最低の屑になる予定だったけど隣国王子と好き放題するわ

福留しゅん

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この人に付いていったのは正解だったよ

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「今のギゼラは一体誰だ? 公爵令嬢か? 聖女か?」
「……いや、どちらでもねえ。あたしはあたし、ただのギゼラだ」
「ただのギゼラとして俺を助けてくれるのは無意味なのか?」
「そんなわけねえだろ! イストバーン様の仕事はそれこそこの国を左右するような奴ばっかじゃ……あっ」

 イストバーン様があたしから手を離した。支えを失ったあたしの身体は再び寝具に横たわる。
 あたしの傍に腰掛けてこちらを見下ろす彼は、今度は人を安心させる優しい笑みをこぼしてきた。

「気付いてるか? ギゼラが来てからこの国から横領とか汚職の類って少なくなってるんだ。ギゼラが書類上の不正を暴いてるおかげだ」
「そうだったのか? てっきりイストバーン様達が食い止めてるとばっか思ってたけど」
「アレだけ大量に処理しなきゃいけない書類が貯まる一方だっただろ? そんな細かいところばっか見てられないって」
「……事務処理能力が高くて何か関係あるのか?」
「大有りさ。浮いた金を公共事業に回せるからな」

 イストバーン様は語ってくれた。貧富の差が激しいのは裕福な者が稼げて貧しい民が働けないからだ、と。炊き出し等の施しは所詮その場しのぎ。まずは生活の土台になる金がなければ何も始まらない、と。

 だから、道や上下水道の整備、城や屋敷から仮の住居となる掘っ立て小屋まであらゆる建築物建造の斡旋、等を国の公共事業として執り行い、給金を払う。こうしてこれまで国や貴族に集まるばかりだった富が市民に再び回されていくんだ、と。

「神の言葉を聞かせたり傷を癒やすばかりが救いじゃないってことさ」
「あたしが、既に人々を救っている……?」

 金があったら食べ物にも困らないし、病気になっても医者に見てもらえる。理不尽な売りも盗みも殺しも必要無くなる。苦しみからも悲しみから解放されるわけじゃねえが、そればっかな人生からはおさらばだ。

 上に立つもののさじ加減一つでこんなにも多くの人生が左右される。
 そんなの……前回のわたしは考えもしなかった。

 だってそうだろ? 貴族にとっちゃ市民をかしずかせるのは呼吸するのと同じぐらい当たり前のことだ。自分の権威を知らしめてこそ秩序がもたらされる、そう信じる連中ばっか。君臨することこそ使命、そう疑わなかったんだっけ。

 それは半分当たってて半分外れてた。
 人々の為に統治をしてこそ威張り散らす資格があるのにな。

「それに俺はギゼラが義務やら運命やらから逃げてばっかとは思わないんだけど」
「は? そんなわけねえ」

 だってあたしは現に公爵家からも帝国からも逃げてきた。家柄も教養も何もかもかなぐり捨てて、この身一つで生きることにしたんだ。元々の運命に逆らったんだからそれを逃げたと言わねえでどうするんだ?

「そのままの環境にいたらまずいって考えからだろ? なら立ち向かったって表現すべきじゃないか。それに、田舎で安穏と暮らしてれば良かったのにこうして俺の誘いに乗ってくれただろ」
「それは、何て言えばいいか、好奇心が勝ったからで……」
「あと、俺のために社交界に出てくれる決心をしてくれた。あんな窮屈で疲れるだけの魔境の道連れになっても文句どころか努力してくれた」
「だって、王子の傍らに立つならそれなりに装わないと駄目だろ……」
「ほら、逃げてなんかいない。口でそう言い張ってるだけでギゼラはちゃんと前回の自分を乗り越えようとしてるじゃないか」

 目から鱗だった。
 そんな考え方もあるんだな、って。

 勿論それを鵜呑みにして「じゃあ心機一転!」とか意気込めるほど単純じゃねえ。最低の屑だった前回あたしがしでかした悪行は否定出来ないし、その埋め合わせが完了したとは微塵も感じてねえ。

 ただ、こうしてイストバーン様から元気付けられると悩んだり悔やんだりしてるのは馬鹿らしいな。正確には、そんな暇があるなら活入れて前のめりに進んでいくだけだ。
 だって、今イストバーン様と歩んでる道は決して間違っちゃいないんだからな。

「……そうだな。あたしは前回を重く受け止めすぎてたみたいだ」
「忘れろとは言わない。ただ、反省してるなら今に活かせばいい。違うか?」
「違わねえ」
「その意気だ」

 やっと立ち直れたあたしにイストバーン様は眩しいぐらいの笑顔を見せてくれた。
 こっちが元気になって胸が温まる、そんな気分になるぐらいの。

 そして同時にあたしは改めて決心した。
 こんな素晴らしい人の運命は決して終わらせやしない、と。
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