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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)
「第二皇子夫妻との全面戦争です」
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南部へ進行を開始した北伯侯軍は、意外にも中央直轄地区の城塞都市は素通りした。代わりに文を送ったそうだ。要点としては『皇位継承争いに関わるので、身の振り方をよく考えるように』との半ば脅しのような忠告らしい。
「嫁いだとはいえ今はわたくしが皇族の最年長ですもの。更に紅玉宮殿下を推薦すると表明している以上、迂闊な真似は失脚にも繋がりかねませんからね」
「無駄な血は流れてほしくなかったし、僕はそれで良かったと思うよ」
「帝都側は思ったより早く討伐軍を組織したらしく、じきに衝突する頃でしょう。堅固な城塞都市を通過したそうなので、正面から迎え撃つ気のようですね」
「あの……姉上? 何かその慇懃な喋り方、すっごく違和感感じるんだけど」
「慣れてください。わたくしが下、貴方様が上なのですから」
「それは分かってるんだけどさぁ」
わたし達一行は北伯侯軍に付いていくことにした。紅玉宮殿下を即位させるための遠征だから暁明様は同行するのは当然となると、なし崩し的にわたし達他の者も安全なところに避難する選択肢は無くなった。
ただ、行きよりかなり快適な旅になった。何せ水や食べ物はあるし、馬車に乗せてもらえるので歩かなくて済むし。夜の見張りも北方の戦士達に任せられるから、安心して熟睡出来るし。何だったら即席の風呂まで入れるのだから贅沢なものだ。
ちなみにどうして義姉様の武具がとても豪華なのか、と兄様に聞いたら、一目で第一皇女だと分かるように特注した、とのことだった。皇位継承争いなのだから華やかさが重要だ、と豪語されて若干呆れてしまった。
「そんなの狙ってくださいって言ってるようなものじゃないの?」
「いざ戦いになったら本陣の奥に引っ込んでもらうに決まっているだろう。我が最愛の妃にはかすり傷一つ付けさせん」
「……義姉様って結構自分でやりたがるけれど、納得してもらえてるの?」
「おかげで思いっきり可愛がらなきゃいけなかったがな。さすがにあの時は疲れた」
と言ったのろけ話に傾いたのでその話題は打ち切る。
ちなみにわたしも先代北伯侯の娘ではなく皇子妃として振る舞うよう促されたので、本陣の奥で引っ込むことになっている。一応そのまま装備している武具が活躍するような展開にはならないでほしいものだ。
そうして進行すること数日、わたし達はいよいよ討伐軍と対峙することとなった。
皇帝不在の中でもそれなりにかき集められたらしく、数の上では向こうが有利だ。
ところが、掲げられた旗から思わぬ事態になっていることに気付いた。
「鮮やかな青一色の旗が見えます。青玉宮殿下が来ているようですね」
「でも討伐軍は禁軍じゃなくて第二軍だし、どうなってるのかな?」
「反逆者を討伐した功績で一気に宮廷での支持を集めようと目論んでる、とか?」
「ありそう。青玉兄って単純だから」
こちらは北伯侯旗以外に鮮やかな桃色の旗を掲げている。第五皇子こと紅玉宮殿下を支持すると表明するためだ。もはや話し合いの余地は無く、どちらかが屈服するまでは戦わなければいけない。
と、いつ突撃命令が下るか分からない中、向こうからたった二名だけがこちらに向けて進んでくる。立派な武具を身にした男女は、兜から覗ける顔から第二皇子と青玉宮妃だと分かった。
「逆賊共に告げるッ!」
戦場全域に圧倒的大きさの声が轟いた。
吼えたのが第二皇子だと気付いた時には、彼は好き放題言ってきていた。
「貴様等は春華国に無用な争いを生み出し、民を混乱に陥れた大罪人である! 更に皇帝陛下がお亡くなりになって即座に反旗を翻す逆臣行為はもはや許しがたい! よってこの俺、青玉宮の名に置いて貴様等に天誅を下す! 今この場で武器を捨て投降するなら命は助けてやらんでもないぞ!」
まるで第二皇子が正義でこちらが悪、としか聞こえない一方的な物言いに頭にきてしまった。言い返してやろうかと思ったら、他の誰よりも先に前に躍り出た者がいた。彼女、義姉様は第二皇子に負けない大きな声で反論した。
「偉そうな事言ってるけれど皇帝陛下の勅命は無し、伝国璽での正式決議も無し! 皇帝陛下の矛である軍を私物化して暴走させているのはアンタの方だろう青玉宮!」
「藍玉の姉者……!」
「これは喧嘩さ! アンタとあたし達姉弟のね! 萎えるような遠吠えなんざ無駄だって分かったらとっとと失せな!」
「……っ。後悔するなよ姉者!」
第二皇子は怒り心頭のまま自陣へと引き上げていった。敵大将を言い負かしたことでこちらの士気は更に向上する。それに答えるように義姉様は剣を抜き、高々と掲げた。兄様の意図したとおり、まるで軍の象徴かのようにその姿は存在感を放っていた。
「北方の戦士達よ! 今、帝都は荒れ、民の生活が脅かされようとしている! 我々は春華国の守護者として混乱を収める義務がある! 戦も知らない都会者共に負ける道理は無い! 勝利を主に捧げるべく、奮闘せよ!」
北方の戦士達は呼応するように叫んだ。これを聞くと戦場に戻ってきたんだとの実感が湧いてくる。けれど今までにないぐらい激しかったから、今回の戦の士気がそれだけ高いのか、それとも義姉様の存在が跳ね上げているのか。
「兄様。出番取られちゃってるけど、いいの?」
「いい女だろう? やらんぞ」
「冗談言わないで。敬愛はするけれど同性愛の趣味は無いから」
「戦わせないならそれぐらいさせろ、との我儘ぐらい叶えてやりたくてな」
兄様が前に出た代わりに義姉様が下がってきた。彼女はわたしの肩を叩いてわたしにも後方へ向かうように促す。自分の立場を自分に言い聞かせ、わたしは名残惜しかったけれどその場を後にした。
「進軍せよ!」
兄様の号令と共に春華国の行く末を左右する戦争が始まった。
■■■
戦は北伯侯軍が優勢の形で進んだ。
万全の準備を整えて侵攻した北伯侯軍と混乱のさなかに動員された中央軍、って差はあったけれど、やはり義姉様が言ったとおりに兵士の強さが如実に現れた結果だった。当てにしていた地方軍の増援が無かったのも痛かったらしい。
なお、本陣の奥に引っ込むよう厳命された義姉様は戦局を見極めて各部隊に指示を送ったり発破をかける等で活躍していた。あと、兄様が活躍したとの報告で喜んではしゃぐ姿が可愛かった。
夜鈴や魅音は負傷者の手当等の雑務を手伝い、文月は昼夜問わずで暁明様の護衛の任についた。なんと翠蘭様は魅音とこの旅で親交を深めたらしく、色々と彼女から教わっていた。健気だ、と北方の戦士達は更にやる気を出した。
「物凄く暇なんだけれど?」
「本陣が攻められていない証拠じゃないですか。良いことですね」
なのに暁明様とわたしは本陣で座っているだけだったりする。これは北伯侯軍が紅玉宮夫妻を旗頭にしているためで、何もせず戦況を見守っていることが仕事だと言われたからだ。暁明様の安全を思えばわたしも従う他無かった。
高台に本陣を構えたのもあって戦場は見渡せた。北伯侯軍が優勢とは言え、一部では中央軍と拮抗していた。第二皇子と青玉宮妃の姿が見えたから、禁軍も何割か混ざっているらしい。
「青玉宮殿下、獅子奮迅の活躍しますね」
「この戦いって青玉兄を捕らえたら終わりなのに、相変わらず大胆だなぁ」
「でも兄様も義姉様も目先の餌にこだわらず、まず相手の戦力を削ぎ落とす方針みたいですね」
「……一応青玉兄以外にも軍を統括する大将軍がいる筈なんだけれどなぁ」
戦局が大きく動いたのは二日目。とうとう中央軍を指揮していた将軍が何名か討ち取られた辺りだった。数の上で有利に始まったのに劣勢に追い込まれた中央軍は日没を待たずに一時退却。北伯侯軍も追撃せずに一旦後退した。
「……妙ね」
わたしは大人しく背を見せた第二皇子夫妻に妙な胸騒ぎを覚えた。戦線を下げて仕切り直すのは理にかなっているけれど、第二皇子なら挽回すべく獅子奮迅の反撃をしてくるものだとばかり思っていたのに。
兄様が明日に総攻撃をかけると宣言したのもあって、北方の戦士達は見張りを除いてゆっくり休んでいる。わたしと暁明様も戦場の張り詰めた空気にあてられて疲れが溜まっていたのか、早々に寝床についた。
……深夜。わたしは起き上がって脇に置いていた剣を取った。
天幕から出ると冷たい風が頬を撫でた。その感覚が夢の世界に旅立つまいと必死に眠気と戦っていたわたしの味方になる。空を見上げて星の位置から時刻がかなり回っていることを確認し、辺りも風や虫の音がする以外は静寂そのものだった。
「杞憂だったらいいのだけれど、ね」
そう口ずさんだ希望を裏切るように、異変は起こった。
夜の静けさを打ち破るような物音がどことなく聞こえてきた。しかも物々しい足音や天幕を引き裂く音まで耳に届いてくる始末。更にそれらは段々と陣営中心付近のこちらまで近づいているようだった。
わたしは息を吐いてから疾走、天幕に隠れた向こう側に向けて剣を振り下ろした。虚空を斬るか、と思わせてこちら側の様子を確認しようと覗いてきた何者かの頭部に命中、その頭を叩き割った。
間髪入れずにわたしはすぐ近くにいたもう一人との間合いを一気に詰め、反撃する暇も与えずに喉元に剣を突き刺してやった。奥側にいた連中がわたしに襲いかかってきたものの、身体を翻して絶命した輩を盾にして防いだ。
「まさか夜襲を仕掛けてくるとは。貴女様のご提案ですか?」
「そうだ。貴女方を標的とした、な」
相対した残り三名のうち、二名はわたしの先制攻撃で仕留めた者と同じく黒装束に身に纏った者達。とはいえ服の下は鎖帷子や鉄板等で防御力を増しているんでしょうけれど。露出した目の周りまで黒く染める徹底ぶりだった。
もうひとりは深い青色の衣装に袖を通した者。宮廷内でよく会って言葉を交わした時とは風貌が全然違うから戸惑うけれど、剣をこちらに向けた物腰や戦意から誰なのかを察せられた。
「紅玉宮妃。その命、我が殿下のために貰い受ける」
「ちょこざいですよ青玉宮妃様。逆にわたしの殿下のために捕らえて差し上げます」
敵総大将の妃、青玉宮妃。
彼女は大胆にも暁明様とわたしを討ち取るべく奇襲を仕掛けてきたのだった。
「嫁いだとはいえ今はわたくしが皇族の最年長ですもの。更に紅玉宮殿下を推薦すると表明している以上、迂闊な真似は失脚にも繋がりかねませんからね」
「無駄な血は流れてほしくなかったし、僕はそれで良かったと思うよ」
「帝都側は思ったより早く討伐軍を組織したらしく、じきに衝突する頃でしょう。堅固な城塞都市を通過したそうなので、正面から迎え撃つ気のようですね」
「あの……姉上? 何かその慇懃な喋り方、すっごく違和感感じるんだけど」
「慣れてください。わたくしが下、貴方様が上なのですから」
「それは分かってるんだけどさぁ」
わたし達一行は北伯侯軍に付いていくことにした。紅玉宮殿下を即位させるための遠征だから暁明様は同行するのは当然となると、なし崩し的にわたし達他の者も安全なところに避難する選択肢は無くなった。
ただ、行きよりかなり快適な旅になった。何せ水や食べ物はあるし、馬車に乗せてもらえるので歩かなくて済むし。夜の見張りも北方の戦士達に任せられるから、安心して熟睡出来るし。何だったら即席の風呂まで入れるのだから贅沢なものだ。
ちなみにどうして義姉様の武具がとても豪華なのか、と兄様に聞いたら、一目で第一皇女だと分かるように特注した、とのことだった。皇位継承争いなのだから華やかさが重要だ、と豪語されて若干呆れてしまった。
「そんなの狙ってくださいって言ってるようなものじゃないの?」
「いざ戦いになったら本陣の奥に引っ込んでもらうに決まっているだろう。我が最愛の妃にはかすり傷一つ付けさせん」
「……義姉様って結構自分でやりたがるけれど、納得してもらえてるの?」
「おかげで思いっきり可愛がらなきゃいけなかったがな。さすがにあの時は疲れた」
と言ったのろけ話に傾いたのでその話題は打ち切る。
ちなみにわたしも先代北伯侯の娘ではなく皇子妃として振る舞うよう促されたので、本陣の奥で引っ込むことになっている。一応そのまま装備している武具が活躍するような展開にはならないでほしいものだ。
そうして進行すること数日、わたし達はいよいよ討伐軍と対峙することとなった。
皇帝不在の中でもそれなりにかき集められたらしく、数の上では向こうが有利だ。
ところが、掲げられた旗から思わぬ事態になっていることに気付いた。
「鮮やかな青一色の旗が見えます。青玉宮殿下が来ているようですね」
「でも討伐軍は禁軍じゃなくて第二軍だし、どうなってるのかな?」
「反逆者を討伐した功績で一気に宮廷での支持を集めようと目論んでる、とか?」
「ありそう。青玉兄って単純だから」
こちらは北伯侯旗以外に鮮やかな桃色の旗を掲げている。第五皇子こと紅玉宮殿下を支持すると表明するためだ。もはや話し合いの余地は無く、どちらかが屈服するまでは戦わなければいけない。
と、いつ突撃命令が下るか分からない中、向こうからたった二名だけがこちらに向けて進んでくる。立派な武具を身にした男女は、兜から覗ける顔から第二皇子と青玉宮妃だと分かった。
「逆賊共に告げるッ!」
戦場全域に圧倒的大きさの声が轟いた。
吼えたのが第二皇子だと気付いた時には、彼は好き放題言ってきていた。
「貴様等は春華国に無用な争いを生み出し、民を混乱に陥れた大罪人である! 更に皇帝陛下がお亡くなりになって即座に反旗を翻す逆臣行為はもはや許しがたい! よってこの俺、青玉宮の名に置いて貴様等に天誅を下す! 今この場で武器を捨て投降するなら命は助けてやらんでもないぞ!」
まるで第二皇子が正義でこちらが悪、としか聞こえない一方的な物言いに頭にきてしまった。言い返してやろうかと思ったら、他の誰よりも先に前に躍り出た者がいた。彼女、義姉様は第二皇子に負けない大きな声で反論した。
「偉そうな事言ってるけれど皇帝陛下の勅命は無し、伝国璽での正式決議も無し! 皇帝陛下の矛である軍を私物化して暴走させているのはアンタの方だろう青玉宮!」
「藍玉の姉者……!」
「これは喧嘩さ! アンタとあたし達姉弟のね! 萎えるような遠吠えなんざ無駄だって分かったらとっとと失せな!」
「……っ。後悔するなよ姉者!」
第二皇子は怒り心頭のまま自陣へと引き上げていった。敵大将を言い負かしたことでこちらの士気は更に向上する。それに答えるように義姉様は剣を抜き、高々と掲げた。兄様の意図したとおり、まるで軍の象徴かのようにその姿は存在感を放っていた。
「北方の戦士達よ! 今、帝都は荒れ、民の生活が脅かされようとしている! 我々は春華国の守護者として混乱を収める義務がある! 戦も知らない都会者共に負ける道理は無い! 勝利を主に捧げるべく、奮闘せよ!」
北方の戦士達は呼応するように叫んだ。これを聞くと戦場に戻ってきたんだとの実感が湧いてくる。けれど今までにないぐらい激しかったから、今回の戦の士気がそれだけ高いのか、それとも義姉様の存在が跳ね上げているのか。
「兄様。出番取られちゃってるけど、いいの?」
「いい女だろう? やらんぞ」
「冗談言わないで。敬愛はするけれど同性愛の趣味は無いから」
「戦わせないならそれぐらいさせろ、との我儘ぐらい叶えてやりたくてな」
兄様が前に出た代わりに義姉様が下がってきた。彼女はわたしの肩を叩いてわたしにも後方へ向かうように促す。自分の立場を自分に言い聞かせ、わたしは名残惜しかったけれどその場を後にした。
「進軍せよ!」
兄様の号令と共に春華国の行く末を左右する戦争が始まった。
■■■
戦は北伯侯軍が優勢の形で進んだ。
万全の準備を整えて侵攻した北伯侯軍と混乱のさなかに動員された中央軍、って差はあったけれど、やはり義姉様が言ったとおりに兵士の強さが如実に現れた結果だった。当てにしていた地方軍の増援が無かったのも痛かったらしい。
なお、本陣の奥に引っ込むよう厳命された義姉様は戦局を見極めて各部隊に指示を送ったり発破をかける等で活躍していた。あと、兄様が活躍したとの報告で喜んではしゃぐ姿が可愛かった。
夜鈴や魅音は負傷者の手当等の雑務を手伝い、文月は昼夜問わずで暁明様の護衛の任についた。なんと翠蘭様は魅音とこの旅で親交を深めたらしく、色々と彼女から教わっていた。健気だ、と北方の戦士達は更にやる気を出した。
「物凄く暇なんだけれど?」
「本陣が攻められていない証拠じゃないですか。良いことですね」
なのに暁明様とわたしは本陣で座っているだけだったりする。これは北伯侯軍が紅玉宮夫妻を旗頭にしているためで、何もせず戦況を見守っていることが仕事だと言われたからだ。暁明様の安全を思えばわたしも従う他無かった。
高台に本陣を構えたのもあって戦場は見渡せた。北伯侯軍が優勢とは言え、一部では中央軍と拮抗していた。第二皇子と青玉宮妃の姿が見えたから、禁軍も何割か混ざっているらしい。
「青玉宮殿下、獅子奮迅の活躍しますね」
「この戦いって青玉兄を捕らえたら終わりなのに、相変わらず大胆だなぁ」
「でも兄様も義姉様も目先の餌にこだわらず、まず相手の戦力を削ぎ落とす方針みたいですね」
「……一応青玉兄以外にも軍を統括する大将軍がいる筈なんだけれどなぁ」
戦局が大きく動いたのは二日目。とうとう中央軍を指揮していた将軍が何名か討ち取られた辺りだった。数の上で有利に始まったのに劣勢に追い込まれた中央軍は日没を待たずに一時退却。北伯侯軍も追撃せずに一旦後退した。
「……妙ね」
わたしは大人しく背を見せた第二皇子夫妻に妙な胸騒ぎを覚えた。戦線を下げて仕切り直すのは理にかなっているけれど、第二皇子なら挽回すべく獅子奮迅の反撃をしてくるものだとばかり思っていたのに。
兄様が明日に総攻撃をかけると宣言したのもあって、北方の戦士達は見張りを除いてゆっくり休んでいる。わたしと暁明様も戦場の張り詰めた空気にあてられて疲れが溜まっていたのか、早々に寝床についた。
……深夜。わたしは起き上がって脇に置いていた剣を取った。
天幕から出ると冷たい風が頬を撫でた。その感覚が夢の世界に旅立つまいと必死に眠気と戦っていたわたしの味方になる。空を見上げて星の位置から時刻がかなり回っていることを確認し、辺りも風や虫の音がする以外は静寂そのものだった。
「杞憂だったらいいのだけれど、ね」
そう口ずさんだ希望を裏切るように、異変は起こった。
夜の静けさを打ち破るような物音がどことなく聞こえてきた。しかも物々しい足音や天幕を引き裂く音まで耳に届いてくる始末。更にそれらは段々と陣営中心付近のこちらまで近づいているようだった。
わたしは息を吐いてから疾走、天幕に隠れた向こう側に向けて剣を振り下ろした。虚空を斬るか、と思わせてこちら側の様子を確認しようと覗いてきた何者かの頭部に命中、その頭を叩き割った。
間髪入れずにわたしはすぐ近くにいたもう一人との間合いを一気に詰め、反撃する暇も与えずに喉元に剣を突き刺してやった。奥側にいた連中がわたしに襲いかかってきたものの、身体を翻して絶命した輩を盾にして防いだ。
「まさか夜襲を仕掛けてくるとは。貴女様のご提案ですか?」
「そうだ。貴女方を標的とした、な」
相対した残り三名のうち、二名はわたしの先制攻撃で仕留めた者と同じく黒装束に身に纏った者達。とはいえ服の下は鎖帷子や鉄板等で防御力を増しているんでしょうけれど。露出した目の周りまで黒く染める徹底ぶりだった。
もうひとりは深い青色の衣装に袖を通した者。宮廷内でよく会って言葉を交わした時とは風貌が全然違うから戸惑うけれど、剣をこちらに向けた物腰や戦意から誰なのかを察せられた。
「紅玉宮妃。その命、我が殿下のために貰い受ける」
「ちょこざいですよ青玉宮妃様。逆にわたしの殿下のために捕らえて差し上げます」
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