婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ

文字の大きさ
79 / 195
第二部

王族の責任Ⅳ

しおりを挟む
 今日の朝食は四阿でした。
 着替えを済ませるとレイ様がエスコートしてくださいます。
 陽が昇ってしまえば、明け方の寒さはどこへ行ったのかと感じるくらいの暖かさ。昼頃にはもっと気温も上がってくるでしょう。
 時折、爽やかな風が頬を撫でるように通り過ぎて行きました。

 外で朝食を取るのも気分が変わっていいものですね。
 レイ様と談笑しながら食事を終えると、ついでだからと庭園を散歩しました。

 蛍を鑑賞した時とは少し様変わりした庭の様子に目を向けながら、足を止め川の様子を眺めたり家族の増えた魚の群れを観察したり、新しい花や植物を発見したりと楽しいひとときを過ごして、西の宮へと戻りました。

 いつもの部屋でホッと一息ついていると

「ローラおねえちゃーん」

 今や聞きなれた名前を呼ぶかわいらしい声が聞こえます。

 開け放たれた扉から勢いよく飛び出してきたのは、やはり予想通りリッキー様でした。

「いた」

 私の姿を見つけたリッキー様は喜び勇んで抱き着きました。

「ローラおねえちゃん、会いたかったあ」

 嬉しそうに私にしがみついています。昨日会ったばかりなんですけれど、久しぶりに会うような物言いに苦笑いしつつ、腰を落としてリッキー様を抱きしめました。

 ふくふくとした柔らかさと親愛のこもった声音が胸に響いて心が癒されます。リッキー様は天使ですね。
 
「リッキー。いきなり部屋に入ってきて、最初にすることがそれか?」

 癒しの天使に顔を綻ばせていると、レイ様の少しばかりの呆れとともに厳しさを含んだ声が頭上から降ってきました。

「レイお兄ちゃん」

 怒ったような顔で見下ろすレイ様に睨まれたリッキー様の表情がだんだんと曇っていきます。

「リチャード殿下」

 一足遅れて部屋に入ってきた人物が、肩で息をしながらリッキー様を認めて名前を呼びました。

 あとを追いかけてきたのでしょう。
 リッキー様付きの侍従エイブ。金茶の髪と瞳。眼鏡をかけた三十くらいの若い付き人です。
 よほど慌てていたのでしょう。少しばかり眼鏡がずれていますね。

 リッキー様は廊下をずっと走ってきたのかしら? 小さい子供はすばしっこいのでエイブは油断してしまったのでしょう。
 
「廊下を走るんじゃない。誰かにぶつかったら危ないだろう」

 二人の様子を見れば想像はつきますものね。
 お説教モードに入ったみたいです。レイ様の眉間にしわが寄っていますわ。

 リッキー様はレイ様が怖いのか私の後ろへと隠れてしまいました。顔を半分出してレイ様の顔色を窺っているようです。

「リッキー。隠れるんじゃない。前に出てきなさい」

 レイ様は真剣に怒っているようです。そんなレイ様に恐れをなしたのか、サッと私の後ろに隠れてしまいました。
 
「レイお兄ちゃん。怖い」

 涙声? 後ろを振り返るとぐすぐすと泣いているように見えました。

「リッキー様……」

 私はかわいそうになって膝を折るとリッキー様の手を握りました。レイ様の言い分は正しいと思うので異論はありませんが、怒鳴られたら誰だって委縮してしまいます。

「リッキー様。レイ様の言う通りですわ。廊下は走るものではありませんし、人が行きかうところですから、ぶつかって怪我をしたり、物が壊れることもあり得るのです。ですから、注意しましょうね」

 私はリッキー様に目線をあわせて、なるべく穏やかに話しました。

「うん。ごめんなさい」

 しゅんとして目線を落としていたリッキー様が顔を上げてくれました。ちゃんと話せばわかってくれます。

「はあ……。わかったのならいい。あとエイブをおいてくるな。一緒に行動しろと言われているだろう? 忘れたのか?」

 まだ、終わっていなかったようです。
 リッキー様がビクッと肩を竦めて私の手をぎゅと握りました。
 レイ様は鬼の形相でリッキー様を睨んでいます。

「ごめんなさい」

 リッキー様も心当たりがあるのでしょう。今度はすんなりと謝りました。

「お前は次期王太子なんだ。一人になることは許されない。それがたとえ王宮でもだ。もしもお前に何かあった時に一番に罰せられるのはエイブや護衛たちだ。そこもよく考えろ。子供だからは俺たち王族には通用しない。リッキー、わかったか?」

「うん」

 容赦のない叱責に私の身も震えました。リッキー様も反省しているようですから、今後は無茶な行動はなさらないでしょう。

 王族の責任。

 レイ様も同じような気持ちで日々を過ごしてこられたのでしょう。周りは空気だと思えっておっしゃいますものね。私には到底そうは思えませんけれど。責任ある地位にある方はそれが常なのでしょう。
 プライベートがないのはとても窮屈なときもあるでしょうに。王族とはとても大変ですね。
 私は一貴族でよかったです。

「ところで、エイブ。護衛も振り切られたのか?」

 今度はエイブがビクンと震えました。
 腕組みして不穏な笑みを浮かべたレイ様。今から何が始まるのでしょう。

「いえ、その……なにしろ……ふ、不意を、突かれたもので……あ、あの」

 エイブがしどろもどろに答えます。
 リッキー様の護衛たちは部屋の扉の前で控えていますのでここにはいません。
 矛先がエイブ一人に向いてちょっと気の毒になりますね。
 リッキー様が再び私にしがみつきました。

「申し訳ありません」

 エイブが観念したのか九十度に腰を曲げて謝罪しました。
 子供相手に追いつくこともできなかったのは、付き人たちにとっては失態だったのでしょう。

「まっ、こいつはちょこまかと動くから、護衛も大変かもしれないが。いざという時にはそんな言い訳は通用しないからな。そこは肝に銘じておけよ」

「はい。わかっております。申し訳ありませんでした」

「護衛もだ。兄上に報告しとくから、鍛錬に励むように言っておけよ。ユージーン兄上が喜んで鍛えてくれるだろう」

 ユージーン兄上って、騎士団に所属していらっしゃる第二王子殿下ですよね。

「は、はい」

 エイブの声がうわずって、顔が若干引きつっているように見えるのですが……気のせいですよね。

 エイブの反応を満足げに眺めた後はいつもの穏やかなレイ様に戻りました。

 緊迫した空気が弛緩して、リッキー様の表情も明るくなりましたね。相変わらず私に抱き着いていますけど。
 異様な雰囲気を察したのか部屋の隅に逃げていたマロンが、リッキー様の足元に来て何事もなかったように、ノンキに毛づくろいを始めました。
 
 それにしても、レイ様は厳しい面も持ち合わせているのですね。
 甘々な所しか見えていなかったので、ちょっと意外でした。
 些細なことだと思っても最悪な事態に発展することもあるかもしれません。時には心を鬼にして叱ることも必要なのでしょう。


「レイニー殿下。お茶の用意を致しましょうか?」

 まだ少し張り詰めた空気が抜けきらない中、エルザの温かみのある声がしました。
 気分転換に最適な提案に、一気に場が和みました。


 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

処理中です...