39 / 82
この人に付いていったのは正解だったよ
しおりを挟む
「今のギゼラは一体誰だ? 公爵令嬢か? 聖女か?」
「……いや、どちらでもねえ。あたしはあたし、ただのギゼラだ」
「ただのギゼラとして俺を助けてくれるのは無意味なのか?」
「そんなわけねえだろ! イストバーン様の仕事はそれこそこの国を左右するような奴ばっかじゃ……あっ」
イストバーン様があたしから手を離した。支えを失ったあたしの身体は再び寝具に横たわる。
あたしの傍に腰掛けてこちらを見下ろす彼は、今度は人を安心させる優しい笑みをこぼしてきた。
「気付いてるか? ギゼラが来てからこの国から横領とか汚職の類って少なくなってるんだ。ギゼラが書類上の不正を暴いてるおかげだ」
「そうだったのか? てっきりイストバーン様達が食い止めてるとばっか思ってたけど」
「アレだけ大量に処理しなきゃいけない書類が貯まる一方だっただろ? そんな細かいところばっか見てられないって」
「……事務処理能力が高くて何か関係あるのか?」
「大有りさ。浮いた金を公共事業に回せるからな」
イストバーン様は語ってくれた。貧富の差が激しいのは裕福な者が稼げて貧しい民が働けないからだ、と。炊き出し等の施しは所詮その場しのぎ。まずは生活の土台になる金がなければ何も始まらない、と。
だから、道や上下水道の整備、城や屋敷から仮の住居となる掘っ立て小屋まであらゆる建築物建造の斡旋、等を国の公共事業として執り行い、給金を払う。こうしてこれまで国や貴族に集まるばかりだった富が市民に再び回されていくんだ、と。
「神の言葉を聞かせたり傷を癒やすばかりが救いじゃないってことさ」
「あたしが、既に人々を救っている……?」
金があったら食べ物にも困らないし、病気になっても医者に見てもらえる。理不尽な売りも盗みも殺しも必要無くなる。苦しみからも悲しみから解放されるわけじゃねえが、そればっかな人生からはおさらばだ。
上に立つもののさじ加減一つでこんなにも多くの人生が左右される。
そんなの……前回のわたしは考えもしなかった。
だってそうだろ? 貴族にとっちゃ市民をかしずかせるのは呼吸するのと同じぐらい当たり前のことだ。自分の権威を知らしめてこそ秩序がもたらされる、そう信じる連中ばっか。君臨することこそ使命、そう疑わなかったんだっけ。
それは半分当たってて半分外れてた。
人々の為に統治をしてこそ威張り散らす資格があるのにな。
「それに俺はギゼラが義務やら運命やらから逃げてばっかとは思わないんだけど」
「は? そんなわけねえ」
だってあたしは現に公爵家からも帝国からも逃げてきた。家柄も教養も何もかもかなぐり捨てて、この身一つで生きることにしたんだ。元々の運命に逆らったんだからそれを逃げたと言わねえでどうするんだ?
「そのままの環境にいたらまずいって考えからだろ? なら立ち向かったって表現すべきじゃないか。それに、田舎で安穏と暮らしてれば良かったのにこうして俺の誘いに乗ってくれただろ」
「それは、何て言えばいいか、好奇心が勝ったからで……」
「あと、俺のために社交界に出てくれる決心をしてくれた。あんな窮屈で疲れるだけの魔境の道連れになっても文句どころか努力してくれた」
「だって、王子の傍らに立つならそれなりに装わないと駄目だろ……」
「ほら、逃げてなんかいない。口でそう言い張ってるだけでギゼラはちゃんと前回の自分を乗り越えようとしてるじゃないか」
目から鱗だった。
そんな考え方もあるんだな、って。
勿論それを鵜呑みにして「じゃあ心機一転!」とか意気込めるほど単純じゃねえ。最低の屑だった前回あたしがしでかした悪行は否定出来ないし、その埋め合わせが完了したとは微塵も感じてねえ。
ただ、こうしてイストバーン様から元気付けられると悩んだり悔やんだりしてるのは馬鹿らしいな。正確には、そんな暇があるなら活入れて前のめりに進んでいくだけだ。
だって、今イストバーン様と歩んでる道は決して間違っちゃいないんだからな。
「……そうだな。あたしは前回を重く受け止めすぎてたみたいだ」
「忘れろとは言わない。ただ、反省してるなら今に活かせばいい。違うか?」
「違わねえ」
「その意気だ」
やっと立ち直れたあたしにイストバーン様は眩しいぐらいの笑顔を見せてくれた。
こっちが元気になって胸が温まる、そんな気分になるぐらいの。
そして同時にあたしは改めて決心した。
こんな素晴らしい人の運命は決して終わらせやしない、と。
「……いや、どちらでもねえ。あたしはあたし、ただのギゼラだ」
「ただのギゼラとして俺を助けてくれるのは無意味なのか?」
「そんなわけねえだろ! イストバーン様の仕事はそれこそこの国を左右するような奴ばっかじゃ……あっ」
イストバーン様があたしから手を離した。支えを失ったあたしの身体は再び寝具に横たわる。
あたしの傍に腰掛けてこちらを見下ろす彼は、今度は人を安心させる優しい笑みをこぼしてきた。
「気付いてるか? ギゼラが来てからこの国から横領とか汚職の類って少なくなってるんだ。ギゼラが書類上の不正を暴いてるおかげだ」
「そうだったのか? てっきりイストバーン様達が食い止めてるとばっか思ってたけど」
「アレだけ大量に処理しなきゃいけない書類が貯まる一方だっただろ? そんな細かいところばっか見てられないって」
「……事務処理能力が高くて何か関係あるのか?」
「大有りさ。浮いた金を公共事業に回せるからな」
イストバーン様は語ってくれた。貧富の差が激しいのは裕福な者が稼げて貧しい民が働けないからだ、と。炊き出し等の施しは所詮その場しのぎ。まずは生活の土台になる金がなければ何も始まらない、と。
だから、道や上下水道の整備、城や屋敷から仮の住居となる掘っ立て小屋まであらゆる建築物建造の斡旋、等を国の公共事業として執り行い、給金を払う。こうしてこれまで国や貴族に集まるばかりだった富が市民に再び回されていくんだ、と。
「神の言葉を聞かせたり傷を癒やすばかりが救いじゃないってことさ」
「あたしが、既に人々を救っている……?」
金があったら食べ物にも困らないし、病気になっても医者に見てもらえる。理不尽な売りも盗みも殺しも必要無くなる。苦しみからも悲しみから解放されるわけじゃねえが、そればっかな人生からはおさらばだ。
上に立つもののさじ加減一つでこんなにも多くの人生が左右される。
そんなの……前回のわたしは考えもしなかった。
だってそうだろ? 貴族にとっちゃ市民をかしずかせるのは呼吸するのと同じぐらい当たり前のことだ。自分の権威を知らしめてこそ秩序がもたらされる、そう信じる連中ばっか。君臨することこそ使命、そう疑わなかったんだっけ。
それは半分当たってて半分外れてた。
人々の為に統治をしてこそ威張り散らす資格があるのにな。
「それに俺はギゼラが義務やら運命やらから逃げてばっかとは思わないんだけど」
「は? そんなわけねえ」
だってあたしは現に公爵家からも帝国からも逃げてきた。家柄も教養も何もかもかなぐり捨てて、この身一つで生きることにしたんだ。元々の運命に逆らったんだからそれを逃げたと言わねえでどうするんだ?
「そのままの環境にいたらまずいって考えからだろ? なら立ち向かったって表現すべきじゃないか。それに、田舎で安穏と暮らしてれば良かったのにこうして俺の誘いに乗ってくれただろ」
「それは、何て言えばいいか、好奇心が勝ったからで……」
「あと、俺のために社交界に出てくれる決心をしてくれた。あんな窮屈で疲れるだけの魔境の道連れになっても文句どころか努力してくれた」
「だって、王子の傍らに立つならそれなりに装わないと駄目だろ……」
「ほら、逃げてなんかいない。口でそう言い張ってるだけでギゼラはちゃんと前回の自分を乗り越えようとしてるじゃないか」
目から鱗だった。
そんな考え方もあるんだな、って。
勿論それを鵜呑みにして「じゃあ心機一転!」とか意気込めるほど単純じゃねえ。最低の屑だった前回あたしがしでかした悪行は否定出来ないし、その埋め合わせが完了したとは微塵も感じてねえ。
ただ、こうしてイストバーン様から元気付けられると悩んだり悔やんだりしてるのは馬鹿らしいな。正確には、そんな暇があるなら活入れて前のめりに進んでいくだけだ。
だって、今イストバーン様と歩んでる道は決して間違っちゃいないんだからな。
「……そうだな。あたしは前回を重く受け止めすぎてたみたいだ」
「忘れろとは言わない。ただ、反省してるなら今に活かせばいい。違うか?」
「違わねえ」
「その意気だ」
やっと立ち直れたあたしにイストバーン様は眩しいぐらいの笑顔を見せてくれた。
こっちが元気になって胸が温まる、そんな気分になるぐらいの。
そして同時にあたしは改めて決心した。
こんな素晴らしい人の運命は決して終わらせやしない、と。
25
あなたにおすすめの小説
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む
青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。
12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。
邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。
、
【完結】婚約破棄され国外追放された姫は隣国で最強冒険者になる
まゆら
ファンタジー
完結しておりますが、時々閑話を更新しております!
続編も宜しくお願い致します!
聖女のアルバイトしながら花嫁修行しています!未来の夫は和菓子職人です!
婚約者である王太子から真実の愛で結ばれた女性がいるからと、いきなり婚約破棄されたミレディア。
王宮で毎日大変な王妃教育を受けている間に婚約者である王太子は魔法学園で出逢った伯爵令嬢マナが真実の愛のお相手だとか。
彼女と婚約する為に私に事実無根の罪を着せて婚約破棄し、ついでに目障りだから国外追放にすると言い渡してきた。
有り難うございます!
前からチャラチャラしていけすかない男だと思ってたからちょうど良かった!
お父様と神王から頼まれて仕方無く婚約者になっていたのに‥
ふざけてますか?
私と婚約破棄したら貴方は王太子じゃなくなりますけどね?
いいんですね?
勿論、ざまぁさせてもらいますから!
ご機嫌よう!
◇◇◇◇◇
転生もふもふのヒロインの両親の出逢いは実は‥
国外追放ざまぁから始まっていた!
アーライ神国の現アーライ神が神王になるきっかけを作ったのは‥
実は、女神ミレディアだったというお話です。
ミレディアが家出して冒険者となり、隣国ジュビアで転生者である和菓子職人デイブと出逢い、恋に落ち‥
結婚するまでの道程はどんな道程だったのか?
今語られるミレディアの可愛らしい?
侯爵令嬢時代は、女神ミレディアファン必読の価値有り?
◈◈この作品に出てくるラハルト王子は後のアーライ神になります!
追放された聖女は隣国で…にも登場しておりますのでそちらも合わせてどうぞ!
新しいミディの使い魔は白もふフェンリル様!
転生もふもふとようやくリンクしてきました!
番外編には、ミレディアのいとこであるミルティーヌがメインで登場。
家出してきたミルティーヌの真意は?
デイブとミレディアの新婚生活は?
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
前世の記憶を持つ守護聖女は婚約破棄されました。
さざれ石みだれ
恋愛
「カテリーナ。お前との婚約を破棄する!」
王子殿下に婚約破棄を突きつけられたのは、伯爵家次女、薄幸のカテリーナ。
前世で伝説の聖女であった彼女は、王都に対する闇の軍団の攻撃を防いでいた。
侵入しようとする悪霊は、聖女の力によって浄化されているのだ。
王国にとってなくてはならない存在のカテリーナであったが、とある理由で正体を明かすことができない。
政略的に決められた結婚にも納得し、静かに守護の祈りを捧げる日々を送っていたのだ。
ところが、王子殿下は婚約破棄したその場で巷で聖女と噂される女性、シャイナを侍らせ婚約を宣言する。
カテリーナは婚約者にふさわしくなく、本物の聖女であるシャイナが正に王家の正室として適格だと口にしたのだ。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる