90 / 195
第二部
レイニーside②
しおりを挟む
「今、誰かの顔が思い浮かんだでしょう?」
「……」
悪戯っ子のように口の端を上げて微笑むディアナを見据える。
俺の気持ちなどはとっくにお見通しなのだろう。
それに対して反論する気はないが、ローラとの橋渡しをしているのは王太子妃である義姉上だし、その件では母上も関わっているのだろうことは容易に想像できる。もちろん、ディアナも承知の上。ローラの友人でもあるしな。
そう考えてみると面白くないな。なんか彼女達の手のひらの上で転がされているみたいじゃないか。
けれど、そのおかげでローラに会える機会があるのも事実。色々な状況を考えると複雑な心境になる。
「そんな仏頂面もよくないわよ」
額に手をのせて考え込んでいるとディアナの注意が飛ぶ。眉間寄ったしわを指でならすように撫でながら、彼女を睨むと
「それはそれで、S味があって魅力的かも……」
間髪入れずにこのセリフか。いったいどんな顔をしろというんだ。茶化すような口ぶりながら、あくまでも淑女然とした顔でにっこりと微笑むディアナにますます眉間にしわが寄る。
「結局、何をしに来たんだ?」
今もって要件を言わないってことは、暇つぶしに来たのか、からかいに来たのか……くだらない理由しか思い浮かばない。
「そうねえ。一つ、伝えたいことがあって来たのよ」
伝えたいこと?
訝し気に見る俺と静まり返った雰囲気を楽しむようにディアナは紅茶を口にした。
「で、何なんだ? 俺だって忙しいんだ」
もったいぶった態度に若干、切れ気味に言い放つ。
「王族たる者、感情任せな態度はどうかと思うわよ。いついかなる時も冷静に。いつも教えられていることではなくて? まだまだ未熟ねえ。修業が足りないわ」
ディアナは余裕綽々といった体で、広げた扇子をエレガントな仕草で仰ぐ。正論を突き付けられて何も言い返すことができず、悔しさでグッと言葉が詰まる。
「そういう素直なところがレイニーのいいところよ。そうね。今日は幼馴染だからということにしておいてあげるわ」
ということにしてあげるって、どこ目線なんだ。何目線なんだ。
彼女の真意がどこにあるのか、どう受け取っていいか分からず、頭を抱えたくなった。煙に巻くような物言いにいいように遊ばれているようで落ち着かない。
「レイニー」
ディアナの呼びかける声に俺は顔を上げる。
「花はね、愛でるばかりではだめなのよ。それで満足していては、何者かが可憐な花を手折る者が出てくるかもしれないわ。それでは遅いのよ。よく考えなさい」
諭す様な声音につられるようにディアナを凝視した。
ここでも花か? 愛でるばかりではダメとは? 何者かが手折る?
それは……その例えは……
「ディアナ。どういう意味なんだ。何かあるのか?」
「さて、わたしは帰るわ。忙しいのでしょう? お邪魔して悪かったわ」
「いや、だから……」
おれの問いを無視して立ち上がるディアナに慌てて制するも聞く耳持たず。言いたいことだけ言って満足したのか、ドレスを翻して颯爽と扉の方へと歩いていく。
「ディアナ。待ってくれ」
「……」
呼び止める声にやっと反応する気になったのか、扉の前でピタリと足を止めた。
「あっ、そうだわ。お土産があったのよ。誰か二人ほどついてきてくれないかしら? フローラ手作りのお菓子をおすそ分けしたいわ」
はっ? ローラ?
ディアナの口から、思いもかけない名前が飛び出すと部屋にいた側近たちから、おおっと小さな歓声が上がった。
ちょっと、待て。
整理できない頭で口をパクパクさせている俺の目の前で、セバスが侍従のクリスと護衛騎士のジャックに声をかけている。名前を呼ばれた二人は、尻尾を振る子犬の如く喜々とした様子でディアナの元へと駆けつけていた。
俺のことは無視なのか?
きちんと説明してほしい。そう口に出そうにも誰も俺のことなど気にしていない。みんなローラの手作りのお菓子のことに夢中になっている。
何も話すことはないとばかりに部屋から出て行こうとしたディアナが、はたと俺の方へと振り返った。目が合った。何か言いたげな瞳。
まさか、このまま帰ったりはしないよな。この際だから、はっきりと説明してくれ。奥歯に物が挟まったような物言いは妙な憶測を生むじゃないか……
「……ディアナ」
「レイニー」
ゴクリと唾を飲み込んだ。聞く準備は出来ている。
「一言、言っておくわね」
俺は大きく頷いた。
「いい? 今回のフローラのお菓子はわたしがもらったものなの。それをわたしがレイニーにも分けてあげたの。わかった? フローラからではなくて、あくまでも、わたしの好意であなたに分けてあげたのよ。勘違いしないでね」
「……」
「それでは、ごきげんよう」
ディアナはにーこりと微笑むと見事なカーテシーをして部屋から去って行った。
訳がわからず、この状況をどう納得すればよいのか……真意を掴めず、呆然と立ちつくす俺。
いやいやいや、違うだろう。
ディアナ、お前は一体……何しに来たんだー。
「……」
悪戯っ子のように口の端を上げて微笑むディアナを見据える。
俺の気持ちなどはとっくにお見通しなのだろう。
それに対して反論する気はないが、ローラとの橋渡しをしているのは王太子妃である義姉上だし、その件では母上も関わっているのだろうことは容易に想像できる。もちろん、ディアナも承知の上。ローラの友人でもあるしな。
そう考えてみると面白くないな。なんか彼女達の手のひらの上で転がされているみたいじゃないか。
けれど、そのおかげでローラに会える機会があるのも事実。色々な状況を考えると複雑な心境になる。
「そんな仏頂面もよくないわよ」
額に手をのせて考え込んでいるとディアナの注意が飛ぶ。眉間寄ったしわを指でならすように撫でながら、彼女を睨むと
「それはそれで、S味があって魅力的かも……」
間髪入れずにこのセリフか。いったいどんな顔をしろというんだ。茶化すような口ぶりながら、あくまでも淑女然とした顔でにっこりと微笑むディアナにますます眉間にしわが寄る。
「結局、何をしに来たんだ?」
今もって要件を言わないってことは、暇つぶしに来たのか、からかいに来たのか……くだらない理由しか思い浮かばない。
「そうねえ。一つ、伝えたいことがあって来たのよ」
伝えたいこと?
訝し気に見る俺と静まり返った雰囲気を楽しむようにディアナは紅茶を口にした。
「で、何なんだ? 俺だって忙しいんだ」
もったいぶった態度に若干、切れ気味に言い放つ。
「王族たる者、感情任せな態度はどうかと思うわよ。いついかなる時も冷静に。いつも教えられていることではなくて? まだまだ未熟ねえ。修業が足りないわ」
ディアナは余裕綽々といった体で、広げた扇子をエレガントな仕草で仰ぐ。正論を突き付けられて何も言い返すことができず、悔しさでグッと言葉が詰まる。
「そういう素直なところがレイニーのいいところよ。そうね。今日は幼馴染だからということにしておいてあげるわ」
ということにしてあげるって、どこ目線なんだ。何目線なんだ。
彼女の真意がどこにあるのか、どう受け取っていいか分からず、頭を抱えたくなった。煙に巻くような物言いにいいように遊ばれているようで落ち着かない。
「レイニー」
ディアナの呼びかける声に俺は顔を上げる。
「花はね、愛でるばかりではだめなのよ。それで満足していては、何者かが可憐な花を手折る者が出てくるかもしれないわ。それでは遅いのよ。よく考えなさい」
諭す様な声音につられるようにディアナを凝視した。
ここでも花か? 愛でるばかりではダメとは? 何者かが手折る?
それは……その例えは……
「ディアナ。どういう意味なんだ。何かあるのか?」
「さて、わたしは帰るわ。忙しいのでしょう? お邪魔して悪かったわ」
「いや、だから……」
おれの問いを無視して立ち上がるディアナに慌てて制するも聞く耳持たず。言いたいことだけ言って満足したのか、ドレスを翻して颯爽と扉の方へと歩いていく。
「ディアナ。待ってくれ」
「……」
呼び止める声にやっと反応する気になったのか、扉の前でピタリと足を止めた。
「あっ、そうだわ。お土産があったのよ。誰か二人ほどついてきてくれないかしら? フローラ手作りのお菓子をおすそ分けしたいわ」
はっ? ローラ?
ディアナの口から、思いもかけない名前が飛び出すと部屋にいた側近たちから、おおっと小さな歓声が上がった。
ちょっと、待て。
整理できない頭で口をパクパクさせている俺の目の前で、セバスが侍従のクリスと護衛騎士のジャックに声をかけている。名前を呼ばれた二人は、尻尾を振る子犬の如く喜々とした様子でディアナの元へと駆けつけていた。
俺のことは無視なのか?
きちんと説明してほしい。そう口に出そうにも誰も俺のことなど気にしていない。みんなローラの手作りのお菓子のことに夢中になっている。
何も話すことはないとばかりに部屋から出て行こうとしたディアナが、はたと俺の方へと振り返った。目が合った。何か言いたげな瞳。
まさか、このまま帰ったりはしないよな。この際だから、はっきりと説明してくれ。奥歯に物が挟まったような物言いは妙な憶測を生むじゃないか……
「……ディアナ」
「レイニー」
ゴクリと唾を飲み込んだ。聞く準備は出来ている。
「一言、言っておくわね」
俺は大きく頷いた。
「いい? 今回のフローラのお菓子はわたしがもらったものなの。それをわたしがレイニーにも分けてあげたの。わかった? フローラからではなくて、あくまでも、わたしの好意であなたに分けてあげたのよ。勘違いしないでね」
「……」
「それでは、ごきげんよう」
ディアナはにーこりと微笑むと見事なカーテシーをして部屋から去って行った。
訳がわからず、この状況をどう納得すればよいのか……真意を掴めず、呆然と立ちつくす俺。
いやいやいや、違うだろう。
ディアナ、お前は一体……何しに来たんだー。
2
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。
ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。
前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。
婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。
国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。
無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。
元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。
無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。
目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。
マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。
婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。
その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる