいった。義姉様は翠蘭様を受け止めると彼女を持ち上げ、嬉しそうにその場を回った。戦闘時とは打って変わって慈愛に満ちていた。

「久しぶりね。元気にしてた?」
「うん!」
「しっかりと好き嫌いしないで食べているの? 母さんの言うことはしっかり聞いているのかしら?」
「え、えっと……う、うん」
「……後で母さんに聞いて嘘だったらお尻ペンペンだから」
「う、嘘じゃないよぉ……!」

 なんとも微笑ましい光景だった。緊迫した空気が一瞬で吹き飛んでしまった。

 義姉様はひとしきり満足すると翠蘭様を降ろし、こちらへと面を向けた。
 義姉様には文月が持つ凛々しさとはまた違った格好良さと頼もしさがあり、兄様が一目で恋に落ちるのも頷ける強い女と言えた。それに一年近く会わなかったうちに大将の妻としての貫禄と、大人の女性としての魅力が増えてないかしら?

「さっきも言ったけれど迎えに来た。とりあえず馬を貸すからすぐ移動しよう」
「あ、うん」

 義姉様の提案を暁明様はあっさりと聞き入れて馬に乗った。……何だか面白くないのだけれど、不満は後で暁明様ご本人にぶちまけるとしましょう。なお、そんな感情が顔に出ていたらしく、義姉様が愉快だと笑っていたのは気にしない。

「帝都がどうなっているかは母さんから逐次情報を貰ってるから大体は把握出来てる。皇帝陛下と金剛兄さんが亡くなったんだって?」
「うん」
「で、脳筋ともやし……もとい、青玉宮と翠玉宮が皇位継承争いをして、見るに見かねた猫目宮が黒曜宮を担ぎ上げた、と。更に暁明……じゃなかった、紅玉宮は巻き込まれたからたまらず逃げ出した、で合ってる?」
「大体は」
「更に、その混乱の元凶になった傾国の美少女を押し付けられた、と。いやー、やっぱり前からあたしが言ってたとおりじゃん。紅玉宮は持ってるんだって」
「当たってて欲しくなかったんだけどなぁ」

 義姉様は暁明様に事情を確認する。皇帝と皇太子の死には悲しみを顕に、青玉宮と翠玉宮の争いには呆れ果て、魅音については同情した。相変わらず自分の思いを包み隠さない方だ、と思った。

「にしてもぉ、まさか紅玉宮が雪慧と夫婦になるなんてねえ。義妹が旅立つ時は全く想像すらしてなかったんだけど?」
「いや、僕だってまさか雪慧が義兄さんの妹だなんて知らなかったし」
「これで雪慧との家族としての絆が更に深まったからあたしは大歓迎なんだけど。ところで、紅玉宮の一目惚れって本当?」
「ほ……本当さ」
「へー、ほー、ふーん」

 義姉様はからかうようににやけた。それで暁明様がムキになるのだけれど、完全に義姉様にいいようにやられている。親近感を感じると思ったら、兄姉がいっぱいいるわたしと同じように可愛がられているんだ。

「で、雪慧のいいところ教えてよ」
「い、いいところ……?」
「そ。だって紅玉宮の方が義妹に惚れて何度も突撃して心を射止めたんでしょう?」

 一体何を言い出すんだこの義姉様は。けれどこの場で彼女に歯止めをかけられる者は誰一人としていない。せめて兄様がいらっしゃったらなぁ、と心の中で嘆くのが精一杯だった。しかも暁明様も照れながらも語る気満々だからたちが悪い。

「えっと……え、笑顔が素敵だなぁって」
「超ありきたりでつまんない」
「あと、背が高くて格好いいし」
「んー、帝都に行っちゃってから少し背伸びたかしら?」
「唇は水雫みたいに潤ってて、髪は小川みたいに綺麗に輝いてて、まつ毛も長いし。腕は鍛えているのに引き締まってるし、手の指は細いのに手の平も指の腹も傷とかタコとか出来てるんだよ。凄い努力してるよね。それから――」
「う、うんうん」
「――あと話してると凄く楽しいんだ。僕が皇子だからって妙に畏まらないし。僕のいたずらにも乗ってくれるし、逆に僕を退屈させないように面白い提案してくれるし。この前なんて――」
「……あら? 紅玉宮さ、そんな饒舌だったっけ?」
「――そんなに雪慧って綺麗で素敵なんだけど、とっても可愛いんだ。僕を好きになってくれてからもう僕を惑わしてきてるってぐらい可愛さが増してきてさ。この前も褥を共にした時に――」
「ちょっとぉ暁明様ぁ!? さすがにそれ以上は止めてもらえませんか!?」

 何か顔から火を吹きそうなぐらい恥ずかしくなっても我慢しながら暴露大会を聞いていたけれど、さすがに夜の事情まで踏み込むのは悶絶しそうなので制止した。何だかみんなから生暖かい眼差しを向けられるのだからたまらない。

「義姉様も、わたしの殿下をこれ以上からかうのは止めてください!」
「ありゃ。それはごめんなさい。久しぶりだったからつい、ね」

 義姉様はおちゃめにも舌を出して謝罪。年甲斐もない……ってわたしとほぼ同じ年だったかしら。まだ二十代にはなっていないからそんなあざとい動作はぎりぎり許される年頃か。兄様だったらイチコロだけどわたしは……まあ許してやらなくもない。

 深くため息を漏らしてからわたしは頭の中を切り替えた。義姉様も雰囲気の変化を感じたらしく、表情を少し真面目に切り替えた。

「それで義姉様。兄様が中央に向けて挙兵したと聞きましたけれど、本当ですか?」
「正確にはあたしが旦那様と北伯侯閣下に進言して聞き届けられた、よ」

 まさかの発言に、けれどわたしは納得した。何せ父様や兄様が自ら皇位継承争いに割り込むなんて考えられなかったから。かと言って義姉様が皇太子不在だからって野心剥き出しになるのも違和感を覚えるのだけれど。

「……まさか、不甲斐ない皇子殿下方を退けて皇帝の座に付くおつもりで?」
「まさか! あたしは今に満足してるし、旦那様より偉くなんてなりたくないし。旦那様もそう。北の防衛戦を維持できる程度に勢力を保証するなら中央がどうなろうと関知しない、って方針みたいね」
「じゃあどうして混乱に乗じて軍事行動を?」
「……母さんの悲願を叶えてあげたかったから」

 母さんとは暁明様の母でもある徳妃様のこと。あの方の悲願とは、やはり実の息子を皇帝に据えることかしら?
 ところがそう単純じゃない、と義姉様は顔を横に振った。とても寂しそうに。

「聞いているんでしょうけれど、母さんがあたし達ぐらいの年の頃、後宮は本当に地獄だった。誹謗中傷なんて呼吸も同然。毒を盛るのも挨拶代わりだったし、気に入らない妃を建物の裏に引きずって腹を強く殴ったり、女の大事な所を乱暴するのだって頻繁だったそうね」

 それは聞き覚えがある。皇后は皇太子以外の子供を失ったし、第二皇子の母親も早くに命を落とした。徳妃様は貴妃様や皇后様と共に数多の危機を乗り越えて現在の地位を築かれた。

「あたしにもね、兄さんがいたのよ」
「えっ……?」
「皇太子殿下より一つ年上だったかしら? 後宮内の醜い足の引っ張り合いの末に亡くなったそうだけどね。母さんはこれ以上子供を失いたくないんだと思う」
「それは……初めて聞きました」

 勿論他の妃が抱いているような野心もあるんでしょうけれどね、と義姉様は付け加えた。
 母親が我が子の成長を望むのは当たり前なんだろうな、と漠然とは想像していたけれど、改めて暁明様の妻になって実感する。子を守り抜く強さが必要だ、と。それは子が成長しても変わりない、とも。

「傾国……失礼、魅音さんを迎えた紅玉宮はもう黙って見逃しては貰えないでしょうね。今回の女狐が誰だか知らないけれど、毎度女狐が傾国を知略で上手くはめて破滅させているから」

 あと一歩のところまで追い詰めた前回だって懐刀で返り討ちにあって太上皇后の誕生に繋がった。女狐が添い遂げた皇子を脅かす存在は容赦無く切り捨てる。そんな冷酷さが女狐についての記録からは垣間見えた。

「後宮内の有力者が掌握されているなら、あたし達が刃になる。愛する弟と義妹のためだもの。そう旦那様と決めたんだ」
「姉上……」
「さ、もう一息頑張ろうか。後は好きなだけ愛し合うがいいさ」
「んもう、姉上ったらっ」

 この後は義姉様も暁明様の姉としてではなく北伯侯の妃として暁明様に臣下の礼を取った。それは義妹であるわたしに対しても同様で、北伯侯としては紅玉宮殿下を支持する姿勢を表していた。

 そしてそれは、合流した北伯侯軍の本陣でも同じだった。わたし達を出迎えた長兄の兄様は暁明様の前に跪いた。兄様だけではなく、見える範囲で数万の軍勢が一様に頭を垂れる様子は正に圧巻だった。

「北伯侯以下一同、これより紅玉宮殿下の剣となり盾となり、忠誠を誓います」

 尊敬する兄様と義姉様が従う現実を突き付けられ、高い所まで来てしまったなぁ、と漠然と思うのが精一杯だった。
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