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第2-2章 後宮下女→皇后(新版)
「わたし達の勝ちです、第二皇子」
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「行け。紅玉宮妃は私が抑える」
「はっ」
青玉宮妃の部下と思われし黒ずくめの刺客達はわたしの横を通り抜けて奥へと向かっていった。わたしがさせじと立ちはだかる前に青玉宮妃が踏み込んで攻撃を仕掛けてきたので、それを受け止めるのが精一杯だった。
青玉宮妃はいざ尋常に勝負してみると予想を超えて強かった。こちらの攻撃が当たる気すらしないほど隙が無く、相手が攻め込む兆しに合わせて反撃を繰り出すのが精一杯。完全に防戦一方になった。
ただ、そんな実力者を相手にしても負ける気は一切しなかった。
何故なら青玉宮妃はある致命的な弱点を抱えていたからだ。
青玉宮妃の正面打ちに合わせてわたしも正面打ちし、中間で剣と剣が交わった。甲高い鈍重な音が響いて手が痺れる。そんなことお構いなしにわたしは大きく一歩前に出て、剣と腕を挟んで密着する鍔迫り合いの形に持っていった。
「お強いのですね、青玉宮妃様は」
「当然だ。私は我が殿下の剣とならなければ、と誓ったからな」
「ですが悲しいかな。足りない点がございますね」
「……何だと?」
わたしが腰を乗せて青玉宮妃を押すと、押されまいと青玉宮妃も押し返してきた。こちらを突き飛ばさんとする勢いだったので、そのままわたしを遠ざけつつ体勢を崩し、両断しようと目論んでいるのでしょう。
わたしは、その前に自分の足を青玉宮妃の足首にかけ、彼女の腕を掴んだ。
相手が自分の迂闊さを呪う暇も与えず、わたしは反転して彼女の懐に潜り込み、そのまま彼女を投げ飛ばした。宙を舞った青玉宮妃の身体はそのまま地面に思いっきり叩きつけられた。
「がっ……!?」
「実戦経験です」
戦場においては汚いは褒め言葉。石つぶてなんて序の口。例えば含み針や毒霧、土や砂の目くらまし等で怯ませてから捨て身の突撃をし、倒れた相手の腹部を小刀で刺しまくる、なんて戦法もまかり通る。今みたいな組手で転ばせるなんて基本だ。
わたしは青玉宮妃が起き上がる前に絞め技に入……ろうと思ったら首周りは首輪で防御を固めていた。なら利き腕を刺して……これも腕周りも鎖帷子で覆われている。唯一露出している顔面を殴打……はさすがにしたくない。
「おのれ……!」
「無駄です。利き腕を折られたくなかったら降参してください」
すかさずわたしは関節技をきめた。もう少し力を強めればその利き腕は二度と剣を持てなくなるだろう悲惨な折れ方をするぐらいに。
悲鳴を堪えたのはさすがだったし、無駄な抵抗は諦めたようだ。ただ苦痛で歪んだ青玉宮妃の面持ちは、まだ戦意を喪失していなかった。
「ふん、既に奥へ進んだ部下が紅玉宮殿下を仕留めている頃だろう」
「それはどうでしょうか?」
「強がるのはよせ。紅玉宮妃が先程仕留めた者達と違って彼らは禁軍の精鋭。護衛がいようと障害にもなるまい」
「ですから、それはどうでしょうか?」
まだ何か策があるのか、と身構えたけれど、それだったら心配ない。
青玉宮妃は全く動じない様子のわたしに苛立ちをあらわにしたけれど、すぐさま顔色を変えた。
「青玉宮妃様が仰る精鋭とはこの者達のことですか?」
奥の方から大きな瓜程度の大きさの物体が放り投げられてきた。月明かりと松明が光源の夜間で細部は見えなかったけれど、それは間違いなく先程横切っていった侵入者の頭部だったからだ。
「貴女は確か紅玉宮殿下の護衛だった……」
「文月です。以後よしなに」
現れた文月は血塗られた剣を手にし、血染めの衣装のままで慇懃に頭を垂れた。惨状と物腰の食い違いが激しくて一瞬だけ頭の中が混乱した。暁明様を狙った賊は彼女が残らず食い止めた故の余裕、と解釈した。
「馬鹿な! いくら徳妃様が選んだ凄腕でも禁軍の精鋭達が遅れを取る筈が……!」
「それはわたしがいた為でしょうね」
文月の背後から現れた魅音は、やはり丁寧にお辞儀をした。旅立ってからの変装は解き、あの皇帝や皇太子等数多の者達を惑わした魔性の美貌を持つ、傾国の美少女の容姿で。
「そうか……! 傾国の悪女、貴様のせいか!」
「紅玉宮殿下の寝込みを襲った者達はわたしを見るなり動きを止めました。その隙をついて文月さんが仕留めたわけです」
「本来は護衛は私の任務。妃であらせられる紅玉宮妃様や魅音様のお手を煩わせたくなかったのですが、ね」
「あ、ちなみに魅音様を活用しようと言い出したのはこのわたしです。いかに精鋭とやらでも無防備になるぐらい骨抜きにされたんでしょうね」
合点がいった青玉宮妃はとても悔しそうに顔を歪ませた。思わず彼女に食ってかかろうとしたので関節技をきめている力をほんの少しだけ強めた。青玉宮妃様は今度こそ苦痛を堪えきれずに悲鳴をあげた。
「くっ、殺せ! 生き恥を晒すぐらいなら死を選ぶ!」
「勝者の特権は相手を殺すことじゃなくて生殺与奪を握ることです。利用価値のある青玉宮妃様を処罰するわけないじゃないですか」
「おのれぇ……! この私に我が殿下の足を引っ張らせる気なら……!」
「おっと、自殺はさせません。文月さん」
青玉宮妃が空いている手で小刀を取って自分の眼球めがけて突き立てようとしたけれど、文月がすぐさま接近、奪い取った。そして手際よく彼女を縛り上げて自由を奪い、ついでに助けを呼べないよう猿轡をかませる徹底ぶりだった。
「青玉宮妃様には青玉宮殿下をおびき寄せる餌になってもらいます」
「~~~っ!」
「卑怯? 戦争で手段は選んでられませんよ。中央では違うんですか?」
青玉宮妃は絶望と屈辱、そして悔しさのあまりに涙を流して泣き出した。
けれどつい先程まで彼女は暁明様を殺害しようとした者。同情の余地など全く無いし、何なら第二皇子に我を忘れさせるために彼女を惨たらしく殺してその死骸を見せつけてやってもいいぐらいだ。
その涙で少しでも溜飲を下げるとしよう。
■■■
「ほら見てください暁明様。青玉宮殿下、物凄い形相でこっちに突撃してきますよ。やっぱりあの方も青玉宮妃様をとっても大事に想っているんですね」
「ねえ僕の妃。僕、物凄く怒ってるんだけど?」
「昨夜無茶しましたごめんなさい。水に流してもらえませんか?」
「反省するのはいいけれど、今度また同じようなことしないって約束出来る?」
「嫌です。暁明様に危険が及ぶ限りわたしは火の中にも水の中にも飛び込みます」
「……まあ、僕もそのつもりだから人のこと言えないけれど、あまり心配させないで」
夜が明けていよいよ北伯侯軍の総攻撃が始まる……かと思いきや、敵陣営の数割が第二皇子を先頭にこちらへと突撃してきた。
こちらも挨拶代わりにまずは弓の雨あられをお見舞いし、次は盾で身を守りつつ長槍を並べて迎え撃つ。敵の異常なまでの気迫に圧倒されない見事な動きだった。
けれど、そんな常識は第二皇子には通用しなかった。
まるで積み木を払うようにこちらの防御陣営を蹴散らしていくではないか。またたく間に隊列奥深くに食い込んでいき、えぐるように隊列横方向を食い破っていく。脆くなった隊列に別の敵部隊が突撃、大きく損なわれてしまった。
仰天したのは本陣にいた首脳陣の将軍。忌々しそうに睨んだのは義姉様。現実離れして驚愕したのはわたし。逆に感心していたのが暁明様で、感涙していたのが首枷足枷猿轡で自由を失った青玉宮妃だった。
「さすがは青玉兄って感じ。どうする? 食い止める算段はあるの?」
「……捕らわれた青玉宮妃様の救出を最優先にしているなら突撃先はここ。なら左右からすり潰すように攻撃をすればいいかと」
「それじゃああの勢いは止められない」
「じゃあ暁明様には何か考えが?」
「僕が止める」
「……へ?」
暁明様は傍らに置いていた弓を取り、矢をつがえ、引き絞っていく。真剣なお顔、全く揺るがぬ姿勢、そして身体中から発せられる力強さ。どれを取っても他のどの大人、歴戦の北の戦士達にも劣らぬ強者の気迫が漂っていた。
「でも暁明様、ここから狙うには遠すぎるんじゃあ?」
「大丈夫。賢妃にだってちゃんと当たったでしょう? こういうの得意なんだ」
「……!」
「それに、今度は殺すつもりなんて、無いから!」
弓が唸り、矢が射出された。それは空高く放物線を描いて進んでいく。やがて落下していった矢は必殺の一撃となり、阻む術が見出だせなかった第二皇子が騎乗していた馬に命中した。それも兜で覆われていない露出部に。
馬が絶叫をあげて暴れまわり、第二皇子は振り落とされた。しかし流石というべきか、彼は身を翻して受け身を取って地面に落下。すぐさま起き上がって今度は自分の足で突撃を続行する。
「悪いけれど、青玉兄の快進撃はそこまでだから」
そんな第二皇子に無情にも襲いかかったのは暁明様が放っていた第二の矢。見事に……いえ、恐ろしいほど精密に第二皇子の太腿を射抜いた。さすがの第二皇子も不意を突かれたせいで体勢を崩して転倒した。
第二皇子は顔を上げて射手が誰なのかを探し、思った以上に早く暁明様を見つけ出した。その暁明様は新たに矢をつがえて射たばかり。再び天空を舞った矢が第二皇子へと襲いかかった。
避けようと身を翻した途端、なんと矢が上空の風に吹かれて進路を変更。避けた筈の第二皇子の利き腕を捉え、突き刺さった。しかも剣を握るために防御の薄い手のひらに突き刺さる精度だった。
第二皇子が驚愕しているのが遠くからも分かる。そんな第二皇子へと暁明様はゆっくりとした動作で矢をつがえ、弓を引き、狙いを定めた。次は利き目を撃ち抜く、と宣言するかのように鋭く見つめていた。
しばし見つめ合った後、第二皇子は武器を捨てて両膝を付いた。両手も上げる仕草をしたため、降参の意を示しているのだと気付いた。周りの近衛兵達が何やら反対しているようだけれど、第二皇子は一喝して黙らせていた。
「これで、僕の勝ちだ」
静かに勝利宣言をした暁明様の姿は、これまでで一番凛々しく格好良かった。
こうして暁明様と第二皇子の帝位争奪戦はわたしの殿下に軍配が上がった。
「はっ」
青玉宮妃の部下と思われし黒ずくめの刺客達はわたしの横を通り抜けて奥へと向かっていった。わたしがさせじと立ちはだかる前に青玉宮妃が踏み込んで攻撃を仕掛けてきたので、それを受け止めるのが精一杯だった。
青玉宮妃はいざ尋常に勝負してみると予想を超えて強かった。こちらの攻撃が当たる気すらしないほど隙が無く、相手が攻め込む兆しに合わせて反撃を繰り出すのが精一杯。完全に防戦一方になった。
ただ、そんな実力者を相手にしても負ける気は一切しなかった。
何故なら青玉宮妃はある致命的な弱点を抱えていたからだ。
青玉宮妃の正面打ちに合わせてわたしも正面打ちし、中間で剣と剣が交わった。甲高い鈍重な音が響いて手が痺れる。そんなことお構いなしにわたしは大きく一歩前に出て、剣と腕を挟んで密着する鍔迫り合いの形に持っていった。
「お強いのですね、青玉宮妃様は」
「当然だ。私は我が殿下の剣とならなければ、と誓ったからな」
「ですが悲しいかな。足りない点がございますね」
「……何だと?」
わたしが腰を乗せて青玉宮妃を押すと、押されまいと青玉宮妃も押し返してきた。こちらを突き飛ばさんとする勢いだったので、そのままわたしを遠ざけつつ体勢を崩し、両断しようと目論んでいるのでしょう。
わたしは、その前に自分の足を青玉宮妃の足首にかけ、彼女の腕を掴んだ。
相手が自分の迂闊さを呪う暇も与えず、わたしは反転して彼女の懐に潜り込み、そのまま彼女を投げ飛ばした。宙を舞った青玉宮妃の身体はそのまま地面に思いっきり叩きつけられた。
「がっ……!?」
「実戦経験です」
戦場においては汚いは褒め言葉。石つぶてなんて序の口。例えば含み針や毒霧、土や砂の目くらまし等で怯ませてから捨て身の突撃をし、倒れた相手の腹部を小刀で刺しまくる、なんて戦法もまかり通る。今みたいな組手で転ばせるなんて基本だ。
わたしは青玉宮妃が起き上がる前に絞め技に入……ろうと思ったら首周りは首輪で防御を固めていた。なら利き腕を刺して……これも腕周りも鎖帷子で覆われている。唯一露出している顔面を殴打……はさすがにしたくない。
「おのれ……!」
「無駄です。利き腕を折られたくなかったら降参してください」
すかさずわたしは関節技をきめた。もう少し力を強めればその利き腕は二度と剣を持てなくなるだろう悲惨な折れ方をするぐらいに。
悲鳴を堪えたのはさすがだったし、無駄な抵抗は諦めたようだ。ただ苦痛で歪んだ青玉宮妃の面持ちは、まだ戦意を喪失していなかった。
「ふん、既に奥へ進んだ部下が紅玉宮殿下を仕留めている頃だろう」
「それはどうでしょうか?」
「強がるのはよせ。紅玉宮妃が先程仕留めた者達と違って彼らは禁軍の精鋭。護衛がいようと障害にもなるまい」
「ですから、それはどうでしょうか?」
まだ何か策があるのか、と身構えたけれど、それだったら心配ない。
青玉宮妃は全く動じない様子のわたしに苛立ちをあらわにしたけれど、すぐさま顔色を変えた。
「青玉宮妃様が仰る精鋭とはこの者達のことですか?」
奥の方から大きな瓜程度の大きさの物体が放り投げられてきた。月明かりと松明が光源の夜間で細部は見えなかったけれど、それは間違いなく先程横切っていった侵入者の頭部だったからだ。
「貴女は確か紅玉宮殿下の護衛だった……」
「文月です。以後よしなに」
現れた文月は血塗られた剣を手にし、血染めの衣装のままで慇懃に頭を垂れた。惨状と物腰の食い違いが激しくて一瞬だけ頭の中が混乱した。暁明様を狙った賊は彼女が残らず食い止めた故の余裕、と解釈した。
「馬鹿な! いくら徳妃様が選んだ凄腕でも禁軍の精鋭達が遅れを取る筈が……!」
「それはわたしがいた為でしょうね」
文月の背後から現れた魅音は、やはり丁寧にお辞儀をした。旅立ってからの変装は解き、あの皇帝や皇太子等数多の者達を惑わした魔性の美貌を持つ、傾国の美少女の容姿で。
「そうか……! 傾国の悪女、貴様のせいか!」
「紅玉宮殿下の寝込みを襲った者達はわたしを見るなり動きを止めました。その隙をついて文月さんが仕留めたわけです」
「本来は護衛は私の任務。妃であらせられる紅玉宮妃様や魅音様のお手を煩わせたくなかったのですが、ね」
「あ、ちなみに魅音様を活用しようと言い出したのはこのわたしです。いかに精鋭とやらでも無防備になるぐらい骨抜きにされたんでしょうね」
合点がいった青玉宮妃はとても悔しそうに顔を歪ませた。思わず彼女に食ってかかろうとしたので関節技をきめている力をほんの少しだけ強めた。青玉宮妃様は今度こそ苦痛を堪えきれずに悲鳴をあげた。
「くっ、殺せ! 生き恥を晒すぐらいなら死を選ぶ!」
「勝者の特権は相手を殺すことじゃなくて生殺与奪を握ることです。利用価値のある青玉宮妃様を処罰するわけないじゃないですか」
「おのれぇ……! この私に我が殿下の足を引っ張らせる気なら……!」
「おっと、自殺はさせません。文月さん」
青玉宮妃が空いている手で小刀を取って自分の眼球めがけて突き立てようとしたけれど、文月がすぐさま接近、奪い取った。そして手際よく彼女を縛り上げて自由を奪い、ついでに助けを呼べないよう猿轡をかませる徹底ぶりだった。
「青玉宮妃様には青玉宮殿下をおびき寄せる餌になってもらいます」
「~~~っ!」
「卑怯? 戦争で手段は選んでられませんよ。中央では違うんですか?」
青玉宮妃は絶望と屈辱、そして悔しさのあまりに涙を流して泣き出した。
けれどつい先程まで彼女は暁明様を殺害しようとした者。同情の余地など全く無いし、何なら第二皇子に我を忘れさせるために彼女を惨たらしく殺してその死骸を見せつけてやってもいいぐらいだ。
その涙で少しでも溜飲を下げるとしよう。
■■■
「ほら見てください暁明様。青玉宮殿下、物凄い形相でこっちに突撃してきますよ。やっぱりあの方も青玉宮妃様をとっても大事に想っているんですね」
「ねえ僕の妃。僕、物凄く怒ってるんだけど?」
「昨夜無茶しましたごめんなさい。水に流してもらえませんか?」
「反省するのはいいけれど、今度また同じようなことしないって約束出来る?」
「嫌です。暁明様に危険が及ぶ限りわたしは火の中にも水の中にも飛び込みます」
「……まあ、僕もそのつもりだから人のこと言えないけれど、あまり心配させないで」
夜が明けていよいよ北伯侯軍の総攻撃が始まる……かと思いきや、敵陣営の数割が第二皇子を先頭にこちらへと突撃してきた。
こちらも挨拶代わりにまずは弓の雨あられをお見舞いし、次は盾で身を守りつつ長槍を並べて迎え撃つ。敵の異常なまでの気迫に圧倒されない見事な動きだった。
けれど、そんな常識は第二皇子には通用しなかった。
まるで積み木を払うようにこちらの防御陣営を蹴散らしていくではないか。またたく間に隊列奥深くに食い込んでいき、えぐるように隊列横方向を食い破っていく。脆くなった隊列に別の敵部隊が突撃、大きく損なわれてしまった。
仰天したのは本陣にいた首脳陣の将軍。忌々しそうに睨んだのは義姉様。現実離れして驚愕したのはわたし。逆に感心していたのが暁明様で、感涙していたのが首枷足枷猿轡で自由を失った青玉宮妃だった。
「さすがは青玉兄って感じ。どうする? 食い止める算段はあるの?」
「……捕らわれた青玉宮妃様の救出を最優先にしているなら突撃先はここ。なら左右からすり潰すように攻撃をすればいいかと」
「それじゃああの勢いは止められない」
「じゃあ暁明様には何か考えが?」
「僕が止める」
「……へ?」
暁明様は傍らに置いていた弓を取り、矢をつがえ、引き絞っていく。真剣なお顔、全く揺るがぬ姿勢、そして身体中から発せられる力強さ。どれを取っても他のどの大人、歴戦の北の戦士達にも劣らぬ強者の気迫が漂っていた。
「でも暁明様、ここから狙うには遠すぎるんじゃあ?」
「大丈夫。賢妃にだってちゃんと当たったでしょう? こういうの得意なんだ」
「……!」
「それに、今度は殺すつもりなんて、無いから!」
弓が唸り、矢が射出された。それは空高く放物線を描いて進んでいく。やがて落下していった矢は必殺の一撃となり、阻む術が見出だせなかった第二皇子が騎乗していた馬に命中した。それも兜で覆われていない露出部に。
馬が絶叫をあげて暴れまわり、第二皇子は振り落とされた。しかし流石というべきか、彼は身を翻して受け身を取って地面に落下。すぐさま起き上がって今度は自分の足で突撃を続行する。
「悪いけれど、青玉兄の快進撃はそこまでだから」
そんな第二皇子に無情にも襲いかかったのは暁明様が放っていた第二の矢。見事に……いえ、恐ろしいほど精密に第二皇子の太腿を射抜いた。さすがの第二皇子も不意を突かれたせいで体勢を崩して転倒した。
第二皇子は顔を上げて射手が誰なのかを探し、思った以上に早く暁明様を見つけ出した。その暁明様は新たに矢をつがえて射たばかり。再び天空を舞った矢が第二皇子へと襲いかかった。
避けようと身を翻した途端、なんと矢が上空の風に吹かれて進路を変更。避けた筈の第二皇子の利き腕を捉え、突き刺さった。しかも剣を握るために防御の薄い手のひらに突き刺さる精度だった。
第二皇子が驚愕しているのが遠くからも分かる。そんな第二皇子へと暁明様はゆっくりとした動作で矢をつがえ、弓を引き、狙いを定めた。次は利き目を撃ち抜く、と宣言するかのように鋭く見つめていた。
しばし見つめ合った後、第二皇子は武器を捨てて両膝を付いた。両手も上げる仕草をしたため、降参の意を示しているのだと気付いた。周りの近衛兵達が何やら反対しているようだけれど、第二皇子は一喝して黙らせていた。
「これで、僕の勝ちだ」
静かに勝利宣言をした暁明様の姿は、これまでで一番凛々しく格好良かった。
こうして暁明様と第二皇子の帝位争奪戦はわたしの殿下に軍配が上がった。
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